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第四十九話 言わないお出かけ


朝。


仮ひだまりの食堂は、いつもより少し静かだった。


スープの匂いは同じ。


マーサの足音も同じ。


トトの靴ひも確認も同じ。


ミリの「すーぷ」も同じ。


リリィの猫も同じように丸くなっている。


けれど、何かが少しだけ違った。


レオンが、いつもより早く起きていた。


そして、いつもより少しだけ、口数が少なかった。


トト「レオン兄ちゃん、今日も王城?」


レオン「ああ」


ガル「五時間稽古?」


レオン「午前だけだ」


ユアン「午前だけ?」


エル「午後は?」


レオンはスープを一口飲んだ。


少し間が空く。


「出かける」


トト「どこに?」


レオン「少し遠くへ」


トト「何しに?」


レオン「用事だ」


トト「何の用事?」


レオン「用事だ」


トトは眉を寄せた。


「用事って言えば全部用事になるやつだ」


ガル「分かる」


ユアン「説明になってない」


ミリ「ようじ」


リリィ「猫も用事ある?」


猫「……」


レオンは何も言わなかった。


ただ、器を置いた。


その様子を見て、マーサだけが静かに鍋を混ぜていた。


何も聞かない。


何も言わない。


ただ、いつもより少しだけ、スープを多めによそった。


トトはマーサを見た。


「マーサ先生、知ってるの?」


マーサ「何をだい」


トト「レオン兄ちゃんの用事」


マーサは鍋を置いて、トトを見る。


「知ってるよ」


食堂が少し静かになる。


ガル「知ってるんだ」


ユアン「じゃあ、危ない用事じゃない?」


マーサ「危ない用事じゃないよ」


エル「でも、一人で行くの?」


マーサ「そうだね」


トト「俺たち、ついて行っちゃだめ?」


レオン「だめだ」


即答だった。


声は強くない。


けれど、迷いがなかった。


トトは少しだけ口を尖らせた。


「なんで?」


レオン「一人で行く日だからだ」


ミリ「ひとり」


リリィ「猫もだめ?」


レオン「猫もだめだ」


猫「……」


猫は特に行きたそうではなかった。


セシリアは今日、記録板を開いていなかった。


代わりに、静かにレオンを見ている。


フィリアも、何かを察したように口を閉じていた。


リュシアは腕を組み、少しだけ目を細めた。


「今日だったのね」


トト「リュシア姉ちゃんも知ってるの?」


リュシア「毎年この日になると、レオンが一人で出かけることは知っているわ」


ガル「毎年?」


ユアン「この日だけ?」


フィリア「翌日には戻ってこられるのですよね」


レオン「ああ」


トト「毎年、一人で出かけて、次の日に帰ってくるの?」


レオン「ああ」


トト「なんで?」


レオンは答えなかった。


食堂が静かになる。


その沈黙は、拒絶ではなかった。


怒っているわけでもない。


ただ、そこに触れないでほしいという沈黙だった。


トトも、それを感じた。


だから、いつものようにさらに聞かなかった。


代わりに、小さく言った。


「……危ないことしない?」


レオン「ああ」


エル「帰ってくる?」


レオン「ああ」


ミリ「どこへ?」


レオンは少しだけミリを見る。


そして、いつものように答えた。


「仮ひだまりへ帰る」


マーサ「よし」


その一言で、朝食が少しだけ動き出した。


ただし、空気はまだ静かだった。


午前。


王城訓練場。


レオンは、いつも通りアリシアとルカの前に立っていた。


だが、ルカはすぐに気づいた。


「レオン殿、今日は少し違います」


レオン「そうか」


ルカ「はい。声が、いつもより低いです」


グレン「殿下、よく見ているな」


アリシアも頷く。


「無理をなさっているわけではありませんか?」


レオン「問題ない」


リュシア「問題ない、は信用できないのだけれどね」


フィリア「午後は移動されると聞いています。今日の稽古は短めにしましょう」


レオン「ああ。今日は三時間で終わる」


ルカ「三時間……短いはずなのに、短く感じません」


グレン「五時間に慣れ始めているのは良いことだ」


