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第二十九話 王子のギルド見学


王子ルカのギルド見学当日。


ひだまり孤児院の朝は、いつもより少しだけ早く始まった。


理由は一つ。


トト・ミルクが、夜明け前から起きていたからである。


トト「今日は先輩として遅れられない!」


ガル「まだ暗いんだけど」


ユアン「昨日も早起きしすぎて怒られた」


エル「学んでない」


トト「学んだよ! 今日は布団の中で静かに起きてた!」


ガル「それは寝てないって言うんだよ」


寝室の扉が開く。


そこには、マーサが立っていた。


マーサ「トト」


トト「はい!」


マーサ「先輩は、寝不足で人を案内しない」


トト「はい……」


マーサ「朝食まで寝な」


トト「でも、王子様が」


マーサ「王子様もまだ寝てるよ」


トト「たしかに!」


ガル「納得するんだ」


こうして、トトはもう一度布団に戻された。


だが、目は閉じていても、口だけは動いていた。


トト「見学の順番は、受付、掲示板、治療室、訓練場……それから第0段階……」


ガル「寝ろ」


トト「先輩は準備が大事……」


ユアン「寝る準備も大事」


エル「第0段階の前に睡眠」


トト「睡眠段階……」


ガル「変な段階を増やすな」


朝食の時間。


トトは少し眠そうだった。


だが、やたら背筋だけは伸びている。


レオン・ガルディアはいつも通り、食堂の端でスープを飲んでいた。


セシリアは記録板。


フィリアは健康管理表。


マーサは鍋の前。


リュシア・アルヴェインは、昨日から王城とギルドを行き来していたが、今日は朝から孤児院に顔を出していた。


王子ルカの見学に、魔力防護担当として同行するためである。


リュシア「朝から賑やかね」


マーサ「いつもはもう少し静かだよ」


ガル「いや、だいたいこんな感じ」


ユアン「うん」


エル「トトがいるから」


トト「俺だけのせいじゃないよ!」


ミリ「トト、音」


リリィ「歩く事件」


トト「ひどい!」


リュシアは楽しそうに笑った。


その笑い方は余裕があって、少し大人っぽい。


トトはそれを見て、また小声でガルに言った。


トト「やっぱり大人の女の人だ」


ガル「分かる」


セシリア「聞こえています」


リュシア「褒め言葉として受け取っておくわ」


フィリア「……朝から余裕ですね」


リュシア「朝は得意なの」


フィリア「私は健康管理が得意です」


リュシア「私は魔力管理が得意よ」


トトが小声で言う。


トト「また始まった」


ガル「大人の戦い」


ユアン「今日は王子様も来るのに」


エル「戦闘禁止」


レオン「誰も戦っていないだろう」


全員「戦ってる」


レオン「そうなのか」


リュシアはレオンを見て、くすりと笑った。


リュシア「相変わらずね」


フィリア「本当に」


セシリア「鈍感記録、継続です」


レオン「記録するな」


朝食後。


トトは胸に木札を下げた。


昨日の見学札とは違う。


今日の札には、こう書かれている。


『ギルド見学補助中』


その下に、小さく。


『トト・ミルク』


トトはそれを両手で持って、誇らしげに立っていた。


トト「どう?」


ガル「調子に乗ってる」


ユアン「すごく」


エル「顔に出てる」


ミリ「先輩顔」


リリィ「猫より偉そう」


トト「猫より!?」


セシリア「本日の注意事項です」


トト「はい!」


セシリアは記録板をめくった。


「一つ。王子殿下の前で調子に乗らない」


トト「はい!」


「二つ。勝手に案内を増やさない」


トト「はい!」


「三つ。王子殿下と二人で走らない」


トト「はい!」


「四つ。『第0段階ギルド支部』という言葉を広めない」


トト「……はい!」


レオン「今、間があった」


ガル「広める気だったな」


トト「ちょっとだけ!」


マーサ「ちょっとだけ、が一番危ないんだよ」


トト「はい……」


リュシア「この子、昔のレオンに少し似てるわね」


レオン「俺はこんなに騒がしくない」


リュシア「そうね。あなたはもっと静かに無茶をしたわ」


フィリア「それは困ります」


