表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/71

第四十六話 王様からの依頼


翌朝。


仮ひだまり――つまり、レオンの豪邸。


本人だけが「普通の家」と言い張るその屋敷の食堂には、いつも通りマーサのスープの匂いが漂っていた。


広い食堂。


長い机。


高い天井。


大きな窓。


ひだまり孤児院の食堂とは全然違う。


けれど、そこに子どもたちが座り、マーサが鍋を混ぜ、レオンが無言でスープを飲んでいると、不思議と少しだけ“いつもの朝”になっていた。


トト「仮ひだまり、二日目!」


ミリ「かりすーぷ」


リリィ「猫、まだ迷子になってない」


猫「……」


ガル「昨日は廊下で迷いかけてたけどな」


リリィ「猫じゃなくて私」


ユアン「なおさら危ない」


エルは自分の器を両手で持って、ゆっくり息を吐いた。


「でも、昨日より落ち着く」


フィリア「良いことです」


リュシア「場所が変わっても、同じ人がいるからね」


セシリア「仮ひだまり生活、二日目。全員大きな混乱なし。記録します」


レオン「記録するのか」


セシリア「当然です」


その時、門の方から馬車の音が聞こえた。


がらがら。


がらがら。


トトが反射的に立ち上がりかける。


だが、すぐ壁に貼られた紙を見る。


『仮ひだまり防護十七か条』


十七、工事中の孤児院には勝手に戻らない。


トト「……門に誰か来た!」


マーサ「よし。勝手に走らなかったね」


トト「走ってない!」


ガル「椅子から半分浮いてたけどな」


ユアン「でも止まった」


エル「えらい」


ミリ「微増」


セシリア「信用値、微増」


トト「また微増!」


門へ向かったのは、レオンとセシリア。


アルトも屋根付きの馬車置き場から顔を出した。


門の外にいたのは、昨日の大工の棟梁と、王城から派遣された結界師だった。


棟梁は、少し気まずそうな顔をしている。


レオン「どうした」


棟梁「旦那。ちょっと、話が変わりまして」


セシリア「工事関連の報告ですね。中へ」


棟梁「いや、その前に……」


レオン「どこへ帰る?」


棟梁「ひだまりへ帰る!」


もう慣れ始めていた。


食堂に戻ると、棟梁は帽子を脱いで深く頭を下げた。


棟梁「すみません。昨日の見積もり、甘かったです」


マーサ「甘かった?」


棟梁「はい。床と壁だけじゃありません。屋根裏に黒い根の細い残りが絡んでました。古い結界の下に潜ってましてね。あと井戸周りも、想定より深く補強が必要です」


リュシアが眉をひそめる。


「黒い根の残り?」


結界師が頷く。


「はい。今は活動していません。ただ、古い木材の中に黒玻璃の魔力痕が染みています。安全に剥がして、建材を入れ替え、結界を一から張り直す必要があります」


レオン「期間は」


棟梁は少しだけ言いにくそうにした。


「二か月、見てください」


食堂が止まった。


トト「……二か月?」


ガル「一週間から十日って言ってなかったか?」


ユアン「十日が二か月に増えた」


ミリ「ながい」


リリィ「猫、長期滞在」


猫「……」


エル「二か月……」


マーサは静かに息を吐いた。


「そうかい。二か月か」


レオン「費用は俺が出す」


マーサ「それは後で説教するとして」


レオン「……はい」


マーサ「安全に直せるんだね?」


棟梁「はい。二か月いただければ、床も壁も屋根も井戸も、全部きっちり直します。ついでに、子ども部屋の風通しも良くできる。台所も広げられる。煙突も新しくできます」


トト「台所、広くなるの!?」


ミリ「すーぷ増える?」


マーサ「鍋は増やさないよ」


リュシア「結界的にも、二か月あればかなり強くできるわ」


結界師「ひだまり孤児院そのものを、黒玻璃の干渉に強い建物にできます」


