巨神墜つ
巨大な球体の、血を流す傷口へ向けて、指輪を投げつけ、風魔法でそれをコントロールし、最も大きく開かれた箇所へと叩き込む。
黒い膿が、噴き出し、球体は生物の如く蠢き、撓み、内部で何かが暴れ回っているかの様に、そこかしこが膨れ上がっては、縮んでを繰り返し、やがて、破裂音と共に、内側から砕け散り、大量の膿が決壊した河川さながらに、溢れ出し始める。
そして、体内にも聞こえる空間を揺るがす悲鳴が響く。
「グオオオオッ! 我が血肉が、蝕まれ、溶けだして行く」
「アア、あっていいはずがないッ! 斯様なッ! 神を冒涜する行為なぞ、あり得ぬのだァァァッ!」
球体につながっていた管は、ぶちぶちと音を立てながら、切れ始め、鞭の様にしなり、広大な空間を奔放に薙ぎ払う。その軌道にいた不死者たちが、制御されざる強烈な力によって粉々に砕けるのが見えた。
「やべッ!」
こっちにも伸びて来るッ!
風を操り、咄嗟に回避するが、勢いは止まる所を知らず、回転しながら、何度も空間を薙ぎ払って行く。眼下を見ると、大量の膿の濁流に呑まれた不死者たちが、悲鳴を上げながら、押し流されて行くのが見えた。
「マナが切れたままだったら、俺もああなってた」
そこで、再びジジに感謝の念が、湧き起こって来るが、先ほどの不穏な様子から、何かが起きているのは間違いない。逸る気持ちが、冷静な思考を奪い、急き立てて来る。
「クソッ! 急所らしき物を潰したはいいが、待っても一向に出口が現れる様子がねぇッ! どうすれば――! いや――」
ひとしきり管が暴走し、その動きが収まり始めた頃、根元にあった眼球へ、吸い込まれる様に、ぶち当たり、勢いで、揺れ動き始める。
「眼球が――外側へ、飛び出そうとしてるッ!?」
だが、あと少しで、外へ転がり落ちる所だった眼球は、押しとどまり、轟音を立てながら、静止する。
「ダメだッ! アレをなんとか押し出さねぇとッ!」
頭を抱えたくなったが、首を振り、意識を切り替える。そして、眼下で渦を巻き溢れだす黒い洪水を見やる。
「あの中に飛び込むなんて……、考えたくもねぇが……。それに、どんな毒性があるか、見当もつかねぇ」
ジジを早く助けに行かなければならない、ここを出るためにも、二つの目的を達成するには、もうそうするしかなかった。
「もう一度、大爆発を起こすッ!」
フロアを天井ふきんで発生させ、時間差で遅れて起きた爆発を見ながら、身体の周囲に空気を集め、その上から巨大化させたデイを纏い、球状に包む。
「あれの毒性に、デイが耐えられる事を祈るッ!」
「行くぞッ!」
覚悟を決めて、黒い渦の中に飛び込んだ。
「うああああっ!」
真っ黒で、視界も確保できない。いや、出来ても自分がどちらを向いているのかさえ、分からなかっただろう。黒い濁流に洗われ、猛烈な勢いで転がりながら、ひたすらその時を待った。
すると、不思議な声が、周囲にこだまし始める。
「おお、おおお。遂に扉が開かれた……」
「この中に閉じ込められて、一体どれだけの時が流れたのか」
「やっと出られる! 出られるんだっ!」
「我々は、解放されたっ!」
「ありがとう。生ある者よ、お前の事は、輪廻に還っても、忘れない」
神の体内に、閉じ込められていた者たちの声だろうか? 何処か、不思議な温もりを感じるそれに、励まされ、濁流の中で、拳を握りしめた。
「まだだッ! この人たちが、本当に解放されるには、人々を捕らえている、この戦術陣ごと、ぶち壊さないとッ!」
そのためには、神の命を絶つ必要がある。
決意を確かめ、解放を待つ。
やがて、溢れだした濁流の流れが変わり、一気に一方向へ吸い込まれ始める。
飛び出した先は、あの赤い空の下で、眼下には、黒い滝が形成され、数千メートルはある神の本体から溢れ、地面へと落ちて行く。巨大な眼球は、半ば溶け落ちた状態で、宙を回転しながら舞っていた。
「ジジッ! そうだ、ジジを探さないとッ!」
再び願いの力を感じ、デイの覆いを外し、周囲を飛びながら、彼女の姿を探す。
遥か低空、そこに無防備に落下する彼女が見えた。風の力を全開にし、急降下してその姿を追う。
近づくと、焼け爛れた様に、傷だらけで、生きているのかも分からない状態で、最悪の想像が背筋を凍らせたが、下へ回り、その身体を抱き止める。