セシリア「昔から要観察だったのですね」


レオン「昔の話を広げるな」


リュシア「今度ゆっくり話してあげる」


トト「聞きたい!」


レオン「聞かなくていい」


そして、王都冒険者ギルドへ向かった。


今日の同行者は、レオン、セシリア、リュシア、トト。


フィリアは孤児院に残る予定だったが、最後まで迷っていた。


フィリア「レオン様、何かあったらすぐ呼んでください」


レオン「ああ」


フィリア「トトくん、昼食を抜かないこと」


トト「はい!」


フィリア「王子殿下にも無理をさせないこと」


トト「はい!」


フィリア「リュシアさん」


リュシア「はい?」


フィリア「魔力防護、よろしくお願いします」


リュシアは少しだけ目を丸くしたあと、やわらかく笑った。


リュシア「任せて」


その瞬間だけ、二人の間の火花は消えた。


子どもを守ることに関しては、二人とも同じ方向を向いていた。


王都冒険者ギルド本部。


今日は朝から、いつもより整っていた。


受付前の床はきれいに掃かれている。


依頼掲示板の危険依頼は奥に移されている。


訓練場の木剣も点検済み。


治療室には予備の包帯と薬草。


厨房には、なぜかスープ。


レオン「なぜスープが増えている」


受付職員「王子殿下がいらっしゃるので、第0段階を」


レオン「だから広めるな」


セシリア「もう手遅れです」


トトは胸を張った。


トト「俺のせい?」


レオン「ああ」


トト「やっぱり!」


セシリア「誇らないでください」


やがて、王城の馬車がギルド前に止まった。


馬車から降りてきたのは、第二王子ルカ・エルドラン。


今日は訓練着ではなく、動きやすい外出用の服を着ている。


腰には武器はない。


王城側が、ギルド見学に必要ないと判断したためだ。


その後ろにはグレン・アシュフォード。


さらに数名の近衛騎士。


ルカ「レオン殿! トト!」


トト「王子様!」


二人は駆け寄ろうとした。


レオン「走るな」


グレン「殿下、走らないように」


トトとルカ「「急いで歩いてます!」」


二人の声が重なった。


食堂にいなくても、全員が同じことを思った。


――似ている。


セシリア「危険な一致ですね」


リュシア「ふふ、可愛いじゃない」


レオン「可愛いで済ませると、後で走る」


ルカはトトの木札を見た。


ルカ「ギルド見学補助中……かっこいい!」


トト「でしょ!」


セシリア「役割は限定的です」


トト「先輩です!」


レオン「調子に乗るな」


トト「はい!」


ルカ「僕も札が欲しいです!」


セシリア「用意してあります」


セシリアは小さな木札を取り出した。


そこには、きれいな字でこう書かれていた。


『ギルド見学中』


その下に。


『ルカ・エルドラン』


ルカはそれを見て目を輝かせた。


ルカ「僕の名前が!」


トト「分かる! 俺もそうだった!」


ルカ「先輩!」


トト「後輩!」


レオン「上下関係を作るな」


グレン「殿下、王族としての自覚を」


ルカ「はい!」


返事は早い。


だが、顔は完全に楽しんでいた。


まずは受付の見学から始まった。


受付職員たちは王子に緊張していたが、ルカは興味津々だった。


ルカ「ここで依頼を受けるのですか?」


受付職員「はい。冒険者の方々はここで依頼の説明を受け、終了後に報告と報酬の受け取りを行います」


ルカ「報酬もここで?」


受付職員「はい」


トト「あと、危ない依頼はレオン兄ちゃんが止める!」


ルカ「本当ですか?」


レオン「ああ。必要ならな」


ルカ「なぜですか?」


レオン「死んだら次の依頼を受けられない」


ルカは少し真面目な顔になった。


トトも、昨日のことを思い出してうなずく。


トト「帰れなくなると、スープ飲めないし」


ルカ「第0段階が失敗する……」


セシリア「そこに結びつけるのですね」


リュシア「でも、分かりやすいわ」


グレン「王子殿下には少々くだけすぎでは」


ルカ「分かりやすいです!」


グレン「……そうですか」


次に、依頼掲示板。


トトは昨日の見学を思い出しながら、得意げに説明した。


トト「ここには、いろんな依頼が貼ってあります!」


