↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/71

第十六話 ギルドマスター、王城へ怒鳴りに行く


ひだまり孤児院の朝は、いつも通り騒がしかった。


庭では、昨日取りつけたばかりの看板が朝日に照らされている。


『ひだまり孤児院』


少し曲がった文字。

小さな太陽。

猫。

そして、なぜかスープらしき丸い絵。


トト「やっぱりいいなぁ」


ガル「朝から看板見てにやにやするな」


トト「だって俺の『ひ』があるんだよ!」


ユアン「少し曲がってる」


トト「味だよ!」


エル「味」


リリィ「猫も味」


ミリ「すーぷ」


マーサ「朝ごはん前に看板を拝むんじゃないよ。食堂に入りな」


子どもたちはぞろぞろと食堂へ向かった。


だが、その朝。


いつもなら食堂の隅に座ってスープを飲んでいるはずのレオン・ガルディアの姿がなかった。


フィリア「……レオン様は?」


セシリア「ギルドにもいませんでした」


マーサ「孤児院にもいないね」


トト「え? レオン兄ちゃん、また逃げたの?」


セシリアの眉がぴくりと動いた。


セシリア「逃げた、という言い方は少し違います」


ガル「じゃあ?」


セシリア「無断で単独行動しました」


ミナ「それ、逃げたより悪くないですか?」


セシリア「はい」


フィリア「レオン様……!」


フィリアは胸に手を当てた。


フィリア「まさか、お怪我がまだ治っていないのに、お一人で危険な場所へ……!」


セシリア「危険な場所ではあります」


マーサ「どこへ行ったんだい?」


セシリアは静かに答えた。


セシリア「王城です」


食堂が静かになった。


トト「王城?」


ガル「王様のとこ?」


ユアン「なんで?」


セシリア「昨日、孤児院の修理費と追加の食料支援について、王城へ正式な請求書を出す予定でした」


マーサ「予定、ということは」


セシリア「まだ書類を整える前に、マスターが一人で行きました」


フィリア「お一人で!?」


セシリア「お一人で」


トト「怒られるやつだ」


ガル「完全に怒られるな」


ミリ「ぴこん隊長、怒られる?」


リリィ「怒られる」


マーサは静かに腕を組んだ。


マーサ「帰ってきたら、まず説教だね」


セシリア「その前に、私が怒ります」


フィリア「その前に治療確認です!」


マーサ「順番待ちだね」


トト「レオン兄ちゃん、王様より怖い人たちを敵にした……」


その頃。


レオン・ガルディアは、王城の門の前に立っていた。


灰色の外套。

腰には剣。

右腕にはまだ包帯。


王城の門番は、彼を見た瞬間、少しだけ背筋を伸ばした。


門番「ギルドマスター、レオン・ガルディア殿ですね」


レオン「ああ。王に会いに来た」


門番「本日の謁見予定には……」


レオン「ない」


門番「では、取り次ぎを」


レオン「急ぎだ」


門番「ええと……」


門番は困った顔をした。


普通なら、王に会うには手続きがいる。

予定も必要だ。

貴族ですら、突然来て会えるものではない。


だが、目の前の男は普通ではなかった。


王都冒険者ギルドのギルドマスター。

元Sランク冒険者。

竜殺し。

禁忌の森の大蜘蛛を討伐した武王クラスの戦士。


そして何より、国王エルドランが何度も直接呼び出している男である。


門番「……確認してまいります」


レオン「頼む」


門番が走っていく。


レオンは門の前で静かに待った。


本当なら、セシリアに書類を整えてもらうべきだった。


分かっている。


分かってはいる。


だが、昨日の夜、子どもたちの看板を見て思ったのだ。


壁は直した。

だが、あれは応急に近い。


屋根も古い。

食糧もまだ十分ではない。

薬も毛布も足りない。

新しく保護した子どもたちの分もある。


そして、黒い結晶の事件はまだ終わっていない。


敵が孤児院を狙うなら、守りを強くしなければならない。


そのためには金がいる。

資材がいる。

食料がいる。


――王に文句を言う。


レオンはそう決めた。


門番が戻ってきた。


門番「国王陛下がお会いになるそうです」


レオン「助かる」


門番「ただ、その……」


レオン「なんだ」


門番「陛下が、『今日はどのくらい不機嫌か楽しみだ』と」


レオン「……そうか」


レオンは無表情のまま王城へ入った。


