第四十五話 孤児院大工事
翌朝。
ひだまり孤児院の食堂には、いつも通りスープの匂いが漂っていた。
トトは新しい靴のひもを確認している。
エルは小さな器を前に、呼吸の練習をしている。
ガルとユアンは、昨日の片づけ当番の残りをしていた。
ミリはスプーンを持っている。
リリィは猫を抱えている。
猫は何もしていない。
庭ではアルトが、少しだけ開き始めた空を見上げていた。
一見、いつも通りの朝だった。
だが。
レオン・ガルディアだけは、朝食前から孤児院の中を歩き回っていた。
壁を叩く。
床を踏む。
天井を見る。
窓枠を押す。
台所の柱に手を当てる。
井戸の周りを確認する。
そして、また食堂に戻る。
トト「レオン兄ちゃん、朝から家の点検してる」
ガル「昨日も見てたよな」
ユアン「その前も見てた」
エル「ずっと気にしてたんだね」
レオン「確認だ」
トト「何の?」
レオン「孤児院の」
マーサは鍋を混ぜながら、横目でレオンを見ていた。
「それで、結論は出たのかい?」
レオン「はい」
レオンは食堂の中央に立った。
そして、静かに言った。
「この孤児院は、大工事が必要です」
食堂が止まった。
トト「……大工事?」
ミリ「こうじ?」
リリィ「猫、工事知らない」
猫「……」
ガル「どっか壊れてるのか?」
レオン「壊れかけている」
ユアン「壊れてるより怖い言い方だね」
マーサは鍋の火を少し弱めた。
「詳しく言いな」
レオンは頷き、指で順番に示した。
「まず、食堂の床。黒い根の影響で一部が弱っています。踏み抜くほどではありませんが、数年以内に沈む可能性がある」
トト「沈む!?」
レオン「次に、台所の煙突。煤が溜まりすぎているうえ、内側の石が割れています。火が回る危険がある」
マーサ「……」
レオン「窓枠は三つ歪んでいます。冬場に隙間風が入る。子ども部屋の北壁は湿気が抜けにくい。井戸の周りは黒い根を封じた影響で土が緩い」
フィリア「それは健康面でも問題があります」
リュシア「魔法的にも、結界を張り直すなら建物ごと整えた方がいいわね」
セシリア「記録します。ひだまり孤児院、構造上の修繕必要箇所多数」
トト「多数……」
エル「そんなに悪かったの?」
レオン「ああ」
マーサは腕を組んだ。
「それで?」
レオン「工事を入れます」
マーサ「相談は?」
レオン「今しています」
マーサ「予約は?」
レオン「もうしてあります」
食堂が再び止まった。
セシリアのペンが止まった。
フィリアが目を丸くした。
リュシアが額に手を当てた。
トトは口を開けたまま固まった。
マーサだけが、静かに笑った。
ただし、その笑顔は怖かった。
「レオン」
レオン「はい」
「予約は、もうしてあるんだね?」
レオン「はい」
「お金は?」
レオン「俺が出す」
「いつから?」
レオン「明日の朝から」
全員「明日!?」
トト「急すぎる!」
ガル「明日!?」
ユアン「準備は?」
リリィ「猫の準備」
ミリ「すーぷは?」
レオン「工事の間は、全員ここを出ます」
マーサ「どこへ行くんだい」
レオンは当然のように言った。
「俺の家です」
トト「……やっぱり?」
ガル「まあ、そうなるよな」
ユアン「広さだけは十分だし」
エル「部屋、いっぱいあるもんね」
ミリ「ごうてい」
リリィ「猫、前に迷子になりかけた」
猫「……」
レオン「豪邸ではない。普通の家だ」
全員「違う」
レオンは少しだけ眉を寄せた。
「寝る場所と台所と風呂があります」
リュシア「それは普通の家にもあるわね」
セシリア「ですが、マスターの家には客室が多すぎます」
フィリア「廊下も長いです」
マーサ「あれを普通の家と言うのは、レオンくらいだよ」