ルカ「これは?」


トト「薬草採取!」


ルカ「これは?」


トト「荷物運び!」


ルカ「これは?」


トト「迷い猫探し!」


ルカ「猫を探すのも冒険者の仕事なのですか!?」


トト「そう! 戦うだけじゃないんだよ!」


レオンはその説明を聞きながら、小さくうなずいた。


トトはちゃんと覚えている。


調子には乗っているが、昨日学んだことを自分の言葉で話している。


セシリアも記録板に何かを書いた。


セシリア「成長記録、加点」


トト「加点!?」


レオン「調子に乗るな」


トト「はい!」


リュシアは隣でくすりと笑った。


リュシア「あなた、子どもを見る顔が昔より柔らかくなったわ」


レオン「そうか?」


リュシア「ええ。昔も優しかったけど、今はもっと家族を見る顔ね」


レオンは答えなかった。


代わりに、依頼掲示板の一枚を直した。


少しだけ斜めになっていたのだ。


セシリア「マスター」


レオン「何だ」


セシリア「看板だけでなく依頼書も気になるのですね」


リュシア「昔からよ。地図の角が曲がっていると直す人だったもの」


トト「ぴこん隊長、昔から!」


レオン「変な呼び方を昔に広げるな」


次は治療室。


ルカは真剣に治療師の説明を聞いていた。


治療師「冒険者の怪我は、魔物だけが原因ではありません。転倒、疲労、準備不足も多いです」


ルカ「準備不足……」


トト「昼ごはん抜くのも駄目」


ルカ「第0段階ですね」


セシリア「完全に定着しています」


リュシア「良いことじゃない。食べるのは大事よ」


レオン「また味方が増えた」


治療室を出た後、訓練場へ向かう。


ギルド裏の訓練場では、新人冒険者たちが基礎練習をしていた。


踏み込む。


止まる。


下がる。


周囲を見る。


ルカはそれを見て、すぐに反応した。


ルカ「王城でやった訓練と似ています!」


レオン「ああ。基礎は同じだ」


トト「俺たちの止まる練習遊びとも同じ!」


ルカ「そうか! あれも訓練だったのですね!」


トト「うん!」


レオン「遊びでも、身につけば訓練になる」


ルカ「では、もっとやりたいです!」


トト「俺も!」


レオン「今日は見学だ」


二人「「はい……」」


声までそろった。


グレンが頭を押さえた。


グレン「殿下が二人いるようです」


セシリア「正確には、王城トトと孤児院トトです」


トト「俺、孤児院トト!?」


ルカ「僕、王城トト!?」


リュシア「可愛い名前ね」


レオン「定着させるな」


訓練場では、レオンが少しだけ実演することになった。


戦闘ではない。


木剣も使わない。


ただ、足の動かし方だけだ。


レオン「前に出る時、全部の力を前に乗せるな」


新人冒険者「はい!」


レオン「止まれない踏み込みは、攻撃じゃなくて転倒の準備だ」


ルカ「なるほど……」


トト「止まれない速さは危ない!」


セシリア「よく覚えていますね」


トト「先輩だから!」


レオン「調子に乗るな」


トト「はい!」


レオンが一歩踏み込む。


それだけで、空気が変わった。


力任せではない。


速すぎるわけでもない。


だが、見ている者全員が思った。


もしこれが本気なら、逃げられない。


ルカは息を呑んだ。


トトも、目を輝かせた。


リュシアは懐かしそうに微笑む。


リュシア「変わらないわね。その一歩」


レオン「癖か?」


リュシア「いいえ。背中を預けたくなる一歩」


また空気が止まった。


フィリアはいない。


だが、セシリアはしっかり記録した。


トト「背中を預けたくなる一歩……」


ガルがいたら、絶対に「なんか大人の言い方だな」と言っただろう。


ルカは純粋に感動していた。


ルカ「かっこいいです!」


レオン「派手な技ではない」


ルカ「でも、かっこいいです!」


トト「俺もそう思う!」


レオンは少し困ったように頭をかいた。


リュシア「褒められるのはまだ苦手?」


レオン「慣れない」


リュシア「料理を褒められた時も、同じ顔をしていたわ」


トト「レオン兄ちゃん、昔から料理してたの!?」


リュシア「ええ。野営料理はかなり上手だったわ」


レオン「食えないものを出すわけにはいかないだろう」