謁見の間に入ると、国王エルドランは玉座に座っていた。


側近たちも数人いる。


王はレオンを見るなり、少しだけ楽しそうに目を細めた。


国王「来たか、レオン」


レオン「来ました」


国王「今日は呼んでいないが」


レオン「こちらから来ました」


国王「珍しいな。お前が自分から王城に来るとは」


レオン「言いたいことがあります」


国王「ほう」


レオンは一歩前へ出た。


周囲の側近たちが少し緊張する。


レオンの声は、いつも通り大きくはなかった。


だが、低かった。


レオン「王都のすぐ近くで、黒晶獣が孤児院を襲いました」


国王「報告は受けている」


レオン「子どもたちが狙われました」


国王「……ああ」


レオン「地下水路には、黒い結晶の加工場がありました。人型の黒晶獣もいた」


国王の表情が重くなる。


国王「その報告も、今朝騎士団から届いた」


レオン「なら話は早い」


レオンはさらに一歩進んだ。


「孤児院の修理費、食料、薬、毛布、薪、護衛用の簡易魔道具。全部出してください」


謁見の間が静まり返った。


側近の一人が目を丸くする。


国王は少しだけ眉を上げた。


国王「要求が多いな」


レオン「少ないくらいです」


国王「王に向かって言う言葉か?」


レオン「王都の子どもたちを守るための言葉です」


国王は黙った。


レオンの声は、怒鳴ってはいなかった。


だが、怒っていた。


静かな怒りだった。


国王「本当は怒鳴りに来たのではないのか?」


レオン「そのつもりでした」


国王「なぜ怒鳴らない」


レオン「謁見の間で怒鳴ると、あとでセシリアに怒られます」


国王は一瞬だけ固まった。


それから、肩を震わせて笑った。


国王「そこか」


レオン「かなり重要です」


国王「では、マーサ殿には?」


レオン「おそらく怒られます」


国王「なぜ分かっていて一人で来た」


レオン「早い方がいいと思ったからです」


国王「それを世間では無茶と言う」


レオン「よく言われます」


国王は小さく息を吐いた。


そして、玉座の肘掛けに指を置く。


国王「孤児院への支援は認める」


側近たちがざわめいた。


国王「ひだまり孤児院の外壁、屋根、寝室、食糧庫の修理費。食料三か月分。薬と毛布、薪。さらに、簡易防護魔道具を二基」


レオン「三基」


国王「二基だ」


レオン「孤児院の入口、裏口、食糧庫に必要です」


国王「……三基だ」


レオン「助かります」


国王「ただし」


レオンは眉をひそめた。


国王「ただし、王都周辺の戦災孤児と避難民への支援拠点としても使うこと」


レオン「分かっています」


国王「物資はひだまり孤児院だけのものではない。必要に応じて外の子どもたちにも回す」


レオン「もともと、そのつもりです」


国王「ならよい」


レオンは静かに頭を下げた。


レオン「感謝します」


国王「礼はいい。お前が王城へ怒鳴りに来るほどなら、こちらの動きが遅かったということだ」


レオン「そこまでは言っていません」


国王「顔に書いてある」


レオン「……失礼しました」


国王は笑みを消した。


国王「だが、こちらも一つ頼みがある」


レオン「嫌な予感がします」


国王「当たっている」


レオン「帰ります」


国王「まだ話していない」


レオン「聞いたら断れなくなるので」


国王「よく分かっているな」


側近たちが困った顔をする。


国王は机の上に置かれていた地図を広げさせた。


王都の北東。

古い石切り場。

その周囲に赤い印がつけられている。


国王「昨夜から、王都北東の旧石切り場で魔物が増えている」


レオン「黒晶獣ですか」


国王「まだ確定ではない。だが、目撃証言では、黒い角を持つ大型魔物がいたそうだ」


レオン「騎士団は?」


国王「すでに偵察を出している。だが、石切り場の地形は複雑で、普通の部隊では動きにくい」


レオン「冒険者向きですね」


国王「そうだ」


レオン「ギルドへ正式依頼を」


国王「出す。だが、指揮はお前に頼みたい」


レオンは静かに目を閉じた。


――やっぱりこうなる。


王城へ来ると、必ず仕事が増える。


国王「討伐依頼だ。報酬は別に出す」


レオン「孤児院の修理費とは別ですね」


国王「別だ」


レオン「食料とは別ですね」


国王「別だ」


レオン「薬と毛布とも別ですね」


