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安宿(やすやど)  作者: ウィリアム輝夫
安宿 (ノート5)
18/70

シャワー

 部屋は思っていたよりも狭く、壁紙はところどころで浮いていた。窓はあるが、開けると隣の建物の壁しか見えない。空気は乾いていて、何か古い布の匂いがした。


 二人で同じベッドに座っていると、距離の取り方が曖昧になる。近いのか遠いのか、判断がつかない。沈黙が少しだけ続いた。


 彼女は部屋の中を一度見回し、それから視線を落とした。ここに来るまでの流れを、頭の中でなぞっているようだった。


「シャワーを浴びてきなよ」


 私はそう言った。特に理由はなかった。ただ、順番の一つとして、そこに置いたような感じだった。


 彼女はすぐには動かなかった。指先が、スカートの布地を軽くつまむ。


「……どうして?」


 小さな声だった。


「どうして、っていうのは」


 私は少しだけ考えるふりをしたが、答えは最初から決まっているような気もした。


「その方が、いい気がするからだ」


 曖昧な言い方だが、それ以上具体的にする必要を感じなかった。


 彼女は私の顔を見る。焦点は合っている。だが、その奥で、何かを測っている。


「さっきの話と、関係があるんですか」


「あるかもしれないし、ないかもしれない」


 私は肩を少しだけ動かした。


「順番の話で言えば」


 そこで言葉を切る。


「たぶん、これはどこに置いてもいい」


 彼女は、しばらく黙った。


 部屋の隅にある小さなユニットバスのドアを見て、それからまた私を見る。その視線が、少しだけ揺れる。


「……分かりました」


 そう言いかけて、また止まる。


 完全には決めきれていない声音だった。


 私はその間に、もう一度だけ言った。


「信じなさい」


 彼女の目が、わずかに動く。


「あなたの子羊を」


 自分で言っておきながら、その言葉の出どころが分からない。だが、妙にしっくりきていた。


 彼女は、その言葉を繰り返すように、ほんの小さく口の中で動かした。


「……子羊」


 それが教義にある言葉なのか、それともまったく関係のないものなのか、私には分からない。


 彼女は立ち上がる。動きはゆっくりで、どこかぎこちない。


 ユニットバスの前まで行き、ドアに手をかける。


 そのまま、しばらく動かない。


 背中越しに、彼女がまだ迷っているのが分かる。


 私は何も言わなかった。これ以上言葉を足すと、何かが崩れる気がした。


 やがて、ドアが小さく開く。


 彼女は一度だけこちらを振り返る。


 その目は、さっきまでよりも、ほんの少しだけ焦点がずれているように見えた。


 それが不安なのか、あるいは別の何かなのかは、判別がつかない。


 ドアが閉まる。


 水の音は、まだ聞こえない。


 私はベッドに座ったまま、その音が始まるのを待っている。

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