鉄鎖
教員室の扉は、閉まると同時に、外のざわめきを完全に遮断した。さっきまで爆発や悲鳴で満ちていたはずの世界が、まるで最初から存在しなかったかのように、静まり返っている。
あたしは一歩踏み出した。
床はやけに柔らかかった。見ると、古びたリノリウムの下で、何かがゆっくりと脈打っている。まるで心臓の上に立っているみたいだ。
「遅刻者は、こちらへ」
誰かの声がした。顔を上げると、教員たちが机の向こうに整然と並んでいる。だが、その顔はどれも同じだった。目が異様に小さく、口元だけがやけに広く裂けている。
その背後で、生徒たちが鎖に繋がれていた。手首と足首、そして首。鎖は床に沈み込むようにして伸びていて、どこにつながっているのか見えない。
「……なんで、あんなことに」
あたしが呟くと、中央に座っていた教師が、にやりと笑った。
「正門を通れなかった者は、選別対象になるのです」
「選別……?」
「はい。あの門は“外側”を切り分ける装置です。遅れる者、迷う者、躊躇する者。そういう“未決定”な人間を」
未決定、という言葉が妙に耳に残った。
「じゃあ、裏門から入れば……」
「ええ、形式上は“通過した”ことになります。しかし——」
教師は、鎖に繋がれた生徒の一人を指差した。
その生徒は、確かにさっき裏門の方へ走っていたはずの女子だった。だが今は、目を開けたまま、微動だにしていない。
「経路を誤魔化しただけでは、本質は変わりません」
そのとき、カチリ、と音がした。
あたしの足首に、冷たいものが触れている。見ると、いつの間にか細い鎖が巻き付いていた。
「え?」
引こうとするが、びくともしない。むしろ、ゆっくりと締まっていく。
「やめて!」
叫んだ瞬間、教員たちが一斉に立ち上がった。
「安心してください。これは拘束ではなく、“確定”です」
その言葉と同時に、床の脈動が強くなる。ドクン、ドクン、と、はっきりとした鼓動が足から体に伝わってくる。
視界の端で、鎖に繋がれた生徒の一人が、ふっと消えた。切れるでも、外れるでもなく、“そこからいなくなった”。
代わりに、教員の席が一つ、増えていた。
「なに……これ……」
あたしの声は震えていた。
そのとき、背後の扉が音もなく開いた。
振り返ると、村越先生が立っていた。相変わらず、あの乾いた笑いを浮かべている。
「ほほほ。やはりこちらでしたか」
「助けて……」
あたしが言うと、先生は首をかしげた。
「助ける、とは?」
そして、ゆっくりと教員たちの列に歩み寄る。
「この学校はね、“通った者”を育てる場所ではないのです。“通れなかったもの”を固定する場所なのですよ」
先生は、空いている椅子に腰掛けた。
ちょうど、生徒が一人消えた、その席に。
鎖が、もう一段、締まった。