セシリア「工事期間、二か月に変更。仮ひだまり生活も二か月。記録します」


トト「二か月、ここに住むの!?」


レオン「ああ」


ガル「豪邸生活二か月」


レオン「普通の家だ」


全員「違う」


エルは少しだけ不安そうに屋敷の食堂を見た。


「二か月も、ここで大丈夫かな」


マーサはすぐに答えた。


「大丈夫にするんだよ」


エル「……大丈夫にする?」


マーサ「そう。場所が変わったなら、そこを少しずつ暮らせる場所にする。ご飯を食べて、寝て、叱って、笑って、少しずつね」


トト「じゃあ、仮ひだまり生活、本格開始?」


セシリア「その表現で記録します」


リュシア「二か月なら、エルの魔力訓練も落ち着いて進められるわね」


フィリア「生活リズムも整えましょう」


レオン「俺の家なのだが」


マーサ「二か月は仮ひだまりだよ」


レオン「……分かりました」


トト「レオン兄ちゃんの家、乗っ取られた!」


ミリ「仮ひだまり」


リリィ「猫も住民」


猫「……」


その日の午前中。


二か月の仮ひだまり生活が決まったことで、屋敷の中はさらに本格的な準備に入った。


使っていない客室の掃除。


子どもたちの荷物置き場。


学習部屋。


食堂の席順。


猫の寝床。


アルトの場所。


地下訓練室の使用制限。


そして、廊下で迷子にならないための簡易地図。


ユアンが紙に屋敷の見取り図を描き始めた。


ユアン「ここが食堂。ここが玄関。ここが僕たちの部屋。ここがエルたちの部屋」


トト「地下訓練室は?」


ユアン「ここ」


ガル「広すぎるな」


ミリ「地図いる」


リリィ「猫用もいる」


猫「……」


セシリア「屋敷内移動用地図、作成中。非常に有用です」


レオン「迷うほどではない」


全員「迷う」


レオン「……」


午後。


庭では、アルトが大きな体を伸ばしていた。


空の黒い膜はさらに薄くなり、短時間なら低空飛行もできる状態になっていた。


リュシアが水晶を確認する。


「庭の上なら問題ないわ」


フィリア「ただし、無理は禁物です」


アルト「……」


トトは少し離れた場所で、目を輝かせていた。


今日の彼は落ち着いている。


いや。


落ち着こうとしている。


両手を後ろで組み、足をそろえ、体を前に倒さないよう必死に耐えている。


ガル「すごく乗りたそう」


ユアン「顔に出てる」


ミリ「のりたい」


リリィ「猫も分かる」


猫「……」


トト「まだ何も言ってない!」


レオン「言う前から分かる」


トト「レオン兄ちゃん……」


レオン「なんだ」


トトは大きく息を吸った。


そして、壁に貼った十七か条の写しを見る。


十六、靴ひもをちゃんと結ぶ。

十七、工事中の孤児院には勝手に戻らない。


さらに十一条。


助けたい時ほど、みんなを呼ぶ。


トトは真面目な顔で言った。


「アルト先輩に、乗せてもらいたいです」


庭が静かになった。


マーサが眉を上げる。


セシリアが記録板を構える。


フィリアが健康確認の顔になる。


リュシアが少し楽しそうに水晶を持ち直す。


アルトはトトを見た。


レオン「勝手に乗らないと約束したな」


トト「した」


レオン「今日は自分から頼んだ」


トト「うん」


レオン「走って飛びつかない」


トト「うん」


レオン「靴ひもは」


トト「結んだ!」


レオン「アルト本人の許可は」


トトはアルトを見る。


「アルト先輩、乗せてください」


アルトはしばらくトトを見ていた。


黄金色の目。


大きな翼。


白銀の羽。


トトは緊張で少し肩を固くしている。


やがて、アルトは低く鳴いた。


ぐるる。


そして、ゆっくりと体を伏せた。


トトの目が大きくなる。


「……いいの?」


アルトはもう一度鳴いた。


ぐるる。


レオン「許可だ」


トト「やった……!」