レオン「使っていない部屋が多いだけです」
トト「二十部屋以上あるのに!?」
ガル「普通の家はそんなに部屋ない」
ユアン「前に行った時、部屋数えるの途中でやめたよ」
エル「広すぎて少し迷った」
ミリ「お城」
リリィ「猫、探検したがった」
猫「……」
セシリア「レオン邸、通称レオン豪邸。記録上もそうなっています」
レオン「記録を修正しろ」
セシリア「事実なので修正できません」
リュシア「昔からそうよ。本人だけが普通の家だと思っているの」
フィリア「健康管理上は、広い家は移動量が増えるので悪くありません」
レオン「ほら」
フィリア「ただし、一人で住むには広すぎます」
レオン「……」
トト「レオン兄ちゃん、負けた」
ミリ「負け」
レオン「勝負ではない」
マーサは深くため息をついた。
「レオン」
レオン「はい」
「工事は必要なんだね?」
レオン「必要です」
「子どもたちの安全のため?」
レオン「はい」
「黒玻璃対策も含む?」
リュシアが答える。
「含みます。建物の結界を張り直すなら、壁と床の修繕は先に必要です」
フィリア「湿気や煙突の問題も、子どもたちの健康に関わります」
セシリア「総合的に見て、工事は妥当です」
マーサはレオンを見る。
「でも、相談は先にしな」
レオン「……はい」
「予約する前に」
レオン「はい」
「お金を払う前に」
レオン「はい」
トトが小声で言う。
「レオン兄ちゃん、怒られてる」
ミリ「説教」
リリィ「猫も見てる」
猫「……」
ガル「第0段階、相談」
ユアン「それ大事」
セシリア「採用候補ですね」
レオン「採用するな」
マーサ「採用してもいいくらいだよ」
レオンは黙った。
その沈黙は、完全な敗北だった。
朝食後。
孤児院は大騒ぎになった。
明日の朝から工事。
そのため、今日中に必要なものをまとめなければならない。
子どもたちは、それぞれ自分の荷物を整理することになった。
トトは真っ先に壁の札の前へ行った。
『ひだまり防護十六か条』
その下に、昨日までの文字が並んでいる。
十六、靴ひもをちゃんと結ぶ。
トト「これ、レオン豪邸に持っていく?」
レオン「豪邸ではない」
ガル「そこまだ言うのか」
ユアン「紙に書き写せばいいんじゃない?」
エル「仮の札を作ろう」
セシリア「すでに全条文を記録しています」
トト「さすがセシリア姉ちゃん!」
セシリア「当然です」
ミリ「すーぷも?」
セシリア「すーぷ関連もすべて」
レオン「そこまで記録していたのか」
セシリア「重要です」
リリィ「猫印は?」
セシリア「未採用です」
リリィ「いつか」
猫「……」
マーサは荷造りを見守りながら言った。
「持っていくものは少なくていいよ。工事が終わったら戻ってくるんだからね」
トト「どれくらいかかるの?」
レオン「一週間から十日」
トト「長い!」
ガル「でも大工事なら早い方じゃないか?」
ユアン「職人さん、何人来るの?」
レオン「大工、石工、煙突職人、井戸職人、結界師。合計二十八名」
また空気が止まった。
マーサ「レオン」
レオン「はい」
「本当に大工事じゃないか」
レオン「だから大工事と言いました」
トト「二十八人って、ほぼ祭りじゃん!」
ミリ「こうじ祭り」
リリィ「猫、隠れる」
フィリア「工事中はここに残れませんね」
リュシア「魔法結界も一度剥がすことになるから、避難は正解よ」
セシリア「マスターの判断、相談不足を除けば適切です」
レオン「相談不足が重いな」
マーサ「重いよ」
昼前。
最初の職人たちが下見に来た。
がっしりした大工の棟梁。
石工の親方。
煙突職人。
井戸職人。
そして、王城から派遣された結界師。
門の外で、全員がきちんと止まった。