レオン「今日は復習だ。立つ、歩く、下がる、転ぶ、握る」


ルカ「はい!」


アリシア「よろしくお願いします」


稽古は静かに進んだ。


一時間目。


立つ。


ルカは前よりも足が地面に馴染んできた。


アリシアは肩に集まりやすかった魔力を、少しずつ足元へ流せるようになっていた。


二時間目。


歩く。


守るものを見すぎない。


周りを見る。


下がる時も、呼吸を止めない。


三時間目。


木剣を握る。


今日は振らない。


ただ握る。


ただ構える。


レオンは二人の前で言った。


「剣を持った時、自分が強くなったと思うな」


ルカ「はい」


「剣を持った時、誰かを斬れると思うな」


アリシア「はい」


「剣を持った時、誰を帰すか考えろ」


二人は、同時に頷いた。


いつもより短い稽古。


けれど、今日の言葉はいつもより重かった。


ルカは木剣を下ろしてから、静かに聞いた。


「レオン殿」


レオン「なんだ」


「今日のお出かけは、大切な用事なのですね」


レオンは少しだけ黙った。


「そうだ」


アリシア「どうか、お気をつけて」


レオン「ああ」


グレン「午後以降の稽古は私が引き継ぐ。今日はこれ以上、無理はしなくてよい」


レオン「頼む」


グレンは頷いた。


その言葉に、ルカとアリシアが少し驚いた。


レオンが、素直に頼む。


最近は少し増えてきたが、それでも珍しい。


グレンはそれを茶化さなかった。


ただ、騎士として、静かに受け取った。


「任された」


昼過ぎ。


仮ひだまりへ戻ったレオンは、すぐに自室へ向かった。


荷物は少ない。


小さな布袋。


古い黒い外套。


剣。


そして、マーサが包んだ食事。


トトたちは食堂で待っていた。


誰も騒がない。


けれど、全員が気にしている。


ガルは腕を組み、窓の方を見ている。


ユアンは本を開いているが、ページが進んでいない。


エルは呼吸の練習をしている。


ミリはスプーンを握っている。


リリィは猫を抱いている。


猫は、少しだけ耳を立てている。


レオンが食堂へ戻ってくると、トトが立ち上がった。


「レオン兄ちゃん」


レオン「なんだ」


「いってらっしゃいって、言っていい?」


レオンは少しだけ目を細めた。


「ああ」


トトは深く息を吸った。


「いってらっしゃい」


ガル「いってらっしゃい」


ユアン「お気をつけて」


エル「帰ってきてください」


ミリ「かえって」


リリィ「猫も待つ」


猫「……」


セシリア「明日の予定は調整しておきます」


フィリア「無理はしないでください」


リュシア「帰ってきたら、話す気になった分だけ話せばいいわ」


マーサは、包みをレオンに渡した。


「食べな」


レオン「一食分でいい」


マーサ「二食分入れた」


レオン「……」


マーサ「文句は?」


レオン「ない」


マーサ「よし」


それから、マーサは小さな包みをもう一つ渡した。


そこには、白い花が数本入っていた。


子どもたちは、それを見た。


けれど、誰も聞かなかった。


聞かない方がいいと、なんとなく分かった。


レオンは花を受け取り、静かに頭を下げた。


「ありがとう」


マーサ「ちゃんと挨拶しておいで」


レオン「ああ」


トトはその言葉を聞いて、首を傾げた。


「挨拶?」


マーサ「大事な人にね」


トト「大事な人……」


レオンは答えない。


ただ、玄関へ向かった。


門の前で、マーサがいつものように聞いた。


「どこへ帰る?」


レオン「仮ひだまりへ帰る」


マーサ「よし。行っておいで」


レオンは一人で出ていった。


アルトはついていかない。


馬車も使わない。


ただ、自分の足で歩いていく。


その背中は、いつもより少しだけ遠く見えた。


トトは門の前に立ったまま、しばらく見ていた。


「毎年、こうなの?」


マーサ「ああ」


ガル「一人で?」


マーサ「一人で」


ユアン「次の日に帰ってくる?」


マーサ「帰ってくるよ」


エル「マーサ先生は、理由を知ってるんですよね」


マーサは静かに頷いた。


「知ってる」


トト「教えてくれない?」


マーサはトトの目を見る。


「それは、レオンが話すことだよ」


