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第十二話 孤児院襲撃


ひだまり孤児院の昼下がりは、いつもなら穏やかだった。


庭では洗濯物が風に揺れ、食堂からはマーサが煮込むスープの匂いが流れてくる。


トトは井戸の近くで、木の棒を振っていた。


トト「はっ! やあっ!」


ガル「声だけは一人前だな」


トト「うるさい! これは修行だ!」


ガル「棒に振り回されてるように見えるけどな」


トト「振り回してるの!」


その近くで、ユアンはミリに水を飲ませていた。

エルはリリィと一緒に、庭の隅にいる猫を見ている。


リリィ「猫、今日は落ち着かない」


エル「なんで?」


リリィ「分からない。でも、しっぽが変」


エルは猫を見る。


確かに、猫は落ち着かない様子で、何度も門の外を見ていた。


食堂の入口では、フィリア・ローレンスが健康管理表を確認している。


フィリア「ミリちゃん、今日は熱が下がっていますね」


ミリ「ぴこん?」


フィリア「今日はぴこんなしです」


ミリ「ぴこん……」


フィリア「残念そうにしないでください」


その時、門の外から荷馬車の音が聞こえた。


がらがら、と車輪が石道を進む音。


続いて、聞き慣れた豪快な声が響く。


バルド「おーい! 食糧支援の荷物、持ってきたぞ!」


トト「肉!?」


マーサ「まず肉を探すんじゃないよ」


門を開けると、そこにはバルド・ロックスが荷馬車の横に立っていた。


荷台には、小麦袋、豆、干し肉、薬草、毛布、薪が積まれている。


そして、その後ろには、レオン・ガルディアとセシリア・ノートの姿もあった。


レオン「王城からの追加分だ」


マーサ「助かるよ」


セシリア「受け取り記録に署名をお願いします」


マーサ「はいはい。相変わらずきっちりしてるね」


トト「レオン兄ちゃん! 干し肉ある!?」


レオン「あるが、今食うものじゃない」


トト「ちぇ」


バルド「こいつ、荷台を見る目が完全に盗賊だな」


トト「盗賊じゃない! 確認してるだけ!」


ガル「確認の手が伸びてたぞ」


トトは慌てて手を引っ込めた。


レオンはその様子を見て、少しだけ目を細めた。


――今日も騒がしいな。


だが、その騒がしさがいい。


禁忌の森。

偽依頼。

黒い結晶。

第七倉庫。


面倒な事件は増えている。


それでも、孤児院に戻れば子どもたちの声がある。


レオンにとって、それは何より大事な日常だった。


その日常が、次の瞬間、静かに壊れた。


リリィが門の外を見つめる。


リリィ「……猫が逃げた」


トト「猫?」


リリィ「みんな、逃げた」


レオンの表情が変わった。


セシリアもすぐに記録板を閉じる。


バルドは荷台から手を離し、大斧に手をかけた。


風が止まった。


庭の空気が、急に冷たくなる。


レオン「全員、建物の中へ」


トト「え?」


レオン「今すぐだ」


声は静かだった。


だが、その声を聞いた子どもたちは、すぐに動いた。


ミナ「みんな、中へ!」


ガル「小さい子から!」


ユアン「ミリ、こっち!」


エル「リリィ、行こう」


フィリア「走らないで。でも急いでください!」


マーサ「トト、最後まで外に残るんじゃないよ!」


トト「分かってる!」


そう言いながらも、トトは門の外を見ていた。


何かが来る。


それだけは、子どもの彼にも分かった。


レオンは門の前に立つ。


バルドが隣に並ぶ。


セシリアは封印札を手に取った。


フィリアは子どもたちを奥へ誘導しながら、薬箱を抱え直す。


セシリア「魔力反応、五体。門の外です」


バルド「五体か。大きさは?」


セシリア「狼型。ただし、通常の魔物ではありません」


レオン「黒い結晶か」


セシリア「はい。反応があります」


レオンの目が細くなる。


黒い結晶。


禁忌の森の魔紋大蜘蛛。

旧水路跡の黒晶鼠。

偽依頼書に残った黒い粉。


そして今度は、孤児院の前。


レオンの声が低くなる。


レオン「孤児院に近づけるな」


バルド「当然だ」


門の外から、黒い影が飛び出した。


狼に似た魔物だった。


