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安宿(やすやど)  作者: ウィリアム輝夫
或るストーカーの肖像
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電話


 夜中の電話はいつもより長くコールが鳴り続け、出ないのではないかという不安が胸をよぎった頃にようやく繋がった。「……もしもし」「吉介?」「……ああ、なんだよこんな時間に」「ニュース見た?」「……見たよ」「知美のこと」「……ああ」「突き落とされたって」「そうらしいな」「“らしい”じゃないでしょ、あんた昨日一緒にいたんでしょ」沈黙が落ちる、通話の向こうでわずかなノイズだけが流れている。「……誰から聞いた」「そんなのどうでもいいでしょ」「よくねえよ」「ねえ吉介、最後に会ったのあんたなんでしょ、何があったの」再び長い沈黙、意図的に引き延ばしているような間のあとに低く返ってくる。「……別に、何もねえよ」「嘘」「何もないわけないでしょ、あの子あんな高いところ一人で行くタイプじゃない」「……知らねえよ」「知ってるでしょ」「昨日あんたと喧嘩してたって聞いた」「……」「ねえ吉介、押したの?」一瞬、音が消えたような完全な静寂が訪れる。「……は?」「押したのって聞いてるの」「ふざけんなよ」「俺がやるわけねえだろ」「じゃあなんで黙るの」「……」「なんでちゃんと否定しないの」「してるだろ」「言葉だけでしょ」「ねえ、あの時知美なんて言ってたの」「……覚えてねえよ」「嘘」「嘘じゃねえよ」「じゃあなんでそんな声なの」沈黙が短く挟まる。「……どんな声だよ」「逃げてる声」その言葉に対して息を呑む気配がはっきりと伝わる。「……お前さ」「なに」「俺のこと疑ってんのか」「うん」即答のあとに訪れるのは先ほどまでとは違う冷たい沈黙。「……そっか」「じゃあもういいわ」「なにが」「何言っても無駄だろ」「無駄かどうかはあんた次第でしょ」「違うね」「お前はもう答え決めてる」「……」「俺がやったって思ってる」「……」「だから何言っても意味ねえ」「じゃあはっきり言えばいいじゃん、やってないって」「……」「……やってねえよ」「……そっか」「じゃあどうして知美は落ちたの」「……知らねえって言ってんだろ」「本当に?」「……ああ」その「ああ」はわずかに遅れた、ほんの一瞬だが確実に分かる遅れだった。「ねえ吉介」「……なんだよ」「もしあんたがやってたら」「やってねえって」「もしの話」「もしそうだったら私あんた許さないから」「……」「絶対に」長い沈黙のあとにぽつりと落ちる声。「……怖えな、お前」「怖くしてるのはあんたでしょ」返事はなく、数秒後に通話は唐突に途切れた。

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