第二十二話 おだやかな王城訪問?
ひだまり孤児院の朝は、今日も騒がしかった。
毎日騒がしさが違う。
レオンが、朝食後すぐに王城へ向かうことになっていたからだ。
理由は二つある。
一つ目。
黒角第三号と、黒玻璃の使徒についての正式報告。
二つ目。
王都騎士団からの依頼。
旧石切り場での戦闘を受けて、騎士団に対黒晶獣用の短期指導をしてほしい、というものだった。
トト「レオン兄ちゃん、先生になるの!?」
レオン「ああ。少しだけな」
ガル「騎士団に教えるってすごいな」
ユアン「騎士って強いんじゃないの?」
セシリア「強いです。ですが、魔物戦や黒晶獣のような特殊な相手には、冒険者の経験が役立つこともあります」
ミリ「レオン、先生」
リリィ「ぴこん先生」
レオン「その呼び方はやめろ」
トト「じゃあ、すーぷ先生?」
レオン「もっとやめろ」
マーサは台所から、レオンとセシリアの分の包みを出した。
マーサ「昼までに戻れないだろう? 持っていきな」
レオン「助かる」
セシリア「ありがとうございます」
包みの中には、干し肉入りのパンと、小さな焼き菓子が入っていた。
トトがそれを見て目を輝かせる。
トト「いいなぁ!」
マーサ「あんたは朝ごはんを食べたばかりだろう」
トト「別腹!」
マーサ「別腹は昼まで待ちな」
フィリア・ローレンスは、レオンの肩を確認していた。
フィリア「痛みは?」
レオン「ない」
フィリア「本当に?」
レオン「ああ」
フィリア「王城で剣を振る予定は?」
レオン「指導だから、少しは振る」
フィリア「少し、の基準がレオン様はおかしいです」
セシリア「そこは私が監視します」
フィリア「お願いします」
レオン「俺は監視されに行くのか」
セシリア「報告と指導に行きます。ついでに監視します」
ガル「ついでの方が強そう」
リリィ「監視任務」
ミリ「ぴこん監視」
レオン「……行ってくる」
トトが手を振る。
トト「騎士団に、すーぷ第0段階教えてきて!」
レオン「教えない」
マーサ「でも、ちゃんと食べることは教えてきな」
レオン「それは、まあ……必要なら」
セシリア「騎士団指導で食事指導から入るのですか?」
レオン「戦場で腹が減ると判断が鈍る」
セシリア「正論なのが困ります」
王城へ向かう道中、セシリアはすでに書類を確認していた。
レオンは隣を歩きながら、少しだけ嫌そうな顔をしている。
セシリア「マスター、顔が怖いです」
レオン「元からだ」
セシリア「今日はさらに怖いです」
レオン「王城に行くと仕事が増える」
セシリア「今日は最初から仕事です」
レオン「なら、これ以上増えないな」
セシリア「その考えは危険です」
レオン「なぜだ」
セシリア「王城ですから」
レオンは黙った。
説得力があった。
王城の門に着くと、門番がすぐに背筋を伸ばした。
門番「レオン・ガルディア殿、セシリア・ノート殿。お待ちしておりました」
レオン「ああ」
門番「陛下より、まずは会議室へ。その後、騎士団訓練場へ案内するようにと」
セシリア「承知しました」
門番は少しだけレオンを見た。
門番「本日は、予定ありの訪問ということでよろしいですね?」
レオン「……ああ」
セシリア「今回は通常です」
門番「安心しました」
レオン「前回はそんなに問題だったか?」
セシリア「予定なしで王に会いに来ましたから」
門番「城内で少し話題になりました」
レオン「……そうか」
セシリア「有名人ですね」
レオン「嬉しくない」
王城の会議室では、国王エルドランとグレン・アシュフォードが待っていた。
机の上には、旧石切り場の地図。
黒角第三号の残骸報告。
ラザルの特徴をまとめた記録。
そして、黒玻璃の使徒という名が書かれた紙。
国王「来たか、レオン」
レオン「はい」
国王「今日は呼んだ」
レオン「その確認は必要ですか」