マーサ「走らない」


トト「走らない!」


トトはゆっくり歩いた。


本当に、ゆっくり。


ガル「歩いてる」


ユアン「急いで歩いてない」


ミリ「成長」


リリィ「猫も見てる」


猫「……」


レオンがトトの横に立つ。


「まず鞍ではなく、背に座るだけだ」


トト「はい」


フィリア「落下防止の補助紐をつけます」


リュシア「浮く高さは子どもの背丈ほどまで。庭の中だけ」


セシリア「アルト騎乗訓練、第0段階。地上静止騎乗」


トト「第0段階!?」


レオン「まずは第0段階だ」


ガル「何でも第0段階からだな」


ユアン「でも大事」


トトはレオンに支えられながら、そっとアルトの背に乗った。


アルトの背は温かかった。


羽毛と筋肉の感触。


大きな呼吸。


自分よりずっと大きい生き物の上にいる感覚。


トトは一瞬、声を失った。


「……すごい」


エル「トト、大丈夫?」


トト「大丈夫。すごい。ちょっと怖い。でも、すごい」


レオン「怖いなら降りるか」


トト「降りない。でも、怖いって言う」


リュシア「良い判断ね」


マーサ「顔もちゃんとしてる」


セシリア「トトくん、恐怖を申告。成長記録です」


トト「俺、記録されてる!」


アルトがゆっくり立ち上がった。


トトの体が揺れる。


レオンが横で支える。


トト「おおお……!」


ミリ「高い」


リリィ「猫より高い」


猫「……」


ガル「猫基準なのか」


ユアン「でも分かる」


レオン「背を丸めるな。呼吸しろ」


トト「はい!」


トトは息を吸う。


吐く。


エルが小さく笑った。


「私の練習と同じ」


トト「ほんとだ!」


アルトが一歩進む。


ゆっくり。


庭を一歩。


二歩。


三歩。


トトは手綱ではなく、アルトの首元の革帯をそっと掴む。


「アルト先輩、歩いてる……俺、乗ってる……!」


ミリ「成功」


リリィ「地上任務」


ガル「まだ飛んでないぞ」


ユアン「でもすごい」


レオン「止まれ」


アルトが止まる。


レオン「降りる」


トト「えっ、もう?」


マーサ「最初は短く」


フィリア「体も心も慣らす必要があります」


トトは少し残念そうにしたが、すぐうなずいた。


「はい」


レオンに支えられて、トトは地面に降りた。


足が少し震えている。


でも、顔は輝いていた。


トト「乗れた……!」


アルトが軽くトトの髪をつついた。


トト「今のは褒めた?」


リリィ「たぶん、褒めた」


ミリ「成功つつき」


レオン「今日はここまでだ」


トト「明日は?」


レオン「明日は未定」


トト「未定って、可能性ある?」


セシリア「第0段階成功により、次回訓練検討可能」


レオン「勝手に進めるな」


マーサ「でも、ちゃんと頼んで、ちゃんと怖いと言って、ちゃんと降りた。今日は褒めていいんじゃないかい」


レオンはトトを見る。


トトは背筋を伸ばしている。


レオン「よくやった」


トトの顔が、ぱっと明るくなった。


「やった!」


エル「おめでとう」


ガル「よかったな」


ユアン「次はもっと落ち着けそうだね」


ミリ「アルト先輩」


リリィ「猫も乗る?」


猫「……」


猫は静かにリリィの腕の中へ隠れた。


ガル「乗らなそう」


その夕方。


王城へ工事の正式報告に行くことになった。


理由は二つ。


一つは、ひだまり孤児院の工事期間が二か月に延びたこと。


もう一つは、王城側の支援や警備体制を調整するため。


向かうのは、レオン、マーサ、セシリア、リュシア、フィリア。


トトたちは仮ひだまりで留守番。


ただし、トトはアルト騎乗成功を王子に報告したくて仕方がなかった。


トト「ルカ王子に言いたい!」


レオン「手紙で書け」


トト「今すぐ!?」


セシリア「後で確認してから送ります」


