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安宿(やすやど)  作者: ウィリアム輝夫
序論(私と言う呪いについて)
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 私ももうちょっと各話のタイトルを工夫しても良いのであろうし、「私1」「私2」と順番を振っても良いのであるが、それをやると、たとえば3のところを4とやったりして、間違って訂正しないといけないので、全部、私にしているのである。それに、私はあんまり数字というものが好きではない。なんなら、数字なしにして日常を生きてゆきたい。そんな人、多くはないだろうか。たとえば、ネットマネーで会計を済ませる人とか、そう言うことだろう。私は単に手続きが面倒だからやらないが、便利だったらやってしまいそうである。だが、そういうことは痴呆症のもとになるから気をつけたほうが良いかもしれない。こうやって文章を書くのも良し悪しで、やっぱり、ちゃんと小説風にものを書いた方が良い。あんまりこの書き方をお勧めしない。何故なら、多くの人がこの手法を使って失敗しているのを知っているからである。昔、ある芥川賞受賞者が二作目でこれをやって全く売れなくなり文壇から姿を消した。たしか「なんとかのマリリン」というタイトルである。私はあれは読んでいて、「ひでぇ」と笑ったものである。みんな心の中では、「はあ、ブログのように書きたい」って思っているのだろう。それほど、小説という形式は、窮屈で面白くはないものだ。だが、商業化に成功している人はみんなそれをちゃんとやって、映画みたいな小説をちゃんと書いている。こんなふうにノラリクラリ書いているばかりで、オチも何もない文章なんてものは読まれないだろう。わかっているが、もう、作ってしまったので、あとはやるしかないのだ。殆ど、マラソンランナーのような気持ちである。現実のマラソンは大苦手であるが、こうやってそれに近いことをしているのである。しかも、誰も読まないだろう。そんなもの、当たり前だ。真のエンターテイメントとは、もっと読みやすいものであり、恋人や知人に見せびらかしたいものである。何で、「安宿」なんていう小説を本棚に、表紙を前にして立てかけないといけないのだろうか。そもそも内容も宿と関係なくなっているじゃねえか。という批判も来そうなので、ちょっとは宿っぽいことも書いておくと、今、鞄からカップラーメンを出している。ビジネスホテルで食べるインスタント食品はどうしてこんなに美味しいのだろうか。例えるなら、回転寿司屋に行って、マヨネーズが乗っかったものの、本当の美味しさを知るのと似ている。違うか。

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