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安宿(やすやど)  作者: ウィリアム輝夫
ノート 1
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成長ではなく変容


 まあ、これはこのサークル「文学愛好会」だけではなくて、ほとんどの商業書籍、漫画、ドラマ、映画がそうなのであるが、どうしてくだらなく感じるかなのであるが、その多くの要因が「成長」ということにあるのは、鋭敏な読者ならお分かりであろう。老人ホームなどの動画を見て欲しい。もし、人間が無限に成長し続けるなら、あそこにいる人たちは異常者ではないか。くたびれ果てて車椅子とか使って。もし、人間が無限に成長し続けるなら、老人ホームには、逆立ちで歩いたり、空中三回転して移動したり、天井を這って進んだりする人たちで溢れていると思うのだ。つまり、ほとんどの人が全く成長していないのである。オリンピックのアスリートなども四十くらいになると普通の人になるのである。そして、六十になって引退して、老人ホームに行くことになる。下手をすると、普通の人よりも体を壊したりしている。ここを若者たちは全く考えていないのだ。下手をしたら中年たちも目を背けている。よく見ろっ!我々はマスコミなどによって、成長という偽神話に説得されて、感動しましたっ。とか言っているのである。その裏をちゃんと見ないといけない。人は成長しているのではなく、変化しているのである。そこで、カフカに戻ってゆくのであるが、カフカの「変身」がどうして人々にインパクトを与えたのか。それは、「人間は成長してゆくのではない。変容してゆくのである」というテーゼを小説内で実行しているからである。あれは、単なる空想物語ではなくて、私たちのことを描いているのだ。偽の成長物語で、踊らされている私たちは、少年ジャンプや、ドラクエみたいに、人生が起承転結はっきりと、物語構造をもってして、開けてゆくと勘違いしている。(まあ、ドラクエや、ジャンプの人たちの人生は、ほとんどが苦難ばかりが強調されたとんでもない人生なのであるが(笑))そういうことではないのだ。安穏とした生活を営んでいたら、ある日突然、交通事故で死亡とか。四肢欠損とか。そういうことが世の中には普通に起こる。つまり、人間はいつ何が起こるかわからないのである。そう言った世界において、どう逃げ道を作ってゆくのか。というよりも、「どう、なになにをするのか」なんてこと、それを志向すること自体が、成長神話に騙されている。我々は思ったよりも、何も主体的にできないのである。誰の人生も色んな、しがらみにがんじがらめになっているわけである。その中において、変容しつつある、衰えつつある自分にどう向かい合うのか。それこそが逃走線なのである。

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生あるものは老い、 形あるものは崩れ、 やがて、原子・分子に立ち返り・・・ 宇宙を永遠に循環してゆきます。 「諸行無常」「エントロピー増大の法則」に逆らうことは、 いかなるものもかないません。…
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