トト「確認される!」


マーサ「当然だよ。王城への手紙だからね」


エル「私もアリシア王女様に書いていい?」


フィリア「もちろんです」


リュシア「魔力練習のことも書けるわね」


エル「はい」


王城。


会議室では、国王エルドラン、アリシア、ルカ、グレンが待っていた。


ルカはレオンたちを見るなり立ち上がりかけた。


グレン「殿下」


ルカ「走らない!」


アリシア「まだ立っただけです」


ルカ「でも気持ちは走りました!」


グレン「気持ちも落ち着けてください」


セシリア「王城トト、健在」


レオン「記録するな」


国王「よく来た。報告を聞こう」


レオンが説明する。


床、壁、屋根、煙突、井戸。


黒い根の残滓。


古い結界の張り直し。


二か月の工期。


仮ひだまりとしてレオン邸を使用すること。


国王は真剣に聞いていた。


「二か月か」


グレン「長期になりますね」


マーサ「子どもたちには少し負担がかかります。でも、安全のためなら必要です」


リュシア「黒玻璃対策としては、むしろ良い機会です。建物全体を結界の器として作り直せます」


フィリア「湿気や煙突の問題も改善されます。健康面では大きな利点があります」


セシリア「仮ひだまり生活は現在安定。屋敷が広すぎる点を除けば、大きな問題はありません」


レオン「広すぎない」


マーサ「広すぎるよ」


国王は少し笑った。


「レオンの家は、私も見たことがある。あれを普通の家とは言わぬ」


レオン「陛下まで」


ルカ「僕も一度行ってみたいです!」


アリシア「ルカ」


ルカ「見学だけ!」


グレン「見学で済むか不安です」


国王「いずれ正式に訪ねるとしよう」


レオン「陛下」


国王「半分は冗談だ」


セシリア「半分は本気ですね」


国王「うむ!」


話が一段落したところで、ルカが我慢できずに口を開いた。


「トトは元気ですか?」


マーサ「元気だよ。今日、アルトに乗せてもらった」


ルカ「えええええっ!?」


ルカは立ち上がった。


今度は止まれなかった。


グレン「殿下」


ルカ「すみません! でも、アルト殿に!?」


アリシアも少し驚いた顔をした。


「トトさん、乗れたのですか?」


レオン「ああ。第0段階だ。地上で、短時間だけ」


ルカ「すごい……!」


マーサ「勝手に飛び乗ったんじゃないよ。ちゃんと頼んで、怖いって言って、降りる時も約束を守った」


アリシア「それは、とても大きな成長ですね」


ルカ「僕も乗りたい!」


グレン「殿下」


ルカ「言ってみただけです!」


セシリア「言ってみただけ、記録します」


ルカ「記録されるのですか!?」


国王は少し笑っていた。


「ルカ。乗りたい気持ちは分かるが、まずは学ぶべきことが多い」


ルカ「はい……」


その言葉に、アリシアも姿勢を正した。


国王「ちょうどよい。レオン、マーサ殿。今日、二人に話したいことがある」


レオン「はい」


国王はアリシアとルカを見る。


「アリシアも、ルカも、いずれ学園へ行く」


ルカ「十五歳になった時、ですよね」


国王「そうだ」


アリシア「私はもうすぐ、その年になります」


国王「学園では、王族としてだけでなく、一人の人間として学ぶことになる。魔法、歴史、剣、礼法、政治、戦術、人との関わり方。そして、自分の身を守る術」


ルカ「本格的に、ですね」


国王「ああ。本格的にだ」


レオンは静かに聞いていた。


グレンが続ける。


「学園には優れた教師がいます。しかし、王族である以上、入学前から最低限の基礎は固める必要があります」


アリシア「私は魔法と礼法だけでなく、護身術も学びたいです」


ルカ「僕は剣をもっと学びたいです!」


国王「そこで、相談だ」


国王はレオンを見た。


「レオン。可能な範囲で、二人に基礎を教えてやってほしい」