トトは少しだけ黙った。


「そっか」


マーサ「でもね、心配しなくていい」


エル「危ないことじゃないから?」


マーサ「ああ。危ない場所じゃない。けれど、軽い場所でもない」


ユアン「軽い場所じゃない……」


マーサ「人にはね、一人で行かなきゃいけない日があるんだよ」


リリィ「猫も?」


マーサ「猫は……まあ、あるかもしれないね」


猫「……」


ミリ「ひとりの日」


マーサ「ああ」


トトは門の外を見た。


もうレオンの背中は見えない。


それでも、彼は小さく言った。


「帰ってくるなら、待つ」


マーサ「それでいい」


レオンは王都を出た。


西ではない。


北でもない。


王都の南東にある、古い丘へ向かう道。


かつて使われていた街道から外れ、木々の間を抜ける。


そこには、小さな山道があった。


人があまり通らない道。


けれど、レオンの足は迷わない。


何度も歩いた道だからだ。


年に一度。


必ず歩く道。


道の途中に、小さな沢がある。


その水で手を洗う。


マーサの包みを背負い直す。


花を持ち直す。


そして、さらに進む。


夕方近く。


木々の奥に、古い小屋が見えてきた。


山奥の小屋。


壁は古い。


屋根も古い。


だが、手入れはされている。


レオンが毎年、直しているからだ。


小屋の前には、一本の古い木が立っている。


その根元に、石が置かれていた。


名前は彫られていない。


ただ、剣の形をした小さな印だけが刻まれている。


そこが、剣神ヴァルド・レイガンの墓だった。


レオンはしばらく、その前に立った。


風が吹く。


木の葉が揺れる。


遠くで鳥が鳴く。


レオンは花を置いた。


白い花。


マーサが持たせた花。


「来た」


誰も答えない。


それでも、レオンは言った。


「今年も、来た」


彼は墓の前に膝をついた。


大きな体が、静かに低くなる。


かつて剣神と呼ばれた男。


弟子はいないと言い続けた男。


けれど、山奥でレオンに剣を教えた男。


剣を振る理由を教えた男。


帰る道を作る剣を教えた男。


その命日。


この日だけ、レオンは一人で来る。


誰も連れてこない。


マーサだけが知っている。


昔、レオンがまだ若かった頃。


この日に傷だらけで帰ってきたレオンを、マーサが黙って飯を食わせた。


それ以来、マーサだけは知っている。


レオンがどこへ行くのか。


なぜ一人で行くのか。


レオンは墓の前で、しばらく黙っていた。


やがて、布袋から小さな酒瓶を出した。


自分はほとんど飲まない。


だが、師匠は飲んだ。


よく飲んだ。


そして、飲んだ後に必ずこう言った。


“酒を飲んだ剣士は剣を振るな。酔って勝っても、帰れん”


矛盾しているようで、妙に筋が通っていた。


レオンは酒を少しだけ墓石の前に注ぐ。


「マーサ先生が、飯を持たせた」


包みを開く。


中には、握り飯と干し肉と、硬めに焼いたパン。


そして、小さな器に入った濃いスープ。


レオンはそれを墓の前に置いた。


「今年は、家が騒がしい」


風が吹く。


「孤児院が工事になった。二か月かかる」


木の葉が鳴る。


「俺の家が仮ひだまりになった。豪邸だと言われている」


少し間。


「普通の家だ」


誰もいないのに、どこかから笑われた気がした。


レオンは眉を少しだけ寄せた。


「師匠まで笑うな」


もちろん、返事はない。


それでも、レオンは少しだけ肩の力を抜いた。


日が暮れる前に、小屋の中を掃除した。


埃を払う。


床を拭く。


屋根の隙間を見る。


薪を整える。


それから、小屋の前に出る。


木剣が一本、壁に立てかけてあった。


古い木剣。


かつてヴァルドが使っていたものではない。


レオンが毎年持ってきて、ここに置いているものだ。


彼はそれを手に取った。


構える。


静かに息を吸う。


一振り。


止める。


もう一振り。


止める。


速くない。


派手でもない。


ただ、正確に。


足。


膝。


腰。


肩。


腕。


手首。


視線。


呼吸。


剣神ヴァルドが、山奥で何度も叩き込んだもの。


“剣を振るな。立て”


