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第四十四話 王の生誕祭


王都に、朝から鐘の音が響いていた。


ごーん。


ごーん。


ごーん。


いつもの警鐘ではない。


祭りを告げる、明るい鐘の音だった。


空はまだ完全な青ではなかったが、黒い膜はかなり薄くなっていた。


雲の隙間から、柔らかな光が王都へ降り注いでいる。


通りには色とりどりの旗。


店先には花飾り。


パン屋からは甘い焼き菓子の匂い。


広場には楽師たち。


子どもたちの笑い声。


今日は、王の生誕祭。


国王エルドランの誕生日を祝う、王都で一番大きな祭りの日だった。


ひだまり孤児院の食堂でも、朝から少しだけ空気が違っていた。


トト「王様の誕生日……!」


ガル「王様にも誕生日あるんだな」


ユアン「そりゃあるでしょ」


ミリ「おめでとうすーぷ」


リリィ「猫も祝う?」


猫「……」


リリィ「猫、考え中」


エルは少し緊張した顔で、テーブルに置かれた招待状を見ていた。


王城から届いた正式な招待状。


ひだまり孤児院の子どもたち、マーサ、レオンたちへ向けたものだ。


そこには、丁寧な文字でこう書かれていた。


『王の生誕祭において、ひだまり孤児院の皆を王城へ招く。公的な式典ではなく、夕刻の小さな祝宴である。安全確認は万全に行う。よく食べ、よく笑い、よく帰ること。――エルドラン』


