第二十七話 正式なギルド見学
トトがレオンのあとを勝手につけた事件から一夜明けた。
ひだまり孤児院の朝は、いつも通り騒がしかった。
ただし、一人だけ少し静かだった。
トト・ミルクである。
いつもなら朝食のスープを見て、
トト「第0段階、開始!」
などと言い出すところだ。
だが今日は、黙って器を持っている。
スプーンを動かす音も、少し控えめだった。
ガル「……気持ち悪いな」
トト「ひどくない!?」
ユアン「でも静か」
エル「反省してる?」
トト「してる!」
ミリ「トト、しずか」
リリィ「猫もびっくり」
猫は椅子の下で丸くなっている。
特にびっくりしている様子はない。
セシリア「本日は、昨日決定した罰を実行します」
トト「はい……」
セシリアは記録板を開いた。
「一つ。マーサ先生の手伝い」
「二つ。外出する時の決まりを三回読む」
「三つ。レオン様に聞きたいことを、勝手に動く前にちゃんと聞く」
トト「はい」
ガル「三つ目、すげぇ大事だな」
ユアン「うん」
エル「本当に」
トト「分かってるよ!」
マーサはスープを配りながら言った。
マーサ「分かってるだけじゃなくて、やるんだよ」
トト「はい!」
レオン・ガルディアは、食堂の端でスープを飲んでいた。
昨日、三日ほど孤児院に来られないと言った本人である。
その本人が、朝から普通に座っている。
セシリアがじっと見た。
セシリア「マスター」
レオン「なんだ」
セシリア「三日ほど来られない予定でしたね」
レオン「ああ」
セシリア「今、ここにいます」
レオン「朝食だけだ」
セシリア「記録上、予定変更です」
レオン「不可抗力だ」
セシリア「朝食は不可抗力ではありません」
マーサ「食べに来たなら食べればいいさ」
フィリア「朝食確認ができるので助かります」
ミリ「レオン、第0段階」
リリィ「成功」
レオン「……そうだな」
トトはレオンをちらりと見た。
昨日、怒られた。
かなり怒られた。
でも、今日はレオンが来ている。
それが少し嬉しかった。
同時に、ちょっとだけ申し訳なかった。
朝食後。
罰の一つ目。
マーサの手伝いが始まった。
トトは台所で野菜を運び、水を汲み、皿を拭いた。
いつもなら途中で飽きる。
だが今日は、かなり真面目だった。
マーサ「トト、にんじんはそっちじゃないよ」
トト「はい!」
マーサ「鍋の近くで走らない」
トト「急いで歩いて……ない! 歩きます!」
マーサ「よろしい」
ガルが食堂の入口から覗いた。
ガル「ちゃんとやってるな」
トト「やってるよ!」
ユアン「えらい」
エル「今日は本当に」
トト「今日はって何!?」
リリィ「昨日は行方不明」
トト「うっ」
ミリ「すーぷ失敗」
トト「ううっ」
マーサ「反省してるなら、手を動かしな」
トト「はい!」
罰の二つ目。
外出する時の決まりを読む時間になった。
セシリアが大きな紙を用意した。
そこには、きれいな字でこう書かれている。
『外出する時の決まり』
一、行き先を大人に言う。
二、誰と行くかを言う。
三、帰る時間を決める。
四、昼食を抜かない。
五、勝手に予定を変えない。
六、困ったら近くの大人に助けを求める。
七、絶対に一人で遠くへ行かない。
トトは紙を見た。
トト「七つもある……」
セシリア「必要最低限です」
ガル「本当はもっとありそう」
セシリア「あります」
トト「これで最低限!?」
レオン「昨日のお前には、全部必要だ」
トト「はい……」
トトは紙を持ち、声に出して読んだ。
トト「一、行き先を大人に言う」
セシリア「はい」
トト「二、誰と行くかを言う」
マーサ「大事だね」
トト「三、帰る時間を決める」
フィリア「健康管理にも大事です」
