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苦行の十三階段

 完全に怪物と化した肉体を見つめながら、思考を巡らせる。

 限界、こいつの身体の限界――!


 そうか!


 こいつが最初に言ってた事が本当なら、限界はあるはずだ! ……だけど、それが後、何段階のぼった先なのかは、まだ分からない! それまで俺がついていけるかも……!


 だけど、やるしかない!


 そこで、爆発に巻き込まれていたイシが透明になって、近づいてきているのを感じた。

 イシ! お前、全く無傷だな!?

 傷ついていたらまたマナを送って再生させるつもりだったが、イシの身体には炎や衝撃への耐性があるのだろうか?

 イシをポケットに導き、そして、一つの閃きを得る。だが、実行するためのピースが足りない。今のアムダイに、パワー勝負を挑むのは自殺行為と言えるだろう。二段階まえでほぼ互角だったのなら、もう勝ち目はない。


 後は、スピードがどの程度か、だが――。


「シャアアアッ!」


 お決まりの奇声を上げ、アムダイが腕を振るうと竜巻の様な風が巻き起こる、そして、そこへ水の魔法を上乗せしたのか、瞬く間に酸の渦が出来上がっていた。そこから飛び散る雫が服を溶かし、身体を焼く。


「くっ!」


 このまま耐えていても何も良いことはない。抵抗するためこちらも竜巻を生み出してぶつけた。球状の空間を両者の風魔法が埋め尽くし、壁際へ追いやられる。


「くそっ! あいつは平気だけど、俺はこの壁に触れないんだった!」


 このままでは、条件はどんどん不利になる。眼前の竜巻は力が拮抗して見えたが、徐々に押し込まれている様だった。壁までのスペースが狭まって行き、不快な臭気が限界を告げて来る。


「魔法の力は少し負けてるな……!」


 そこで頭上から唐突に、声が響く。


「冷静に分析している場合ですかッ!?」


 何だと!?

 竜巻を越えて来たアムダイが、上からこちらへめがけて降って来た。


「シャアハアッ! 相手から時間を奪うのは戦術の基本ですよッ!」


 こんな狭い空間じゃ、避けられない!?


 そこで、自らの生み出した竜巻に注意が向く。


 そうか! 修行を思い出せ!


 今の俺なら、出来るはず!


「は!?」


 頓狂な声を尻目に、竜巻の掻き消えたスペースへ駆け込み、再び、アムダイへ向かって、竜巻をぶつける。背中から降り注ぐ、酸の雫が身を焼くが、今は耐えるしかなかった。それに、後ろの竜巻は、既に威力が衰えて、消えかかっている様だ。

 直後に、地面へぶつかる水音が聞こえた。


「この渦に、石の破片を乗せるッ!」


 アーグロアで生み出した石柱を粉々に砕き、その破片を竜巻で旋回させる。


「アギャアグアッ!」


 壁に挟まれた位置で石の竜巻に呑まれたアムダイが、悲鳴を上げたのが、微かに聞こえた。


「まだだっ!」


 続けてハキスを念じ、石の破片を鋭い鋼へと変えていく。


「アギャボアッ!」


 やがて、竜巻が赤く染まり始め、しばらくして風がやんだ時には、血塗れでうずくまる姿が見えた。


 しかし、想像に違わず、その身体は、煙を上げて、膨れ上がって行く。


「シャアハアッ! 驚きましたよぉッ! 貴方、自分の魔法を、消去できるんですかァッ!?」


 スペルキャンセル。修行中に脱線して、見つけた技だが、通常時の俺じゃ、まともに成功も出来ない博打の様なカードに過ぎなかった。

 だが、加護を受けた今なら、自由に扱える様だ。


 そして、これが出来る事を見せるのは、魔法の撃ち合いにおいて、大きな優位を生み出す。相手は、こちらの手札が読めなくなり、たった一つのカードが何枚分もの役割を果たす。


 パワー勝負では、大きく劣るだろう今、アムダイが魔法に固執して、挑んで来るなら好都合と言えた。


「ナマイキィィィッ! ナマイキだァァァッ! この! 私も扱えない術を使えるだとォォォッ! 潰す、すり潰しますよぉ! 貴方!」


 狂った様に、喚き散らすその姿には、最初の頃の、取り繕った話かたの面影はなかった。


「イイ! でしょう! 貴方の得意な、土魔法ですり潰すッ!」


 動き出すアムダイは呪文を唱える。


「アーグロアァァァッ!」

「アーグロアッ!」


 お互いの生んだ石槍がぶつかり合うが、すぐに勝負はついた。こちらの槍は粉々になり、鋭い先端が伸びて来たのを紙一重で躱す。


「まだまだァァァーグロアッ!」


 くそ! 威力でも速度でも完全に負けてる! このまま単純に撃ち合えば、いつか串刺しにされるぞ!