セシリア「最後の一文に、陛下の私情が入っています」


レオン「いつものことだ」


フィリア「でも、温かい招待ですね」


リュシア「ええ。王様らしいわ」


マーサは腕を組んで招待状を見ていた。


「小さな祝宴、ねぇ」


トト「小さいって、どのくらい?」


レオン「王城基準の小さいは信用するな」


ガル「大きいのか?」


レオン「ああ」


ユアン「王城だもんね」


ミリ「大きいすーぷ?」


レオン「スープの大きさではない」


その時、トトが勢いよく手を上げた。


トト「プレゼント!」


全員がトトを見る。


トト「王様の誕生日でしょ? プレゼントいるよね?」


マーサ「そうだね。招待されたなら、何か持っていくのが礼儀だよ」


トト「何がいいかな!」


ミリ「すーぷ」


リリィ「猫」


猫「……」


ガル「猫をプレゼントにするな」


ユアン「王様、困るよ」


リリィ「猫も困る」


猫「……」


エル「王様って、何をもらったら喜ぶのかな」


レオンは少し考えた。


「アリシア殿下とルカ殿下が元気なら、それで喜ぶ」


セシリア「親バカ記録に基づき、かなり正確です」


リュシア「では、子どもたちから何か渡すのは喜ぶでしょうね」


フィリア「手作りのものなど」


トト「手作り……!」


トトの目が輝いた。


「王様に、ひだまり十四……じゃなくて十六か条の札を作る?」


レオン「王城に貼る気か」


トト「王様も守った方がいいでしょ?」


セシリア「陛下には必要かもしれません」


マーサ「特に、助けたい時ほどみんなを呼ぶ、だね」


レオン「親バカ時に必要だな」


リュシア「十六、靴ひもをちゃんと結ぶ、も?」


フィリア「王様の靴ひもは結ばれていると思います」


ミリ「王様、転ぶ?」


レオン「転ばせるな」


エルは少し笑った。


それを見て、トトは嬉しそうに言った。


「じゃあ、みんなで絵を描こう!」


ガル「絵か」


ユアン「王様の絵?」


トト「王様と、アリシア王女と、ルカ王子と、すーぷ!」


ミリ「すーぷ大事」


リリィ「猫も描く」


猫「……」


エル「私は、星を描きたい」


リュシア「いいわね」


フィリア「それなら、私は小さな花を押し花にしましょうか」


マーサ「じゃあ、私はスープを作るよ」


トト「やっぱりすーぷ!」


マーサ「ただのスープじゃないよ」


レオン「何ですか」


マーサは少しだけ笑った。


「親バカ疲れに効くスープだよ」


食堂が一瞬静かになり、次の瞬間、子どもたちが騒ぎ出した。


トト「親バカ疲れ!」


ガル「そんな疲れあるのか?」


セシリア「陛下にはあります」


ユアン「あるんだ……」


ミリ「親バカすーぷ」


リリィ「猫も効く?」


猫「……」


レオン「王様、喜ぶだろうな」


リュシア「絶対喜ぶわ」


フィリア「効果もありそうです」


セシリア「王城記録には載せづらい名称ですね」


マーサ「じゃあ、表向きは“元気が出る野菜スープ”にしておくよ」


トト「裏の名前は?」


ミリ「親バカすーぷ」


レオン「裏の名前を広めるな」


その日、ひだまり孤児院は朝から準備で大忙しになった。


ガルとユアンは、王様への大きな絵を描くために紙を広げた。


トトは王様を大きく描きすぎて、横にいるアリシアとルカの場所がなくなった。


トト「王様、大きくなりすぎた!」


ユアン「紙を足そう」


ガル「もう一枚貼ればいい」


エル「じゃあ、王様の横に星を描くね」


ミリ「すーぷ」


ミリは絵の中心に、小さな器を描いた。


だが、なぜか王様より目立っている。


リリィは猫を描いた。


猫は王様の膝の上に座っている。


ガル「王様、猫飼ってたっけ?」


リリィ「今日だけ」


猫「……」


セシリアはその横で、子どもたちのプレゼント内容を記録していた。


「王への贈呈品。手描き絵一枚、押し花、元気が出る野菜スープ、別名親バカすーぷ……」


レオン「別名を書くな」


セシリア「重要です」


レオン「重要ではない」


ミリ「重要」


リリィ「猫も重要」


猫「……」


一方、レオンは別の問題に直面していた。


服である。


王城の生誕祭。


いくら小さな祝宴とはいえ、普段着で行くわけにはいかない。


セシリアが黒い礼装を用意していた。