リュシア「私はあなたのスープ、好きだったわ」


トト「好き!?」


セシリア「また拾いましたね」


レオン「味の話だろう」


リュシア「……そういうことにしておきましょう」


昼前。


見学は予定通り終了した。


ルカはかなり満足していた。


トトも、自分がちゃんと先輩をできた気がして、胸を張っていた。


セシリアは記録を閉じる。


セシリア「大きな問題なし。小さな問題は多数」


レオン「小さな問題とは」


セシリア「王城トト、孤児院トト、第0段階ギルド支部、リュシアさんの発言多数」


リュシア「私も問題なの?」


セシリア「記録対象です」


リュシア「光栄ね」


レオン「光栄なのか」


ルカはトトと握手した。


ルカ「今日はありがとうございました、先輩!」


トト「どういたしまして、後輩!」


レオン「やめろ」


グレン「殿下、そろそろ王城へ」


ルカ「はい。……でも、また来てもいいですか?」


レオン「陛下の許可があればな」


ルカ「父上は許可してくれると思います」


グレン「おそらく、大量の注意書き付きで」


セシリア「目に浮かびます」


ルカは馬車に乗る前、トトに小さく手を振った。


トトも大きく振り返す。


王城の馬車が遠ざかる。


トトはしばらくそれを見ていた。


トト「俺、ちゃんと先輩できたかな」


レオン「ああ」


トト「ほんと?」


レオン「今日はよくやった」


トトの顔がぱっと明るくなる。


トト「やった!」


セシリア「調子に乗りすぎる前に帰ります」


トト「はい!」


孤児院へ戻る頃には、ちょうど昼食の時間だった。


食堂では、マーサのスープが待っていた。


トトは入るなり報告を始める。


トト「王子様、ちゃんと見学できた! 受付見て、依頼掲示板見て、治療室見て、訓練場見て、俺、先輩した!」


ガル「問題起こさなかったのか?」


セシリア「小さな問題はありました」


トト「大きな問題はなし!」


ユアン「それならすごい」


エル「成長」


ミリ「先輩」


リリィ「猫より先輩」


トト「今日は猫より上!?」


レオンはスープを飲みながら、少しだけ静かだった。


リュシアはそれに気づいた。


リュシア「レオン」


レオン「なんだ」


リュシア「何か考えてる顔ね」


レオン「ああ」


セシリア「王子殿下の見学についてですか?」


レオン「それもある」


フィリア「黒玻璃の使徒のことですか?」


レオン「それもある」


マーサ「それ以外もある顔だね」


レオンは少し黙った。


そして、窓の外を見た。


「近いうちに、少し移動する必要が出るかもしれない」


食堂が静かになった。


トト「移動?」


ガル「どこへ?」


レオン「まだ決まっていない。ただ、黒い結晶の反応が王都の外にも出ている」


リュシア「西方の件ね」


レオン「ああ。空から確認した方が早いかもしれない」


トト「空から?」


ミリ「そら」


リリィ「鳥?」


レオン「ああ。呼んでおくか」


セシリアがぴたりと止まった。


フィリアも目を瞬いた。


マーサは何かを思い出したように笑った。


トト「呼ぶって、誰を?」


レオンは立ち上がり、庭へ向かった。


子どもたちもぞろぞろついていく。


リュシアも、セシリアも、フィリアも外へ出た。


庭に出ると、レオンは空を見上げた。


そして、指笛を吹いた。


高く、澄んだ音が空へ抜ける。


しばらく何も起きなかった。


トト「……?」


ガル「何も来ないぞ」


ユアン「鳥?」


エル「大きい鳥?」


ミリ「そら」


リリィ「猫、警戒」


猫は本当に警戒して、リリィの足元に隠れた。


次の瞬間。


空の上から、巨大な影が落ちた。


風が吹く。


庭の草が揺れる。


洗濯物がばさばさ鳴る。


トトが目を見開く。


ミリが口を開ける。


ガルが一歩後ろへ下がる。


ユアンとエルが息を呑む。


大きな翼。


鷲の頭。


黄金の瞳。


白銀の羽。


獅子の体。


鋭い爪。


それは、グリフォンだった。


しかも、普通のグリフォンより一回り大きい。


空から舞い降りたその魔獣は、庭に静かに着地した。


地面が少し震える。


トト「……」


ガル「……」


