死
やがて、水音ではなく、短く裂けたような声がした。
続いて、はっきりとした絶叫。
狭い部屋の空気が、その音で一度ひっくり返る。私は立ち上がらず、ただドアの方を見た。次に何が起きるかは、だいたい分かっている種類の時間だった。
ドアが勢いよく開く。
彼女は後ずさりながら部屋に戻ってきて、壁にぶつかるようにして止まった。呼吸が乱れている。言葉にならない音が、喉の奥で引っかかっている。
私はようやく立ち上がり、ゆっくりとドアのところまで歩いた。
中を覗く。
ユニットバスの狭い空間に、逆さまの身体が一つ、吊られている。足首を縛られ、天井の配管に引っかけられているらしい。髪は重力に従って垂れ、濡れているのか、あるいは別の理由か、塊になっている。
血は、床に溜まっているというより、途中で止まっている。流れきらず、途中で考えをやめたみたいに。
私はそれを少しだけ見て、ドアを半分閉めた。
彼女はまだ壁に張り付いている。視線は、こちらと、ドアと、その間を行き来している。
「……なに、あれ」
ようやく言葉になった声は、掠れていた。
私は肩を少しだけすくめた。
「それは」
彼女の目が、こちらに固定される。
「あんたの教団の、女教祖だよ」
言葉は、思っていたよりも軽く出た。
彼女の顔から、色が一段階抜ける。
「……違う」
即座に否定が返るが、力はない。
「そんなはず、ない」
彼女は首を振る。だが、その動きは小さく、どこか途中で止まっている。
「だって、教祖様は……」
その先が続かない。
“生きている”のか、“あそこにはいない”のか、あるいは別の何かか。言葉が見つからないようだった。
私はベッドの縁に腰を下ろした。
「顔、見たか?」
彼女は答えない。答えられないのか、見ていないのか、分からない。
「見れば分かる」
私はそう言ったが、確信があるわけではない。分かる、というのが何を指すのか、自分でも曖昧だった。
「……違う」
彼女はもう一度だけ言う。今度はさっきよりも小さい。
「教祖様は、あんなふうには……」
“あんなふう”という言葉が、宙に浮く。どんなふうであれば正しいのか、定義されていない。
私はしばらく黙っていた。
部屋の中には、彼女の荒い呼吸と、外の廊下を誰かが歩く足音が、かすかに混ざっている。
「順番の話」
私はぽつりと言った。
彼女の肩が、わずかに反応する。
「自分を見て、それから他人を見て、最後に世界を見る、って言ってたな」
彼女は何も言わない。ただ、聞いている。
「今、どこだと思う?」
質問は、そのまま落ちる。
彼女の目が、また少しだけ揺れる。焦点が、合いきらない。
ドアの向こうからは、相変わらず、水音は聞こえない。
ただ、そこにあるはずのものの気配だけが、消えずに残っている。




