第十五話 ひだまり大修理祭
ひだまり孤児院の朝は、いつもより少しだけ騒がしかった。
理由は簡単だった。
庭の外壁が壊れているからである。
黒晶獣の襲撃で崩れた外壁は、昨日のうちに応急修理だけ済ませてあった。
だが、見た目はひどい。
石は斜めに積まれ、板は仮止め。
隙間には布が詰められ、風が吹くたびにぱたぱた揺れている。
トト「……なんか、かっこいい」
ガル「どこがだよ」
トト「戦いの跡って感じするじゃん!」
ユアン「穴、空いてる」
エル「風、入る」
ミリ「すーぷ、冷める?」
リリィ「壁、弱そう」
ガル「ほら、全員からだめ出しされてるぞ」
トト「でも、俺は好き!」
その時、背後からマーサの声が飛んできた。
マーサ「好き嫌いじゃなくて、直すんだよ」
トト「はい!」
今日のひだまり孤児院は、朝から修理の日だった。
黒い結晶の事件は、まだ終わっていない。
地下水路で見つかった加工場。
逃げた黒外套の男。
赤い角の紋章。
そして、レオンを素材として見ている謎の人物。
考えなければならないことは山ほどある。
だが、壊れた壁は今日直さなければならない。
雨が降れば困る。
風が吹けば寒い。
子どもたちが庭で遊ぶ時にも危ない。
世界の危機より、まず孤児院の壁である。
レオン・ガルディアは、そういう男だった。
ただし。
今日のレオンは、壁の前に立っていなかった。
食堂の椅子に座らされていた。
レオン「……俺が直す」
フィリア「駄目です」
レオン「石を積むだけだ」
フィリア「昨日、地下水路で右腕に負担をかけました」
レオン「左手もある」
フィリア「両手で休んでください」
レオン「両手で休むとは」
セシリア「何もしない、という意味です」
レオンは食堂の椅子に座ったまま、静かに外を見ていた。
庭では、バルドが石を運び、ガルが板を持ち、ミナが工具を整理している。
ユアンは小さな石を運び、エルは布を畳み、リリィは猫と何かを相談していた。
トトは木槌を持って、無駄に胸を張っている。
レオン「あっ……危ない……」
フィリア「見ているだけです」
レオン「あの木槌の持ち方は危ない!」
セシリア「では、口で指示してください」
レオン「トト、木槌を振り上げるな。横のガルに当たる」
庭のトトがびくっとした。
トト「なんで分かったの!?」
レオン「見ている」
ガル「ほんとに当たりそうだったぞ!」
トト「ごめん!」
セシリア「座ったままでも監視力は健在ですね」
フィリア「では、座ったままで十分です」
レオン「……」
レオンは反論できなかった。
バルドが庭から大声で笑う。
バルド「おい、レオン! 今日は俺が壁を直してやるから、お前は大人しくぴこんされてろ!」
レオン「その呼び名はやめろ」
ミリ「ぴこん隊長」
リリィ「隊長、休む」
トト「ぴこん隊長、指示ください!」
レオン「誰が隊長だ」
マーサ「怪我人隊長だね」
レオン「マーサ先生まで」
マーサは台所から顔を出し、にやりと笑った。
マーサ「今日はあんたが動く日じゃない。座って見てるのも仕事だよ」
レオン「座って見ているだけなら、仕事ではない」
セシリア「監督業務です」
フィリア「要観察対象の安静業務でもあります」
レオン「業務にされた」
トトは庭で木槌を掲げた。
トト「じゃあ今日は、ひだまり大修理祭だ!」
ガル「祭りにするな」
ミナ「でも、みんなでやれば早いかも」
ユアン「祭りって、食べ物ある?」
ミリ「すーぷ?」
リリィ「すーぷ祭り」
バルド「いいな。修理が終わったら飯だな」
マーサ「働いた子には、おかわりを考えてもいいよ」
トト「おかわり!」
ガル「急にやる気出たな」
ユアン「俺もやる」
エル「私も、布たたむ」
ミリ「すーぷのため」
フィリア「食事を目的にするのは、とても自然です」
セシリア「第0段階、食事の実践ですね」
レオン「またその話か」
トト「第0段階、すーぷ!」
ミリ「すーぷ!」
リリィ「すーぷ」