国王「しつこいな」


レオン「大事です」


国王「別だ。約束しよう」


レオン「なら受けます」


国王「即答か」


レオン「黒晶獣の可能性があるなら、放っておけません」


国王「そなたはそう言うと思った」


レオン「ただし、俺一人では行きません」


国王「それは当然だ」


レオン「セシリアとバルドを入れます。騎士団からはグレンを」


国王「認める」


レオン「フィリアは……」


国王「治癒師か?」


レオン「孤児院に残したい」


国王「子どもたちのためか」


レオン「ああ」


国王「よかろう」


レオンは地図を見る。


旧石切り場。


黒い角の魔物。


赤い角の紋章。


偶然ではないかもしれない。


レオン「準備は今日中。出発は明日以降で」


国王「お前の傷は?」


レオン「動けます」


国王「それは答えになっていないな」


レオン「……少し痛みます」


国王「フィリア殿に診てもらえ」


レオン「なぜ王がフィリアを知っているのですか」


国王「最近、王都治療院で有名だぞ。『レオン様のお役に立つためなら何でもします』と」


レオンは額に手を当てた。


国王「よい治癒師だと聞いている」


レオン「腕は確かです」


国王「では、よく診てもらえ」


レオン「……はい」


国王は立ち上がった。


国王「レオン」


レオン「はい」


国王「子どもたちは返さなくていい」


レオンの目が王を見る。


国王「誰かが『返せ』と言ったのだろう」


レオン「報告に?」


国王「あった」


国王の声は、静かだった。


国王「この国の子どもに、所有者はいない。少なくとも、私の治める王国ではそうだ」


レオンはしばらく黙った。


そして、深く頭を下げた。


レオン「ありがとうございます」


国王「礼は、子どもたちに飯を食わせてからでいい」


レオン「それなら、すぐできます」


国王「お前らしいな」


レオンは王城を出た。


手には、正式な支援許可書。

孤児院修理の資材支給書。

食料・薬・毛布・薪の追加支援書。

簡易防護魔道具三基の許可書。


そして、旧石切り場の魔物討伐依頼書。


増えた。


確実に増えた。


だが、手ぶらで帰るよりずっといい。


――セシリアには怒られるな。


レオンはそう思った。


そして、予想通りだった。


王城の門を出てすぐ、そこにセシリア・ノートが立っていた。


銀縁の眼鏡の奥の目が、冷たい。


レオン「……早いな」


セシリア「マスターが単独で王城へ向かったと聞きましたので」


レオン「誰から」


セシリア「門番です」


レオン「門番……」


セシリア「ギルドにも連絡が来ました。『ギルドマスターが予定なしで王城に来ていますが、これは通常ですか』と」


レオン「……そうか」


セシリア「通常ではありません」


レオン「支援は取れた」


セシリア「それは後で褒めます」


レオン「後で?」


セシリア「まず怒ります」


レオンは静かに姿勢を正した。


セシリア「なぜ一人で行ったのですか」


レオン「急いでいた」


セシリア「だからこそ私を連れて行くべきです」


レオン「書類を整える時間が」


セシリア「書類を整えずに行ったから、あとで書類が三倍になります」


レオン「三倍か」


セシリア「最低でも」


レオンは少しだけ目を伏せた。


セシリア「傷も治りきっていません。もし王城へ向かう途中で襲撃されたら?」


レオン「王都の中だ」


セシリア「孤児院も王都の中でした」


レオンは何も言えなかった。


セシリアの言葉は正しい。


黒晶獣は、すでに王都の内側へ入り込んでいる。


安全な場所など、今はない。


セシリア「マスター。あなたは強いです」


レオン「ああ」


セシリア「ですが、強いことと、一人で動いていいことは違います」


レオン「……分かっている」


セシリア「本当に?」


レオン「悪かった」


セシリアは少しだけ息を吐いた。


怒っている。

だが、それは仕事のためだけではない。


心配しているのだ。


レオンにも、それは分かっていた。


セシリア「支援書類を見せてください」


レオンは素直に差し出した。


セシリアは目を通す。


そして、一瞬だけ目を丸くした。


セシリア「……かなり取ってきましたね」


レオン「怒鳴りに行ったからな」


セシリア「怒鳴ったのですか?」