棟梁「工事の下見に来ました!」
トトが目を光らせる。
「合言葉!」
棟梁「え?」
マーサ「この家の決まりでね。どこへ帰る?」
職人たちは一瞬戸惑った。
だが、横にいたグレンが真面目に言った。
「答えてください。必要な確認です」
棟梁「は、はい。ひだまりへ帰る!」
トト「よし!」
セシリア「職人一同、合言葉確認済み」
レオン「全員にやるのか」
マーサ「やるよ」
職人たちは孤児院を見て回った。
床を見て、壁を叩き、屋根裏を確認し、井戸周りの土を調べる。
棟梁はやがて、腕を組んで唸った。
「こりゃあ、確かに今やっとくべきだな」
マーサ「そんなにかい」
棟梁「見た目より中が傷んでます。黒い根のせいもあるでしょうが、そもそも古い。ここまで子どもらを守ってきた家だ。疲れが出てます」
マーサの表情が少し柔らかくなった。
「そうかい。疲れてたのかい、この家も」
レオン「ああ」
レオンは壁に手を置いた。
「よく守ってくれた」
その言葉に、子どもたちが少し静かになった。
この家は、ただの建物ではない。
泣いた日も。
笑った日も。
スープを飲んだ日も。
怖い声が外から聞こえた日も。
黒い根が地面から来た日も。
トトとエルが帰ってきた日も。
ずっとここにあった。
ひだまり孤児院。
帰る場所。
その家が、今度は少し休む。
トトは壁にそっと手を当てた。
「工事したら、元気になる?」
棟梁は笑った。
「ああ。もっと強くなる」
ミリ「家、強くなる」
リリィ「猫も安心」
猫「……」
エル「よかった」
ガル「戻ってくる場所が強くなるんだな」
ユアン「うん」
レオンは頷いた。
「そうだ」
午後。
荷造りは本格化した。
子どもたちは、自分の小さな荷物を布袋に詰める。
トトはなぜか木の棒を三本持とうとしていた。
マーサ「置いていきな」
トト「でも、訓練用!」
レオン「俺の家に訓練場がある」
トト「知ってる! でもあそこ、広すぎて逆に緊張する!」
ガル「あの地下のやつだろ」
ユアン「声が響く場所」
レオン「小さい訓練室だ」
全員「小さくない」
ミリはスプーンを持っていた。
マーサ「それは台所にあるよ」
ミリ「このスプーン」
マーサ「じゃあ持っていきな」
リリィは猫用の布を持っていた。
猫「……」
リリィ「猫の寝床」
レオン「前に使った小部屋を空けてある」
リリィ「猫部屋、まだある?」
レオン「ある」
リリィ「猫、再入居」
セシリア「レオン邸猫部屋、再稼働。記録します」
レオン「再稼働ではない」
エルは荷物が少なかった。
小さな服。
アリシアからもらった花飾り。
王城からの手紙。
そして、自分で書いた呼吸練習の紙。
トト「エル、それだけ?」
エル「うん」
トト「俺、ちょっと多いかな」
ガル「多い」
ユアン「木の棒三本は多い」
エルは少し笑った。
「でも、レオンの家に行くの、少し楽しみ」
トト「俺も! 前はちゃんと探検できなかったし!」
レオン「探検はしない」
トト「まだ何もしてない!」
セシリア「する前の発言です」
フィリアは薬箱を二つに分けていた。
普段用と緊急用。
リュシアは結界用の水晶を箱に詰めている。
セシリアは書類の束を紐で縛っていた。
レオン「書類も持っていくのか」
セシリア「当然です」
レオン「工事の間くらい休め」
セシリア「マスターこそ」
フィリア「同意します」
リュシア「レオンの家に行ったら、あなたの生活習慣も確認できるわね」
レオン「なぜそうなる」
フィリア「健康管理上、重要です」
セシリア「生活実態調査です」
レオン「俺の家は避難先だ」
リュシア「ええ。ついでに調査先ね」
レオン「ついでが重い」
夕方。
大型の荷車が来た。
荷物用が二台。
