第三十一話 王城会議と黒い中継点
翌朝。
ひだまり孤児院の庭では、白銀のグリフォンが朝日を浴びていた。
アルトである。
昨日、空から王都の外を偵察し、黒い結晶の中継点を見つけたばかりだというのに、本人――いや、本鳥は落ち着いたものだった。
庭の端で翼をたたみ、静かに座っている。
その前には、木札が掛けられていた。
『アルト先輩』
トト作である。
レオン・ガルディアはそれを見て、朝から少しだけ眉間を押さえた。
レオン「……まだ掛けていたのか」
トト「許可もらった!」
レオン「柵に掛けるだけならな」
トト「だから柵に掛けてる!」
セシリア「一応、条件は守っています」
レオン「一応か」
ガル「アルト先輩、似合ってるぞ」
ユアン「本当に先輩っぽい」
エル「静かだから」
ミリ「先輩」
リリィ「猫より先輩」
猫「……」
猫は昨日より少しだけ距離を縮めていた。
だが、まだアルトの近くへ行く気はないらしい。
リリィ「猫、今日は半歩勝った」
ガル「何にだよ」
アルトは子どもたちを一通り見てから、レオンへ視線を戻した。
ぐるる。
低く鳴く。
レオン「分かっている。今日は王城へ報告だ」
トト「アルトも行くの!?」
レオン「行かない。王城にグリフォンを連れていくと騒ぎになる」
セシリア「すでに王城は十分騒がしいので、これ以上は避けたいですね」
トト「でも、王様なら親バカだから喜ぶかも!」
レオン「親バカは関係ない」
マーサ「王様に向かって、あんまり外で親バカ親バカ言うんじゃないよ」
セシリア「本人が認めていますが、外では控えめに」
トト「じゃあ、小声で親バカ」
レオン「言うな」
朝食の食堂には、いつもより大人が多かった。
レオン。
セシリア。
フィリア。
リュシア。
マーサ。
そして、子どもたち。
テーブルの端には、昨日リュシアが作った魔力記録の写しが置かれている。
黒い結晶の位置。
魔力の流れ。
廃塔の周辺図。
中継点と思われる魔力反応。
セシリアはそれらを一枚ずつ整理していた。
セシリア「本日の王城報告事項です」
トト「また書類?」
セシリア「はい」
ガル「黒い結晶って、書類にもなるんだな」
セシリア「なります。むしろ、書類にしないと動けません」
リュシア「魔法使いの世界でも同じよ。報告書がなければ研究費は出ないわ」
レオン「どこも同じか」
リュシア「そう。剣でも魔法でも、最後に待っているのは書類」
トト「冒険って大変なんだ……」
レオン「ああ」
セシリア「あなたはまず、外出の決まりを守るところからです」
トト「はい!」
フィリアはレオンの前に立ち、体調を確認していた。
フィリア「昨日の空中移動後、肩や腰に痛みは?」
レオン「ない」
フィリア「魔力酔いは?」
レオン「ない」
フィリア「アルトに乗った後の疲労は?」
レオン「ない」
フィリア「本当に?」
レオン「ああ」
リュシアが横から口を挟んだ。
リュシア「レオンは昔から、疲れていても『ない』と言うわ」
フィリア「やはり」
レオン「昔の話を証拠にするな」
リュシア「今も同じなら証拠になるでしょう?」
フィリア「なります」
セシリア「記録します」
レオン「朝から味方がいない」
マーサ「味方が多いから心配されてるんだよ」
レオンは黙った。
それは反論しづらかった。
トトはスープを飲みながら、リュシアとフィリアを見比べていた。
トト「リュシアさんとフィリア姉ちゃん、今日は仲良し?」
フィリア「仲良し、というほどでは」
リュシア「でも、敵ではないわね」
フィリア「レオン様の無茶を止める点では、同じ方向です」
リュシア「そうね」
トト「じゃあ、レオン兄ちゃん対策同盟?」
セシリア「良い名称です」
レオン「作るな」
ミリ「レオン対策」
リリィ「同盟」
ガル「また支部増えたな」
レオン「増やすな」
朝食後。
レオン、セシリア、リュシアは王城へ向かうことになった。
フィリアも同行する。
理由は、黒玻璃の使徒による魔力汚染が治癒師の領域にも関係しているからだ。
トトは当然のように手を上げた。
トト「俺も!」
全員「駄目」
トト「早い!」
