屋上
風が強い、屋上の扉を押し開けた瞬間に金属が軋む音がやけに大きく響き、世界の輪郭がふっと薄くなる。色も音も重さも剥がれ落ちていくようで、ただ足元のコンクリートだけがやけに硬く現実を主張している。精神科医の男らしくない悲鳴、鮮血、真っ赤なカルテ、その映像に苦しめられながら、少しヘラヘラと笑い、私はふらつきながら前へ進む。空にいる、知美がいる、あの時と同じ少し困ったような優しい笑い方でこちらを見ている、その隣に精神科医、もう、名前も覚えていない、白衣のまま静かに立ち、何か言いたげにこちらを見つめている、そして吉介、何も語らずただ手を差し出している、その手招きはゆっくりなのに抗えない力を持っていて、来い、と確かに呼んでいる、背後で靴音が止まり乾いた声が空気を裂く、「動くな!」振り向かなくてもわかる、拳銃の冷たい照準がこちらに定まっている、現実がまだ私を引き留めようとしている、だがどちらが現実なのか、前か後ろか、私は不意に可笑しくなり喉の奥で笑いが漏れる、こんな形で答えが揃うなんて、知美の唇が動く、声は届かないのに意味だけが直接頭に流れ込む、「遅いよ」、精神科医は静かに首を横に振り、まだ間に合うとでも言うように視線を寄越す、吉介はただ変わらず手を差し出している、その距離は遠いはずなのにすぐそこにあるようで、風がさらに強まり、足元がわずかに揺らぐ、私は立ち止まる、ほんの一瞬、後ろから再び声が飛ぶ、「撃つぞ!」その言葉が引き金のように世界を二つに裂く、前と後ろ、生とそれ以外、私は目を閉じる、瞼の裏で三人の影がより濃く焼き付き、同時に背後の気配も鋭く研ぎ澄まされる、すべてが一点に収束し、次の瞬間にはもう戻れないと理解しながら、それでも私はわずかに体を傾ける、どちらへなのか自分でも確かめることなく、ただ重力だけが静かに答えを知っているようだった。