国王「前回のことがあるからな」
セシリア「必要です」
レオン「……」
国王は少し笑い、それから表情を引き締めた。
国王「報告は受けた。黒角第三号の討伐、ご苦労だった」
レオン「全員の力です」
グレン「実際、レオン殿がいなければ危なかった」
セシリア「第三号もそうですが、問題はその後に現れた人物です」
国王「ああ。黒玻璃の使徒、ラザル」
部屋の空気が重くなった。
国王「幹部と名乗ったのだな」
セシリア「はい。戦闘能力も高く、黒晶獣の制御とは別に、黒い結晶を自在に操っていました」
グレン「騎士団の通常装備では、かなり厳しい相手です」
レオン「真正面から数で押す相手じゃない」
国王「だからこそ、今日の指導だ」
国王は机の上の別紙をレオンへ渡した。
騎士団訓練予定。
そこには、こう書かれていた。
『黒晶獣対策特別訓練』
レオン「……俺が教える内容ではないと思いますが」
グレン「いや、レオン殿が最も適任だ」
レオン「グレンで十分だろう」
グレン「私は騎士の戦い方を教えられる。だが、黒晶獣のような相手に対して、生き残る判断を教えられるのは、実際に戦った者だ」
セシリア「マスター、今回は断れません」
国王「報酬は出す」
レオン「孤児院への支援とは別ですね」
国王「別だ」
レオン「ならやります」
国王「分かりやすいな」
セシリア「最近、報酬確認が早くなりましたね」
レオン「善意だけで回すと、誰かが無理をする」
国王「よい考えだ」
セシリア「マーサ先生の教えです」
レオン「ああ」
会議が終わると、レオンたちは騎士団の訓練場へ向かった。
王城の奥にある広い訓練場。
白い石で囲まれた広場に、騎士たちがずらりと並んでいる。
若い騎士。
中堅の騎士。
盾を持つ者。
槍を持つ者。
剣を持つ者。
全員、姿勢はいい。
鎧も整っている。
だが、レオンを見る目には緊張があった。
グレン「本日、特別指導を行う。講師は、王都冒険者ギルドマスター、レオン・ガルディア殿だ」
騎士たちが一斉に敬礼した。
騎士たち「「「「よろしくお願いします!」」」」
レオンは前に出た。
そして、騎士たちを見た。
しばらく無言だった。
その沈黙に、騎士たちの顔が少しずつ強ばっていく。
セシリアが小声で言う。
セシリア「マスター。顔が怖いです」
レオン「考えている」
セシリア「考えている顔が怖いです」
レオン「どうしろと」
セシリア「まず話してください」
レオンはうなずき、騎士たちへ向き直った。
レオン「今日教えるのは、勝ち方ではない」
騎士たちは息を呑む。
レオン「死なないための動きだ」
若い騎士の一人が、少しだけ戸惑った顔をした。
若騎士「討伐訓練ではないのですか?」
レオン「ああ。討伐する前に、死なない必要がある」
騎士たちは黙った。
レオン「黒晶獣は普通の魔物と違う。痛みを無視する。魔力で体を強化する。核を壊さない限り止まらない個体もいる」
セシリア「加えて、黒い結晶には魔力干渉があります。魔法防御だけでは不十分です」
レオン「だから、まず覚えることは三つだ」
レオンは指を三本立てた。
「一つ。真正面から受けるな」
「二つ。核を見るな。核に届く道を見る」
「三つ。仲間が倒れた時、自分まで倒れる位置に立つな」
騎士たちは真剣な顔になった。
グレンがうなずく。
グレン「実戦的だ」
レオン「まず盾持ち、前へ」
盾を持つ騎士たちが前へ出る。
レオンは木剣を一本持った。
騎士たちの間に、少しざわめきが走る。
若騎士「剣を使われるのか……」
別の騎士「竜殺しの剣技が見られるぞ……」
レオンはそれを聞いて言った。
レオン「派手な技は使わない」
騎士たちは少し残念そうな顔をした。
セシリア「講習ですから」
レオン「盾を構えろ」
一人の若い騎士が盾を構えた。
姿勢はきれいだった。