トト「四、昼食を抜かない」
ミリ「すーぷ」
リリィ「第0段階」
トト「五、勝手に予定を変えない」
ガル「昨日一番できてなかったやつだ」
トト「うっ」
トトは最後まで読んだ。
一回目。
二回目。
三回目。
三回読み終わる頃には、トトは少しだけ疲れていた。
トト「読んだ……」
セシリア「では、質問です」
トト「えっ、テスト!?」
セシリア「あなたがギルドへ行きたい時、まず何をしますか?」
トト「大人に言う!」
セシリア「誰に?」
トト「マーサ先生か、レオン兄ちゃんか、セシリア姉ちゃん!」
セシリア「よろしい」
マーサ「帰る時間は?」
トト「決める!」
フィリア「昼食は?」
トト「抜かない!」
ミリ「すーぷ?」
トト「飲む!」
セシリア「最後だけ決まりにありません」
リリィ「でも大事」
罰の三つ目。
レオンに、ちゃんと聞きたいことを聞く。
それが一番、トトにとって緊張することだった。
食堂の長机で、レオンは書類を見ていた。
本当ならギルドに行かなければならない時間だ。
しかし、今日は朝のうちだけ孤児院で仕事をしている。
セシリアが横に立ち、書類の順番を整えている。
トトはその前に立った。
背筋を伸ばす。
手を前で握る。
顔は真剣だった。
トト「レオン兄ちゃん」
レオン「なんだ」
トト「お願いがあります」
食堂が少し静かになった。
ガルが小声で言う。
ガル「ちゃんと言った」
ユアン「うん」
エル「えらい」
トトは続けた。
「ギルドを、ちゃんと見学したいです。勝手にじゃなくて、許可をもらって、決まりを守って、見に行きたいです」
レオンはしばらく黙っていた。
トトは緊張で口を結ぶ。
レオン「理由は?」
トト「レオン兄ちゃんが、どんな仕事をしてるのか知りたいから」
レオン「昨日見ただろう」
トト「昨日は、隠れて見たから……ちゃんと見たことにならない」
レオンの目が少しだけやわらいだ。
トトはさらに言った。
「あと、ギルドって危ない場所って言われたから、何が危ないのかも知りたい。知らないと、また変なことしそうだから」
セシリアが少しだけ眉を上げた。
マーサも静かに聞いている。
レオンは書類を閉じた。
「分かった」
トト「え?」
レオン「明日、午前だけ正式に見学させる」
トトの顔がぱっと明るくなった。
トト「ほんと!?」
レオン「ああ。ただし条件がある」
トト「はい!」
レオン「一つ。俺かセシリアのそばを離れない」
トト「はい!」
レオン「二つ。勝手に依頼掲示板に触らない」
トト「はい!」
レオン「三つ。冒険者に勝手に話しかけない」
トト「はい!」
レオン「四つ。昼前には孤児院へ帰る」
トト「はい!」
レオン「五つ。昼食を抜かない」
トト「はい!」
フィリア「重要です」
ミリ「すーぷ」
リリィ「第0段階」
レオン「六つ。調子に乗らない」
トト「……はい!」
セシリア「今、少し遅れました」
ガル「一番難しい条件だな」
トト「守るよ!」
マーサ「じゃあ、明日は正式な外出だね」
トト「正式!」
セシリア「では、見学札を作りましょう」
トト「見学札!?」
セシリアは小さな木札を取り出した。
そこに、さらさらと文字を書く。
『ギルド見学中』
さらに下に、小さく名前を書いた。
『トト・ミルク』
トトはそれを見て、目を輝かせた。
トト「俺の名前が!」
セシリア「首から下げます」
トト「かっこいい!」
ガル「迷子札みたいだな」
セシリア「実際、半分は迷子札です」
トト「半分迷子札!?」
レオン「昨日のことを考えれば必要だ」
トト「はい……」
こうして、トトの正式なギルド見学が決まった。
翌朝。
トトはいつもより早く起きた。
