固有精霊の力
青い顔で慌ててアイシャに謝った。自分も懲りない性質だと呆れつつも、今の彼女ならある程度は受け入れてくれる気がして、その想像に甘えたくなる。
「ご、ごめん! ちょっとふざけすぎた、この通りだから許してくれっ!」
ひりつく頬の熱を感じながら、戦々恐々としていると、呆れた様なアイシャの声が聞こえた。
「はぁ。もっと真面目にやろうよ? ほんっと、仕方ないんだからぁ! ……次はないからね?」
こ、こえぇぇぇ!
でも、前にこんな風に頬を張られた時には、もっと酷いダメージを受けていた気がするが、もしかして耐久力が少し上がったのか?
アイシャの様子を恐る恐る確かめながら、ゆっくりと頭を上げる。退屈そうにしていたジジが急かす様に、言葉をかけて来た。
「ほれ。茶番はそこまでじゃ、儂ははよう次の試技がみたいぞ」
はあ、こいつほんと、マイペースだな。言われなくてもやるよ。
次は何を試そうかと考えていると、アイシャが助言をくれた。
「カイト、その子たちと貴方のマナは共有のはずだから、何かさせるたびにマナを消費してるよ。配分には気を付けてね?」
そうなのか、でもマナの現在量ってどうやって分かるんだ?
「時間をかけて魔法に親しめば、だんだんと分かってくるはずだよっ! そうすれば直感的に自分のマナの量がつかめる様になるから、修行あるのみだねっ!」
何でも一朝一夕には行かないか。
思いついたぞ。姿を消したり、身体の形を変えたり出来るのなら、次は――。
精霊たちを近くに呼び戻し、両手をかける。
そして、二人に命じ、ゆっくりと宙へと浮き上がった。
徐々に視線が高くなっていく。見下ろすとアイシャとジジが驚いた様子でこちらを見上げていた。
「おお! おおぉ。やっぱり浮かべるんだな! ちょっと腕がきついけど、身体を大きくして足を乗せればもっと楽に飛べるかもな!」
イシの棘だらけの堅い身体は出っ張りは多いが、掴みにくいし、手の腹に刺さって痛い。反対に、デイの泥の様な身体は柔らかいが、不定形でやはり掴みにくい。両手でぶら下がるのは飛ぶには不適切かもな。
家の屋根も越えて、森の木々の上部が見え始めたあたりで、指を滑らせて落下してしまう。この高度から落ちればただでは済まないだろう。
「うわぁ!? しまった! こいつらの身体は、掴むには適してないからぁ! やべぇ!?」
身体を猛烈に撫でる風と、内臓が浮き上がる様な浮遊感と共に、衝撃を覚悟して目を閉じたが、迎えたのは柔らかな感触だった。
ゆっくりと目を開けるとそこには――。
「もう、カイト! 調子に乗りすぎだよっ! 考えなしに危ない事ばっかりするんだからっ!」
「空を飛ぼうとは、大胆なものじゃな! 惚れ直したぞ!」
うおおお!? まさかの『豊かな実り』と『銀閃の双丘』のダブルキャッチ!? むほぉ!?
や、柔らかい感触が尻と背中に――!
アイシャとジジの二人にしっかりと受け止められて事なきを得たが、状況に気付いたアイシャは顔を真っ赤にして俺を放り投げる。慌てて伸ばされたジジの手は空を切った。
一難去ってまた一難、無抵抗なまま宙を舞う。
「うおおお!? なんか、だんだん扱いが雑になってねぇ!?」
デイ! また俺を受け止めてくれぇぇぇ!
必死に念じたが、デイはまだ高い位置を漂っていて、急いでこちらへ向かっている様だが、そのままでは間に合いそうになかった。
やばい!? このまま叩きつけられたら今日の修行どころじゃなくなるかも!?
イシ! 加速してデイの身体を後ろから弾け!
イシは弾丸の様にぶつかり、デイを押し飛ばし、急加速したデイが投げ飛ばされた俺の後ろに回り込み、再び身体を巨大化して受け止めた。
柔らかな弾力に迎えられて冷や汗を流す。
「は、ははは。今のは結構やばかったかも……」
真っ赤になって怒るアイシャに目をやり、抗議の視線を送る。
「アイシャさぁん。何か俺の扱いが酷くなってない? 今の、死ぬかと思ったんだけど!」
アイシャは頬を膨らましながら、抗議を返して来た。
「ふんだ! 今のカイトならそれくらい大丈夫だと思ってたもん! 全部さっきのスカートめくりが悪いんだもん!」
そう言って、そっぽを向いてしまう。
ジジは楽しそうに笑いながらアイシャをなじる。
「これだから感情ばかりの小娘は! まったく信用ならぬわ! 幾度カイトを危険に晒せば気がすむのじゃあ?」
いや、お前もそんな楽しそうに言うなよ。こっちは酷い目に遭ってんだぞ。
「ジジちゃんっ! 貴女なら喜ぶかもしれないけど、私は違うんだからっ!」
「くふふふっ! 器の小ささを誇示するのは賢明とは言えんぞ? まるで幼子の様じゃな!」
「ジジちゃん……!」
はあ、またこのパターンか。アイシャとジジはまた両手を組み合って押し合いを始める。だが、今の俺には喧嘩の仲裁に心強い仲間がいる! 瞬く間に頭を占める邪な想念に導かれるままに精霊たちに命ずる。
イシ、デイ。二人の間に割って入って、む、胸にとりつくんだぁ! ふひひっ!