レオン「怒鳴ってはいない」


セシリア「では、静かに脅したのですか?」


レオン「していない」


セシリア「王城の人が怯えていました」


レオン「元から顔が怖いからだ」


セシリア「便利な言い訳ですね」


セシリアは書類をめくる。


そして、最後の一枚で手を止めた。


セシリア「これは?」


レオン「旧石切り場の魔物討伐依頼だ」


セシリア「……」


レオン「報酬は別だ」


セシリア「そこではありません」


レオン「黒晶獣の可能性がある」


セシリア「そこでもありません」


レオン「明日以降で調整する」


セシリア「そこでもありません」


レオン「……何だ」


セシリアは深く息を吸った。


セシリア「王城へ支援を取りに行ったはずが、なぜ討伐依頼を増やして帰ってくるのですか!」


レオン「ついでに頼まれた」


セシリア「ついでで受けないでください!」


通行人が驚いて振り返った。


レオンは少しだけ肩をすくめる。


レオン「すまん」


セシリア「謝るなら、今後は相談してください」


レオン「分かった」


セシリア「本当に?」


レオン「努力する」


セシリア「その返事は信用していません」


レオン「……相談する」


セシリア「よろしい」


セシリアは支援書類を大事そうにまとめた。


セシリア「ただ、よくやりました」


レオン「褒めるのか」


セシリア「後で褒めると言いました」


レオン「そうだったな」


セシリア「孤児院の修理と食料支援は、これでかなり進みます」


レオン「ああ」


セシリア「ですが、次は私を連れて行ってください」


レオン「分かった」


セシリア「今度一人で王城へ行ったら、ギルドの書類を一週間分増やします」


レオン「それは困る」


セシリア「では守ってください」


レオン「守る」


二人はひだまり孤児院へ戻った。


門の横には、昨日作った看板が立っている。


『ひだまり孤児院』


太陽。

猫。

スープ。


レオンはそれを見ると、少しだけ表情をやわらげた。


しかし、玄関の前にマーサが立っているのを見て、すぐに顔が引き締まった。


マーサは腕を組んでいた。


笑っていない。


トト、ガル、ミナ、エル、ユアン、リリィ、ミリが窓からこちらを見ている。


フィリアも玄関の横に立っていた。


フィリア「レオン様」


レオン「ただいま」


フィリア「怪我は?」


レオン「増えていない」


セシリア「王城へ単独で行きました」


フィリア「精神的な怪我が増えています!」


レオン「精神的な怪我とは」


マーサ「レオン」


レオンはマーサを見る。


マーサの声は静かだった。


レオンは反射的に背筋を伸ばした。


マーサ「一人で王城に行ったんだって?」


レオン「ああ」


マーサ「怪我人が?」


レオン「動ける」


マーサ「怪我人が?」


レオン「……はい」


マーサ「子どもたちに、勝手に動くなって言っている大人が?」


レオン「……はい」


マーサ「それで自分は勝手に動いたんだね?」


レオン「……はい」


トトが小声で言う。


トト「マーサ先生、強い」


ガル「これは第10段階だな」


セシリア「段階外です」


ミリ「マーサ領域」


リリィ「つよい」


マーサはゆっくり近づいた。


レオンは逃げなかった。


逃げられるはずもない。


マーサ「理由は分かるよ」


レオン「……」


マーサ「子どもたちのために、早く支援を取ってきたかったんだろう」


レオン「ああ」


マーサ「それはありがたい」


レオン「なら」


マーサ「でも、それとこれとは別だよ」


レオンは黙った。


マーサ「子どもたちは、あんたを見てる」


レオン「……分かっている」


マーサ「トトに、怖い時は勝手に動くなって教えたんだろう?」


レオン「ああ」


マーサ「なら、大人がまず守りな」


レオンは返す言葉がなかった。


トトは窓の向こうで、少しだけ真面目な顔になった。


マーサの言葉は、トトにも刺さっていた。


マーサ「強いから一人でいい、じゃない。強い人ほど、周りに心配をかけないようにしなきゃいけないんだよ」


レオン「……悪かった」


マーサ「謝る相手は私だけじゃない」


レオンは子どもたちの方を見た。


トト。

ガル。

ミナ。

リリィ。

エル。

ユアン。

ミリ。


フィリア。

セシリア。

マーサ。


レオンは静かに頭を下げた。