落ち着いた黒の上着。


銀糸の縁取り。


動きやすさも考えられているが、普段の外套よりはずっと堅い。


レオンはそれを見て、眉を寄せた。


「動きにくそうだ」


セシリア「王城用の礼装です」


レオン「剣は振れるか」


セシリア「祝宴で剣を振らないでください」


リュシア「似合うと思うわ」


フィリア「はい。とても」


レオン「まだ着ていない」


リュシア「着る前から分かるわ」


フィリア「健康上の問題はありません」


レオン「健康の話か?」


セシリア「逃げないでください」


トトがレオンの礼装を見て、目を輝かせた。


「レオン兄ちゃん、王様みたいになる?」


レオン「ならない」


ミリ「黒王様」


レオン「違う」


リリィ「猫も見る」


猫「……」


マーサ「ちゃんと着な。王様の誕生日だよ」


レオン「分かりました」


マーサに言われると、レオンは反論しない。


その様子を見て、トトが小声で言う。


「やっぱりマーサ先生が最強」


ガル「うん」


ユアン「うん」


セシリア「記録済みです」


レオン「記録するな」


夕方。


ひだまり孤児院の門の前には、王城から迎えの馬車が来ていた。


馬車は二台。


子どもたち用と、大人用。


さらに前後には騎士がつく。


グレンもいた。


グレン「迎えに来た」


マーサ「ご苦労さま」


トト「合言葉!」


グレンはすでに慣れた顔でうなずいた。


「当然だ」


マーサ「どこへ帰る?」


グレン「ひだまりへ帰る」


トト「よし!」


グレン「私が確認される側なのだな」


セシリア「良いことです」


グレン「そうだな」


レオンは礼装姿で門から出てきた。


黒い上着。


銀糸の縁取り。


髪もいつもより整えられている。


左目下の傷は隠していない。


大柄な体に礼装がよく似合っていた。


トト「おおお……!」


ミリ「黒王様」


レオン「違う」


リュシアは少しだけ目を細めた。


「やっぱり似合ったわね」


フィリア「はい、とても」


レオン「動きにくい」


セシリア「第一声がそれですか」


マーサ「褒められたら、ありがとうだよ」


レオン「……ありがとう」


リュシア「記録した?」


セシリア「もちろんです」


レオン「するな」


子どもたちも、それぞれ少しきれいな服に着替えていた。


トトは新しい靴を履いている。


しかも靴ひもを、何度も確認している。


トト「十六条、よし!」


ガル「靴ひも確認しすぎだろ」


ユアン「ほどけてないね」


エルも新しい靴を履いていた。


少し緊張しているが、足元はしっかりしている。


ミリは小さなリボンをつけていた。


リリィは猫を抱いていた。


グレン「猫も行くのか」


リリィ「猫も招待」


グレン「招待状には……」


猫「……」


グレンは少し黙った。


「……特別に許可を取っている」


リリィ「猫、王城」


ミリ「猫城」


レオン「猫は暴れないように」


リリィ「猫、礼儀正しい」


猫「……」


アルトは庭に残る予定だった。


王城まで連れていくと、大きな騒ぎになるためだ。


トト「アルト先輩、留守番?」


アルト「……」


アルトは少しだけ不満そうに見えた。


レオン「王城の庭に入るには、まだ空の膜が完全に晴れていない。今日は留守番だ」


トト「帰ったら報告する!」


アルトがトトの髪を軽くつついた。


トト「今のは、行ってこい?」


リリィ「たぶん、違う」


ミリ「つつき」


馬車が動き出す。


王都の通りは祭りで賑わっていた。


店先には焼き菓子。


果物飴。


花飾り。


小さな旗。


楽師の音。


踊る人。


笑う人。


王様の生誕祭。


だが、ただ華やかなだけではない。


通りのあちこちには騎士が立っている。


黒玻璃の事件後、警備は明らかに強くなっていた。


それでも、王都の人々は祭りを楽しんでいる。


怖さがなくなったわけではない。


でも、怖いからといって、すべてを止めてしまうわけではない。


トトは窓から外を見ていた。


「すごい……!」


ガル「人、多いな」


ユアン「迷子になったら大変」


エル「手を離さないようにしないと」


ミリ「手」


リリィ「猫も」


