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いつか見た光

 もう一度、大切な人に会う。その願いを叶えるためには、ここで折れる訳には行かなかった。


「シャハハハァ。イイ。そう、もはやイイ。としか言えない。アンタ、最高だよ。手を変え品を変え、私をここまで追い詰めた。だけど、もう――!」


 え!?


「潰れてもイイだろう?」


 また後ろ!? すぐさま振り向くが、そこには誰もいなかった。


「遅いよう」


 反転するスピードよりも速く、さらに後ろに回っていた。それは、絶望的な速度の差を示していた。


 ダメだダメだ! 生身でそのまま殴られるのだけは、絶対にダメだッ!


 何とか防御を固める隙を一瞬だけでも――!


 またアイシャとの会話を思い出し、自らの両目を手で覆い隠し、強く強く願った。


「光を!」


 眩く輝く小さな光の点が、急速に膨れ上がり、空間ぜんたいを太陽を直視した様な、強烈な明かりで満たして行く。


「ハグブェッ!? 目が! 目がァァァッ!」


 しばらくして、光が収まった頃、ゆっくりと目隠しを外すとアムダイが、両目を覆って硬直していた。

 その隙に、全身にハキスで鋼を纏い、何重にも厚く重ねて行く。


 重い、重さで身体が軋んでる。でも、これくらいじゃまだ足りない!


 デイを呼び寄せ、巨大化した身体で鼻孔と口元を除いた全体を覆わせて、更にその上から鋼で固めた。


「シャハァ。手品ももう終わりかい? じゃあ、遠慮なく料理させてもらうよ」


「今晩のメインディッシュは! クソ生意気な人間のガキの肉団子ってねぇッ!」


 直後、もはや目で追えない速度で、動くアムダイに、一瞬で空中に打ち上げられた。その腕の動きすら見えなかった。


「がはっ!」


 これだけ防御を何重にも固めても、なお身体の内側にまで響く、とてつもなく重い打撃。口から吐き出された血が、宙を舞うのが見えたが、その視界に何かの影がブレた。


「ぐほっ!」


 捉える事も出来ない速さで、身体に攻撃を加え続けて来る。空中に飛んだまま、サンドバッグ状態になっていて、身じろぎひとつ出来ない。

 アムダイは、周囲の壁を飛び回りながら、こちらを殴りつけているらしい。本来なら断続的であるはずの壁からの衝突音と打撃音が、ほぼ間断なく連続的に鳴り響く。


 防御を固めたせいか、即死はしていない、だが、これを食らい続ければ、後、何秒もつか!

 回復を行えば、時間は伸びるかもしれないが、反撃できないのでは、焼け石に水だった。


 パワーでも、スピードでも、もう、手も足も出ない……。もし、このまま鋼にかけたマナが切れたら。デイの耐久力が底をついたら。そんな想像で背筋が凍りつく。


 捉えられないスピード相手に、反撃なんて無理だ。一瞬、一瞬だけでもいい。奴の速さを越えて動けたら……。


 動けたら……?


 動く……?


 そうか、動くのに、速さなんて必要ないんだ……。


 チャンスは、一度しかない。これも何度目だろう? 今度こそ、最後であってくれ。


 治癒魔法をかけ、より長く耐える準備をする。身体は、打撃で回転して周囲を飛び回り、もはや天と地の向きすら分からない。


 もう、見たって無駄だ。目を瞑って、刻め。


 リズムを!


 瞬間的に移動してはいるが、アムダイの動きには、一定のリズムがあった。十分の一秒にも満たない一瞬だが、打撃を加えられる間隔から、それを推し量る。


 何度も、何度も、血を吐き、飽きもせず加えられる打撃のリズムに集中し、一体化していく。それを幾度くりかえしただろうか。やがて、一筋の光を見出す。攻撃が長く続き、苛烈になればなるほどに、ブレは消え、その周期が見え始めていた。


 だんだんパターン化して来てる!


 捉えた!


 ここだ、このタイミングだ!