子どもたち用の馬車が二台。
そして、アルト用には――何もなかった。
トト「アルト先輩は?」
レオン「歩く」
アルト「……」
トト「前も歩いたっけ?」
ガル「あの距離なら歩けるだろ」
ユアン「レオンの家、近いもんね」
マーサ「近いけど、荷物が多いから気をつけるんだよ」
レオン「徒歩で二十分ほどです」
リュシア「近いけど、家は近所の規模じゃないのよね」
レオン「普通の家です」
全員「違う」
出発前。
マーサは孤児院の玄関に立った。
子どもたちも並ぶ。
レオンも、フィリアも、リュシアも、セシリアも。
アルトは庭で静かに頭を下げている。
トト「……いってきます?」
マーサ「そうだね」
ガル「家に、いってきますって変かな」
ユアン「でも、戻ってくるから」
エル「うん」
ミリ「いってきます」
リリィ「猫も」
猫「……」
マーサは玄関の柱にそっと手を当てた。
「少し休んで、元気になりな」
それから、みんなで言った。
「いってきます」
ひだまり孤児院は、静かにそこにあった。
明日から大工事が始まる。
壁も床も屋根も、少しずつ直される。
帰る場所は、一度空になる。
でも、それはなくなるためではない。
もっと強くなるためだった。
レオンの家までは、本当に徒歩二十分ほどだった。
王都の中心から少し外れた、静かな通り。
高い塀。
鉄の門。
広い庭。
立派な石造りの屋敷。
トトは門を見上げて言った。
「何回来ても、やっぱり豪邸だよね」
ガル「豪邸だな」
ユアン「豪邸」
エル「広い家」
ミリ「お城」
リリィ「猫、迷子注意」
猫「……」
マーサはため息をついた。
「ほらね」
レオン「普通の家です」
全員「違う!」
門が開く。
中には、広い庭があった。
庭の端には古い訓練場。
奥には馬車置き場。
さらに、アルトが入れる大きな屋根付きの空間もある。
トト「アルト先輩の場所、前より片づいてる!」
レオン「あれは馬車置き場です」
リュシア「完全にアルト用に整えてあるわね」
アルトは中を見て、満足そうに低く鳴いた。
ぐるる。
フィリア「風通しも良いですね。健康的です」
セシリア「アルト滞在可能。記録します」
屋敷の中に入ると、子どもたちは以前の記憶を思い出しながらも、やはり少しそわそわした。
広い玄関。
長い廊下。
大きな食堂。
複数の客室。
広い台所。
浴室。
倉庫。
書庫。
地下訓練室。
トト「やっぱり広い!」
ガル「前も思ったけど、廊下が長い」
ユアン「夜中に一人で歩きたくない」
ミリ「ひろい」
リリィ「猫、探検したい」
猫「……」
マーサ「探検は明日。今日は部屋を決めて、ご飯だよ」
トト「ご飯作るの?」
レオン「作る」
マーサ「今日は私が作るよ」
レオン「俺の家です」
マーサ「子どもが大勢いる場所は、私の台所だよ」
レオン「……分かりました」
トト「マーサ先生、レオン兄ちゃんの豪邸でも強い」
レオン「豪邸ではない」
ミリ「最強」
リリィ「お袋」
マーサ「お袋はジーナだけで十分だよ」
その日の夜。
レオンの屋敷の大きな食堂に、ひだまり孤児院の子どもたちが並んだ。
いつもの食堂より広い。
椅子も多い。
天井も高い。
でも、マーサのスープが置かれると、少しだけいつもの場所のようになった。
トト「なんか、広いけど……」
エル「スープの匂いは同じ」
ガル「それだけで落ち着くな」
ユアン「うん」
ミリ「すーぷ」
リリィ「猫も落ち着いた」
猫「……」
セシリア「仮ひだまり食堂、運用開始」
レオン「仮ひだまり?」
リュシア「いい名前ね」
フィリア「工事中の拠点として分かりやすいです」
マーサ「じゃあ、工事が終わるまでここは仮ひだまりだね」
トト「仮ひだまり!」
