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安宿(やすやど)  作者: ウィリアム輝夫
安宿 (ノート5)
17/83

告白

 しばらく、私は話し続けた。


 自殺願望、と呼んでいいのか分からない。ただ、消えることについては、昔から具体的に考えていた。方法とか、場所とか、時間帯とか。母親や父親のときと同じで、考えはだんだん細部を持ちはじめる。


「別に、今すぐ死にたいわけじゃない」


 私はそう言った。


「ただ、いつでも終われる、っていう状態にしておきたいだけだ」


 それがあると、少しだけ楽になる気がする。逆に言えば、それがないと、どこにも逃げ場がない。


「書くことも、似たようなもんで」


 私はカップの底に残った、冷えきった液体を見た。


「いつでもやめられると思ってるから、続けてるのかもしれない」


 彼女は黙っている。聞いているのか、ただ順番を待っているのか、判別はつかない。


「でも、たまに」


 私は少しだけ言葉を探す。


「どこで終わるのが正しいのか、分からなくなる」


 終わりの位置が決まらないと、全部が宙に浮く。


「そのまま、ずっと続いていく感じがして」


 続いていくこと自体が、怖くなる。


「だから、どこかで区切りをつけたくなる」


 区切り。あるいは、切断。


「自分で決めたい、っていうのがあるのかもしれない」


 そこまで言って、私は一度黙った。


 店内の音が、また戻ってくる。さっきと同じはずなのに、少しだけ遠くに感じる。


 彼女はまだ何も言わない。その沈黙が、妙に長く伸びる。


 私は、その中で、ふと思いついたように口を開いた。


「今夜」


 自分の声が、少しだけ変わった気がした。


「一緒に、ホテルに泊まってくれないか」


 彼女の目が、わずかに動く。


「もし、あなたが俺を信用してくれるのなら、指一本触れない」


 言葉は、思っていたよりも滑らかに出た。


「しかし」


 私は、そこで少しだけ間を置く。


「信用しないのなら」


 その先は、ほとんど自動的に出てきた。


「取り返しのつかない、恐ろしいことが待っているだろう」


 言い終えてから、自分でも、その文の形が妙に整っていることに気づく。誰かが書いた文章を、なぞったような感じだった。


 彼女は、すぐには反応しなかった。


 視線だけが、わずかに下がり、テーブルの一点に落ちる。指先が、カップの取っ手に触れて、しかし持ち上げない。


 悩んでいる、というより、何かを照合しているように見えた。教えと、今の状況と、自分の位置と。


「それは」


 彼女は、ゆっくりと口を開いた。


 だが、そこで一度言葉が止まる。


 何かを選び損ねたように、沈黙が落ちる。


 私は何も言わない。急かす気もない。ただ、その沈黙がどう転がるのかを見ている。


 彼女は、もう一度、息を吸った。


 目の焦点は、まだ揺れていない。


 だが、ほんのわずかに、その奥で、何かがずれているようにも見えた。


 答えは、まだ出ていない。

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