猫「……」


マーサ「王城に着いたら、勝手に動かない。必ず大人と一緒。これは祭りでも同じだよ」


トト「はい!」


セシリア「今日の特別確認です。知らない荷物に触らない。知らない人についていかない。知っている人でも違和感があれば言う。走らない。靴ひも確認。合言葉確認」


トト「十六条、全部!」


レオン「全部言えるか?」


トト「えっ」


ガル「言えないのか?」


トト「言える!」


ユアン「今?」


トト「今は馬車が揺れてるからあとで!」


セシリア「要練習」


トト「厳しい!」


王城に到着すると、子どもたちはさらに目を丸くした。


高い城壁。


白い石の塔。


花で飾られた門。


金と青の旗。


広い中庭。


そこには、すでに小さな祝宴の準備が整っていた。


王城基準で“小さな”祝宴。


だが、ひだまり孤児院の食堂の何倍も広い。


トト「小さくない!」


ガル「やっぱりな」


ユアン「王城基準」


ミリ「大きい」


リリィ「猫、迷子注意」


猫「……」


広間の入口で、アリシアとルカが待っていた。


アリシアは淡い青の礼服。


ルカは少しきちんとした王子服。


だが、ルカはトトを見るなり駆け出しかけた。


グレン「殿下」


ルカ「走る前に呼ぶ!」


ルカはその場で止まり、大きな声で言った。


「トト! 来てくれて嬉しい!」


トトも反射的に走りかけて、止まった。


「ルカ王子! 俺も嬉しい!」


二人は数歩ずつ歩いて近づき、握手した。


セシリア「王城トト、孤児院トト、共に走らず成功」


グレン「その呼び名は広げないでくれ」


アリシアはエルの前に来た。


「エルさん。来てくださって嬉しいです」


エル「アリシア王女様……招待、ありがとうございます」


アリシア「今日は練習の日ではありません。楽しむ日です」


エル「でも、少し緊張します」


アリシア「私もです」


エルは驚いた。


「王女様も?」


アリシアは小さく笑う。


「父上の生誕祭ですから。失敗できないと思うと、少し緊張します」


エル「そうなんだ……」


アリシア「だから、一緒に呼吸しましょうか」


エルはうなずいた。


二人は少しだけ目を閉じる。


ゆっくり吸う。


ゆっくり吐く。


その様子を見て、レオンは静かに目を細めた。


トト「王女様も呼吸練習してる」


リュシア「良い光景ね」


フィリア「はい」


やがて、国王エルドランが広間に現れた。


いつもより立派な王服。


肩には王の外套。


頭には控えめな冠。


威厳がある。


間違いなく王である。


だが、ひだまり孤児院の子どもたちを見た瞬間、その顔は少しだけ崩れた。


国王「よく来た!」


グレン「陛下」


国王「分かっている。王として落ち着いている」


セシリア「少し崩れました」


国王「少しだけだ」


トトは緊張しながら一歩前へ出た。


「お、王様。お誕生日、おめでとうございます!」


ミリ「おめでとうすーぷ」


リリィ「猫も」


猫「……」


ガル「おめでとうございます」


ユアン「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


エル「おめでとうございます」


国王は胸に手を当てた。


「ありがとう。とても嬉しい」


ルカ「父上、泣きそうです」


国王「泣いていない」


アリシア「少しだけ」


グレン「陛下」


国王「分かっている」


レオンは一礼した。


「陛下、生誕祭おめでとうございます」


国王「レオンもよく来た。礼装が似合っているぞ」


レオン「動きにくいです」


リュシア「第一声がそれなの、本当に変わらないわね」


フィリア「でも似合っています」


セシリア「記録済みです」


国王「うむ。記録してよい」


レオン「陛下まで」


祝宴が始まった。


大きな卓には、王城の料理が並んでいる。


焼き肉。


魚の香草焼き。


色鮮やかな野菜。


小さな焼き菓子。


果物。


スープ。


トトは目を輝かせた。


「すごい……!」


ミリ「すーぷ、いっぱい」


リリィ「猫は食べない」


猫「……」


マーサは王城の料理を見て、少しだけ頷いた。


「いい匂いだね」


王城料理長が緊張した顔で立っている。