教本通り。
正面からの攻撃を受けるには悪くない。
レオンは木剣を軽く振った。
こん、と盾に当たる。
若騎士はしっかり受け止めた。
レオン「今のは普通の敵だ」
若騎士「はい!」
次に、レオンは一歩踏み込んだ。
木剣が盾に当たる。
音は軽い。
だが、若騎士の体が大きく後ろへ崩れた。
若騎士「うわっ!」
尻もちをつく。
周囲の騎士たちが驚いた。
若騎士「な、何が……?」
レオン「力じゃない。角度だ」
レオンは盾の端を指す。
「黒晶獣の突進を真正面から受ければ、盾ごと持っていかれる。受けるな。流せ」
グレン「盾を斜めに使え。正面で誇るな、生き残るために逸らせ」
レオン「もう一度」
若騎士は立ち上がり、盾を構え直した。
今度は少し斜め。
レオンが木剣を当てる。
若騎士は踏ん張りながら、攻撃を横へ流した。
レオン「今の方がいい」
若騎士「はい!」
レオン「次」
訓練は続いた。
盾持ちは、真正面から受けない練習。
槍持ちは、核を狙おうとして前に出すぎない練習。
剣持ちは、黒晶獣の体ではなく、結晶と関節だけを狙う練習。
そして全員が、一度は転ばされた。
若騎士「うわっ!」
中堅騎士「ぐっ!」
別の騎士「またか!」
レオン「倒れる方向が悪い」
騎士「倒れる方向までですか!?」
レオン「ああ。仲間の足元に倒れるな。後続の邪魔になる」
セシリア「実戦では重要です」
レオン「もう一度」
騎士たちは、だんだん分かってきた。
これは派手な英雄講義ではない。
地味だ。
転ぶ。
受け流す。
下がる。
仲間との距離を見る。
無理に踏み込まない。
逃げ道を残す。
だが、どれも生き残るために必要だった。
休憩時間。
騎士たちは肩で息をしていた。
レオンは普通に立っている。
若騎士がぽつりと言った。
若騎士「……ギルドマスターは疲れないのですか?」
レオン「この程度なら」
別の騎士「この程度……」
バルドがいれば「こいつと比べるな」と言っただろう。
セシリアは代わりに言った。
セシリア「マスターを基準にしないでください。体を壊します」
若騎士「はい……」
レオン「疲れたなら水を飲め。座れ。無理に立つな」
騎士「訓練中に座っても?」
レオン「疲労で判断が鈍る方が危険だ」
グレン「休むのも訓練だ」
セシリア「食事もです」
レオン「ああ。戦場で腹が減ると判断が鈍る」
若騎士「食事も訓練……」
セシリアがちらりとレオンを見た。
セシリア「本当に食事指導まで入りましたね」
レオン「必要だろう」
グレン「正しい」
若騎士の一人が真面目な顔で手を上げた。
若騎士「では、黒晶獣と戦う前は何を食べるべきでしょうか」
レオン「腹にたまり、動きを邪魔しないものだな。干し肉、硬めのパン、豆のスープ」
若騎士「スープですか」
レオン「ああ」
セシリア「第0段階、食事ですね」
レオン「王城でそれを言うな」
グレン「第0段階?」
セシリア「孤児院内の非公式概念です」
若騎士たちはなぜか真剣にうなずいた。
若騎士「第0段階、食事……」
レオン「覚えなくていい」
セシリア「すでに広まりそうです」
午後の訓練では、模擬黒晶獣役として木製の大きな盾が使われた。
黒い結晶に見立てた木片を背中や胸につけ、騎士たちはそこだけを狙う。
最初は、全員が力任せだった。
だが、レオンは何度も止めた。
レオン「体を斬るな。結晶を見ろ」
騎士「はい!」
レオン「違う。結晶だけを見すぎるな。足も見ろ」
騎士「はい!」
レオン「違う。足を見すぎて、仲間を見ていない」
騎士「は、はい!」
レオン「視野を広げろ」
騎士たちはだんだん混乱してきた。
若騎士「見るものが多すぎます!」
レオン「ああ。だから訓練する」
セシリア「マスターの言い方は厳しいですが、正しいです」
グレン「黒晶獣相手には、一点だけを見る者から倒れる」