“立てないなら、握るな”


“握れないなら、斬るな”


“斬ったなら、帰れ”


一つ振るたびに、昔の声がよみがえる。


レオンは夜になるまで、ただ木剣を振った。


仮ひだまり。


夕飯の時間。


レオンの席は空いていた。


トトはその席をちらちら見る。


ガルも、何も言わずにスープを飲んでいる。


ユアンは少しだけ静か。


エルは時々、門の方を見ている。


ミリは「レオンのすーぷ」と小さく言った。


リリィは猫に、レオンの席を見せている。


猫はそこへ行かず、リリィの膝にいた。


マーサ「今日は帰ってこないよ」


トト「分かってる」


マーサ「明日だよ」


トト「分かってる」


マーサ「なら、食べな」


トト「……うん」


トトはスープを飲んだ。


少しして、ぽつりと言った。


「レオン兄ちゃんって、いつも誰かのために出かけるでしょ」


マーサ「そうだね」


トト「今日は、誰のため?」


マーサは少し考えた。


「レオン自身のため、だね」


トトは驚いた顔をした。


「レオン兄ちゃん自身?」


マーサ「ああ」


エル「自分のために出かける日……」


マーサ「大事だよ」


ユアン「誰かのためじゃなくても?」


マーサ「誰かのために立つ人ほど、自分のために立つ日がいる」


ガル「……なんか、難しいな」


リュシアが静かに言った。


「でも、本当よ」


フィリア「心を休める日、ということですね」


マーサ「休めるかどうかは分からないけどね。それでも、行かなきゃいけない日なんだよ」


トトはレオンの席を見た。


空の席。


でも、不安ではない。


少し寂しい。


少し気になる。


でも、帰ってくると分かっている。


「明日、帰ってきたら聞いていいかな」


マーサ「聞くのは自由だよ」


トト「答えてくれるかな」


マーサ「それは、レオンが決める」


トト「そっか」


ミリ「おかえりって言う」


マーサ「そうだね。まずはそれでいい」


その夜。


レオンは小屋の前で火を起こした。


小さな火。


大きくはしない。


ただ、手を温める程度。


墓の前に座り、マーサの握り飯を食べる。


一つは自分で食べる。


一つは墓の前に置く。


「今年は、弟子を取ることになった」


もちろん、正式な弟子ではない。


王子と王女に基礎を教えるだけ。


だが、レオンにとっては重いことだった。


「ルカ殿下は、よく走る。気持ちが先に走る。トトに似ている」


火がぱちりと鳴る。


「アリシア殿下は、慎重だ。剣に遠慮する。だが、強くなると思う」


風が吹く。


「俺は、教えるのが上手くない」


レオンは少しだけ黙った。


「それでも、教えることになった」


剣神ヴァルドなら、何と言っただろう。


“教えるなら、まず黙れ”


“喋りすぎるな。見せろ”


“だが、黙りすぎるな。子どもは分からん”