だが、普通の狼ではない。


体は大きく、背中から黒い結晶が突き出している。

目は赤く光り、口から黒い煙のような息を漏らしていた。


一体目。

二体目。

三体目。


さらに奥から二体。


合計五体の黒い狼が、孤児院の門の前に現れた。


セシリア「黒晶狼。自然発生ではありません」


バルド「だろうな。こんなのが自然に湧いてたまるか」


レオンは剣を抜いた。


灰色の刃が、昼の光を鈍く反射する。


レオンはゆっくり息を吸った。


体の奥で、オーラが静かに巡る。


第1段階、纏気覚醒てんきかくせい


筋力、耐久力、反応速度を底上げする、戦士の基本。


レオンにとっては、呼吸と同じだ。


次に、周囲へ感覚を広げる。


第2段階、戦気感応せんきかんのう


敵意、殺気、気配を感じ取る力。


レオン「……狙いは孤児院だ」


セシリア「分かるのですか?」


レオン「ああ。敵意が、子どもたちの方へ向いている」


トトは食堂の入口で、その言葉を聞いていた。


敵意が分かる。


殺気が分かる。


それが戦士のオーラなのだと、昨日の講習で聞いたばかりだった。


トトは小さく拳を握る。


――俺には、まだ分からない。


その悔しさを飲み込み、トトは中へ下がった。


黒晶狼が一斉に動いた。


速い。


一体が地面を蹴り、レオンへ飛びかかる。


レオンは剣にオーラをまとわせた。


第3段階、刃気纏装じんきてんそう


武器にオーラをまとわせ、硬い甲殻や鎧すら斬る力。


灰色のオーラが刃を包む。


レオンは半歩踏み込み、剣を横に振った。


狙うのは胴ではない。


背中の黒い結晶。


刃が結晶を砕く。


黒晶狼は空中で体勢を崩し、地面に転がった。


しかし、まだ動く。


レオン「結晶を砕いても、すぐには止まらないか」


セシリア「魔力が体内に残っています!」


バルド「なら、脚を止める!」


バルドの体から赤銅色のオーラが噴き出した。


彼もまた刃気纏装で大斧を強化する。


大斧にまとったオーラは、レオンの静かな灰色とは違う。


荒々しく、熱を持ち、獣の牙のようだった。


バルド「おらぁ!」


バルドが大斧の柄を振るい、横から迫った黒晶狼の前脚を叩き払った。


硬い音が響く。


骨を砕く音ではない。

石を打ったような音だった。


バルド「脚まで硬ぇ!」


黒晶狼が牙を剥く。


バルドは大斧で受け止める。


ぎりぎりと嫌な音が鳴る。


バルド「こいつら、力もあるぞ!」


レオン「無理に受けるな!」


バルド「受けちまったもんは仕方ねぇ!」


バルドは力任せに黒晶狼を押し返し、その首元を蹴り飛ばした。


そこへ、セシリアの封印札が飛ぶ。


セシリア「停止!」


札が黒晶狼の背中に貼りつく。


黒い結晶の光が弱まる。


バルド「助かる!」


大斧が振り下ろされる。


黒い結晶が砕け、狼の体が地面に崩れた。


残り三体。


そのうち一体が門を迂回するように動いた。


狙いは食堂の窓。


トトが、そこから外を見ていた。


黒晶狼が低く跳ぶ。


セシリア「トト!」


フィリア「トトくん、下がって!」


トト「っ!」


トトは動こうとした。


だが、足がすくむ。


赤い目。

黒い牙。

迫ってくる魔物。


体が固まる。


――怖い。


初めてだった。


本当の魔物が、自分を狙って飛んでくる。


木の棒を振る遊びとは違う。

冒険者になりたいと言うだけとは違う。


これが、戦い。


これが、死ぬかもしれないということ。


その瞬間、フィリアが動いた。


食堂の入口から飛び出し、聖印を掲げる。


フィリア「守護光!」


淡い光の壁が窓の前に広がった。


黒晶狼の体が光の壁に衝突する。


ばちん、と高い音が鳴る。


フィリア「くっ……!」


光の壁にひびが入る。


トト「フィリア姉ちゃん!」


レオン「フィリア、下がれ!」


フィリア「下がりません! ここには子どもたちがいます!」


その声は震えていなかった。


レオンは一瞬だけ彼女を見た。


――守れる治癒師か。


フィリアの光の壁は、長くは持たない。


レオンは地面を蹴った。


一歩で間合いを詰め、光の壁に押しつけられている黒晶狼の横へ回り込む。