レオン「王城の正式会議だ」
セシリア「機密情報が含まれます」
フィリア「長時間になるかもしれません」
リュシア「退屈よ?」
トト「じゃあ、アルト先輩と待ってる!」
レオン「アルトに変なものを食わせるな」
トト「肉ならいい?」
レオン「マーサ先生の許可を取れ」
トト「分かった!」
マーサ「あと、アルトの近くで走らないこと」
トト「はい!」
セシリア「アルトの札を増やさないこと」
トト「……はい!」
レオン「今、間があった」
ガル「増やす気だったな」
ユアン「たぶん」
エル「絶対」
トト「まだ何もしてない!」
リリィ「その言葉、危険」
ミリ「危険すーぷ」
レオンはトトをじっと見た。
トトは背筋を伸ばした。
レオン「何かあれば、マーサ先生の言うことを聞け」
トト「はい!」
レオン「アルトに乗ろうとするな」
トト「……はい!」
レオン「今の間は何だ」
トト「ちょっとだけ考えた!」
マーサ「考えた時点で駄目だよ」
トト「はい……」
こうして、王城組は出発した。
王城の会議室。
そこには、国王エルドラン、グレン・アシュフォード、数名の近衛騎士、宮廷魔導士、そして文官たちが集まっていた。
いつものように、机には地図が広げられている。
だが、今回は王都周辺だけではない。
西方へ続く街道。
古い見張り塔。
廃村。
森。
丘陵地帯。
そして、リュシアが記録した魔力の流れ。
国王「来たか、レオン」
レオン「はい」
国王「昨日、空から偵察をしたと聞いた」
レオン「はい。アルトで」
国王「グリフォンか」
グレン「レオン殿がグリフォンを所有しているとは知りませんでした」
セシリア「私も詳細は聞いていませんでした」
フィリア「私もです」
リュシア「私は知っていたわ」
国王「なぜ言わなかった」
レオン「必要な時に呼べばいいと思っていました」
セシリア「マスターの『聞かれなかったから言わなかった』案件です」
フィリア「またです」
グレン「またなのか」
リュシア「昔からよ」
レオン「報告はアルトの話ではないでしょう」
国王「そうだな」
国王は表情を引き締めた。
「黒い結晶の中継点について聞こう」
リュシアが前に出た。
いつもの余裕ある笑みは消え、魔法使いとしての顔になっている。
彼女は机の上に菫色の水晶を置いた。
水晶の中に星の光が灯る。
リュシア「昨日、レオンとアルトで王都西方を偵察しました。反応があったのは、旧西街道沿いの廃塔です」
宮廷魔導士「廃塔……古い警戒塔か」
グレン「今は使われていないはずだ」
セシリア「こちらが位置情報です」
セシリアが地図に印をつける。
国王は地図を見下ろした。
国王「王都から近すぎるな」
レオン「ああ。空ならすぐだが、地上でも一日あれば届く距離です」
リュシア「結晶そのものは小さいわ。けれど、魔力の流れ方が不自然だった」
宮廷魔導士「不自然とは?」
リュシア「結晶が周辺の魔力を吸っているのではなく、別の場所へ送っている。つまり、貯蔵ではなく中継」
会議室が静かになる。
セシリア「魔力を送る先がある、ということですね」
リュシア「ええ」
フィリア「その魔力が、人や魔物に影響する可能性は?」
リュシア「十分あるわ。特に黒晶獣の核と同じ性質なら、周辺の獣や魔物を変質させることも考えられる」
グレン「討伐隊を出すべきか」
レオン「まだ早い」
グレン「なぜだ」
レオン「罠の可能性が高い。昨日、リュシアが反応を取った時、結晶がこちらを見ているような動きをした」
国王「見ている?」
リュシア「正確には、観測反応ね。あの結晶はただ置かれているだけではない。何かに繋がっている」
宮廷魔導士の一人が顔をしかめた。
「黒玻璃の使徒が、こちらの動きを把握している可能性がある、と?」
リュシア「ええ」
国王は深く息を吐いた。
「厄介だな」
レオン「はい」
その時、国王の表情が一瞬だけ変わった。
真剣な王の顔から、父親の顔へ。
国王「……王都西方ということは、アリシアとルカの訓練場からは遠いな?」
会議室が止まった。
グレンが小さく咳払いする。
セシリアは記録板を開いたまま、少しだけ目を伏せた。
