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タロの回転 1


 タロという愉快な先輩がいる。愉快な、と言ってしまえばそれで済んでしまうのだが、その「愉快さ」がどこにあるのかと問われると、俺は少し言葉に詰まる。別にいつも笑っているわけでもないし、特別に面白いことを言うわけでもない。むしろ黙っている時間の方が長いくらいだ。それなのに、気がつくと周りの空気が少しだけ軽くなっている。そういう種類の愉快さだった。タロ先輩は、よく分からないところで立ち止まる癖がある。廊下の途中とか、階段の踊り場とか、特に理由もなさそうな場所で、ふっと動きを止める。そして何かを考えているような顔をするが、たぶん何も考えていない。あるいは、考えていることが外からは全く分からないだけなのかもしれない。俺は何度か声をかけたことがあるが、そのたびに「ああ」とだけ言って、また歩き出すのだった。会話もどこか妙だった。質問をすると、ほんの少しだけ間が空く。その間が長すぎるわけでも短すぎるわけでもなく、妙に中途半端で、返事が来る前にこちらの方が落ち着かなくなる。ようやく返ってきた言葉は、別に変でもなんでもない普通のものなのだが、その間のせいで、どこかズレた印象だけが残る。しかし、そのズレこそがタロ先輩の愉快さの正体なのかもしれない。きっちりと噛み合っているはずの歯車が、ほんのわずかにだけ外れている。その外れ方が、音も立てず、しかし確かに感じられる程度に保たれている。だから見ていると、妙に気になってしまうし、目を離したあとでも、さっきの間や仕草が頭の中でゆっくりと回り続ける。タロ先輩は、そうやって人の中に何かを残す人だった。言葉でもなく、行動でもなく、その手前にある「間」や「気配」のようなものを、気づかないうちに置いていく。そしてそれは、時間が経っても消えることなく、むしろじわじわと形を持ち始める。だから俺は、ときどき思う。タロという人間は、何かをしているというよりも、ただそこにいることで、周囲の時間をほんの少しだけ歪めているのではないかと。その歪みはごく小さく、誰もはっきりとは指摘しない。しかし確かに存在していて、気づいた者の中でだけ、静かに回転を始める。

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