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ネギの回転 1


 その焼き鳥屋は、駅前の雑居ビルの裏にひっそりとあった。暖簾は色あせ、店名もほとんど読めない。けれども、なぜか毎晩、一定の客が吸い込まれるように入っていく。不思議な引力のようなものがあった。


 俺は仕事帰り、なんとなくその店の前で足を止めた。炭の匂いが漂っている。だが、よく見ると様子がおかしい。ガラス越しに見えるカウンターの向こう、串がずらりと並ぶ焼き場で、ただひとつ、奇妙な光景があった。


 ネギだけが、回っている。肉は刺さっていない。ただ、白と緑の境目が美しい長ネギが一本、串に刺さって、ゆっくりと回転している。まるでそれ自体が意思を持っているかのように、規則正しく、しかしどこか生き物めいたリズムで。


「なんだあれ……」


 思わず呟いたとき、店の引き戸が音もなく開いた。


「いらっしゃい」


 中から声がした。低く、乾いた声だった。気づけば俺は、カウンターに座っていた。席は空いていたが、客は数人いて、皆、無言で串を食べている。だが彼らの視線は時折、焼き場のネギに向けられていた。注文を取りに来たのは、年齢のわからない店主だった。痩せていて、目だけが妙に光っている。


「……あれ、なんですか」


 俺が指さすと、店主は一瞬だけ笑った。


「ああ、ネギでさあ」

「見ればわかりますよ。なんで回ってるんですか」

「回さないと、焼けないんで」


 意味がわからなかった。


「普通、焼き鳥って回すもんじゃないですか」

「いやいや」店主は首を振る。「あれは“返してる”だけでさあ。回してるわけじゃない」


 言われてみればそうかもしれない。だが、あのネギは違う。ずっと同じ方向に、途切れず回転している。


「……食ってみます?」


 店主が言った。俺は少し迷ったが、頷いた。しばらくして、問題のネギが目の前に置かれた。焼き目は均一で、香ばしい匂いが立ち上る。だがそれ以上に、何か妙な“張り”がある。表面が微かに震えているようにも見えた。箸で持ち上げると、やけに軽い。一口、かじった。


「……うまい」


 思わず声が出た。甘い。異様なほどに甘い。ネギ特有の辛みはどこにもなく、代わりに透明な蜜のような旨味が舌に広がる。焼いただけとは思えない。いや、焼いたからこそ、こうなったのか。


「でしょ」


 店主が満足そうに言った。


「コツは回転させることなんでさあ」


 俺はもう一口食べた。やはりうまい。だが、その瞬間、奇妙な違和感が喉の奥に引っかかった。さっきから、噛むたびに、わずかに“遅れて”味が来る。まるで、ネギの内部で何かが追いついてくるような――

ふと、焼き場を見た。次のネギが、すでに回っている。いや、さっきよりも少しだけ、速くなっている気がした。

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