国王「マーサ殿にそう言われるとは、料理長も報われよう」


料理長「光栄です」


マーサ「そんな大げさな」


レオン「マーサ先生の評価は重いです」


ジーナがいれば、きっと“お袋が言うなら間違いねぇ!”と叫んだだろう。


そんな声が聞こえた気がして、トトは少しだけ入口を見た。


だが、ジーナはいない。


森に帰ったままだ。


トト「ジーナの姉御も来たらよかったのに」


マーサ「来たら王城の料理が足りなくなるよ」


ルカ「そんなに食べるのですか?」


レオン「ああ」


国王「料理長、今後ジーナ殿が来る場合は倍用意せよ」


料理長「承知しました」


セシリア「正式対応になりました」


食事の前に、子どもたちはプレゼントを渡した。


まずは大きな絵。


トト、ガル、ユアン、エル、ミリ、リリィが描いた王様の絵。


王様はとても大きい。


横にアリシアとルカ。


下にスープ。


なぜか猫が王様の膝にいる。


さらに空には星。


そして隅には、小さくこう書かれていた。


『おたんじょうび おめでとう。いっぱい食べて、ちゃんと帰って、いっぱい笑ってください』


国王はそれを見て、黙った。


ルカ「父上?」


アリシア「父上」


国王は目元を押さえた。


「……泣いていない」


グレン「泣いています」


国王「少しだけだ」


セシリア「親バカ涙、記録しますか?」


グレン「今回は公式記録には不要だ」


トト「王様、喜んだ?」


国王「とても喜んだ」


ミリ「成功」


リリィ「猫も成功」


猫「……」


次に、フィリアの押し花。


リュシアが小さな星の魔法を添える。


そして最後に、マーサのスープが運ばれた。


小さな蓋付きの鍋。


王城の豪華な料理の中では、決して派手ではない。


だが、湯気の匂いが広がると、広間の空気が少しだけ柔らかくなった。


国王「これは……」


マーサ「元気が出る野菜スープです」


トトが小声で言う。


「裏の名前は親バカすーぷ」


ミリ「親バカすーぷ」


レオン「小声になっていない」


国王「親バカすーぷ……!」


グレン「陛下、反応しないでください」


国王「いや、これは重要だ。親バカ疲れに効くのか?」


マーサ「さあね。効くかどうかは、食べてからだよ」


国王は真剣な顔でスープを受け取った。


一口。


飲む。


そして、目を閉じた。


「……これは」


ルカ「父上?」


アリシア「いかがですか?」


国王「効く」


グレン「何にですか」


国王「心に」


マーサ「それならよかったよ」


国王はもう一口飲んだ。


「マーサ殿」


マーサ「はい」


国王「王城でこの味を出すには、どうすればよい」


マーサ「子どもを心配しすぎて寝不足になってから、野菜を切れば近いかもしれないね」


国王「なるほど」


グレン「納得しないでください」


レオン「陛下ならできそうだ」


セシリア「親バカ調理法、記録は控えます」


祝宴は、思ったよりも和やかに進んだ。


トトとルカは、走らず歩く競争を始めた。


どちらが速く歩けるか。


しかし途中でセシリアとグレンに止められた。


セシリア「急いで歩いているだけ、は逃走にも使われる表現です」


グレン「王城内で競争しない」


トト「走ってないのに!」


ルカ「歩いていました!」


アリシア「二人とも、落ち着きましょう」


ガル「やっぱり似てるな」


ユアン「うん」


ミリ「王城トト」


グレン「広げないでくれ」


エルはアリシアと庭を歩いた。


王城の庭は広く、花が多い。


警備の騎士たちも立っているが、距離は少し遠い。


アリシア「疲れていませんか?」


エル「大丈夫です」


アリシア「人が多いと、魔力が揺れませんか?」


エルは胸に手を当てる。


「少し。でも、ここは嫌な感じじゃないです」


アリシア「よかった」


エル「王女様は、いつもこんなに人に見られるんですか?」


アリシア「はい。慣れてはいますが、疲れないわけではありません」


エル「怖い時は?」


アリシア「一人で抱えない練習中です」


エルは少し笑った。


「私もです」


二人は並んで歩く。


その後ろを、フィリアが少し離れて見守っている。


さらに遠くで、リュシアが水晶を確認していた。