レオン「怖いなら怖いでいい。だが、怖い時ほど周りを見ろ」
その言葉に、騎士たちの顔が少し変わった。
若い騎士が小さくうなずく。
若騎士「怖くても、いいのですか」
レオン「ああ」
若騎士「騎士なのに?」
レオン「怖くない者は、危険を見落とす」
レオンは木剣を下ろした。
「怖さを消すな。使え」
訓練場が静かになった。
グレンが目を伏せる。
セシリアも、少しだけ表情をやわらげた。
レオンの言葉は、孤児院でトトに伝えた言葉と同じだった。
怖くてもいい。
動けなくなることが悪いのではない。
怖い中で、何をするか。
それが大事なのだ。
若騎士「……はい!」
その後の動きは、少し良くなった。
派手な変化ではない。
だが、盾持ちは仲間の位置を見るようになった。
槍持ちは突きすぎなくなった。
剣持ちは、結晶と足場を同時に確認するようになった。
グレンは満足そうにうなずいた。
グレン「かなり変わった」
セシリア「一日でここまで意識が変われば十分です」
レオン「まだ足りない」
セシリア「一日で完成させようとしないでください」
レオン「分かっている」
セシリア「本当に?」
レオン「王城でも言われるのか」
セシリア「場所は関係ありません」
訓練が終わる頃、騎士たちは全員、汗だくになっていた。
レオンは木剣を置く。
グレンが前へ出る。
グレン「本日の訓練はここまで!」
騎士たちが一斉に姿勢を正す。
騎士たち「「「「ありがとうございました!」」」」
レオンは短くうなずいた。
その時だった。
訓練場の奥、白い柱の並ぶ回廊から、拍手の音が聞こえた。
ぱち、ぱち、ぱち。
静かで、品のある拍手だった。
騎士たちが一斉に振り向く。
グレンの表情が変わった。
グレン「……殿下」
セシリアも背筋を伸ばす。
レオンは視線を向けた。
回廊に立っていたのは、一人の少女だった。
年齢は十六、七ほど。
淡い銀金の髪。
澄んだ青い瞳。
白と青を基調にした上品なドレス。
胸元には王家の紋章。
だが、ただ華やかなだけではなかった。
彼女の腰には、細い訓練用の剣が下げられている。
姿勢も、貴族の飾りではない。
剣を持つ者の立ち方だった。
グレン「王女殿下。こちらは訓練場です。危険ですので」
王女「見学の許可はいただいています。グレン副団長」
声は穏やかだが、芯がある。
王女はレオンへ視線を向けた。
王女「あなたが、レオン・ガルディアですね」
レオン「はい」
王女「父から、よく話は聞いています」
レオン「陛下から?」
王女「はい。王城に怒鳴りに来た、怖い顔のギルドマスターだと」
セシリアが横で目を伏せた。
グレンも少しだけ顔をそらした。
レオン「……陛下はそう話されているのですか」
王女「楽しそうに話していました」
レオン「そうですか」
セシリア「否定しきれないのが難点ですね」
王女は小さく笑った。
王女「申し遅れました。私は、アリシア・エルドラン。この国の第一王女です」
騎士たちが一斉に頭を下げる。
レオンも静かに頭を下げた。
レオン「王都冒険者ギルド、レオン・ガルディアです」
アリシア王女は、訓練場に足を踏み入れた。
グレンが少し慌てる。
グレン「殿下」
アリシア「大丈夫です。剣の届く場所には近づきません」
グレン「そういう問題では」
アリシア「そういう問題です」
グレンは困った顔をした。
セシリアが小声で言う。
セシリア「なかなか強い方ですね」
レオン「ああ」
アリシアは、騎士たちを見た。
それから、レオンを見る。
アリシア「先ほどの言葉、聞いていました」
レオン「どの言葉でしょうか」
アリシア「怖さを消すな。使え、という言葉です」
レオン「ああ」
アリシア「騎士に対してそのように言う方は、あまりいません」
レオン「騎士でも怖いものは怖いでしょう」
騎士たちが少しだけ驚いた顔をする。
