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究極の愛

  それを口に含んだ瞬間、味という概念は消え失せ、代わりに、全身の内側へ黒く焼けた鉄の棒を無理やり通されるような感覚が走った。熱いのに冷たく、固いのに液体で、喉から胃へ落ちていくはずのそれは、直線ではなく、身体のあらゆる隙間を選ぶように広がり、血管や神経の形に沿って侵入し、内側から形を確かめるように押し広げていく。息が詰まり、視界が白く反転し、音が遠のくその一瞬に、私はそれが「飲み込まれた」のではなく、むしろ自分がそれに「受け入れられた」のだという、理解とも錯覚ともつかない確信に触れた。


 次の瞬間、私は気を失っていた。


 目を覚ますと、病院の白い天井があった。規則的な機械音と、消毒液の匂いが、現実の輪郭をゆっくりと戻してくる。身体は重く、夢の残滓のような不快感だけが内側に残っていたが、医師はただの過労と軽い意識障害だと言い、特別な異常は見つからなかったと説明した。あの家のことを尋ねても、場所をうまく言葉にできず、そもそもそんな洋館は近隣にはないはずだと、曖昧に受け流されるだけだった。


 翌日、彼女のことを思い出して学校に行くと、すでに彼女はどこかへ引っ越したのだと聞かされた。急だったらしい、という以外、誰も詳しいことは知らない。もともと、彼女がどこに住んでいたのかすら、はっきり覚えている者はいなかった。


 それから時間が経っても、あの感覚だけは消えなかった。喉の奥に残るわずかな異物感、思い出そうとすると、身体の内側で何かがわずかに動くような気配。私は今でも、ときどき立ち止まって考える。あれは、いったい何だったのだろう、と。


 そして、もうひとつ。


 もしもあの出来事が終わっていないのだとしたら——。


 この森のどこかで、彼女はまた、あの黒い壺を抱えたまま、同じ微笑で私を待っているのではないかと。手招きしながら、今度こそ確かめるために、あれを飲ませようとしているのではないかと。


 そう考えた瞬間、喉の奥で、かすかに熱が戻る気がするのだ。私はひょっとすると、あれこそが、あの体験こそが、究極の愛の達成された瞬間だったのかもしれないと、今でも思い出すのである。次会ったとしたら、私は死ぬかもしれないが、その誘いを断ることができる自信は今の私にはなかった。

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