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安宿(やすやど)  作者: ウィリアム輝夫
或るストーカーの肖像
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吉介の恋


 吉介は圭子のことが好きで好きでたまらないらしかった。しかし、内気だったので告白することができずに、日々が過ぎてゆき、ようやくなけなしの勇気を振り絞って、卒業式の日に、前夜に徹夜して書いたラブレターを、自転車置き場で自転車に乗ろうとしていた彼女に、渡したのだった。その手紙の文面はこうである。


『突然すみません。本当ならもっと早くお伝えするべきだったのですが、ついつい私の中で逡巡する気持ちが働いて、このまま何も伝えずに、高校生活を終えてもしょうがないと思っていたところ、NHKのテレビドキュメンタリーで、神話学者のジョーゼフ・キャンベルが、


『人生とは竜退治なのです。竜とは怖いもの、それを倒してゆくのが英雄の役割です。我々が英雄伝説が好きなのは、我々の人生にも怖いものがあるからなのですね』


ということを話しておられた。(声 森山周一郎)なるほど、今回のこともある意味、竜退治だ。こんなことで、怯えてビクビクしてはダメだと、いきなり手紙を送らせていただきました。そう決意した時、まるで、曇りだった空が急に晴れ渡ったような感じがしたのです。これは間違いなく天命だと思いました。あなたがどう思っているか、それはわかりませんが、そもそも、私はあなたに朝早く、同じ教室にいて、何もできなかった。それが悔しくて悔しくてたまらないのですね。ああ、ドラマのように、キムタクのように、あなたに話しかけて、あなたは、まるで、鈴木杏樹のように、たどたどしい英語で、外国の歌番組に出るのです。いや、そんな話じゃなかったかな。あなたの横顔、まるで、鈴木杏樹、あるいは、宮沢りえですね。本当に美人だと思います。こんな掃き溜めのような高校によく出席できてましたね。本当に、あなたは素晴らし過ぎて、それがダメなんです。たまに、あなたのふくらはぎが少し太いのを見て、安心するのですが、あなたの声を聞いてしまいますと、これは菅野美穂ですよね。ああ、何もかもが……あなたは武器を持っています。私はあなたのことを考えると、脳がプリンのようになって呆けてしまうのです。理想の人間がいたんだ。と、余りにも素晴らし過ぎて、以心伝心、もはやどうでも良くなってきた。今この瞬間が幸せです。ええい。何を書いているんだ。私は。チャレンジします。やってみます。恋文を書かなくてはいけません』





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