リュシアは楽しそうに眉を上げる。
レオン「王城の訓練場とは反対方向です」
国王「そうか」
フィリア「ですが、王都全体の安全に関わる問題です」
国王「分かっている。分かっているが、父として確認せずにはいられないのだ」
セシリア「大がつく親バカですから」
国王「そうだ!」
宮廷魔導士たちは目を丸くした。
グレンは頭を押さえた。
レオンは慣れた顔をしていた。
リュシアは小声で言う。
リュシア「王城、面白いわね」
レオン「面白がるな」
国王は咳払いした。
「話を戻す」
セシリア「戻る前に脱線した記録は残します」
国王「それは残さなくてよい」
セシリア「記録します」
国王「……」
レオン「諦めた方が早いです」
国王「お前の副官、強いな」
レオン「はい」
会議は続いた。
廃塔への調査隊をいつ出すか。
地上から行くか、空から再偵察するか。
黒い結晶を破壊すべきか、解析用に回収すべきか。
ラザルが再び現れる可能性。
黒角第一号、第二号が存在する可能性。
そして、ひだまり孤児院の防護をどう強化するか。
その話題になった時、レオンの目が少しだけ冷えた。
レオン「孤児院を直接狙う可能性があります」
グレン「黒玻璃が、レオン殿の帰る場所を探るならば、十分ありえる」
フィリア「防護結界を増やしましょう」
リュシア「私も手を貸すわ。魔力探知と偽装結界なら得意よ」
セシリア「既存の防護札と合わせて、三重化できます」
国王「必要な費用は王城が出す」
レオン「ありがとうございます」
国王「子どもの安全に出す金を渋る王など、王ではない」
その言葉は、親バカの声ではなかった。
王の声だった。
レオンは静かに頭を下げた。
「では、お願いします」
国王「ただし」
レオン「はい」
国王「アリシアとルカが『孤児院に手伝いに行きたい』と言い出した場合の対策も考えねばならん」
会議室がまた止まった。
グレン「陛下……」
国王「絶対に言うぞ。特にルカはトトと仲良くなった」
セシリア「可能性は高いです」
レオン「否定できません」
リュシア「王子様までトト化しているの?」
レオン「少し」
グレン「少しではありません」
国王「ルカは純粋なのだ」
セシリア「親バカ記録、追加」
国王「それは記録してもよい」
セシリア「よいのですか」
会議は真剣なのに、時々おかしな方向へ転がる。
それが、最近の王城会議だった。
最終的に、方針は決まった。
一つ。
廃塔にはすぐに大部隊を送らない。
二つ。
リュシアが魔力解析を進め、セシリアが情報を整理する。
三つ。
グレンが少数精鋭の調査隊を準備する。
四つ。
レオンとアルトは、必要に応じて空から再偵察する。
五つ。
ひだまり孤児院の防護を強化する。
六つ。
王女と王子には、現時点で現地調査への同行を認めない。
国王「六つ目が一番重要だな」
レオン「陛下」
国王「分かっている。冗談だ」
セシリア「半分本気でした」
国王「半分な」
リュシア「素直な王様ね」
レオン「そこは昔からだ」
会議が終わると、国王はレオンだけを少し呼び止めた。
会議室には、国王とレオン、そしてセシリアだけが残った。
リュシアとフィリアは廊下で待っている。
国王「レオン」
レオン「はい」
国王「黒玻璃の使徒は、おそらくお前を見ている」
レオン「はい」
国王「そして、お前の周りもだ」
レオン「分かっています」
国王「孤児院を守ることに遠慮はするな。王城も使え。騎士団も使え。金も物資も出す」
レオンは少しだけ沈黙した。
そして言った。
「ありがとうございます」
国王「それと」
レオン「はい」
国王「一人で背負うな」
セシリアがほんの少しだけ目を伏せた。
レオンは国王を見た。
国王は、王としても、父としても、真剣な顔をしていた。
国王「お前は強い。だが、強い者ほど、周りが見えなくなる時がある」
レオン「……」
国王「守る者が多いなら、頼る者も増やせ」
レオンはしばらく黙った。
それから、小さくうなずいた。
「努力します」
セシリア「記録します」
レオン「そこは記録しなくていい」
国王「いや、記録せよ」
セシリア「承知しました」
