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安宿(やすやど)  作者: ウィリアム輝夫
序論(私と言う呪いについて)
7/80


 夏美は、とってもウブな女の子だった。思春期において、誰もがそうであるように、毎日が驚きと喜びの連続だった。特に、人とは少し違う身体の作りをしているので、感度が高くなっているのだ。嬉しい反面、苦しくなるような時もあった。その度に、保健室の先生に相談をしていたのである。肝心なことはちゃんと隠しつつも。


 それでも、その日までは、学校生活を彼女なりに楽しんではいたのだった。心密かに淡い夢を抱えながら。どうしてもそこは普通の女の子とは違ってきてしまうものであったが、それはしょうがないと諦めていた。セーラー服姿で鞄を手にして、キラキラした表情で、早春の廊下を歩いていると、いきなり、憧れの女の子、柏葉真希の背中が現れる。


「ああ、やっぱり凄い。あの娘だけは全然違う」


彼女はクラスで一番の憧れの的であり、西洋のどこかの国のハーフのような繊細な美しさがあった。茶色いボブの髪型がとても似合っており、明朗すぎる笑顔と、滴るような色気、そして、何よりも貴族のような上品な落ち着いた雰囲気が、夏美の心を燃え上がらせるのであった。


 いつか二人っきりでゆっくり会話をしたかったが、あまりに真希が神々しいので、夏美は近寄ることもできなかった。憧れの強い思い、というよりは、もはや2周も3周もした恋情が息苦しくもあった。


 そんな彼女の手から何かが落ちてくる。それは、群青色のおしゃれなマスクだった。夏美はダッシュして、


「あ!マスクがっ」


と声をかけた。すると、真希は、少し高い声で


「ありがとう」


 と微笑みかけてきたのだった。夏美は、もう、それだけで、感激のあまり、卒倒しそうになったが、何とか堪えて、


「あの。今度、お話ししませんか」


と切り出した。彼女は、一瞬、困惑したけれどもすぐに、夏美の瞳の奥を見つめて、何かを理解したのか、


「いいよ」  


 と言って、ふっと柔らかく笑った。その笑みは、先ほどまで遠くから見ていたものとは違い、どこか現実味を帯びて夏美の胸に落ちてきた。鼓動が急に速くなる。逃げたいような、でもこのまま時間が止まってほしいような、不思議な感覚だった。真希は少しだけ首を傾げて、「放課後でいい?」と付け加える。その何気ない一言が、夏美にとっては世界の輪郭を塗り替えるほどの重みを持っていた。


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