剣が走る。


一つ目の結晶を砕く。

二つ目。

三つ目。


レオン「終わりだ」


最後の大きな結晶を砕くと、黒晶狼は力を失って倒れた。


フィリアの光の壁が消える。


フィリアは膝をつきそうになった。


レオンがその腕を支える。


レオン「無茶をするな」


フィリア「レオン様に言われたくありません」


レオン「……そうだな」


フィリア「でも、トトくんを守れました」


レオン「ああ。助かった」


フィリアの顔が赤くなりかけた。


しかし、すぐに表情を戻す。


フィリア「まだ終わっていません」


レオン「分かっている」


残り二体。


だが、門の外の空気がさらに重くなった。


セシリアが息を呑む。


セシリア「マスター、奥に大型反応!」


バルド「まだ来るのかよ!」


路地の奥から、地面を削るような音が響いた。


現れたのは、狼ではなかった。


巨大な猪のような魔物だった。


体は荷馬車ほどあり、額には太い黒結晶の角が生えている。

背中には黒い結晶が鎧のように並び、口元から泡のような黒い魔力を吐いていた。


ガル「でか……」


エル「怖い……」


ミリ「……すーぷ」


ユアン「ミリ、後ろへ」


セシリア「黒晶猪。門を破るつもりです!」


黒晶猪が前脚で地面を掻いた。


狙いは明らかだった。


ひだまり孤児院の門。


その向こうにいる子どもたち。


黒晶猪の体から、重い圧が広がる。


ただの魔力ではない。


戦士のオーラに似た、荒々しい威圧。


セシリア「覇圧領域に近い反応……!」


バルド「また第6段階相当か!」


第6段階、覇圧領域はあつりょういき


本来は強い戦士が周囲にオーラを広げ、格下の敵を威圧する力。


それに似た圧を、黒晶猪は放っていた。


子どもたちの顔が青ざめる。


トトの膝も震えた。


ガルが歯を食いしばる。


ユアンはミリを抱え込む。


エルはリリィの手を強く握った。


レオンが一歩前へ出る。


彼の体から、灰色のオーラが静かに広がった。


第6段階、覇圧領域。


黒晶猪の荒々しい圧を、レオンの静かな覇圧が押し返す。


子どもたちの呼吸が、少し楽になる。


トト「……軽くなった」


セシリア「マスターの覇圧が、敵の圧を消しています」


トトはレオンの背中を見る。


大きな背中だった。


ただ強いだけじゃない。


そこにいるだけで、怖さを押し返してくれる。


それが戦士なのだと、トトは初めて肌で感じた。


黒晶猪が突進した。


地面が震える。


門までの距離は短い。


レオンは真正面に立った。


セシリア「マスター!」


バルド「正面から受ける気か!?」


レオン「ここを通すわけにはいかない」


黒晶猪の巨体が迫る。


レオンは剣を地面に低く構えた。


――後ろには孤児院。


温かいスープ。

子どもたちの寝床。

マーサ先生の台所。

トトの騒がしい声。

エルの小さな笑顔。

ユアンとミリの居場所。

フィリアが作った健康管理表。


その全部が、後ろにある。


通せるはずがない。


セシリアが封印札を投げた。


セシリア「止まれ!」


札が黒晶猪の額の角に貼りつく。


一瞬、黒い光が鈍った。


その一瞬で、レオンは動いた。


彼は正面から受け止めなかった。


半歩横へずれ、黒晶猪の角に剣を滑らせる。


力を受け流す。


王威覚醒おういかくせい


第9段階、武王クラス。


格下の攻撃を無意識に受け流す境地。


黒晶猪の突進は強い。


だが、真正面から受ける必要はない。


流せばいい。


レオンの剣が角の軌道を変える。


しかし、巨体の勢いはあまりにも強かった。


レオンの足が地面を削る。


レオン「重いな」


黒晶猪の角が門柱をかすめ、石が砕ける。


だが、門は破られない。


レオンは剣を角に食い込ませたまま、全身の力で進路をずらす。


黒晶猪の巨体が横へ流れ、門ではなく庭の外壁へ突っ込んだ。


どん、と大きな音が響く。


外壁の一部が崩れた。


だが、門は守られた。


バルド「無茶苦茶しやがる!」


レオン「今のうちだ!」


バルドは残った黒晶狼へ向かう。