いや、早すぎた。
まだ外は少し暗い。
寝室でごそごそ動く音に、ガルが目を開けた。
ガル「……何してんだ」
トト「準備!」
ガル「早すぎる」
トト「正式見学だから!」
ユアンも目をこすりながら起きた。
ユアン「まだ朝じゃない」
エル「寝て」
トト「寝たら遅れる!」
ガル「寝なくても怒られるぞ」
結局、トトはマーサに見つかり、もう一度布団へ戻された。
マーサ「正式見学の日に寝不足で行くんじゃないよ」
トト「はい……」
朝食の時間。
トトはいつもより丁寧にスープを飲んだ。
ミリがじっと見ている。
ミリ「トト、第0段階」
トト「成功!」
リリィ「今日は失敗しない」
トト「しない!」
フィリア「昼食用の軽食も持たせます」
トト「昼前に帰るんじゃ?」
フィリア「念のためです」
セシリア「非常に大事です」
レオン「念のためは必要だ」
トト「みんな昨日のこと、根に持ってる?」
ガル「持ってる」
ユアン「少し」
エル「うん」
マーサ「心配したからね」
トト「ごめんなさい……」
レオンは見学札をトトの首にかけた。
トトは札を両手で持つ。
『ギルド見学中』
それが、妙に誇らしかった。
トト「行ってきます!」
マーサ「行き先は?」
トト「王都冒険者ギルド!」
マーサ「誰と?」
トト「レオン兄ちゃんとセシリア姉ちゃん!」
マーサ「帰る時間は?」
トト「昼前!」
マーサ「昼食は?」
トト「抜かない!」
マーサ「よろしい」
トトは胸を張った。
ガル「なんか、初めてちゃんと出発したな」
ユアン「うん」
エル「正式」
ミリ「見学札」
リリィ「迷子札」
トト「見学札!」
レオン「行くぞ」
トト「はい!」
王都冒険者ギルド本部。
昨日は木箱の影から覗いただけだった。
今日は正面の扉から入る。
トトはレオンの隣を歩きながら、少し緊張していた。
大きな扉が開く。
中の声が一気に聞こえた。
冒険者たちの話し声。
受付職員の声。
依頼書が貼られる音。
武器や鎧の金属音。
昨日よりも近い。
昨日よりも大きい。
トトは思わずレオンの袖をつかみそうになった。
だが、ぎりぎり我慢した。
レオン「怖いか」
トト「……ちょっと」
レオン「なら周りを見ろ」
トト「怖い時ほど?」
レオン「ああ」
トトはゆっくり周りを見る。
受付。
掲示板。
待合席。
奥の階段。
武器を持つ冒険者たち。
治療室への扉。
出入口。
トト「出口、あそこ」
レオン「そうだ」
セシリア「良い確認です」
トトは少しだけ嬉しくなった。
受付職員がレオンを見つけて頭を下げた。
受付職員「ギルドマスター、おはようございます」
レオン「ああ」
受付職員はトトを見た。
「そちらは?」
セシリア「正式見学者です」
トトは慌てて札を見せた。
トト「トト・ミルクです! ギルド見学中です!」
受付職員は少し笑った。
「ようこそ、トトくん」
トト「よろしくお願いします!」
冒険者の一人が近くで笑った。
冒険者「お、ギルドマスターの弟子か?」
トトの目が輝く。
トト「弟子!?」
レオン「違う」
即答だった。
トト「早い!」
冒険者「じゃあ隠し子か?」
レオン「違う」
セシリア「不適切な発言です。記録します」
冒険者「すみませんでした!」
トトは小声で言った。
トト「セシリア姉ちゃん、ギルドでも強い……」
セシリア「普通です」
レオン「普通ではない」
セシリア「マスターに言われたくありません」
見学は、まず受付から始まった。
セシリアが説明する。
セシリア「ここでは依頼の受付、報酬の支払い、冒険者の登録、怪我人の対応確認などを行います」
トト「いっぱいある」
受付職員「朝は特に忙しいですね」
トト「レオン兄ちゃんは何してるの?」