 十打で一周の一定のパターンの繰り返し、その四打目と五打目の間、七打目と八打目の間、そして、最後の十打目の前後、この四点にはごく僅かだが遅れが生じていた――! 最も際立つのは、次のパターンに移行する最後の一撃の直後だった。

 これなら間に合う!


 今だッ!


 瞬間的に、表層の鋼を外し、デイを膨れ上がらせる。その動きに阻害されたアムダイは、一瞬、ほんの一瞬だけ、その姿を捉えられる程、遅くなった。


「ハッ!? ガッ!?」


 空中で、アムダイの心臓の位置へ、右手に握り、長く伸ばしたイシの棘が、深々と突き刺さり、背中にまで貫通していた。


「知ってるか? 瞬間移動の魔法には、色々と危険があって、飛んだ先に、異物があると下手すりゃ、その中に埋まっちまう。それが壁の中だったりしたら悲惨だ。現代アートの出来上がりさ」


 口から大量の血液が吐き出された。


「だけど、もし、転移した先が、相手の急所だったとしたら? どうなると思う?」


 アムダイと共に、ゆっくりと地面へ落下していき、イシの棘を引き抜いた。再び、間欠泉の様な大輪の華が咲き、青ざめた身体が叩きつけられる。その隣に降り立ち、見下ろす。


「答えは、こうだ。……もう、言わなくても分かってるよな?」


 そして、もう何度目だろうか、あの煙が上がり、アムダイが立ち上がった。


 しかし、その時、異変が起きた。


 唐突に、苦しみ始めたのだ。左胸を押さえ、身悶えしながら、地面へ倒れ伏す。


「やっとか! やっと限界が来たのか! ずっと、待ってたぜ! この瞬間を!」


 アムダイは、苦痛に呻き、のたうち回りながら、疑問の叫びを上げた。


「なァァァぜだァッ!? こ、これは――この苦しみは一体!? 身体が、動かないッ!?」


 遂に到来した、限界の時を前に、勝利への期待が膨らんで行く。


「お前、最初に言ったよな? 身体を動かすための機能として、心臓があるって。……だけど、お前の能力、それの力でどんどん筋肉は膨れ上がって行ったけど、体内にある心臓はどうだ? 今の身体に見合った大きさに強化されたか? されてないよな。そうなっていれば、内側から飛び出しそうな程もりあがるはずだ」


 アムダイは、血を吐き始めた。


「お前の心臓が、お前の異常な肉体ぜんたいに血液を送る事が出来なくなった! それが、お前の敗因だッ! いや、中途半端に生物を模した肉体を与えた、お前の神の失態かもな」


 のたうち回りながら、血をまき散らしていたアムダイが、驚いた事に立ち上がる。


「ふざけるなァ。まだ私は負けてなどいないィィィッ!」


 クソッ! まだ立つかッ!?


 ふらつきながら、こちらに歩み来るアムダイが、脚に力を込めたのが見えた。


「シャアアッ!」


 だが、そのスピードは、最大時の半分ほどに減じていた。これならなんとか躱せる!

 攻撃を躱しながら、次の手を思案する。アムダイの力が半減したのなら、この場での一番の不利は、周りを覆う壁だった。

 最初に接触した際の、焼け爛れた傷痕を思い出す。


 多分、あれは酸か何かだな。毒の神の力で水が酸に変質するのなら、その可能性が一番たかい。


 だったら――!


 背後の壁へ向けて跳び上がり、願う。


 この場の全てを金で覆え!


 壁が頂点へ向けて、全周から伸び上がる金に覆われて行く。それに接地し、壁を蹴り、反対がわへ飛ぶ。この壁を使って飛び回れるなら、アムダイとのスピード差はほぼないと言えた。次々に壁を蹴り、弱ったアムダイへ打撃を加えて行くが、肉体の強度は落ちていないらしく、全く攻撃が通らない。


「シャアハアッ! 勝ったつもりでいたかい? それとも専属のマッサージ係になりたいのかいッ!?」


 クソッ! 攻撃が通じないんじゃ、これ以上は、決め手がない! どうすればいい――。


 そこで、身体の中から暢気だが、少し苛立った調子の声が聞こえた。


(五月蠅いのう。人が気持ちよく寝ておったのに、邪魔をしおって! 一体なんの騒ぎじゃ!)