ユアン「……」


エル「……」


ミリ「……とり?」


リリィ「猫、負けた」


猫は完全に机の下へ逃げたかったが、ここは庭なので逃げ場所がなかった。


グリフォンは鋭い目で周囲を見た。


そして、レオンを見つけると。


ぐるる。


低く鳴いて、頭を下げた。


レオンはその額に手を置いた。


レオン「久しぶりだな、アルト」


グリフォン――アルトは、嬉しそうに目を細めた。


トトが叫んだ。


トト「レオン兄ちゃんのペット!?」


レオン「ああ」


ガル「ペットって大きさじゃねぇだろ!」


ユアン「グリフォン……」


エル「本物……」


ミリ「アルト」


リリィ「猫より大きい」


セシリア「比べる相手が猫ではありません」


フィリア「レオン様、ペットがいるとは聞いていません」


リュシア「懐かしいわね。アルト、まだ元気だったの」


アルトはリュシアを見て、小さく鳴いた。


リュシア「覚えていてくれたのね」


トト「リュシアさんも知ってるの!?」


リュシア「昔、レオンと一緒に旅をしていた頃からの子よ」


レオン「子ではない。もう十分成体だ」


リュシア「あなたにとっては、ずっと子でしょう?」


レオン「……まあな」


その言葉に、トトが目を輝かせた。


トト「レオン兄ちゃん、ペットには甘い!」


ガル「子どもにも甘いけどな」


セシリア「要記録です」


レオン「記録するな」


アルトはレオンの肩に嘴をこすりつけた。


その仕草は、巨大な魔獣というより、久しぶりに主人に会えた大型犬のようだった。


ミリ「かわいい」


リリィ「猫よりかわいい?」


リリィの猫が、なぜか少しだけ不満そうに鳴いた。


リリィ「猫もかわいい」


トトはそろそろと近づいた。


レオン「急に近づくな」


トト「触っていい?」


レオン「俺がいいと言ってからだ」


アルトはトトをじっと見た。


黄金の瞳。


鋭い嘴。


大きな翼。


トトは少し怖くなった。


だが、同時にすごく触りたい。


レオンがアルトの首を軽く叩いた。


レオン「大丈夫だ。こいつはトトだ。騒がしいが、悪いやつじゃない」


トト「紹介がひどい!」


アルトはトトの匂いを嗅ぐように、顔を近づけた。


トトは固まる。


そして。


アルトが、トトの髪を軽くつついた。


トト「うわっ!」


レオン「気に入ったらしい」


トト「これで!?」


リュシア「アルトは気に入らない相手には近づかないわ」


トト「じゃあ俺、合格?」


レオン「ああ」


トトは一気に笑顔になった。


「やった!」


ガル「俺も触っていい?」


ユアン「僕も」


エル「少しだけ」


ミリ「アルト」


リリィ「猫も紹介」


猫は明らかに紹介されたくなさそうだった。


レオンは小さく息を吐いた。


「一人ずつだ。騒ぐな」


トト「はい!」


子どもたちは順番にアルトへ近づいた。


ガルは翼の大きさに驚き。


ユアンは羽の柔らかさに目を丸くし。


エルはそっと首元を撫で。


ミリは「もふ」とだけ言い。


リリィは猫を抱えながら遠くから見た。


猫は最後まで少し警戒していた。


マーサが庭の入口で笑っている。


マーサ「久しぶりだね、アルト」


アルトはマーサを見て、静かに頭を下げた。


トト「マーサ先生も知ってるの!?」


マーサ「レオンが若い頃からね」


トト「レオン兄ちゃん、隠し事多すぎ!」


レオン「隠していたわけではない」


セシリア「聞かれなかったから言わなかった、ですね」


フィリア「それは実質、隠していたのと近いです」


リュシア「相変わらずね」


レオン「必要な時に呼ぶつもりだった」


トト「今が必要な時?」


レオン「ああ。空から見なければ分からないことがある」


子どもたちは、少しだけ静かになった。


黒玻璃の使徒。


黒い結晶。


王都の外。


まだ見えない危険。


アルトの登場は楽しいだけではない。


レオンが空を使う必要を感じているということは、何かが動いている。


だが、レオンは子どもたちを不安にさせすぎないように、アルトの首を撫でながら言った。


「今日は顔見せだ。すぐ飛ぶわけじゃない」


トト「じゃあ、今日はアルトもスープ?」


レオン「グリフォンはスープを飲まない」