残り二体の狼が、左右からバルドを挟む。


バルド「まとめて来い!」


バルドの全身から赤銅色のオーラが噴き出した。


第7段階、鬼神解放きじんかいほう


肉体の限界を一時的に超える力。


バルドの筋肉が膨れ、足元の地面がひび割れる。


セシリア「バルドさん、ここで使うのですか!?」


バルド「孤児院の前だぞ。出し惜しみするかよ!」


黒晶狼が同時に飛びかかる。


バルドは一体目の牙を大斧の柄で受け止め、もう一体を膝蹴りで吹き飛ばした。


バルド「おおおおっ!」


大斧が唸る。


一撃目で一体の脚を砕く。

二撃目で背中の結晶を叩き割る。


もう一体が背後から襲う。


バルドは振り向かず、肘でその顎を打ち上げた。


そして、大斧を逆手に振り下ろす。


黒い結晶が砕ける。


二体の黒晶狼が地面に沈んだ。


バルド「っ……やっぱ第7は体にくるな」


セシリア「後で説教です」


バルド「生きてたら聞く」


セシリア「必ず聞かせます」


残るは黒晶猪。


黒晶猪は崩れた外壁から体を起こした。


額の黒結晶角にひびが入っている。

だが、まだ折れていない。


目は赤く光り、怒りに燃えているようだった。


セシリア「角が魔力の中心です!」


レオン「分かった」


フィリア「レオン様、腕が!」


レオンの右腕には、突進を受け流した時についた傷があった。


袖が裂け、血がにじんでいる。


レオン「浅い」


フィリア「浅くありません!」


レオン「動く」


フィリア「そういう問題ではありません!」


レオン「後で頼む」


フィリアは唇を噛んだ。


今は止められない。


それは分かっている。


だから彼女は薬箱を握りしめ、いつでも飛び出せるように構えた。


黒晶猪が再び突進体勢を取る。


今度は門ではない。


食堂の壁を狙っている。


レオン「バルド」


バルド「合わせる」


二人は左右に分かれた。


黒晶猪が走る。


地面が震える。


レオンは左から。

バルドは右から。


同時に踏み込む。


バルド「おおおおっ!」


鬼神解放で強化されたバルドの大斧が、黒晶猪の前脚を叩く。


完全には折れない。

だが、体勢がわずかに崩れる。


そこへレオンが滑り込む。


狙いは額の角。


黒晶猪は頭を振り上げた。


結晶角がレオンの胸を狙う。


レオンは身をひねってかわすが、肩をかすめる。


黒い魔力が皮膚を焼くように走った。


レオン「っ……」


フィリア「レオン様!」


トト「レオン兄ちゃん!」


レオンは止まらない。


肩が痛む。

右腕も痺れる。


だが、足はまだ動く。


剣も握れる。


なら十分だ。


レオンは角の根元へ剣を差し込んだ。


硬い。


刃が止まる。


レオン「バルド!」


バルド「任せろ!」


バルドが大斧の背で、レオンの剣の峰を叩いた。


強烈な衝撃。


剣がさらに食い込む。


角に亀裂が走る。


セシリア「もう一撃!」


バルド「おう!」


二度目の衝撃。


黒晶猪が暴れる。


レオンの体が振り回されそうになる。


フィリアが叫ぶ。


フィリア「守護光!」


光の鎖が黒晶猪の前脚に絡みついた。


完全に止めるほどの力はない。


だが、一瞬だけ動きを鈍らせる。


レオン「十分だ」


レオンは剣を握り直す。


灰色のオーラが刃に宿る。


刃気纏装。

裂空闘気。

覇圧領域。


そして、第9段階、王威覚醒。


静かな王威が刃に集まる。


レオン「灰断」


短い一閃。


黒晶猪の角が根元から砕けた。


黒い光が爆ぜる。


黒晶猪は大きくのけぞり、地面に膝をついた。


セシリア「中心反応、低下!」


バルド「今だ!」


レオンは前へ出た。


最後の結晶は胸元。


黒晶猪が牙を剥き、最後の力で突っ込もうとする。


レオンは避けない。


真正面から踏み込み、剣を振り抜いた。


黒い結晶が砕け散る。


黒晶猪の赤い目から光が消えた。


巨体がゆっくり倒れる。


地面が重く揺れた。


静寂。


庭には、荒い息だけが残った。


バルドは大斧を肩に担ぎ、膝をついた。


バルド「……終わったか」


セシリア「周囲の黒晶反応、消失。今のところ追加反応はありません」