レオン「陛下まで」
国王「証拠は大事だ」
その頃。
ひだまり孤児院では、別の会議が開かれていた。
議長はトト。
参加者はガル、ユアン、エル、ミリ、リリィ、猫。
そして庭の端にアルト。
トト「第一回、アルト先輩と仲良くなる会議を始めます!」
ガル「また変な会議始めた」
ユアン「大人に言った?」
トト「マーサ先生には『遠くから見るだけならいい』って言われた」
エル「それ会議の許可?」
トト「たぶん!」
リリィ「たぶんは危険」
ミリ「会議」
猫「……」
アルトは目を閉じている。
だが、耳だけは動いていた。
聞いているらしい。
トトは木の枝で地面に絵を描いた。
大きな鳥のような絵。
その横に小さな人。
さらにその横にスープらしき丸。
ガル「これは?」
トト「アルト先輩仲良し計画図」
ユアン「スープある」
エル「アルトは飲まない」
トト「だから肉の絵!」
ガル「どう見てもスープだろ」
ミリ「肉すーぷ」
リリィ「第0段階、肉」
トト「まず、アルト先輩に毎朝あいさつします」
ユアン「それはいいと思う」
エル「近づきすぎないなら」
トト「次に、アルト先輩の札をもっとかっこよくします」
ガル「それは駄目って言われそう」
リリィ「許可いる」
トト「だから、これはあとで聞く」
ユアン「成長してる」
トト「最後に、アルト先輩に乗る練習」
全員「駄目」
トト「まだ何もしてない!」
リリィ「したら終わる」
ミリ「落ちる」
ガル「髪つつかれて落ちる」
トト「やっぱりそれ怖いな……」
アルトが低く鳴いた。
ぐるる。
トトはびくっとした。
「聞いてた?」
アルトは目を閉じたまま、翼を少し動かした。
まるで。
“乗るのはまだ早い”
と言っているようだった。
トト「アルト先輩も駄目って言ってる気がする」
ガル「賢いな」
ユアン「アルトが」
トト「俺も賢いよ!」
エル「今日だけ?」
トト「今日だけじゃない!」
その時、マーサが庭に出てきた。
「トト」
トト「はい!」
マーサ「変な会議は終わったかい?」
トト「変じゃないよ! アルト先輩と仲良くなる会議!」
マーサ「なら、仲良くなる第一歩として、庭の草を片づけな」
トト「草?」
マーサ「アルトが翼を広げると、飛ぶんだよ」
トトは庭を見る。
たしかに、昨日の風で小枝や葉っぱが散っている。
トトは胸を張った。
「アルト先輩のためなら!」
ガル「急にやる気出た」
ユアン「いいこと」
エル「仕事になるなら」
ミリ「草すーぷ?」
リリィ「それは違う」
子どもたちは庭掃除を始めた。
アルトはその様子を静かに見ていた。
時々、トトが近づきすぎると、嘴で髪を軽くつつく。
トト「また!」
ガル「注意されてる」
ユアン「先輩っぽい」
エル「本当に先輩」
ミリ「アルト先輩」
リリィ「認定」
その夕方。
王城から戻ったレオンたちは、孤児院の庭がいつもより綺麗になっていることに気づいた。
レオン「……庭が片づいている」
マーサ「子どもたちがやったんだよ」
トト「アルト先輩のために!」
レオン「そうか」
アルトはレオンを見ると、静かに低く鳴いた。
リュシアは庭を見て笑った。
リュシア「アルト、もう馴染んでいるわね」
フィリア「健康管理対象としても、環境が整うのは良いことです」
セシリア「アルト関連で子どもたちの自発的な手伝いが増加。記録します」
レオン「それは記録してもいい」
セシリア「珍しいですね」
トト「ねえ、レオン兄ちゃん!」
レオン「なんだ」
トト「アルト先輩と仲良くなる会議をした!」
レオン「何だそれは」
ガル「変な会議」
トト「変じゃない!」
レオン「アルトに乗る話はしていないだろうな」
トト「……」
レオン「トト」
トト「したけど、みんなに駄目って言われて、アルト先輩にも駄目って言われた気がする!」
レオン「ならいい」
トト「いいの!?」
セシリア「実行しなかった点は評価できます」
レオン「考えただけなら、まだ叱るほどではない」
マーサ「ただし、勝手にやったら説教だよ」
トト「はい!」
夕飯の時間。
王城会議の内容は、子どもたちには簡単に説明された。