バルド「よし、今日は全員で第0段階を極めるぞ!」
セシリア「戦士の正式段階ではありません」
マーサ「でも、うちでは大事な段階だよ」
レオンは深く息を吐いた。
――もう定着している。
第0段階、食事。
誰が言い始めたのか、もはや分からない。
だが、孤児院ではすでにそれが当然のように扱われていた。
そして、今日の修理祭は、第0段階すーぷ祭りへ変わろうとしていた。
午前の作業は、思ったより順調に進んだ。
まず、バルドが崩れた石をどかす。
バルド「おらよ!」
大きな石が軽々と運ばれる。
トト「すげぇ! バルドのおっちゃん、第何段階?」
バルド「兄貴だ。で、今のはただの力仕事だ」
ガル「ただの力仕事でそれかよ」
ユアン「石、大きい」
ミリ「石、すーぷに入れる?」
マーサ「入れないよ」
リリィ「石スープ」
エル「硬そう」
トト「昔話でありそう!」
セシリア「食べられないものを料理名にしないでください」
次に、ガルとユアンが小さな石を運ぶ。
ガル「無理すんなよ」
ユアン「大丈夫」
ガル「その石、重くないか?」
ユアン「ちょっと重い」
ガル「じゃあ半分持て」
ユアン「いいの?」
ガル「落として足に当てたら、フィリアに怒られる」
ユアンは少しだけ笑った。
ユアン「それは怖い」
フィリア「聞こえていますよ」
ガル「ほら怖い」
トトは板を運ぶ係になった。
だが、問題が発生した。
トト「板、長すぎ!」
ミナ「前見えてる?」
トト「見えてない!」
ガル「見えないのに歩くな!」
トトは長い板を抱えたまま、ふらふらと歩いた。
右へ行く。
左へ行く。
なぜか井戸の方へ向かう。
レオン「トト、止まれ」
トト「はい!」
ぴたりと止まった。
板の先が、ガルの鼻先で止まった。
ガル「危ねぇ!」
トト「見えてないから!」
ガル「だから歩くな!」
レオン「板は二人で持て」
トト「なるほど!」
セシリア「今、学びましたね」
フィリア「危険な学びでした」
リリィは猫を抱えて、外壁の近くに座っていた。
レオン「リリィ、そこは危ない」
リリィ「猫が監督してる」
レオン「監督は離れたところでやれ」
リリィ「猫、分かったって」
猫は何も言っていない。
だが、リリィは真剣だった。
リリィ「猫、ここの石、曲がってるって」
バルド「猫に石積みが分かるのか?」
リリィ「分かるって」
バルドは半信半疑で石を見る。
確かに少し曲がっていた。
バルド「……本当だ」
セシリア「猫監督、優秀ですね」
レオン「採用するな」
リリィ「猫、給料は魚」
マーサ「考えておくよ」
トト「猫、働いて魚もらえるのずるい!」
ガル「お前も働けばおかわりあるだろ」
トト「そうだった!」
一方、フィリアは作業員全員を見張っていた。
フィリア「ガルくん、膝に負担をかけすぎないでください」
ガル「分かってる」
フィリア「トトくん、木槌を振る前に周りを見る」
トト「はい!」
フィリア「バルドさん、腰にきますよ」
バルド「俺はまだ若い」
セシリア「四十五歳です」
バルド「若いだろ」
マーサ「若い若い」
バルド「マーサ先生に言われると複雑だな」
フィリア「レオン様」
レオン「俺は座っている」
フィリア「姿勢が悪くなっています」
レオン「姿勢まで?」
フィリア「傷に響きます」
レオンは背筋を伸ばした。
トト「レオン兄ちゃん、フィリア姉ちゃんに完全に管理されてる」
ガル「ぴこん隊長なのに」
ミリ「ぴこん隊長、すわる」
リリィ「隊長、姿勢」
レオン「……隊長ではない」
セシリア「定着しましたね」
レオン「止めてくれ」
セシリア「手遅れです」
昼前になる頃、外壁の半分ほどが直った。
子どもたちはすっかり疲れていた。
トト「俺、もう第0段階が足りない」
ガル「腹減ったって言え」
トト「腹減った!」
ユアン「俺も」
エル「少し」
ミリ「すーぷ」
リリィ「猫も」
マーサ「じゃあ、昼にしようかね」
その一言で、庭に歓声が上がった。
昼食は、修理祭特別スープだった。
