表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/70

接吻


 放課後の教室は、昼間のざわめきが嘘のように静まり返っていて、窓から差し込む光だけが机の角や床の傷をやけにくっきりと浮かび上がらせており、私は忘れ物を取りに来ただけのはずだったのに、なぜか足が止まり、黒板の消し残しや椅子のずれた位置のひとつひとつに意味があるような気がしていると、背後でかすかに椅子の脚が擦れる音がして振り返った瞬間、あの女の子がそこにいて、まるで最初から教室の空気に溶け込んでいたかのように自然に存在しており、彼女は何も言わずに数歩だけ近づき、私の正面で立ち止まると、ほんのわずかに息を整えるような間を置いてから、不意に目を閉じ、「キスしていいよ」と言った、その声は小さいのに妙に逃げ場がなく、冗談とも本気ともつかない曖昧さを含んでいるのに拒否する余地だけが不自然に削り取られていて、私は一瞬なにも理解できないまま、ただ彼女の顔の近さだけを意識し、閉じられた瞼の静けさや、わずかに震えている唇の輪郭を見つめているうちに、いつの間にか距離を詰めてしまい、そのまま触れるように唇を重ねた最初の感触は驚くほど軽く、ほとんど現実感がなかったのに、離れるきっかけを見失ったまま、時間の感覚が曖昧になり、どれくらい続いていたのか分からないまま、ただ触れているという状態だけが引き延ばされていき、やがて息が浅くなり、ようやく離れたとき、彼女はまだ目を閉じたまま少し遅れて息を吐き、それからゆっくりと瞼を開いたのだが、その顔色が、ついさっきまでとは違ってわずかに青ざめていることに気づき、どこか具合が悪そうにも見えるのに、彼女はそれを隠すように、あるいはまったく気にしていないかのように、ぎこちない微笑を浮かべ、「よし、じゃあ。今度は私の番」と言い、その“番”という言葉が何を意味しているのか考える間もなく、私の手を掴んでぐいと引き寄せ、その力が見た目よりも強く、抵抗する隙を与えないまま歩き出し、「家に来てちょうだい」と続けたその言い方はお願いというよりも既に決まっていることの確認のようで、私は戸惑いながらも手を引かれるまま教室を出て、廊下に出た瞬間、外の光がやけに遠く感じられ、どこか別の場所に連れていかれるような感覚に包まれながら、それでも彼女の手の感触だけが妙に確かなものとして残り、その温度がさっきよりも少しだけ低くなっていることに、理由も分からないまま気づいてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