フィリア「レオン様!」


フィリアが真っ先に走ってきた。


レオン「大丈夫だ」


フィリア「大丈夫ではありません!」


フィリアはレオンの腕と肩を見る。


右腕の裂傷。

肩に走った黒い魔力の火傷。

軽い魔力の乱れ。


フィリアの顔が険しくなる。


フィリア「座ってください」


レオン「後で」


フィリア「今です!」


その声は、マーサに少し似ていた。


レオンは黙って座った。


トト「レオン兄ちゃんが一発で座った……」


ガル「フィリア、強いな」


マーサ「治療師の言うことは聞くもんだよ」


フィリアは手早く消毒し、治癒魔法をかける。


淡い光がレオンの傷を包んだ。


フィリア「黒い魔力が少し残っています。完全に抜くには時間がかかります」


レオン「動ける」


フィリア「動かないでください」


レオン「……はい」


セシリア「今日のマスターは素直ですね」


バルド「怪我した時の治癒師は怖ぇからな」


トトはゆっくりとレオンの前に来た。


トト「レオン兄ちゃん」


レオン「なんだ」


トト「俺、ちゃんと中にいたよ」


レオン「ああ。見ていた」


トト「飛び出さなかった」


レオン「ああ」


トト「でも、足が動かなかった」


レオンはトトを見る。


トトは悔しそうに拳を握っていた。


トト「怖かった。魔物が来た時、全然動けなかった」


レオン「それでいい」


トト「よくないよ」


レオン「怖いと思えるなら、生き残れる」


トトは顔を上げた。


レオン「怖さを知らない奴は、すぐ死ぬ。怖いと思って、それでも考えられる奴が強くなる」


トト「……俺も強くなれる?」


レオン「覚える気があるならな」


トト「オーラも?」


レオン「ああ」


トト「纏気覚醒も?」


レオン「まずは飯を食って、体を作れ」


トト「やっぱりそこから!?」


バルドが笑った。


バルド「戦士の第一段階は飯だな」


セシリア「正式な段階には入れないでください」


ミリ「すーぷ段階?」


リリィ「第0段階、すーぷ」


エル「強そう」


ユアン「いや、強いのか?」


マーサ「腹が減ってたら、何もできないからね。あながち間違いじゃないよ」


レオン「……第0段階、食事か」


セシリア「本気で採用しないでください」


庭に、少しだけ笑いが戻った。


だが、倒れた黒晶獣の残骸は、確かにそこにある。


セシリアは砕けた黒い結晶を布で包み、記録用の袋に入れた。


セシリア「マスター。この欠片、今までのものより濃いです」


レオン「ああ」


セシリア「誰かが、確実に近づいています」


バルド「しかも孤児院を狙った」


フィリア「子どもたちを……?」


フィリアの声が震えた。


怒りで。


レオンは孤児院を見た。


子どもたちがいる。

マーサがいる。

フィリアがいる。

帰る場所がある。


だからこそ、守らなければならない。


レオン「次はこちらから探す」


その声は静かだった。


だが、その場にいた全員が分かった。


レオン・ガルディアは、本気だった。


その日の夕飯は、少し遅くなった。


スープは一度冷めて、マーサが温め直した。

子どもたちは少し怖がっていたが、食堂に集まる頃には、いつものように席についた。


レオンは右腕に包帯を巻いたまま、壁際に座っていた。


フィリアがその横に立っている。


フィリア「食べ終わったら、もう一度傷を見ます」


レオン「分かった」


フィリア「逃げないでください」


レオン「逃げない」


トト「レオン兄ちゃん、逃げたら俺が捕まえる!」


ガル「無理だろ」


トト「気持ちで!」


ミリ「ぴこんで?」


リリィ「ぴこん捕獲」


レオン「その言葉も忘れてくれ」


食堂に笑い声が広がる。


外では、騎士団へ知らせに向かった使いの足音が遠ざかっていった。


黒い結晶の影は、確実に近づいている。


だが今夜、ひだまり孤児院には温かい夕飯がある。


レオンは包帯の巻かれた腕を見て、小さく息を吐いた。


――守れた。


それで、今は十分だった。


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