「ジジッ! ジジッ! しっかりしろッ! 今、治癒魔法をかけるからなッ!」
急いで治癒魔法をかけ、声をかけ続け、その身体を強く抱きしめる。
「頼む――死なないでくれッ! お前が、死んだら――俺はッ! 俺はッ!」
抱きしめた腕に、優しく手が添えられる。
「やれやれ、五月蠅いのう。儂は、命の危機に瀕しておったのじゃ、もうちと丁寧に扱わぬか……」
その声を聞き、嬉しさがこみ上げて来て、より強く抱きしめる。
「ジジッ! 良かったッ! 本当に、良かったッ!」
もう動ける様になったのか、ジジが優しく頭を撫でた。
「仕方がないのう。おんしに、斯様な甘え癖があるとは、知らなんだぞ……。じゃが、先ほどの言葉は、嬉しかった。全ての苦労が、報われる様じゃ」
そして、彼女は、俺の頭に手をやり、顔を覗き込んだ。
「……泣いておったのか……。じゃが、おんしに涙は似合わぬ」
可憐な指先を伸ばし、頬を拭う。
「さあ、まだ、やる事が残っておるじゃろう。立つのじゃ、英雄よ。……おんしは、今宵、神殺しとなるのじゃ!」
その言葉に勇気づけられ、遥か上空、神の頭部を見据える。
「分かってる。英雄、なんて、なんかくすぐったいし、なるつもりもないけど、救わなきゃいけない人々がいるのは分かったッ! だから――!」
地表で、轟音が響き、巨大な眼球が砕け散り、辺りに膨大な量の血液を飛散させる。
「何としてでも、あいつを倒すッ!」
ジジは優しく抱きしめて来る。
「その意気こそが、英雄たる証よ」
そのまま飛び上がり、再び神の頭部へ近づくと、巨大な眼球が抜け落ちた後が、空洞となり、体内が露出していた。こちらを感知したのか、凄まじい量の酸と骨が投射される。それは、最初とは違い、神の肉体じたいから飛び出していた。自らの骨肉を削る様に。
「オオ、オオオ。もはや、眼も見えぬ。だが、だがァ、貴様らにこの命ッ! 容易くくれてやる気はないぞッ!」
動けないジジを身体の中に隠し、衝撃波で、攻撃を打ち払って行く。
「もう、ズタボロじゃねぇかッ! だが、それでも諦める気はないんだなッ!」
その時、背後から暴風の様な空気の流れを感じ、振り向くと、巨大な触手がこちらを打ち据えるべく狙っていた。近づくと、風の制御を奪われるそれを、大きく距離を取って回避し、ひとつの違和感を持つ。
あれ? 触手、何で、ここまで届いた?
直後、轟音と共に、神の肉体が破片を飛ばすのが見えた。もはや、なりふり構っていられないのか。自分を巻き込んででも、こちらを潰す気らしい。
眼前の何もない空間に、目を凝らし、最初の空中戦での記憶を辿った。
「そうか――。バリアが消えてるんだッ! だから、触手もこの場所へ入ってこれてる!」
身体の中からジジの声が聞こえる。
(うむ。彼奴め、もはや障壁を維持する力も持たぬと見える。相当に弱っておるぞ!)
だが、こちらには神を滅ぼす決め手がなかった。巨大さに見合う異常な耐久力。どんなに破壊的な、通常なら致死の攻撃も、神に血を流させはしたが、それはいわば軽傷の積み重ねに過ぎず、いま瀕死であっても、一気にトドメを刺す手段など見当もつかない。
まるで無限に思える様な、異常なヒットポイント。でも、確実に弱ってる。もう、防御もままならない状態だ。今だからこそ出来る何か強烈な一撃があれば!
そうだ――何か、何か強力な武器を作り出せば、神の肉体を容易く傷つけられる様な。
神の攻撃を躱しながら、ジジに尋ねる。
なあ、この世界に存在する、最も硬い金属って何だ?
ジジの顔は見えないが、声音から目を丸くしている姿が想像できた。
(唐突じゃのう。……ふむ。グノースタイトと呼ばれる。地霊が鍛えたとされる鋼があるぞ。通常の鋼の数倍の硬度と言われておる)
通常の鋼の、数倍? イメージしてみる。この神の肉体に、ただの鋼なんて、蚊が刺したくらいの傷しかつけられないだろう。例えば、その剣が、雲を衝くくらい長かったとしても、表面に食い込むくらいで、切断なんて不可能だろう。
それが、数倍になっても、あまりの巨大さと、耐久力ゆえに、誤差にしか思えなかった。
ジジに過誤がある訳ではないが、否定し、もっといいアイデアがないかせっつく。
(むむむ。そうは言われてものう。そうそう――)
声音が変わる。
(いや!)