ミリ「かりすーぷ」
レオン「変な方向へ行ったな」
食事の途中、トトが手を上げた。
「レオン兄ちゃん」
レオン「なんだ」
「俺たち、ここにいる間も十六か条守る?」
レオン「ああ」
エル「ここは本当のひだまりじゃないけど?」
レオン「場所が変わっても、守ることは変わらない」
ガル「じゃあ、仮ひだまり防護十六か条?」
セシリア「良い表現です」
ユアン「また壁に貼る?」
ミリ「貼る」
リリィ「猫印も」
猫「……」
マーサ「明日、紙に書き写そうかね」
トトは少し考えた。
「十七もいる?」
レオン「何を書く気だ」
トトは真剣な顔で言った。
「工事中の家には勝手に戻らない」
全員が黙った。
マーサが深く頷く。
「それは大事だね」
フィリア「非常に重要です。工事現場は危険です」
リュシア「魔法結界も外すから、なおさらね」
セシリア「採用です」
レオン「ああ。必要だ」
トトは嬉しそうに胸を張った。
「じゃあ、十七!」
ミリ「こうじ、戻らない」
リリィ「猫も戻らない」
猫「……」
ガル「勝手に見に行くなってことだな」
ユアン「トト、守れる?」
トト「守る!」
レオン「本当だな」
トト「本当!」
マーサ「破ったら?」
トトは少し震えた。
「……説教?」
マーサ「長めのね」
トト「守ります!」
こうして、新しい約束が増えた。
十七、工事中の孤児院には勝手に戻らない。
その夜。
子どもたちはそれぞれ客室に分かれて眠ることになった。
ただし、屋敷が広すぎて落ち着かないため、最初の夜は数人ずつ同じ部屋にした。
トト、ガル、ユアンは同じ部屋。
エル、ミリ、リリィは隣の部屋。
猫はリリィの布の上。
マーサは廊下の近く。
フィリアとリュシアはそれぞれ別室。
セシリアは書類を持ち込もうとして、マーサに止められた。
レオンは最後に廊下を歩き、全ての扉を確認した。
トトの部屋の前で、声が聞こえた。
トト「なあ、ここ、やっぱりすごいな」
ガル「豪邸だしな」
ユアン「レオン兄ちゃんだけ普通の家って言ってる」
トト「でもさ」
少し間が空く。
「みんな一緒なら、ちょっと楽しい」
ガル「まあな」
ユアン「うん」
隣の部屋では、エルの声がした。
エル「ここでも、帰る場所になるのかな」
ミリ「すーぷある」
リリィ「猫いる」
エルは少し笑った。
「じゃあ、大丈夫かも」
レオンは静かに廊下を進んだ。
その先で、マーサが待っていた。
「レオン」
レオン「はい」
「ありがとう」
レオンは少しだけ黙った。
「必要なことをしただけです」
マーサ「それでも、ありがとうだよ」
レオン「……はい」
マーサは窓の外を見た。
遠く、ひだまり孤児院の屋根が少しだけ見える。
「家を直すってのはね、壁や床だけじゃないんだよ」
レオン「……」
「そこに帰る子たちの気持ちも、一緒に直すんだ」
レオン「はい」
マーサ「だから、工事が終わったら、ちゃんとみんなで帰ろう」
レオン「ああ」
マーサ「どこへ帰る?」
レオンは静かに答えた。
「ひだまりへ帰る」
その夜。
レオンの屋敷――仮ひだまりの食堂には、まだ少しだけ灯りが残っていた。
壁には、セシリアが仮で貼った紙。
『仮ひだまり防護十七か条』
その最後には、トトの字でこう書かれていた。
十七、工事中の孤児院には勝手に戻らない。
レオンはその文字を見て、少しだけ息を吐いた。
外では、アルトが屋根付きの馬車置き場で丸くなっている。
猫はリリィの部屋で眠っている。
子どもたちは、広すぎる屋敷に少し戸惑いながらも、同じスープの匂いに包まれて眠っている。
ひだまり孤児院は、明日から大工事。
帰る場所は、もっと強くなる。
そして工事の間。
ここが、仮のひだまりになる。




