遅刻
村越先生は、教壇の前に静かに立っていた。背筋はまっすぐで、声は低く、しかし教室の隅々までよく通る。黒板には大きく「遅刻」とだけ書かれている。チョークの粉がわずかに残り、その文字の周囲に白い霞のように広がっていた。生徒たちはノートを開き、特に騒ぐこともなく、淡々と授業を受けている。村越先生は教科書を手にしながら、ときおり顔を上げ、教室全体を見渡す。その視線は厳しいわけでも優しいわけでもなく、ただ均一に、全員を同じ距離で測っているようだった。
「遅刻とは何か」と先生は言った。「それは時間からの逸脱であり、同時に、規則からの逸脱でもある」
その説明は、どこか抽象的でありながら、妙に現実感を帯びていた。誰かがページをめくる音がやけに大きく響く。窓の外では風が木々を揺らしているが、その音さえも教室の中では整えられているように感じられた。
ふと、黒板の「遅刻」という文字の角が、わずかに歪んだ。
気のせいかと思ったが、次の瞬間、その文字は立体的に膨らみ、小さな箱のような形へと変わった。チョークの線が折れ曲がり、面を持ち始める。
「ほら、遅刻はこうして形になる」
村越先生は何事もないように言う。
教室の後ろで、誰かが小さく「あたし」と呟いた。振り返ると、そこにはもう人の姿はなく、代わりに机の上に白い箱が置かれている。その箱の側面が、かすかに呼吸しているように見えた。
私はそれを見ている。いや、見ている「私」を、さらにどこかから見ている。視点が重なり、ずれていく。
扉が開き、校長が入ってきた。だがその顔は平面で、紙のように薄く、言葉を発するたびに口の部分が折り目のように動く。
「遅刻はいけませんね」
その声と同時に、教室のあちこちで箱が増え始める。
あたしはもう箱の中にいるのかもしれない。あるいは、箱の外で、それを見ているのかもしれない。
黒板の「遅刻」は、さらに大きくなり、教室そのものを囲む枠のように広がっていく。遅刻。遅刻。遅刻と、連打している。本当はもっと多いが、これくらいにしておこう。
村越先生の講義は、哲学史的地平に遡る。遅刻とはそれほど意義深い探究すべき素材ではある。余りにも歪んで捉えられている現代の遅刻観に、村越先生は遺憾の意を唱える者であった。