黒い結晶が、王都の外にもあること。
廃塔に中継点があること。
でも、すぐに戦いに行くわけではないこと。
大人たちが準備をしていること。
孤児院の守りも強くすること。
トトは黙って聞いていた。
いつもならすぐ質問する。
だが、今日は少しだけ真面目だった。
トト「レオン兄ちゃん」
レオン「なんだ」
トト「怖いこと、近づいてる?」
食堂が静かになった。
レオンは少しだけ考えた。
嘘はつけない。
だが、怖がらせすぎる必要もない。
レオン「近づいているかもしれない」
トト「……」
レオン「だから、準備する」
ガル「俺たちは?」
レオン「決まりを守る。勝手に動かない。知らないものに触らない。怪しいものを見たら大人に言う」
ユアン「黒い石とか?」
レオン「ああ」
エル「変な人も?」
レオン「ああ」
ミリ「こわい?」
レオン「怖いと思ったら、誰かの手を握れ」
ミリは少し考えて、隣のリリィの袖を握った。
リリィ「握られた」
マーサ「それでいいんだよ」
トトはしばらく黙っていた。
それから言った。
「俺、勝手に見に行かない」
セシリアの手が止まった。
フィリアが少し目を丸くする。
レオンもトトを見た。
トト「ギルドの時みたいに、勝手に行かない。アルト先輩に乗って探しに行ったりもしない」
レオン「……ああ」
トト「でも、何か手伝えることがあったら言って」
レオンは少しだけ目を細めた。
「なら、まずは孤児院を守る手伝いだ」
トト「何するの?」
レオン「小さい子を一人にしない。門の外へ勝手に出ない。アルトに変なものを食わせない」
トト「最後、俺だけ?」
ガル「お前だけだろ」
ミリ「肉すーぷ」
リリィ「危険」
トト「食わせない!」
食堂に少しだけ笑いが戻った。
リュシアはその様子を見て、そっとレオンに言った。
リュシア「いい子たちね」
レオン「ああ」
リュシア「守りたくなる気持ち、分かるわ」
レオン「そうか」
リュシア「ええ。あなたがここへ帰ってくる理由も」
レオンはスープを見た。
湯気が揺れている。
「夕飯があるからな」
リュシア「そういうことにしておくわ」
マーサが笑った。
「今日はおかわりするかい?」
レオン「ああ」
トト「レオン兄ちゃん、おかわり!」
ミリ「第0段階、成功」
リリィ「帰るすーぷ」
セシリア「本日の記録、帰還後の第0段階成功」
レオン「そこまで記録するのか」
フィリア「食事記録としては大事です」
外では、アルトが庭で静かに翼をたたんでいた。
その近くには、トトが掛けた木札。
『アルト先輩』
そして、その下にいつの間にか小さな紙が増えていた。
『かってに のらない』
レオンがそれを見つけた。
「……これは?」
トトは胸を張った。
「自分で書いた!」
セシリア「非常に良い札です」
マーサ「これは褒めていいね」
レオンは少しだけ笑った。
「ああ。よく書いた」
トトは嬉しそうに笑った。
アルトが低く鳴く。
ぐるる。
まるで、トトを褒めているようだった。
その夜。
ひだまり孤児院には、静かな緊張と、いつもの温かさが一緒にあった。
黒い結晶の影は、確かに近づいている。
だが、子どもたちは少しずつ学んでいる。
怖い時ほど周りを見ること。
勝手に動かないこと。
待つこと。
帰る場所を守ること。
そして、グリフォンには勝手に乗らないこと。
トトは寝る前、窓から庭を見た。
アルトは月明かりの下で眠っている。
トト「アルト先輩」
アルトの耳が少し動く。
トト「俺、今日は勝手に乗らなかったよ」
アルトは目を閉じたまま、低く鳴いた。
ぐるる。
それはまるで。
“よくやった”
そう言っているようだった。
トトは満足そうに布団へ戻った。
そして、その頃。
遠く西の廃塔では。
黒い結晶が、夜の闇の中で赤黒く光っていた。
その前に、白い仮面の男が立っている。
彼は欠けた仮面の奥で、静かに笑った。
ラザル「空の目か。灰剣は、翼まで持っているとはな」
黒い結晶が震える。
まるで答えるように。
ラザル「面白い。ならば次は、空を閉じる準備をしよう」
黒玻璃の影は、確かに次の手を打ち始めていた。




