告白
自分の声が、思っていたよりも低く、濁っていた。喉の奥に溜まっていたものが、そのまま音になったような感じだった。
彼女は、何も言わずにこちらを見ている。頷きもしない。ただ、順番が来たことを受け入れている顔だった。
「さっきの、順番の話だけど」
私はテーブルの木目を見た。規則的なようでいて、どこかで歪んでいる。
「たぶん、俺は最初から間違ってたんだと思う」
言葉は、考えてから出ているのか、出てから考えているのか分からない。
「自分を見た記憶が、あまりない」
鏡の中の顔を思い出そうとするが、どれも輪郭が曖昧だ。写真のように固定された像ではなく、いつも少しずつずれている。
「代わりに、母親の顔ばかり見ていた」
“見ていた”というより、“見させられていた”のかもしれないが、区別はつかない。
「何をしても、あの人の基準で測られる。うまくいっても、失敗しても、結局は同じ顔をされる」
私は指先でカップの縁をなぞった。冷えている。
「そのうち、自分がどういう状態なのか分からなくなった」
彼女はまだ黙っている。途中で口を挟まないあたり、彼女の教えとやらは、意外と徹底しているのかもしれない。
「あるとき、鏡を見たことがある」
言ってから、少しだけ可笑しくなる。さっきの話と、妙に重なる。
「でも、そこにいたのは、母親に似ている何かだった」
似ている、というより、混ざっている感じだ。輪郭の一部が、侵食されている。
「それで、思ったんだ」
私は一度、言葉を切る。喉の奥の引っかかりが、少しだけ強くなる。
「これは、たぶん、消さないといけない」
“消す”という言い方が、やけにしっくりきた。
「最初は、ただの考えだった。よくあるやつだ。嫌いな相手がいなくなればいい、っていう」
だが、その先があった。
「でも、だんだん具体的になってきた。時間とか、場所とか、方法とか」
私は顔を上げる。彼女は、相変わらずこちらを見ている。
「ある夜、台所に立っていた」
蛍光灯の光が、やけに白かったのを覚えている。
「包丁があって、あの人がいて」
そこまで言って、私は少しだけ息を吸う。
「そのあとが、よく分からない」
記憶が抜けているのか、最初から曖昧だったのか、判断がつかない。
「気がついたら、部屋に戻ってた。手は洗ってあった」
水の冷たさだけが、妙に鮮明に残っている。
「次の日も、その次の日も、あの人は普通にいた」
普通、というのがどういう状態なのか、いまいち定義できないが、とにかくそこにいた。
「だから、たぶん、何もしてない」
そう言いながら、確信はない。
「でも、もしかしたら」
私は、そこで少しだけ笑った。自分でも理由は分からない。
「どこかで、一回、やってるのかもしれない」
彼女の表情は変わらない。驚きも、嫌悪も、見えない。ただ、聞いている。
「順番の話で言えば」
私はゆっくりと言葉を選ぶ。
「俺は、自分を見る前に、消そうとした」
それが間違いなのかどうかは、分からない。ただ、順番としては、彼女の言うものとは違う。
「それでも、まだ、焦点は合ってない」
私は最後にもう一度、鏡を見た。そこにいるのは、相変わらず、どこにも定まらない目をした男だった。
彼女は、何かを言おうとしている。
話は、まだ終わっていない。