レオン「問題が起きた時に決める」
トト「問題って?」
その瞬間、奥から声がした。
若い冒険者「だから、俺たちでも行けるって!」
別の冒険者「でも、これCランク以上って書いてあるぞ」
若い冒険者「ちょっと様子見るだけなら大丈夫だろ!」
トトは反射的にそちらを見た。
レオンも見た。
セシリアがため息をつく。
セシリア「さっそく問題です」
レオンは歩き出した。
トトもついて行く。
ただし、離れないように。
掲示板の前に、若い冒険者が三人いた。
年齢は十代後半くらい。
剣や短槍を持っているが、装備はまだ新しい。
その一人が、依頼書を手にしている。
レオン「その依頼は戻せ」
若い冒険者「ギ、ギルドマスター!」
レオン「Cランク以上と書いてある」
若い冒険者「でも、調査だけなら」
レオン「調査で死ぬこともある」
若い冒険者は言葉に詰まった。
トトは昨日、木箱の影から見たレオンの言葉を思い出した。
新人を危ない依頼に入れるな。
報酬が安い依頼は通すな。
冒険者を安く使うな。
レオン「お前たちのランクは」
若い冒険者「Eです」
レオン「なら受けられない」
若い冒険者「でも、早く強くなりたいんです」
レオン「死んだら強くなれない」
その言葉は静かだった。
だが、重かった。
若い冒険者は下を向いた。
トトは、胸の奥が少し痛くなった。
自分も似たようなことをしたからだ。
勝手に行けば、何か分かると思った。
でも、危なかった。
トトは小さな声で言った。
トト「……帰れなくなると、スープ飲めないよ」
若い冒険者たちがトトを見る。
レオンも少しだけ見た。
トトは慌てて首の札を持った。
「俺、見学中だけど……昨日、勝手に出て怒られて……帰れなかったら、みんなが心配するって言われて……だから」
若い冒険者は少し目を丸くした。
トト「強くなりたいなら、帰れる依頼からやった方がいいと思う」
ギルドの空気が少しだけ静かになった。
若い冒険者は、依頼書を見た。
そして、ゆっくり戻した。
若い冒険者「……すみません」
レオン「代わりに、南門近くの薬草採取を受けろ。護衛付きだ。基礎訓練にもなる」
若い冒険者「はい」
若い冒険者たちは頭を下げて去っていった。
トトはほっと息を吐いた。
レオン「トト」
トト「はい! 勝手に話しかけました!」
セシリア「条件違反ですね」
トト「ごめんなさい!」
レオン「いや」
トトは顔を上げる。
レオン「今のは悪くなかった」
トト「……ほんと?」
レオン「ああ。自分の失敗を使って止めたなら、意味はある」
トトの顔が少し明るくなった。
セシリア「ただし、次からは先に確認してください」
トト「はい!」
受付職員たちは少し笑っていた。
冒険者の一人が小さく拍手しようとして、セシリアに見られて手を止めた。
次に、依頼掲示板を見学した。
大きな板に、たくさんの紙が貼られている。
薬草採取。
荷物運び。
護衛。
魔物討伐。
行方不明品の捜索。
迷い猫探し。
トトは最後の紙に反応した。
トト「迷い猫!」
リリィがいたら大変だっただろう。
セシリア「低ランク依頼です。新人冒険者の訓練にもなります」
トト「猫を探すのも冒険?」
レオン「ああ」
トト「魔物を倒さなくても?」
レオン「冒険者の仕事は戦うことだけじゃない」
トトは依頼書をじっと見た。
「じゃあ、俺でもできそう」
レオン「一人では駄目だ」
トト「分かってる!」
セシリア「今の返事は早かったですね」
トト「成長してるから!」
レオン「調子に乗るな」
トト「はい!」
その後、トトは治療室を見学した。
軽い怪我をした冒険者が、治療師に手当てされている。
フィリアほどではないが、治療師はてきぱき動いていた。