 撃ち合いを諦め、回避に専念し、隙を窺うつもりだったが、こちらが魔法を使わないのを見るや否や、アムダイが異常なスピードで突進してきて、後ろに回って両腕を振り上げた。


「何、してるんですかァァァナタァァァッ! 魔法勝負では反則ゥゥゥッ!」


 振り下ろされる腕を横転しながら躱し、顔面めがけてアーグロアを放つ。


「アアアガァァァッ!」


 鋭く硬い石槍の先端を大口を開けて噛み千切り、ボリボリと咀嚼し、続いてこちらへ向けて吐き出した。


「シャブアアアッ!」


 その弾丸の様な飛礫を硬化魔法で咄嗟に防ぐ。


「ハキス!」


 クソッ! どんどん化け物じみて来てるッ! 限界はまだかッ!?


「小賢しいィィィッ!」


 不味い! 鋼を身に纏って動きが鈍く――!


「アーグロアァァァッ!」


 近くの地面から斜めに伸び始めていた石槍を、その上部を転がりながら躱すが、これも怒りを誘う。


「ハァァァんそくゥゥゥッ!」


 また巨体が一瞬で後ろへ回る。


 大きさにそぐわないとんでもないスピードだが、動きが単純化してる! 振り向くことなく、視線だけを横目で送り、その腕にデイをぶつけて、拘束する。出来ればまだ隠していたかったが、回復が間に合わない程の致命傷を受けては元も子もない。


「は!? な、なんッ!?」


 振り上げた両腕を締め上げるデイに、マナを送り続け、極大化させる。


「は、は、馬鹿なァ、馬鹿なァァァッ!」


 巨体が軋み、徐々に膝を折り、押し潰されて行く。デイの身体は、空間ぜんたいを埋め尽くす程に巨大化していた。


「単純に重いだけのモノなら耐えられただろうが、デイのボディは軟体だ! 捉えどころのない重さには対抗できないだろッ!」


 やがて、地面に潰れた身体から血が噴き出し、痙攣を始めたと思ったら、また煙を上げて復活する。


「まだかッ!?」


 驚いた事に、先ほどは押し潰されていたデイの身体を、強引に押し上げて抵抗し始めた。


「固有精霊だとォォォッ!? ィィィッ!」


 口から血を吐き、肉体を軋ませながらも、デイを持ち上げて、こちらへと一歩を踏み出す。


「アァァーグロアッ!」


 不味い! デイ戻れ! そして、イシと共に、俺の隣に!


「一発の威力で負けるなら! 数を増やせばいいッ!」


 精霊たちにマナを送り、念じる。


「三位一体・アーグロアッ!」


 同時に発生した三本の石槍が、あちらの石槍とぶつかり、一瞬でへし折り、アムダイへぶち当たる。だが、もはや、この程度の魔法でダメージを与えられる段階ではなかった様だ。

 醜悪に口の両端をつり上がらせたアムダイが、ただ前進しただけで、石槍が粉々に砕け散って行く。

 砕きながらこちらへ向かって来るかと思われたが、一瞬でその姿が掻き消える。


 不味い! デイ! 広がって、俺を包め!


 直後、背後から不気味な鈍い音が響き、デイの軟体がアムダイの拳により抉れるように、持ちあがっていた。


「魔法の消去にィィィ。固有精霊ィィィだとおッ!? わ、私が、完・璧ィィィな私が、使えない術を、二つもォォォ。ゆる・せないィィィ! 貴様ァッ! 許せないィィィッ!」


 異常な情念を感じて背筋が冷たくなる。それは憎悪とも呼べる感情に思える。完璧な魔法の才能を持っているはずの自分が、持たざる者だと自覚した、いや、自覚を拒絶した末の狂気に見えた。


 抗うデイにマナを送るが、明らかにパワーで負けていて、少しずつめくれ上がって行く。


 この防壁を突破されたら、待っているのは、間違いなく死だ!


 どうすれば――、そうか! さっきみたいな雷じゃなくて、こいつが知っていて、こいつの恐れるメジャーな魔法を! それは、火の破壊魔法!


 大きく息を吸いこみ、豊かな声量で明確にその名を発音する。


「フロアッ!」


 野生の本能を刺激したのか、それとも先ほどの凄まじい爆発を想起したか。その呪文に驚いたアムダイが、青ざめながら飛び退き、背後の壁へ密着する。


 今だッ!


 絶好の好機ッ!


 この瞬間を逃したら、もう反撃のチャンスはないッ!


 それに、あいつの異常な肉体の弱点がひとつだけ見えた!


 それは――!