大鍋いっぱいの野菜スープに、王城から届いた豆と干し肉が少し入っている。
さらに、パン屋のロナがくれた端パンも添えられていた。
トト「肉がある!」
ガル「少しだけどな」
ユアン「いい匂い」
エル「温かい」
ミリ「すーぷ!」
リリィ「猫は魚なし?」
マーサ「猫には後で少しね」
食堂には、いつもより多い人数が集まっていた。
レオン。
セシリア。
フィリア。
バルド。
マーサ。
子どもたち。
そして、なぜか猫。
猫はリリィの足元で、何か当然のような顔をして座っていた。
レオン「猫も食堂に入るのか」
リリィ「監督だから」
セシリア「猫監督ですからね」
レオン「本当に採用したのか」
マーサ「今日だけだよ」
バルド「石積みの確認もしたしな」
レオン「……そうか」
レオンは諦めた。
食事が始まると、トトは勢いよくスープを飲んだ。
トト「うまい!」
マーサ「熱いから気をつけな」
トト「あつっ!」
マーサ「言ったそばから」
ミリ「ふーふー」
エル「ふーふーしてから」
トト「みんな俺より落ち着いてる」
ガル「お前が落ち着きなさすぎる」
ユアン「でも、おいしい」
ミナ「今日のは干し肉の味が出てるね」
バルド「働いた後の飯はうめぇな」
フィリア「バルドさん、塩分を取りすぎないでください」
バルド「食事中にも健康管理が来るのか」
セシリア「逃げ場はありません」
レオンは黙ってスープを飲んでいた。
マーサがそれを見て、目を細める。
マーサ「レオン」
レオン「なんだ」
マーサ「おかわりは?」
レオン「まだ一杯目だ」
マーサ「今日は二杯食べな」
レオン「子どもたちの分が」
マーサ「今日は足りてる」
フィリア「レオン様、食事量が少なすぎます」
セシリア「昨日も少なめでした」
トト「ぴこん隊長、食べないと第0段階足りないよ!」
レオン「俺は第0段階を卒業している」
ミリ「だめ。すーぷ」
リリィ「すーぷ不足」
エル「食べた方がいい」
ユアン「怪我、治らない」
ガル「全員に言われてるぞ」
バルド「負けだな」
レオンは食堂を見回した。
全員がこちらを見ている。
マーサはおかわりをよそう気満々。
フィリアは健康管理表を持っている。
セシリアは記録板を構えている。
トトはにやにやしている。
レオンは静かに椀を差し出した。
レオン「……少しだけ」
マーサ「よし」
トト「ぴこん隊長が第0段階を修行した!」
レオン「その呼び方はやめろ」
フィリア「とても良い傾向です」
セシリア「記録します」
レオン「記録するな」
昼食後、少し休憩時間になった。
子どもたちは庭の隅で座り込み、食後の満足感に包まれていた。
トト「俺、今なら纏気覚醒できる気がする」
ガル「食べた直後に動くな」
ユアン「眠い」
エル「私も」
ミリ「すーぷ、強い」
リリィ「第0段階、眠気」
ミナ「それはお昼寝だね」
トト「お昼寝も修行?」
レオン「体を休めるのも修行だ」
トト「じゃあ寝る!」
セシリア「都合のいい解釈ですね」
バルド「でも間違ってねぇ」
マーサ「小さい子たちは少し寝な」
ミリ「すーぷの夢見る」
リリィ「猫も寝る」
猫はすでに寝ていた。
午後の修理は、思わぬ方向に進んだ。
トトが看板を作りたいと言い出したのだ。
トト「せっかく壁を直すなら、看板つけようよ!」
ガル「なんの看板だよ」
トト「ひだまり孤児院って書く!」
ミナ「それはいいかも」
ユアン「入口にあると分かりやすい」
エル「ひだまり」
ミリ「すーぷ?」
リリィ「すーぷ孤児院?」
マーサ「それは違うね」
セシリア「正式名称が変わってしまいます」
フィリア「でも、明るい看板は良いと思います」
レオン「字は誰が書く」
トト「俺!」
全員が一斉に沈黙した。
トト「なんで黙るの!?」
ガル「お前、ひだまりの『だ』書けるのか?」
トト「……たぶん」
ユアン「『ひ』は?」
トト「いける」
エル「『ま』は?」
トト「……丸いやつ?」
セシリア「不安ですね」
