告白
彼女は、すぐには口を開かなかった。私の言葉が、どこかに沈むのを待っているようだった。沈む場所があるのかどうかは分からないが、とにかく、時間だけが少しだけ引き延ばされる。
私はその間を埋めるように、続けた。
「父親も、同じなんだ」
言ってから、“同じ”という言葉が雑すぎる気がしたが、訂正はしない。
「いや、少し違うか」
私は視線をテーブルから外して、宙のどこかを見る。
「母親は、外から形を決めてくる感じだった。でも、父親は、もっと曖昧で」
曖昧、というより、輪郭が最初からない。
「いるのかいないのか、よく分からないまま、ずっとそこにいる」
影に近いが、影ほどはっきりしていない。
「だから、逆に厄介だった」
私は指先で、見えない線をなぞるような動きをする。
「何かを壊したいと思ったとき、対象がはっきりしていないと、うまくいかない」
自分でも妙な説明だと思うが、言葉は止まらない。
「それで、父親のことを考えるようになった」
考える、というより、浮かび上がらせる作業に近い。
「どういう顔だったか、どういう声だったか、何をしていたか」
記憶を並べるが、どれも薄い。
「そうやって、少しずつ、形を作っていった」
作る、という表現が適切なのかは分からない。だが、元からあったものを思い出すという感じではなかった。
「ある程度、輪郭ができたところで」
私は、そこで一度言葉を切る。
「消したい、と思った」
母親のときよりも、はっきりしていた。
「理由は、特にない。ただ、そこにあるから、という感じだ」
彼女は、まだ黙っている。否定も肯定もない。
「で、これも同じなんだけど」
私は軽く息を吐く。
「やったかどうか、分からない」
言葉にすると、妙に軽くなる。
「記憶が抜けているのか、それとも最初から何もしていないのか」
どちらでも、あまり変わらない気もする。
「ただ、一度、妙なことがあった」
私は少しだけ身を引く。
「実家に行ったとき、父親がいなかった」
“いなかった”という事実だけが、妙に鮮明だ。
「前からいなかったのか、その日だけいなかったのか、それも分からない」
誰にも聞かなかったし、聞く気にもならなかった。
「母親は、何も言わなかった」
その沈黙が、むしろ自然だった。
「だから、もしかしたら」
私はゆっくりと彼女を見る。
「どこかで、やってるのかもしれない」
繰り返しになるが、それ以外の言い方が思いつかない。
「あるいは、最初から、いなかったのかもしれない」
それも、同じくらい現実味がある。
「順番の話で言えば」
私は、少しだけ笑う。
「対象を作ってから、消そうとしてる」
彼女の教えとは、また別の順序だ。
「どっちにしても」
私は最後に、言葉を置くように言った。
「焦点は、合ってない」
鏡の方は見なかった。見なくても、どうなっているか分かる気がしたからだ。
彼女は、ようやく息を吸う。
今度は、彼女の番なのかもしれない。




