手紙
封筒は妙に分厚く、糊付けも乱雑で、一度開けてまた閉じたような跡があった、差出人の名前は乱れた字で「吉介」とだけ書かれていて、その時点で嫌な予感がした、けれど私は結局それを破るように開けてしまう、中から何枚も重なった便箋が滑り落ちる。「俺はやってない」最初の一行がそれだった。「まず最初にこれだけは書いておく、俺はやってない、何度でも書くけどやってない、あの夜のことを思い出すたびに、お前の声が頭の中で繰り返されて正直気が狂いそうになる、でも違うものは違うんだ、俺はあいつを突き落としてなんかいない、そんなことする理由もないし、そんな度胸もない、これは言い訳じゃなくて事実だ」「お前はたぶんもう俺のこと信じてないと思う、電話のときの感じで分かった、ああもうこいつは俺を犯人だと思ってるんだなって、でもな、それでも書くしかないんだ、書かないと俺の中で全部が固まってしまいそうだから」「あの日、確かに俺は知美と会ってた、それは隠さない、というか隠せないだろうし、誰かが見てる可能性だってある、だから正直に書く、俺たちは言い争いをしてた、内容はたいしたことじゃない、少なくとも俺はそう思ってる、でもあいつは違ったみたいで、妙に突っかかってきてた」「ここからが大事なんだけど、俺はあいつを押してない、絶対にだ、何回書けば伝わるか分からないけど押してない、その場にいたのは事実だけど、落ちた瞬間を見てない、気づいたらいなくなってた、これも嘘だと思うかもしれないけど本当だ」「正直に言うと、怖くなってその場から離れた、それは認める、それがお前から見たら“逃げた”ってことになるんだろうけど、あの状況で冷静にいられるやつなんていないと思う、少なくとも俺には無理だった」「それからニュースを見るまで、あれがどういうことだったのか分からなかった、でもニュースを見た瞬間に全部繋がった、あああの時のあれがそうだったのかって、そこで初めて現実になった」「お前はたぶんここを一番疑ってると思う、なんで警察にすぐ行かなかったのかって、これは言い訳になるけど、怖かったんだ、自分が疑われるのが、あの場にいたってだけで終わる話じゃないって分かってたから」「でもな、だからってやってないことがやったことになるのは違うだろ、俺はそこだけはどうしても譲れない」「電話でお前に“逃げてる声”って言われたの、あれずっと引っかかってる、逃げてるのは否定しない、でもそれは罪からじゃない、状況からだ、全部が一気に押し寄せてきて、どうしていいか分からなくなっただけなんだ」「もう一回書く、俺はやってない」「これで何回目か自分でも分からないけど、それでも書く、やってない」「もしこれでも信じないなら、それはもう仕方ないと思ってる、でも少なくとも、俺が何も言わずに黙ってるやつだと思われるのだけは嫌だった」「最後に一つだけ、あの時知美が何を言ってたか、お前聞いたよな、正直に言う、全部は覚えてない、でも一つだけ残ってる言葉がある、“あんたは結局何も選ばない”って、それを言われた直後に俺は言い返して、そのあと、たぶんあいつはあの場所から離れた、少なくとも俺はそう思ってる」「だから俺は押してない」「ここまで読んでもまだ疑うなら、それでもいい、でもこれだけは頭のどこかに置いておいてくれ、俺はやってない」手紙はそこで終わっていたが、余白に何度も同じ筆跡で書き直した跡があり、「やってない」という言葉だけがインクの滲みで黒く重なっていた。