 右腕に鋼を纏い、変形したイシを取りこんで強固な棘を作り出す。


 そして、ただ真っ直ぐに地を蹴った。


 騙された事に気付いたアムダイが、喚きながら動き始めたが、もう遅い。


「貴ィィィ様ッ! 騙したなァァァッ!」


 両側から懐へ飛び込む身体に向かって、腕が伸びる。内側で締め上げられれば、まさに死の抱擁、一瞬で肉片にされるだろう。


 だが――!


 異常なパワーとスピードを伴うはずの両腕は、いつまでも届かなかった。


 その隙へ、アムダイの心臓へ向けて、渾身の一撃を叩き込む。稲妻の轟きの様な耳をつんざく音が響き、次いで、貫通した穴の隙間からとめどなく鮮血が噴き出す。


「ア、アア、アガァァァ……!」


 ゆっくりと力を込め、突き刺さった右腕を引き抜くと、血しぶきが間欠泉の様に、辺り一帯を埋めて行く。


「お前のその肉体には、ひとつ致命的な欠点がある。それは、異常に隆起した筋肉による関節の動きの阻害だ! 特に、化け物の様に、膨れ上がった上腕の筋肉は、肘関節がほぼ曲がらない程に制限していた!」


 痙攣しながら、血を噴き出すアムダイから急いで離れる。


「つっても、ここまで来たら、もう逃げても無駄かもしれねぇが」


 限界の訪れはまだか? 痙攣が徐々に笑いに変わり始めて、再び冷静な言葉が響き、煙が上がり始める。


「シャハハハ。……まさか、まさか、そんな弱点があったなんてねぇ。今まで相手をして来た連中は、私を追い詰めたつもりで、一瞬で挽肉に化ける可愛い子ばっかりだったからねぇ。き・づ・か・な・か・ったよ」


 そして、こちらを見据え、引き攣る様に、口の端を上げた。


「ああ、アンタは、本当に可愛げがないねぇ」


「ああ、精神も肉体も、これほど打ちのめされたのは、初めてだよ。だが、そろそろ返礼をもって、終わりとさせてもらおうか」


「無作法は主義に反するからねぇ」


「きっちり返させてもらうよ」


 ゆっくりと態勢を立て直すアムダイを見つめながら、思案する。


 まだ限界は来ていない様だ。だが、今の状況でどんな手段がある!?


 火の魔法は、ブラフには使えたが、相手の動きがこちらを上回る状態じゃ、位置を狙いすまして撃つなんて不可能だ。もしあの爆発に巻き込まれてしまったら、即死だろう。周囲に球状に真空の壁を作ってしまっては、酸素が吸い込まれて呼吸が出来なくなる。それでは、規模が拡大して長時間つづく爆発を凌げない。これは、雷の場合でも同じだろう。


 その時、足元が滑る不快な感覚を覚えた。


 これは――。俺とアムダイの血か。ほとんどはあいつのだろうが……。


 そこで、いつかのアイシャとのやり取りが、雷光の様に、脳裏を過る。


 そうか! 血の精霊だ、それが存在すると言う事は、血にまつわる魔法がある証左となる。もし、もしその中に、血を操って、敵を攻撃するモノがあったら――!


 こちらを睨み付けていたアムダイへ言葉を贈る。


「覚悟は決まったよ。一緒に溶け合おう」


 驚愕の表情に変わり、徐々に忌々し気に口が歪み始める。


 まずは、さっき振りまいたばっかりの心臓から噴き出した大量の血だ!


「血液よッ! 意志を持って、奴を引き裂け!」


 地面を満たしていた、血だまりが蛇の様に、動き出し、アムダイの身体に巻き付き、締め上げて行く。


「アガァァグハァッ!?」


 これだけじゃ多分パワー不足だな。だけど、血はまだ大量に残ってる!

 予想通り、拘束は出来ても、皮下に傷はつけられていない様だ。それでは、段階を進められない。


 デイ! 舞い踊る血液と一緒に、あいつを包め!


 大量の血液は、渦を巻き、波の様にうねりながらアムダイの身体を全周から包みこんで行き、その上に極大化したデイが覆いかぶさり、徐々に収縮し、押し潰して行く。


「圧力だッ! どんなに肉体が頑丈になろうと、密閉された状態で加わる圧力には、弱点である心臓は抵抗できないはずだ! 自分の血に押しつぶされろッ!」


 悲鳴も聞こえないが、しばらくして、魔法によって消費された血液が、消え失せた時、その場に倒れ伏したアムダイが見えた。デイを急いで戻し、その様子を窺うが、やはり煙を上げて肉体が膨れ上がって行く。


「クソッ! 限界はまだかッ!?」


 さあ、これで使える手段はほぼ出尽くしたか……?

 もう、これ以上、致命傷を与える方法がなければ、俺が――負ける。


 ただそれを、避けられない運命として受け入れるしかないのか、目の前の怪物は、いまや手に負えない絶望の象徴へと変貌していた――。


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