レオン「俺が、ですか」


ルカの目が輝く。


「レオン殿に教われるのですか!?」


アリシアも少し驚いた顔をする。


「よろしいのですか?」


レオン「俺は教えるのが得意ではありません」


セシリア「新人冒険者講習で、マスターの説明は短すぎる傾向があります」


リュシア「でも、要点は正確よ」


フィリア「安全面を守る意識も強いです」


マーサ「子どもに教える時は、案外ちゃんと見るよ」


レオン「案外」


マーサ「案外だよ」


グレン「剣については、レオン殿以上の適任は少ない」


ルカ「僕、ちゃんと頑張ります!」


アリシア「私も」


レオンは少し黙った。


「基礎だけなら」


ルカ「やった!」


グレン「殿下、落ち着いてください」


レオン「ただし、剣を振る前に走る。走る前に呼吸。呼吸の前に姿勢。姿勢の前に靴ひもだ」


ルカ「靴ひも!?」


セシリア「ひだまり十六条です」


アリシア「大事ですね」


マーサ「転んだら剣どころじゃないからね」


ルカは真剣にうなずいた。


「分かりました。靴ひもから学びます!」


国王「よい心がけだ」


グレン「本当に靴ひもから始まるのか……」


レオン「当然だ」


その時、グレンがふと思い出したように言った。


「そういえば、レオン殿」


レオン「なんだ」


「以前から気になっていたのだが、あなたの剣は誰に教わった?」


会議室の空気が少し変わった。


リュシアが目を細める。


セシリアのペンが止まる。


フィリアがレオンを見る。


マーサも、ほんの少しだけ静かになった。


レオン「昔の話だ」


セシリア「出ました」


リュシア「聞かれなかったから言わなかった案件ね」


レオン「……」


ルカ「レオン殿に剣の師匠がいたのですか!?」


アリシア「私も、初めて聞きます」


国王も興味深そうに身を乗り出した。


「レオンほどの剣を育てた人物か。名を聞いてもよいか」


レオンはしばらく黙っていた。


そして、静かに言った。


「ヴァルド・レイガン」


その名を聞いた瞬間、グレンの顔色が変わった。


「……まさか」


国王も目を細める。


「ヴァルド・レイガン……剣神ヴァルドか」


ルカ「剣神?」


アリシア「歴史書に名が残る、あの?」


グレン「かつて王国最強の剣士と呼ばれた男です。戦場で一度も敗れず、晩年はすべての称号を捨てて姿を消したと言われています」


リュシア「でも、彼は弟子を取らなかったはずよ」


セシリア「記録上もそうです。剣神ヴァルドは生前、『弟子はいない』と明言しています」


フィリア「では……」


全員の視線がレオンへ集まる。


レオンは少しだけ目を伏せた。


「正式な弟子ではない」


マーサ「レオン」


レオン「だが、剣はあの人に教わった」


会議室が静かになる。


レオンは続けた。


「山奥の小屋で、半年ほど」


ルカ「半年!?」


グレン「半年で、あの剣を……?」


レオン「死ぬほど斬られた」


フィリア「それは訓練ですか?」


レオン「訓練だ」


リュシア「本当に?」


マーサ「怪しいね」


レオン「朝起きたら素振り。飯前に素振り。飯後に走る。走った後に打ち込み。昼に斬られる。夕方にまた斬られる。夜に姿勢を叩き直される」


ルカの目が輝いている。


グレンは逆に顔をしかめている。


アリシアは静かに聞いている。


セシリアはすさまじい勢いで記録している。


フィリア「健康上、非常に問題があります」


レオン「昔の話だ」


リュシア「それで済ませないで」


国王「しかし、ヴァルドはなぜ弟子はいないと言ったのだ」


レオンは少し黙った。


「俺に、自分の名で剣を振らせたくなかったんだと思います」


国王「……」


レオン「剣神の弟子という名は、重い。あの人は、俺にそれを背負わせなかった」


グレン「だが、実際には教えていた」