ミナ「みんなで書こうか」
トト「じゃあ俺、最初の『ひ』!」
レオン「練習してからだ」
トト「本番で覚醒するかも」
セシリア「文字に覚醒を求めないでください」
結局、看板作りも始まった。
板を磨き、下書きをし、ミナが文字の形を整える。
トトは慎重に筆を持った。
トト「いくぞ……」
ガル「剣を抜くみたいに言うな」
トトは板に『ひ』を書いた。
少し曲がっている。
だが、ちゃんと読める。
トト「書けた!」
レオン「ああ。書けたな」
トト「俺、書けた!」
フィリア「上手です!」
セシリア「前よりかなり良くなっています」
マーサ「毎日練習したからだね」
トトは嬉しそうに笑った。
次にミナが『だ』を書き、ガルが『ま』を書いた。
ガルの『ま』は力強すぎて、少し潰れた。
トト「ガルの字、ごつい!」
ガル「うるせぇ」
エルが『り』を書いた。
小さくて、少し震えている。
でも丁寧だった。
ユアンが『孤』の一部を書こうとして、すぐに固まった。
ユアン「難しい」
セシリア「これは大人が書きましょう」
ユアン「悔しい」
レオン「難しい字は練習すればいい」
ユアン「……うん」
リリィは端に小さな太陽の絵を描いた。
なぜか太陽の横に猫も描かれていた。
ミリはその横に丸を描いた。
ミリ「すーぷ」
セシリア「これは鍋ですか?」
ミリ「すーぷ」
マーサ「じゃあ、すーぷだね」
最終的に、看板にはこう書かれた。
『ひだまり孤児院』
その横には、太陽、猫、スープらしき丸い絵。
字は少し不揃いで、絵も上手とは言えない。
だが、不思議と温かかった。
レオンはその看板を見つめた。
トト「どう?」
レオン「ああ。いいな」
トト「ほんと?」
レオン「本当だ」
エル「変じゃない?」
レオン「変じゃない」
リリィ「猫いる」
レオン「いるな」
ミリ「すーぷも」
レオン「あるな」
ガル「孤児院の看板にスープいるか?」
マーサ「うちらしいじゃないか」
セシリア「ひだまり孤児院をよく表しています」
フィリア「温かくて、とても素敵です」
バルド「俺は好きだぜ。飯がうまそうで」
レオンは小さく笑った。
レオン「なら、つけるか」
看板は、修理した門の横に取りつけられた。
少し傾いた。
トト「傾いてる?」
ガル「傾いてるな」
バルド「味だ」
セシリア「水平を取ってください」
レオン「少し右だ」
バルド「こうか?」
レオン「行きすぎだ」
マーサ「二人とも、看板一つでそんな真剣になるんじゃないよ」
レオン「看板は大事だ」
バルド「曲がってたら気になるだろ」
セシリア「急に几帳面ですね」
フィリア「レオン様が真剣に看板を……素敵です」
セシリア「それは素敵なのでしょうか」
トト「フィリア姉ちゃんはレオン兄ちゃんが何してても素敵って言うよ」
フィリア「はい!」
レオン「即答するな」
夕方になる頃、外壁は無事に直った。
完全な新品ではない。
ところどころ色の違う石が混ざり、板も少し不揃いだ。
だが、前よりずっと丈夫になった。
門の横には、子どもたちが作った看板がある。
ひだまり孤児院。
太陽。
猫。
スープ。
それを見たマーサが、そっと目を細めた。
マーサ「いいね」
レオン「ああ」
マーサ「昔の看板は、ずいぶん前に壊れてしまったからね」
レオン「そうだったのか」
マーサ「直す暇も、お金もなかった」
レオンは看板を見た。
古い孤児院。
壊れた屋根。
足りない食材。
増えていく子どもたち。
終わらない問題。
それでも今日、みんなで壁を直した。
看板を作った。
それだけで、少しだけ前に進んだ気がした。
夕飯の食堂は、祭りのようだった。
修理が終わった祝いとして、マーサは干し肉入りの豆スープを大鍋いっぱいに作った。
バルドは端パンを山ほど持ち込み、ロナからもらった焼き菓子まで並べた。
トト「祭りだ!」
ガル「修理しただけだろ」
トト「でも祭りだ!」
ユアン「祭りって、毎回こう?」
エル「たぶん、違う」
ミリ「すーぷ祭り」