何かを思いついた様だ。
(あるぞ! それは、第一次神界大戦を終えた頃まで遡ると言われておる。大戦で疲弊し、力を失った神が、最後にヒトに与えたとされる。神の金属――)
続く言葉を、息を呑みながら待った。
(純然たる一雫の異名を取る。むう。何故か、真の名が、思い出せぬ。まあ、それは良い。恐らくヒトが扱える中で、最強の金属じゃろう。なおかつ、その姿を自由に変えられると言われておる!)
純然たる一雫? それが、あれば、あの神の肉体を切断できる!?
(まさか――作り出せると言うのか!?)
分かんねぇ。でも、あいつ言ってた。全ての魔法を行使する力って。それで、精霊銀も願うだけで、作り出せた。
「頼む――どうか、この願いを、聞き届けてくれッ! ここに来てから散々、我儘いってきて、もう辟易してるかも知れねぇけどッ! 今、何よりも必要なモノなんだ。だから――頼む!」
「この手に、純然たる一雫を!」
誰に、祈っていたのだろうか? あの加護を与えてくれた、謎の女性か? それとも、この場を満たす、多くの神に取りこまれた人々か。
単純にこうだとは言えない。だが――ひとつの確信があった。
人に話したら、笑われるかもしれない。でも、祈っていたのは、きっと――。
「俺たちの未来に向けてッ! どうか、この手に、力を――!」
手の中に輝き始めた、黒く滑らかで、金属とは思えない、まるで絹の様な、光沢を放つ物体を、驚愕の眼差しで見つめる。
「これ――これが、純然たる一雫?」
それの存在を感知したのか、神が慄き、触手の攻撃が一層はげしくなる。もはや、躱すスペースもない程の津波の様な一斉攻撃だ。
「馬鹿なァッ! それは、その金属は、奴の――!」
狂った様な叫びは続く。
「あり得ぬ。この場に、その様なおぞましいッ! あり得ぬぞッ! 小虫ごときが、それを手にするなぞ、断じて認めぬッ!」
もはや何が言いたいのかも分からないが、神がこの金属を恐れているのは間違いなかった。
「今、願ったばっかりなのに、また調子に乗ってるかな? でも、すまねぇ。一個じゃ足りないみたいだッ!」
眼下から迫る、無数の触手へ向けて、生み出した純然たる一雫の大剣を、次々と落として行き、その動きを縫い止める。
「アガァァァッ!」
そして、手に持ったひとつを剣に変えて、徐々に、その長さを増して行き、ゆっくりと握った。
「重いな……。力こみでも、この重さは支えきれない。でも、あいつを斬るには、こんな長さじゃ足りないんだ!」
地表から、聳え立つ長大な岩柱を伸ばし、それを階段状に後方の空間へと並べて行き、それに剣を乗せて、長く長く、数百メートルに及ぶ刃を形成する。
「一回だけでいい。一振りで、あの身体を、斜めに両断するッ! そのためには、もっと、もっと長く、雲も突き破るくらいの長さがいるッ!」
ああ、手が震えてる。緊張で、喉がカラカラだ。確実に決めなきゃ、そう何度も機会が恵まれるとは思えない。
その時、体内から手が伸び、そっと優しく、俺の手を包んだ。
(おんしの緊張も、その使命感も、勇気も! 共有してやる事は出来ぬ。しかし、おんしが儂を信じておると言った様に、儂も心から信じておるぞ。じゃから、終わらせておくれ)
(その一振りで! 悔恨も、苦痛も、絶望も、闇も、全てを切り払い、我らが共に歩む未来を! その手で示すのじゃ!)
ああ、助けられてばかりだな。ありがとう。勇気が湧いて来た。
「身体の内から溢れて、外に飛び出しそうなくらいに!」
覚悟を決めろッ!
「行くぞッ! この一撃で、お前の全てを断ち、この戦いに、終止符を打つッ!」
直後、風の力で刃ぜんたいを弾き、その勢いに乗って、両手に全霊の力を込め、振り始める。慄く、神の姿が、スローモーションに映り。僅かな堅い感触の後に、その巨体が、山のごとき、巨壁が、斜めに裂かれて行くのが見えた。
「グオオオオッ!!」
神は天を衝く叫びを上げ、その身体が両断された――。
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