レオン「ああ」


ルカ「じゃあ、レオン殿は剣神の弟子……」


レオン「名乗ったことはない」


セシリア「しかし事実です」


リュシア「なるほどね。だから、あなたの剣は綺麗すぎる時があるのね」


フィリア「綺麗すぎる?」


リュシア「無駄がない。怒っていても、最後の刃筋だけは冷えている。誰かが徹底的に叩き込んだ剣よ」


マーサ「その人は、もう亡くなっているのかい」


レオン「ああ」


会議室に、静かな沈黙が落ちる。


レオンの声は大きくなかった。


でも、そこには珍しく、昔を思い出す響きがあった。


「最後に言われた」


ルカ「何をですか」


レオンは少しだけ目を閉じた。


そして、低く言った。


「剣は、斬るためだけに持つな。帰る道を作るために持て」


その言葉に、誰もすぐには何も言えなかった。


アリシアが静かに言う。


「帰る道……」


ルカは拳を握った。


「僕も、それを学びたいです」


レオンはルカを見る。


ルカの目は真剣だった。


ただ強くなりたいだけではない。


守りたい。


帰りたい。


帰らせたい。


そういう目だった。


レオン「なら、まず靴ひもだ」


ルカ「はい!」


グレン「やはり靴ひもに戻るのか」


セシリア「剣神流、第0段階、靴ひも」


レオン「違う」


リュシア「でも、ヴァルド様も言いそうね」


マーサ「言いそうだね」


レオン「……言うかもしれない」


セシリア「認めました」


国王は静かに笑った。


「剣神の弟子に、我が子らが基礎を教わるか」


レオン「重く言わないでください」


国王「重いことだ」


レオン「……」


国王「だが、安心した」


レオン「なぜですか」


国王「そなたは、剣を力としてだけ教えぬだろう。帰る道を作る剣として教える」


レオンは答えなかった。


ただ、小さく頷いた。


その日の夜。


仮ひだまりに戻ると、トトはすぐに玄関まで走りかけた。


だが止まった。


トト「走ってない!」


マーサ「よし」


トト「王城どうだった!?」


セシリア「情報が多すぎます」


ガル「何かあったのか」


ユアン「顔がいつもと違う」


エル「レオン兄ちゃん、何か言われた?」


レオン「工事は二か月だ」


トト「それは聞いた!」


ミリ「長い」


リリィ「猫、住む」


レオン「それと、ルカ殿下とアリシア殿下が学園へ行く前に、少し教えることになった」


トト「レオン兄ちゃんが先生!?」


ガル「大丈夫か?」


レオン「何がだ」


ユアン「説明短そう」


エル「でも、大事なことは教えてくれると思う」


トト「俺も教わりたい!」


レオン「お前はまずアルト第0段階を続ける」


トト「はい!」


セシリア「それと」


レオン「セシリア」


セシリア「重要情報です」


リュシア「子どもたちにも、いつか知られることよ」


フィリア「言い方は選びましょう」


トト「何?」


セシリアは記録板を閉じた。


珍しく、記録ではなく普通に言った。


「レオン様には、剣の師匠がいました」


ガル「師匠?」


ユアン「レオン兄ちゃんの?」


トト「えっ!? レオン兄ちゃんにも先生いたの!?」


レオン「いる。昔はな」


エル「どんな人?」


レオンは少しだけ黙った。


「剣神と呼ばれた男だ」


食堂が静かになった。


ミリ「けんしん?」


リリィ「剣の神?」


猫「……」


ガル「すごそう」


ユアン「すごいどころじゃないと思う」


トト「その人、どこにいるの!?」


レオン「もう死んでいる」


トトの顔が少し変わった。


「……そっか」


レオン「ああ」


エル「悲しい?」


レオンは少し考えた。


「悲しいというより、残っている」


エル「残っている?」


レオン「言葉と、剣が」


トト「どんな言葉?」


レオンは食堂の窓の外を見た。


仮ひだまりの庭。