リリィ「第0段階祭り」
セシリア「正式名称が増えています」
フィリア「食事は楽しく食べるのが一番です」
レオンは席に座り、温かいスープを見つめた。
今日一日、彼はほとんど戦っていない。
敵を斬っていない。
地下水路にも入っていない。
黒い結晶も追っていない。
ただ、座って見て、少し指示を出し、看板をつけただけだ。
けれど。
――こういう日も、必要だな。
トトがスプーンを掲げる。
トト「では! ひだまり大修理祭、完成祝い!」
マーサ「食事の前に遊ぶんじゃないよ」
トト「じゃあ、いただきます!」
全員「いただきます!」
食堂に声が揃った。
スープを飲む音。
パンをちぎる音。
子どもたちの笑い声。
バルドの大きな笑い。
セシリアの静かなため息。
フィリアの明るい声。
マーサの優しい叱り声。
そのすべてが、ひだまり孤児院の日常だった。
トト「レオン兄ちゃん!」
レオン「なんだ」
トト「今日、俺の『ひ』見た?」
レオン「ああ。よく書けていた」
トト「じゃあ明日は『だ』も書く!」
セシリア「一文字ずつですね」
ガル「いつ完成するんだよ」
トト「もう完成してるけど、俺の中でまだ完成してない!」
ユアン「分かるような、分からないような」
エル「でも、トトうれしそう」
ミリ「ひ」
リリィ「猫」
マーサ「それぞれ覚えるところが違うね」
レオンは小さく笑った。
フィリアがそれを見て、にこにこする。
フィリア「レオン様、今日はよく笑っていますね」
レオン「そうか?」
セシリア「はい。記録しておきます」
レオン「記録するな」
バルド「ぴこん隊長、機嫌良好ってな」
レオン「バルド」
バルド「悪かった」
トト「ぴこん隊長、すーぷおかわりする?」
レオン「……する」
食堂が一瞬静かになった。
フィリア「レオン様が自分からおかわりを……!」
セシリア「これは重要記録です」
マーサ「いいことだね」
ミリ「第0段階、成功」
リリィ「すーぷ覚醒」
ガル「なんか強そうだな」
トト「第0段階奥義、すーぷ覚醒!」
レオン「奥義にするな」
食堂に大きな笑い声が広がった。
その夜。
子どもたちが眠った後、レオンは庭に出た。
修理された外壁。
新しい看板。
月明かりに照らされた文字。
『ひだまり孤児院』
少し曲がった文字。
太陽。
猫。
スープ。
レオンはそれをしばらく見つめていた。
背後から、マーサが歩いてくる。
マーサ「いい看板だろう」
レオン「ああ」
マーサ「子どもたちが作ったものは、不思議と家に馴染むんだよ」
レオン「そうだな」
マーサ「今日みたいな日を、忘れないようにしな」
レオンはマーサを見る。
マーサ「戦う日もある。怖い日もある。泣く日もある。でも、壁を直して、スープを飲んで、くだらないことで笑う日もある」
マーサは看板を見上げる。
マーサ「そういう日があるから、子どもは明日も起きられるんだよ」
レオンは黙って聞いていた。
黒い結晶。
敵。
地下水路。
赤い角の紋章。
武王の器を狙う何者か。
それらは、まだ消えていない。
だが、今日ここには笑いがあった。
それは軽いものではない。
守るべきものそのものだ。
レオン「……明日も、こういう日が来るようにする」
マーサ「それでいい」
マーサはそう言って、食堂へ戻っていった。
レオンはもう一度、看板を見る。
少し傾いている気がした。
レオン「……やはり、少し右か?」
その時、窓が開いた。
セシリア「今から直すのは禁止です」
フィリア「怪我人は寝てください」
トト「ぴこん隊長、夜の修理は禁止!」
ガル「見つかってるぞ」
リリィ「猫も見てる」
ミリ「すーぷ隊長、寝る」
レオンは静かに天を仰いだ。
――日常の方が、やはり手強い。
けれど、悪くない。
レオンは小さく笑い、両手を上げた。
レオン「分かった。寝る」
窓の向こうで、子どもたちが勝ったように笑った。
ひだまり孤児院の夜は、今日も騒がしい。
そして、とても温かかった。