王女の前で、普通ならもっと言葉を選ぶ。
だが、レオンはいつも通りだった。
アリシアはじっとレオンを見た。
そして、少しだけ微笑んだ。
アリシア「正直な方ですね」
レオン「よく無礼だとは言われます」
セシリア「自覚があるなら直してください」
アリシア「私は嫌いではありません」
セシリア「殿下、甘やかさないでください」
アリシアはくすりと笑う。
そして、腰の訓練剣に手を置いた。
アリシア「レオン殿」
レオン「はい」
アリシア「私にも、教えていただけませんか」
訓練場が静まり返った。
グレン「殿下」
セシリア「殿下、それは」
アリシア「危険なことを言っているのは分かっています」
アリシアは静かに続けた。
「ですが、王都の近くで黒晶獣が現れ、孤児院が狙われ、騎士団だけでは対応が難しい敵が出ています」
彼女の声は、王女らしく穏やかだった。
だが、その瞳には真剣さがあった。
アリシア「守られるだけの立場でいるには、この王都はもう安全ではありません」
レオンは黙って王女を見た。
飾りではない。
この王女は、本気で言っている。
アリシア「剣の振り方ではなく、生き残るための判断を教えてください」
グレンは困ったように眉を寄せた。
セシリアも、すぐには止めなかった。
レオンは少し考えた。
そして言った。
レオン「まず、靴を変えてください」
アリシア「……靴?」
レオン「その靴では走れません」
訓練場が一瞬静かになった。
騎士たちの何人かが、必死に笑いをこらえる。
アリシアは自分の靴を見た。
白く美しい靴だった。
たしかに、訓練場向きではない。
アリシアは少しだけ目を瞬かせ、それから笑った。
アリシア「そこからですか」
レオン「そこからです」
アリシア「分かりました。次は訓練用の靴で来ます」
レオン「それと、朝食を抜かないことです」
セシリア「また食事指導ですか」
アリシア「朝食ですか?」
レオン「腹が減っていると判断が鈍ります」
アリシアは口元に手を当てた。
そして、肩を震わせて笑った。
アリシア「父から聞いていた以上に、面白い方ですね」
レオン「面白いことは言っていません」
セシリア「本人は真面目です」
グレン「だから余計に困る」
アリシアはレオンへ向き直った。
アリシア「では、改めてお願いします。レオン殿。後日、私に生き残るための訓練をつけてください」
レオンは静かに答えた。
レオン「陛下の許可があれば」
アリシア「父には、私から話します」
セシリア「嫌な予感がします」
レオン「俺もする」
アリシア「安心してください。無茶はしません」
レオンとセシリアは同時に黙った。
セシリア「その言葉を使う方は、だいたい無茶をします」
レオン「俺もよく言われる」
セシリア「あなたが代表例です」
アリシアは楽しそうに笑った。
その笑顔は、王城の空気を少しだけやわらげた。
だが、レオンは同時に思った。
――仕事が増えたな。
間違いなく、増えた。
王城に来ると、やはり仕事が増える。
訓練場の空に、夕方の鐘が鳴った。
その日の王城訪問は、黒玻璃の使徒の報告と、騎士団指導で終わるはずだった。
しかし最後に現れた王女アリシアによって、また新しい面倒が増えようとしていた。
レオンは小さく息を吐く。
セシリアが横から言った。
セシリア「マスター」
レオン「なんだ」
セシリア「孤児院に帰ったら、まず報告です」
レオン「誰に」
セシリア「マーサ先生と、フィリアさんと、子どもたちに」
レオン「……王女のこともか」
セシリア「もちろんです」
レオン「トトが騒ぐな」
セシリア「間違いなく」
レオンは王城の空を見上げた。
――今日は、スープのおかわりをしてから話すか。
そう思った。
なぜなら、王女登場という新しい問題を説明するには、少しだけ体力が必要だったからだ。




