オヤジの回転 2
変化は翌日から出た。出社。机の案件が順に片付く。電話もメールも噛み合う。上司の機嫌もいい。偶然が続きすぎる。ペンを落とせば拾いやすい方へ転がる。資料は欲しいページで止まる。会議で一言入れると話がまとまる。流れがある。途切れない。回っている感じだ。
「最近、調子いいな」
同僚に言われ、俺は曖昧にうなずく。原因はわかっている。あの占いだ。帰宅。妻の様子が違う。声が柔らかい。
「今日、帰るの、早いじゃない」
会話がスムーズに続く。言葉が引っかからない。自然に噛み合う。食事もうまい。味がきれいに整っている。何もかも“ちょうどいい”。夜。布団に入る。妻との距離も自然に縮まる。だが、反応がない。体は元気なはずなのに、何も起きない。意識とは別の方向に体がある感じがする。
「……疲れてるの?」
「いや」
違う。むしろ調子はいい。仕事も家庭も回っている。なのに、ここだけが空白だ。数日後。俺は別の女とホテルにいた。流れでそうなった。最近の調子の良さが、こういう形でも出たのだと思った。
だが――やはり、だめだった。まったく反応しない。愛人となった彼女は静かな午後の光の中で、ひとり窓辺に立っていた。柔らかな髪が肩に落ち、指先でカップの縁をなぞる仕草に、どこかためらいのような影が宿る。笑うときも大きくは笑わず、ただ目元だけが少し緩む。その控えめな温度が、かえって近づきがたい距離をつくり、触れれば消えてしまいそうな、淡い存在感をまとっていた。
「え……」
相手の声が遠くに聞こえる。俺は笑ってごまかすしかなかった。そのとき、はっきり理解した。うまく回っているのは事実だ。だが、均等じゃない。どこかに偏っている。
仕事、家庭、会話、食事――そこに運が集まっている。その代わりに、ある一点が削られている。配分だ。
占い師の言葉が頭に浮かぶ。角度。固定。偏り。ホテルを出る。風が吹く。看板が揺れる。影が地面で円を描く。スマホを取り出す。画面が少し傾いて見える。まっすぐ持っているのに。タップの位置も微妙にずれる。
「……行くか」
胸の奥で何かが一周する感覚があった。あの占い師のところへ行くしかない。この回転を、もう一度変えてもらう。夜の街を歩く。信号、人の流れ、車の音。すべてがうまく繋がっている。円を描くように動いている。
その中で、自分の一部だけが外れている気がする。ビルの前に立つ。三階に明かりがついている。まだ、回っている。