黒玻璃反応はない。


少なくとも、今この庭には。


ルカとトトは、王城の小さな訓練場を見学していた。


グレンが案内している。


ルカ「ここで僕は剣の練習をしています」


トト「すごい!」


ルカ「でも、今日は走る前に呼ぶ練習もしました」


トト「俺も昨日やった!」


ルカ「どんなふうに?」


トトは胸を張った。


「レオン兄ちゃん! 門の外に知らない荷物! 俺は庭にいる!」


ルカ「分かりやすい!」


グレン「王城内で叫ばない」


トト「再現です!」


ルカ「再現です!」


グレン「二人とも」


ガル「グレンさん、大変だな」


ユアン「本当に」


その頃、レオンは国王と少し離れた場所で話していた。


祝宴の喧騒から外れた、広間の端。


国王は親バカすーぷを手に持っている。


レオンは礼装のまま、壁にもたれずに立っていた。


国王「ラザルが倒れ、メルザは拘束された」


レオン「はい」


国王「だが、双角は残っている」


レオン「ああ」


国王「生誕祭の最中にする話ではないかもしれぬが」


レオン「必要な話です」


国王は小さくうなずく。


「ラザルの残した言葉。器はまだ遠い。灰剣は帰る場所に縛られる」


レオン「黒玻璃は、そう見ているようです」


国王「そなたは?」


レオン「帰る場所は足場です」


国王は静かに笑った。


「よい答えだ」


レオン「子どもたちに言いました」


国王「ならば、なおよい」


少し間が空く。


国王は広間を見る。


アリシアがエルと話している。


ルカがトトと何かを言い合っている。


ミリが焼き菓子を両手で持っている。


リリィが猫に王城の椅子を見せている。


マーサが料理長と話している。


フィリアとリュシアが、互いに少しだけ視線で火花を散らしながらも、子どもたちを見守っている。


セシリアは全部記録している。


国王「私は王だ」


レオン「はい」


国王「だが今日は、父親でもある」


レオン「いつもでは?」


国王「いつもだが、今日は特にだ」


レオンは少しだけ沈黙した。


「陛下」


国王「何だ」


「誕生日、おめでとうございます」


国王は一瞬驚いた顔をした。


そして、ゆっくり笑った。


「ありがとう、レオン」


レオン「それと」


国王「うむ」


「今日は、少し安心していい日です」


それは、レオンがエルに言った言葉でもあった。


国王は目を閉じる。


そして、深く息を吐いた。


「そうだな。今日は、少し安心していい日だ」


広間の中央では、子どもたちが王様のために短い歌を歌うことになった。


急に決まった。


ミリが「おめでとうすーぷ」と言ったのがきっかけだった。


トト「歌にする?」


ガル「するのか?」


ユアン「短ければ」


リリィ「猫は歌わない」


猫「……」


エル「私、少しだけなら」


アリシア「私も手伝います」


ルカ「僕も!」


そして、即席の歌が始まった。


歌というより、言葉を合わせたものだった。


「おたんじょうび、おめでとう」


「いっぱい食べて」


「いっぱい笑って」


「ちゃんと休んで」


「大事な人と」


「手をつないで」


「どこへ帰る?」


最後の一言で、トトが国王を見た。


国王は少し驚き、それから大きく答えた。


「ひだまりへ――」


グレン「陛下」


国王「いや、違うな」


国王は笑った。


「私の帰る場所は、王城だ。だが、ひだまりにも遊びに行きたい」


トト「王様、来るの!?」


国王「行ってよいか?」


マーサ「合言葉を言えるならね」


国王「練習しておこう」


ルカ「僕も行きます!」


アリシア「私も」


グレン「予定確認が必要です」


セシリア「王城訪問予定、仮記録します」


レオン「勝手に決めるな」


リュシア「でも、楽しそうね」


フィリア「健康的です」


その夜。


祝宴は無事に終わった。


黒玻璃の襲撃はなかった。


怪しい荷物もなかった。


知った顔の違和感もなかった。


ただ、楽しく食べて、話して、笑った。


それだけ。


けれど、それだけが、とても大事だった。


帰りの馬車の中。


トトは眠そうにしながらも、必死に目を開けていた。


トト「寝たら、王城のこと忘れそう……」