アルトが眠っている。


猫が丸くなっている。


子どもたちがここにいる。


遠くには、工事中のひだまり孤児院。


そして、その先にいつか帰る場所。


「剣は、斬るためだけに持つな」


レオンは言った。


「帰る道を作るために持て」


トトは黙った。


ガルも。


ユアンも。


エルも。


ミリも、リリィも、珍しく静かだった。


やがて、トトが小さく言った。


「レオン兄ちゃんの剣って、そういう剣なんだ」


レオン「そうありたいとは思っている」


マーサ「そうだね」


フィリア「とても、レオン様らしいです」


リュシア「あなたの師匠、良いことを言うわね」


セシリア「剣神ヴァルドの言葉、記録します」


レオン「それは……いい」


セシリア「珍しいですね」


レオン「残した方がいい」


マーサは静かに微笑んだ。


「じゃあ、仮ひだまりにも一つ増やすかい?」


トトが壁を見る。


『仮ひだまり防護十七か条』


トト「十八?」


レオン「増やすのか」


トト「だって、大事でしょ?」


エル「うん。大事」


ガル「剣だけじゃなくても使えそうだな」


ユアン「道を作るってことだよね」


ミリ「帰る道」


リリィ「猫の道」


猫「……」


マーサ「じゃあ、こうだね」


トトが紙を持ってくる。


少し曲がった字で、新しい約束を書いた。


十八、力は帰る道を作るために使う。


セシリアはそれを見て、静かに頷いた。


「採用です」


レオンは何も言わなかった。


ただ、その文字をしばらく見ていた。


二か月の仮ひだまり生活。


大工事。


アルト騎乗訓練。


王子と王女の学園準備。


剣神の弟子だった過去。


いろいろなことが、一度に動き始めていた。


けれど、その夜。


仮ひだまりの食堂には、いつものスープがあった。


トトはアルトに乗れた話を何度も繰り返した。


エルはアリシアへの手紙に、呼吸の練習と剣神の言葉を書いた。


ガルとユアンは、屋敷の地図に「迷いやすい廊下」と書き足した。


ミリは「かりすーぷ」と言いながら眠そうにしていた。


リリィは猫に「十八番目できたよ」と報告していた。


猫は何も答えなかった。


レオンは、壁の文字を見た。


十八、力は帰る道を作るために使う。


かつて剣神と呼ばれた男は、弟子はいないと言った。


けれど、確かに一人だけ教えた。


その弟子は今、剣だけでなく、家を直し、子どもを守り、帰る場所を作っている。


マーサがスープをよそいながら言った。


「レオン」


レオン「はい」


「二か月、長いよ」


レオン「ああ」


「でも、二か月あれば、子どもはけっこう育つ」


レオンはトトを見る。


今日、アルトに乗った少年。


エルを見る。


怖さを呼吸で落ち着ける少女。


壁の十八番目を見る。


そして静かに頷いた。


「ああ。そうだな」


外では、アルトが低く鳴いた。


ぐるる。


その声は、まるで言っているようだった。


“次は、もう少しだけ歩いてやる”


トトが窓の外へ顔を向ける。


「アルト先輩、明日もお願いします!」


レオン「明日は未定だ」


トト「未定は可能性!」


セシリア「前向き解釈、記録します」


マーサ「まず寝な」


トト「はい!」


仮ひだまりの夜は、少し賑やかだった。


孤児院は工事中。


帰る場所は、一度空になっている。


でも、帰る道は消えていない。


むしろ、少しずつ増えている。


靴ひもを結ぶ道。


助けたい時に呼ぶ道。


怖い時に呼吸する道。


アルトの背に乗る道。


学園へ向かう道。


剣を学ぶ道。


そして、いつかまた、強くなったひだまり孤児院へ帰る道。


そのすべてが、今。


仮ひだまりから伸び始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