治療師「転んだだけです。次から足元を見てください」
冒険者「はい……」
トトは小声で言った。
トト「転び方、大事」
レオン「ああ」
セシリア「あなたも学びましたね」
トト「昨日、庭で寝たから……」
セシリア「それは転び方以前の問題です」
次に、訓練場。
ギルドの裏には、小さな訓練場がある。
新人冒険者たちが木剣を振っていた。
レオンが入ると、全員が姿勢を正す。
新人たち「おはようございます!」
レオン「ああ」
トトは思わず背筋を伸ばした。
レオン「見学者だ。邪魔はさせない」
トト「邪魔しません!」
新人の一人が笑った。
「元気だな」
トト「はい!」
レオン「元気だけで前に出ると怪我をする」
トト「はい!」
新人たちが少し笑う。
セシリア「今日の実例です」
トト「実例!?」
訓練では、基本の足運びをしていた。
踏み込む。
止まる。
下がる。
周りを見る。
王城で教えたことと同じだった。
トトは目を丸くする。
トト「騎士も冒険者も同じことするんだ」
レオン「生き残る基礎は同じだ」
トト「俺たちの止まる練習遊びも?」
レオン「あれも同じだ」
トト「じゃあ、俺たちも少し訓練してたの?」
レオン「ああ」
トトは嬉しそうにした。
「ミリも?」
レオン「鳥を見ていたな」
トト「リリィは?」
セシリア「猫を見ていました」
トト「……訓練?」
レオン「場合による」
訓練場の端で、トトは木剣を見つめた。
持ってみたい。
少しだけ。
でも、今日は見学。
条件がある。
勝手に触らない。
トトは木剣から目をそらした。
レオンはそれに気づいていた。
レオン「持ちたいか」
トト「持ちたい」
レオン「今日は駄目だ」
トト「分かった」
セシリアが少し驚いた。
「素直ですね」
トト「今日は信頼回復だから」
レオン「覚えていたか」
トト「うん」
レオンは少しだけうなずいた。
「次、許可を取ってからなら持たせる」
トト「ほんと!?」
レオン「約束を守れたらな」
トト「守る!」
昼前。
約束通り、見学は終了した。
トトは少し名残惜しそうだった。
トト「もう終わり?」
レオン「ああ。昼前に帰る約束だ」
トト「もう少しだけ……」
セシリア「約束です」
トトは口を閉じた。
そして、少しだけ考えてから言った。
「分かった。帰る」
レオンはその返事を聞いて、静かにうなずいた。
「いい判断だ」
トトの顔がぱっと明るくなった。
ギルドの出口で、受付職員が小さな包みを渡した。
受付職員「見学お疲れさま。これはお土産ではなく、昼食用のパンです」
トト「ありがとうございます!」
セシリア「昼食を抜かないためですね」
受付職員「はい。第0段階と聞きましたので」
レオン「また広まっている」
トトは包みを大事に抱えた。
「第0段階、ギルド支部……」
レオン「支部を作るな」
孤児院に戻ると、子どもたちが待っていた。
ガル「どうだった?」
ユアン「ちゃんと帰ってきた」
エル「昼前」
ミリ「すーぷ間に合う」
リリィ「迷子札、役立った?」
トト「見学札!」
マーサ「おかえり。約束は守れたかい?」
トトは胸を張った。
「守れた!」
セシリア「条件違反しかけはありましたが、最終的には守りました」
トト「しかけだけ!」
レオン「若い冒険者を止めるのに、自分の失敗を使った」
マーサ「へぇ」
フィリア「それは良い学びですね」
ガル「お前が人を止めたのか」
トト「止めた!」
ユアン「すごい」
エル「成長」
ミリ「トト、成長」
リリィ「猫より少し」
トト「猫より少し!?」
昼食のスープを飲みながら、トトはギルドで見たことを話した。
受付のこと。
依頼掲示板のこと。