 ジジ!? お前、まだ俺の中で眠ってたのか!?


(むう? カイトか。儂は、説明を要求する! 安眠を妨害するのは、どういう了見じゃ!)


 そんな暢気な事いってる場合じゃねぇんだ! 外を見てくれっ! 大分まえから大絶賛、死闘中なんだよ!


(何じゃと!? 外、外――はあ!? 何じゃ、あの化け物は!?)


 ジジの眼には、俺とほぼ同じ速度で動き、激しく打ち合っては、壁へ飛び、再び打ち合う。それを繰り返すアムダイが見えていたのだろう。体内から驚愕の声が響く。


(異常な速度で飛び回っておるが、おんしの身体は大事ないのか!?)


 あれでも五割くらい遅くなってんだぜ? 俺の身体は、一言じゃ説明できないけど、とりあえず今は全力で力を使っても平気なんだ!


(あの速さで五割なのか!? 何という化け物じゃ!)


 それより、膠着してるんだ。こっちにはあいつの肉体を滅ぼす決め手がない! お前の力を貸してくれないか?


(むむむむ。儂の力は、秘匿……。ええい、もう良い。この状況では、悠長な事も言ってはおれん!)


 なら、またぱぱっと消してくれ!


(……そう簡単な話ではないぞ。彼奴の肉体からは、異常な生命力と共に、渦巻く腐敗の力を感じる。絶対量も多いが、二種の混合は厄介じゃ! あれを相殺するには、十秒はかかる! あの化け物をそれだけ長く縫い止められるか?)


 十秒!? い、一秒でも難しいって!


(うむ。その答えは想定内じゃ。他に方法がないでもないぞ)


 何だそれ? どんなに難しい方法でもやるしか生き残る道はないんだ!


(衝撃じゃ)


 衝撃?


(うむ。瞬間的に発生する力の爆発で、彼奴を形成する力の総量を上回るのじゃ、それを儂が流用すれば、相殺できる!)


 衝突の瞬間に発生する力を、流用するって事か!?


 どのくらい必要なんだ!?


(うむ。少なくとも今の打ち合いで、発生しておる力の百倍は必要じゃな)


「百倍!?」


 思わず声を出していた、それを聞いたアムダイが、首を傾げながら、足を止めた。


「なんだい? いきなり。百倍? まさかぁ、まだ力を隠してでもいるのかい? もう何があっても驚かないよ。アンタは、そういう男だ」


 こいつに認められても欠片も嬉しくねぇ!


「アムダイ! これから俺の全身全霊でお前を打ちのめすッ! だから、お前も本気でかかってこい!」


 お互いにぶつかり合う方が、力は増幅しやすいと思うけど、他に何か方法はないか――。


「おや、嬉しいねぇ。今更、名前を呼んでくれるって、やはり何か企んでいるのかい?」


「お前と馴れ合うつもりは一切ねぇッ!」


「行くぞッ!」


 もう隠す必要なんてない、ただ、今持てる全てを込めろ!


 壁を覆い尽くしていた金を薄く残し、その他を精霊銀へ置き換えて行く。そして、その全てへ過剰な量のマナを注ぐと、眩く輝き始める。周囲の光景が一変した事に驚き、アムダイは動くのも忘れている様だった。


 空間を埋め尽くすマナの奔流と共に、イシとデイにも莫大なマナを分け与え、同時に、魔法を発動させる。

 ふたつ同時に生む必要がある。イシ、デイ! お前たちはアムダイ側を作れ!


「三位一体! エレスティアル・マナバースト・イレストッ!」


 狭い空間にふたつの巨大な竜巻が生まれ、片方に自分を乗せ、もう片方にアムダイを吸い込ませる。お互いの声も聞こえず、猛烈な風音のみが鳴り響く中で、風に乗り、猛スピードで回転する。


 身体が引きちぎれそうだ!