矛盾している。


けれど、きっと全部言う。


レオンは少しだけ笑った。


「難しいな」


火が小さく揺れる。


その夜、レオンは小屋で眠らなかった。


剣を抱いて座る。


たまに目を閉じる。


たまに火を足す。


たまに墓を見る。


年に一度だけの夜。


誰にも言わない夜。


けれど、逃げているわけではない。


忘れないための夜だった。


翌朝。


仮ひだまりでは、朝からトトがそわそわしていた。


レオンが帰ってくる日だからだ。


トト「まだ?」


マーサ「まだ」


しばらくして。


トト「まだ?」


マーサ「まだ」


さらにしばらくして。


トト「まだ?」


マーサ「まだだよ」


ガル「落ち着け」


ユアン「昨日のアルトの時より落ち着いてない」


エル「でも気持ちは分かる」


ミリ「まだ」


リリィ「猫も待つ」


猫「……」


昼前。


門の外で、足音がした。


アルトが先に顔を上げる。


ぐるる。


トトが立ち上がりかける。


でも、止まった。


「門に誰か!」


マーサ「行こうか」


全員で門の近くまで行った。


レオンが立っていた。


少し土の匂いがする。


外套に木の葉がついている。


顔は疲れている。


けれど、昨日より少しだけ静かだった。


マーサが聞く。


「どこへ帰る?」


レオンは答えた。


「仮ひだまりへ帰る」


門が開いた。


トトが一歩前へ出る。


走らない。


ただ、まっすぐ立つ。


「おかえり」


レオンは少しだけ目を細めた。


「ああ。ただいま」


エル「おかえりなさい」


ガル「おかえり」


ユアン「お疲れさまです」


ミリ「かえった」


リリィ「猫も待った」


猫「……」


アルトが低く鳴いた。


ぐるる。


レオンはそれぞれに頷き、食堂へ入った。


マーサは何も聞かず、スープを出した。


「食べな」


レオン「食べてきた」


マーサ「少ないだろうから食べな」


レオン「……はい」


いつものやり取り。


それだけで、少しだけ食堂の空気が戻った。


トトはしばらく迷っていた。


聞きたい。


でも、聞いていいのか分からない。


すると、レオンが先に言った。


「昔の人に、挨拶してきた」


トトは顔を上げた。


「昔の人?」


レオン「ああ」


エル「大事な人?」


レオン「ああ」


それ以上は言わなかった。


トトも、それ以上は聞かなかった。


ただ、少しだけ考えてから言った。


「また来年も行く?」


レオン「ああ」


トト「一人で?」


レオン「ああ」


トト「じゃあ、来年もいってらっしゃいって言う」


レオンはスープを飲む手を止めた。


少しだけ、ほんの少しだけ。


そして言った。


「頼む」


トトの顔が明るくなった。


「うん!」


マーサはそれを見て、静かに微笑んだ。


リュシアも、フィリアも、何も言わなかった。


セシリアも、今日は記録しなかった。


ただ、その場にいた。


レオンはスープを飲んだ。


温かい。


山の小屋の火とは違う温かさ。


墓前に置いた飯とは違う、帰ってきた味。


そして、ふと思う。


師匠。


今年も、帰ってきた。


剣はまだ、帰る道を作れているだろうか。


食堂の壁には、十八番目の約束がある。


十八、力は帰る道を作るために使う。


その下に、トトの字で小さく書き足されていた。


『一人で行く日も、帰ってくる』


レオンはその文字を見た。


「増えているな」


トト「だめ?」


レオン「いや」


少しだけ間を置いて、レオンは言った。


「いい」


トトは嬉しそうに笑った。


ミリ「採用」


リリィ「猫も採用」


猫「……」


マーサ「じゃあ、十九番目にするかい?」


レオン「また増えるのか」


ユアン「でも、大事だと思う」


ガル「帰ってくるって約束だしな」


エル「うん」


トトは紙を持ってきた。


少しだけ曲がった字で、けれど丁寧に書く。


十九、一人で行く日も、ちゃんと帰ってくる。


レオンはその文字を、しばらく見ていた。


年に一度の、言わないお出かけ。


理由を全て話す必要は、まだない。


けれど、帰ってくることは言える。


待っている人がいることも、分かっている。


マーサがスープをよそい直した。


「さあ、食べな。今日は午後からまた忙しいんだろう?」


レオン「ああ」


トト「王城?」


レオン「午後は王城。夕方はギルド」


ガル「帰ってきてすぐ忙しいな」


フィリア「休憩も入れてください」


リュシア「無理する人、いるものね」


レオン「……」


外では、アルトが翼を広げている。


空には、星ではなく昼の光。


黒い膜はまだ少し残っている。


だが、風は通っていた。


レオンはスープを飲み終え、立ち上がる。


そして、壁の十九番目をもう一度見た。


十九、一人で行く日も、ちゃんと帰ってくる。


剣神の墓には、白い花が置かれている。


山奥の小屋には、まだ火の匂いが残っている。


そして、ここにはスープの匂いがある。


レオンは静かに息を吐いた。


帰る場所がある。


だから、今年も行けた。


だから、今年も帰ってこられた。


それで十分だった。


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