ガル「寝ても忘れないだろ」


ユアン「明日話せばいい」


ミリ「すーぷ」


リリィ「猫、寝た」


猫はリリィの膝で丸くなっていた。


エルは窓の外を見ていた。


王城の灯りが遠ざかっていく。


「楽しかった」


フィリア「よかったです」


エル「少し怖かったけど、楽しかったです」


レオン「それでいい」


エル「はい」


トトは新しい靴を見下ろした。


「王様、喜んでたね」


マーサ「ああ」


トト「親バカすーぷ、効いたね」


レオン「効いたらしいな」


ミリ「成功」


リリィ「猫も成功」


馬車がひだまり孤児院へ戻ると、門の内側でアルトが待っていた。


白銀の翼をたたみ、静かに座っている。


トト「アルト先輩、ただいま!」


レオン「門の前で走るな」


トト「走ってない!」


アルトはトトの髪を軽くつついた。


トト「報告する! 王様、泣いた!」


セシリア「正確には少し泣きました」


マーサ「そこは言わなくていいよ」


アルトは低く鳴いた。


ぐるる。


まるで、よく帰ったと言っているようだった。


その夜。


子どもたちはすぐに眠った。


よほど疲れていたのだろう。


トトも、王城の話を最後まで語る前に寝た。


エルも、アリシアからもらった小さな花飾りを枕元に置いて眠った。


ミリは「おめでとうすーぷ」と寝言を言った。


リリィの猫は、いつも通り丸くなった。


レオンは食堂の壁を見た。


十六か条。


その下に、トトが祭りから帰ってすぐ、眠い目で書き足した小さな文字があった。


『十七、楽しい日も油断しない。でも楽しむ』


セシリアはそれを見て、しばらく考えた。


「採用です」


レオン「また増えたか」


マーサ「いいんじゃないかい。今日にはぴったりだ」


リュシア「楽しい日を楽しむのも、守りの一つよ」


フィリア「心の回復にも必要です」


レオンは壁の文字を見た。


楽しい日も油断しない。


でも楽しむ。


黒玻璃がまだ残っているからといって、すべての笑顔を止めるわけにはいかない。


恐怖だけで生きるわけにはいかない。


帰る場所は、ただ守るだけの場所ではない。


笑う場所でもある。


食べる場所でもある。


祝う場所でもある。


レオンは小さくうなずいた。


「必要だな」


その頃。


王城。


国王エルドランは、自室で子どもたちからもらった絵を見ていた。


絵の中の自分は、とても大きい。


膝にはなぜか猫。


横にはアリシアとルカ。


下にはスープ。


空には星。


国王は笑った。


「よい絵だ」


扉の外で、グレンが控えている。


「陛下、そろそろお休みください」


国王「分かっている」


「本当ですか」


「分かっているとも」


国王は絵を机の上に置いた。


その横には、マーサのスープの空になった器。


そして、子どもたちの歌の言葉を書き留めた紙。


国王「グレン」


グレン「はい」


国王「今日は、よい日だったな」


グレンは少しだけ表情を緩めた。


「はい。よい日でした」


国王「黒玻璃が何を企もうとも、こういう日を守らねばならぬ」


グレン「そのために、我々がいます」


国王「うむ」


国王は窓の外を見た。


空には、星が二つ見えていた。


昨日より、一つ増えている。


その星を見上げながら、国王は静かに言った。


「来年も、祝おう」


遠く。


黒玻璃の奥。


二本角の影は、まだ完全には目覚めていない。


しかし、赤黒い光がわずかに強まった。


闇の中の声が低く響く。


「王の祭り。笑い。歌。足場」


黒い水面のような結晶に、王城の灯りが映っている。


ひだまりの灯りも。


王城の灯りも。


どちらも小さい。


だが、確かに燃えている。


声は静かに続けた。


「ならば、次は灯りを狙う」


二本角の影が、ゆっくりと息を吐いた。


赤黒い光が揺れる。


けれどその夜。


王都の空には、星が二つ戻っていた。


そして、ひだまり孤児院の食堂には。


王様にもらった新しい靴と。


王様に渡した絵の下書きと。


十七番目の約束が残っていた。


十七、楽しい日も油断しない。でも楽しむ。


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