表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/64

鉄鎖

教員室の扉は、閉まると同時に、外のざわめきを完全に遮断した。さっきまで爆発や悲鳴で満ちていたはずの世界が、まるで最初から存在しなかったかのように、静まり返っている。


あたしは一歩踏み出した。


床はやけに柔らかかった。見ると、古びたリノリウムの下で、何かがゆっくりと脈打っている。まるで心臓の上に立っているみたいだ。


「遅刻者は、こちらへ」


誰かの声がした。顔を上げると、教員たちが机の向こうに整然と並んでいる。だが、その顔はどれも同じだった。目が異様に小さく、口元だけがやけに広く裂けている。


その背後で、生徒たちが鎖に繋がれていた。手首と足首、そして首。鎖は床に沈み込むようにして伸びていて、どこにつながっているのか見えない。


「……なんで、あんなことに」


あたしが呟くと、中央に座っていた教師が、にやりと笑った。


「正門を通れなかった者は、選別対象になるのです」


「選別……?」


「はい。あの門は“外側”を切り分ける装置です。遅れる者、迷う者、躊躇する者。そういう“未決定”な人間を」


未決定、という言葉が妙に耳に残った。


「じゃあ、裏門から入れば……」


「ええ、形式上は“通過した”ことになります。しかし——」


教師は、鎖に繋がれた生徒の一人を指差した。


その生徒は、確かにさっき裏門の方へ走っていたはずの女子だった。だが今は、目を開けたまま、微動だにしていない。


「経路を誤魔化しただけでは、本質は変わりません」


そのとき、カチリ、と音がした。


あたしの足首に、冷たいものが触れている。見ると、いつの間にか細い鎖が巻き付いていた。


「え?」


引こうとするが、びくともしない。むしろ、ゆっくりと締まっていく。


「やめて!」


叫んだ瞬間、教員たちが一斉に立ち上がった。


「安心してください。これは拘束ではなく、“確定”です」


その言葉と同時に、床の脈動が強くなる。ドクン、ドクン、と、はっきりとした鼓動が足から体に伝わってくる。


視界の端で、鎖に繋がれた生徒の一人が、ふっと消えた。切れるでも、外れるでもなく、“そこからいなくなった”。


代わりに、教員の席が一つ、増えていた。


「なに……これ……」


あたしの声は震えていた。


そのとき、背後の扉が音もなく開いた。


振り返ると、村越先生が立っていた。相変わらず、あの乾いた笑いを浮かべている。


「ほほほ。やはりこちらでしたか」


「助けて……」


あたしが言うと、先生は首をかしげた。


「助ける、とは?」


そして、ゆっくりと教員たちの列に歩み寄る。


「この学校はね、“通った者”を育てる場所ではないのです。“通れなかったもの”を固定する場所なのですよ」


先生は、空いている椅子に腰掛けた。


ちょうど、生徒が一人消えた、その席に。


鎖が、もう一段、締まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