迷い猫探しも冒険者の仕事だということ。
新人冒険者が危ない依頼を受けようとしていたこと。
レオンが静かな声で止めたこと。
セシリアがギルドでも強かったこと。
ガル「セシリア姉ちゃん、どこでも強いな」
セシリア「普通です」
全員「普通じゃない」
セシリア「……なぜそろうのですか」
トトはスープを飲み終えると、少し真面目な顔になった。
トト「レオン兄ちゃん」
レオン「なんだ」
トト「ギルドマスターって、すごく忙しいんだね」
レオン「ああ」
トト「みんなのこと見て、危ない依頼止めて、報酬も見て、書類も見て、セシリア姉ちゃんに捕まって」
セシリア「最後は余計です」
トト「俺、昨日はただ見たかっただけだけど、今日ちゃんと見て分かった」
レオン「何がだ」
トト「レオン兄ちゃんは、ギルドでも誰かを帰らせようとしてるんだね」
食堂が静かになった。
トトは続ける。
「危ない依頼を止めるのも、報酬をちゃんとするのも、帰れなくならないためでしょ?」
レオンは少しだけ目を細めた。
セシリアも、記録板の手を止めた。
レオン「……そうだな」
トト「じゃあ、ギルドも少しだけ、ひだまり孤児院と似てる」
ガル「どこがだよ」
トト「帰る場所を守ってるところ」
マーサが静かに笑った。
フィリアもやわらかい顔になった。
レオンはスープの器を見た。
そして、小さく言った。
「そうかもしれないな」
トトは嬉しそうに笑った。
その時、玄関の鐘が鳴った。
ミナが立ち上がる。
ミナ「見てきます」
少しして、封書を持って戻ってきた。
ミナ「王城からです」
食堂の空気が止まった。
レオン「……またか」
セシリア「嫌な予感がします」
トト「俺、何も送ってないよ!」
ガル「今回は早いな」
ユアン「何だろう」
エル「王城」
レオンが封書を開いた。
中を読む。
眉間にしわが寄る。
セシリア「何と?」
レオン「ルカ王子殿下が、ギルド見学を希望している」
食堂が静かになった。
トト「えっ」
レオン「理由は、『トトが見学したなら、僕も見たい』だそうだ」
トトの顔が明るくなった。
「王子様もギルド見学!?」
セシリア「王城支部が動き出しましたね」
リリィ「すーぷ同盟、拡大」
ミリ「ギルド支部」
レオン「やめろ」
マーサは楽しそうに笑った。
「また仕事が増えたね」
レオンは封書を見たまま、深く息を吐いた。
「王城に行くと仕事が増える。孤児院に来ても仕事が増える。ギルドに戻っても仕事が増える」
セシリア「人気者ですね」
レオン「嬉しくない」
トトは見学札を握りしめた。
「レオン兄ちゃん」
レオン「なんだ」
トト「王子様が来るなら、俺が見学の先輩?」
レオン「調子に乗るな」
トト「はい!」
返事は早かった。
だが、顔は完全に調子に乗っていた。
セシリア「記録します」
トト「何を!?」
セシリア「次の事件の予兆です」
レオンは頭を押さえた。
昼頃。
トトは正式にギルド見学を終えた。
勝手にではなく、許可を取って。
隠れてではなく、正面から。
約束を破るのではなく、いくつか守って。
それは小さな成長だった。
ただし、その成長は、王子ルカのギルド見学希望という新しい面倒を呼び込んだ。
レオンは思った。
――やはり、トトが関わると事件になる。
だが、今日の事件は少しだけ良い方向に進んでいる。
そう思えるだけ、昨日よりはずっとましだった。
トト「第0段階、ギルド見学成功!」
レオン「その言い方はやめろ」
ミリ「成功」
リリィ「記録」
セシリア「記録します」
レオン「するのか」
セシリア「はい。今回は良い記録です」
トトは嬉しそうに笑った。
ひだまり孤児院の食堂には、今日もスープの匂いが満ちていた。