ミリ「飲まない?」


リリィ「第0段階、失敗?」


セシリア「グリフォンに第0段階を適用しないでください」


マーサ「肉なら少しあるよ」


アルトはその言葉に反応した。


トト「分かった! アルトの第0段階は肉だ!」


レオン「また変な段階を増やすな」


リュシアは笑いながら言った。


リュシア「でも、昔もそうだったわ。アルトは干し肉が好きだったもの」


レオン「ああ」


フィリア「では、食事管理が必要ですね」


レオン「アルトまで管理するのか」


フィリア「レオン様のペットなら、健康管理対象です」


アルトは首をかしげた。


リュシアが口元を押さえて笑う。


セシリアが記録板を開く。


トトがアルトの前で胸を張る。


トト「アルト、俺はギルド見学の先輩で、レオン兄ちゃんの弟子じゃなくて、孤児院トトです!」


レオン「情報が多い」


アルトはよく分からないという顔で、もう一度トトの髪をつついた。


トト「また!?」


ミリ「気に入った」


リリィ「鳥先輩」


ガル「今度はアルト先輩か」


トト「俺より先輩多くない!?」


夕方。


アルトは孤児院の庭の端で羽を休めていた。


大きなグリフォンがいるせいで、いつもの庭が急に冒険物語の一場面のようになっている。


トトたちは、少し離れた場所からずっと見ていた。


レオンはその横で、静かにアルトを見ていた。


リュシアが隣に立つ。


リュシア「やっぱり、呼ぶのね」


レオン「ああ」


リュシア「黒い結晶の広がりを、空から探すため?」


レオン「ああ。地上からでは時間がかかる」


リュシア「私も行くわ」


レオン「危険だ」


リュシア「昔もそう言ったわね」


レオン「今も同じだ」


リュシア「それでも、私はあなたの背中を守る魔法使いよ」


レオンは少し黙った。


そして、短く言った。


「頼む」


リュシアは嬉しそうに笑った。


その笑顔を、トトは見逃さなかった。


トト「やっぱり好きだよ」


ガル「小声にしろ」


セシリア「記録しました」


フィリア「私も聞こえました」


レオン「何がだ」


全員「……」


レオン「また黙る」


ミリ「恋すーぷ」


リリィ「グリフォン入り」


レオン「入れるな」


マーサは夕飯の鐘を鳴らした。


「ほら、みんな中に入りな。アルトにも肉を用意するよ」


トト「アルトも夕飯!」


ガル「庭で?」


ユアン「食堂に入ったら大変」


エル「椅子壊れる」


レオン「庭でいい」


アルトは満足そうに低く鳴いた。


その日の夕飯。


ひだまり孤児院では、新しい話題でいっぱいだった。


王子ルカのギルド見学。


トト先輩。


リュシアの星魔法。


そして、レオンのペットのグリフォン、アルト。


トト「レオン兄ちゃん、家は豪邸で、昔の仲間は綺麗なSランク魔法使いで、ペットはグリフォンって、普通じゃなさすぎるよ!」


レオン「普通だ」


全員「普通じゃない」


声が綺麗にそろった。


アルトが庭の方で、ぐるると鳴いた。


まるで同意しているようだった。


レオンはスープを飲み、ため息をついた。


「アルトまでそっち側か」


トト「アルト先輩も分かってる!」


セシリア「記録します」


レオン「するな」


リュシア「ふふ。賑やかね」


フィリア「はい。とても」


マーサ「これがひだまり孤児院だよ」


外では、大きなグリフォンが月明かりの下で翼をたたんでいる。


中では、子どもたちの笑い声とスープの匂い。


黒玻璃の使徒の影は、まだ消えていない。


むしろ少しずつ近づいているのかもしれない。


だが、その夜。


ひだまり孤児院には、新しい守り手が加わった。


空を駆ける白銀のグリフォン。


レオンの古い相棒、アルト。


そしてトトは、寝る前にこう言った。


トト「明日、アルトにも見学札作っていい?」


レオン「駄目だ」


トト「まだ何もしてない!」


セシリア「その言葉、本当に久しぶりに聞きましたね」


マーサ「明日も見張りが必要だね」


トト「信用がない!」


アルトが庭で、また低く鳴いた。


それは、笑っているようにも聞こえた。


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