レオン「心配をかけた。次からは相談する」


トト「ほんと?」


レオン「ああ」


ガル「また一人で行ったら?」


セシリア「書類一週間分です」


フィリア「治療確認一日三回です」


マーサ「スープのおかわり抜きだね」


レオン「それは重いな」


ミリ「すーぷ抜き、だめ」


リリィ「こわい罰」


エル「一番こわい」


ユアン「それは守るしかない」


トト「レオン兄ちゃん、もう一人で行かない方がいいよ」


レオン「ああ」


マーサはようやく少しだけ表情をやわらげた。


マーサ「それで、成果は?」


レオンは支援書類を出した。


セシリアが横から説明する。


セシリア「孤児院の外壁、屋根、寝室、食糧庫の修理費。食料三か月分。薬、毛布、薪。さらに簡易防護魔道具三基です」


マーサの目が少しだけ見開かれた。


マーサ「……ずいぶん取ってきたね」


レオン「怒鳴りに行ったからな」


セシリア「怒鳴ってはいません」


レオン「気持ちは怒鳴った」


フィリア「レオン様の静かな怒り……」


セシリア「惚れ直さないでください」


フィリア「無理です」


トト「防護魔道具って何?」


セシリア「簡単に言えば、入口を守る魔法の道具です。門、裏口、食糧庫に置く予定です」


ガル「すげぇ」


ユアン「もう魔物、入ってこない?」


レオン「完全ではない。だが、かなり守りやすくなる」


エル「よかった」


ミリ「すーぷ、守れる?」


レオン「ああ。守れる」


ミリは安心したように笑った。


その笑顔を見て、レオンは王城へ行ってよかったと思った。


たとえセシリアに怒られ、マーサに怒られたとしても。


その時、セシリアが最後の書類を出した。


マーサ「それは?」


レオン「旧石切り場の魔物討伐依頼だ」


食堂が静かになる。


トト「……また行くの?」


レオン「ああ。ただし、すぐではない。準備してからだ」


フィリア「怪我が治ってからです」


セシリア「作戦を立ててからです」


マーサ「ちゃんと相談してからだね」


レオン「ああ」


バルドが外から顔を出した。


バルド「俺も行くんだろ?」


レオン「頼む」


バルド「報酬は?」


セシリア「王城から正式に出ます」


バルド「よし」


トト「バルドのおっちゃん、お金に素直だね」


バルド「兄貴だ。あと、仕事には報酬が必要だ」


レオン「善意だけで回すと、いつか誰かが無理をする」


マーサが少しだけ笑った。


マーサ「覚えてるじゃないか」


レオン「ああ」


フィリア「レオン様、今日はまず治療確認です」


レオン「その前に、支援物資の置き場を」


フィリア「治療確認です」


セシリア「その後、書類整理です」


マーサ「その後、昼飯だよ」


トト「その後、俺のオーラ修行!」


ガル「その後、看板ちょっと直す?」


レオン「看板は少し右に」


セシリア「直すのは禁止です」


フィリア「怪我人は座ってください」


マーサ「はい、座る」


レオンはまた椅子に座らされた。


昨日と同じだった。


いや、昨日より監視が増えていた。


トト「ぴこん隊長、今日も座る」


ミリ「すわる」


リリィ「すーぷ隊長」


レオン「……俺は王城へ怒鳴りに行ったはずなんだが」


バルド「帰ってきたら全員に怒られてるな」


セシリア「当然です」


マーサ「当然だね」


フィリア「当然です!」


トト「当然!」


レオンは静かに天井を見上げた。


――王より、孤児院の方が強い。


間違いなくそう思った。


だが、食堂には温かいスープの匂いがしていた。


子どもたちは笑っている。


支援は取れた。

壁も屋根も直せる。

食料も増える。

守りも強くなる。


そして、新しい討伐依頼も増えた。


レオンは小さく息を吐く。


レオン「……忙しくなるな」


マーサ「まずは食べてから忙しくなりな」


ミリ「第0段階」


リリィ「すーぷ覚醒」


トト「ぴこん隊長、今日はおかわりする?」


レオンは少しだけ笑った。


レオン「ああ。する」


その一言で、食堂に大きな歓声が上がった。


王城で得た報酬よりも。


新しい討伐依頼よりも。


その日のひだまり孤児院で一番大きな事件は、レオンが自分からスープのおかわりを宣言したことだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。