 右手を覆う鋼で、イシを包み込み、衝突の瞬間に備える。そして、アムダイの姿を目視するため、デイをゴーグルの様に、頭に取りつかせ、目を防御し、見開く。


 すると、こちらの意図を察したのか、口が薄気味悪く弧を描いたアムダイと目が合った。


「これで、決着って事かい? お互いに最大限、加速して、全力で殴り合う。……イイじゃないか、今度こそ挽肉に変えてあげるよ」


 アムダイが何かを喋っている様に見えたが、こちらへは音は届かない。瞬間、瞬間。お互いの視線が交錯し、運命の時を待つ。


 来る!


 次の回転が終わる時――!


 全身を鋼で覆い、身体を超重量の塊へ変える。


 そして、お互いの拳がぶつかり合った!


 その瞬間、凄まじい衝撃波が生じ、莫大なマナを伴ったはずの竜巻が、弾け飛ぶ様に、掻き消えた。


 今だッ! ジジッ! このエネルギーを使ってくれッ!


(まだ足りぬ! あと少し、ほんの少しだけ届かぬのじゃ!)


 そんなッ!?


 いや、まだ諦めてたまるかぁぁぁッ!


「うおおおおッ!」


 打ち勝て! 今だけでいいッ! 限界を超えた力を――!


 アムダイの拳が砕け、分厚く丸太の様に膨らんだ右腕が裂けていく。そして、胴体に到達した所で、その巨体もろとも地面へ叩きつけた。再び衝撃波が生まれ、球状の空間の下部が抉れ、敷き詰められていた岩盤がめくれ上がって行く。

 気が付いた時には、底にまで達していて、空間を区切る壁に亀裂が入るのが見えた。


(しかと承った! この力なら可能じゃ!)


 ジジの右手が、俺の右腕から飛び出し、アムダイの身体へ伸びる。


 その瞬間、空間を揺るがしていた振動と轟音がやみ、静寂に包まれ、アムダイの肉体が細かくひび割れて行く。


「シャ、ハハ。負け、た。全力を尽くしても、敵わなかった」


 アムダイの口から小さな呟きが漏れ、その身体が、砂の様に崩れ、飛び去って行く。


「ああ、見える。神よ、今、御許へ参ります……」


 半ば崩れ落ちた左腕が、宙へ向けて伸ばされる。


「お母さん」


 その目には何が映っているのだろうか、もはや半分になった身体から最後の声が紡ぎ出される。


「今日は、森の奥まで、大冒険して、そこにしか咲かないお花を、いっぱい摘んできたんだ!」


「お母さん。驚くかなぁ。このお花で、花冠を作ってあげたら、きっとすっごく綺麗だろうな」


「すっごく楽しみ――」


 そこで、残った身体の全てが崩れ落ち、再び静寂が訪れた。先ほどのアムダイの最後の言葉が気になって、ジジに尋ねる。


「なあ、あいつ。何、見てたんだろうな?」


 ジジは顔を腹から覗かせて、不満そうに答えた。


「知らぬ! 悪党の流涕なぞ慮った所で、詮無い事よ!」


 そうかもしれない。だが、最後の言葉が頭の中でこだましていた。


「あいつにも、昔はかけがえのない人生があったのかもしれない。なんであんなになっちまったんだろうな……」


 その時、足元の亀裂が音を立て、ひびが周囲に広がって行くのが見えた。


「うおっ! 不味い! この空間も消えるみたいだ!」


 ジジは不思議そうに尋ねて来る。


「何じゃ? 彼奴は死んだ。外にはまだ何かがあるのかの?」


 覚悟を決めて、力強く頷く。


「ああ、外で待ってる奴が、このパーティーの主催者だよ! お前の力が必要なんだ、驚いてショック死とかしないでくれよっ!」


 ジジは、腹から上半身を出して、俺の胸にすりついて来た。


「うむぅ。いつになく素直ではないか。良いぞ、儂の力。思う存分あてにするが良い!」


 崩れた床から外へ投げ出され、再び絶望の大地へと落ちて行った――。


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