精霊たちは二人の間にするりと割り込み、両者の胸の上に乗った。即ち! 『豊かな実り』と『銀閃の双丘』にぃぃぃ! 驚いた二人は喧嘩をやめた。
「きゃっ!」
「ひゃん!」
二人は突然の精霊たちの襲撃になすすべもなく蹂躙される。むほぉ!? 我が精霊ながら羨ましい……。感触も共有できたりしないのか!?
『豊かな実り』に乗ったイシに命じる。うおおお! そのままお前の棘でぐりぐりしてやれぇぇぇ!
だが、思惑も虚しく。あっさりとアイシャに捕まったイシは、全く身動きも取れないまま引き剥がされた。そして、こちらへ怒りのこもった視線が注がれる。
うおやべぇ!?
「ま、待ってくれ! 今のは喧嘩を仲裁しようと!」
アイシャはイシを放し、わざとらしく深いため息を吐いた。
「はあぁ。カイト、ほんっと、えっちなんだからっ! この子たちまで利用して欲望を満たそうとするなんて……!」
デイに乗られてしばし沈黙していたジジが、おもむろにデイをつまみあげこちらへ飛ばした。
「カイトよ。触れたいのならば、堂々と自らの手で行うが良い。精霊を使うなぞ、女々しいぞ!」
解き放たれた精霊たちは俺の周囲に戻って来た。
いや、今のはあくまで喧嘩の仲裁で邪な気持ちなんて欠片もないぞ……! と頭の中で言い訳をしておく。
「な、なあ。こいつらの能力はおいおい把握していくとして、今はそろそろ修行に行きたいなぁ。なんて……」
二人の様子を窺いながら、ゆっくりと提案するが、アイシャはやはりご機嫌ななめの様だ。噛みつきかねない雰囲気で言葉が返って来た。
「カイトのえっち! ヘンタイ! さっさと行っちゃえばいいよっ!」
そのセリフにまたジジが反応する。
「ふむぅ。何度か聞き流しておったが、その『ヘンタイ』とは、何じゃ? どこか心惹かれる言葉よ」
アイシャはまた慌てた様子で、否定する。
「し、知らないもん……! ジジちゃんには分からなくていい事もいっぱいあるんだよ!」
「何じゃと!? 儂を愚弄するか!? このヘンタイ小娘め!」
おおい、さっき命がけで仲裁した所なんですけどぉ。もういい、もう無視して行こう。
「そういえば、昨日は塩を分けてもらったけど、他に欲しい物とかあるのかな? ないのならもう行くよ?」
アイシャはジジと組み合いながら答えた。
「ないよっ! 流石にご飯まで分けて欲しいとは言えないから、そっちは何とかするっ!」
ジジは歩き出した俺を見て、慌てて喧嘩をやめて飛んでくる。突然あいてがいなくなったアイシャは前によろめいた。
「待つのじゃ! 行く時は、儂を伴えと言ったはずじゃ!」
そして、アイシャの方に顔だけを向けた。
「くふふ! 小娘よ、続きは後にしてやろう。今は、拾った命を噛みしめておるが良いぞ……!」
はぁ、その挑発、やらないといけない儀式かなんかかよ。後ろからアイシャの「いってらっしゃい、気を付けてね」と言う声が聞こえ、それに振り向いて答えを返す。こういう所の切り替えの早さは見習いたいよな。
アイシャから離れたジジは大人しくついて来ている様だった。
やっと落ち着いたな。彼女たち、些細な事ですぐ喧嘩を始めるけど、もっと仲良く出来ないもんかな。何か妙案があればいいんだが。
考えている内に、あの川までたどり着いていた。先ほど思いついた通りに、精霊たちを巨大化させ、その上に乗り、水面を滑る様に対岸まで渡る。かすかな風に揺らめく水面が小さな光の粒を散らしながら、波を立てた。
短い距離ではあるが風に乗るサーフィン気分だ。
「ふむ。やっぱ便利だな」
ジジは自分が運びたかったのか、面白くなさそうに話しかけて来た。
「そやつらの力を使うのは良いが、何をさせるにも魔力を消耗する事を念頭に置くのじゃぞ? このくらいの川なら儂が運んでやるというに!」
その反応に苦笑する。素直にしてれば可愛いもんなんだけどな。先ほどアイシャにも言われたが、精霊に何かさせるたびにマナを使うのなら、現在量の分からない今は、程々にした方がいいか。魔法の修行に使う分に多く回したいからな。
対岸に降り、さらに進もうとするとジジに引き止められた。
「待つのじゃ、カイトよ。今日もあの墓所へ向かうぞ」
そのまま引きずられていく。森の低木の枝葉に身体が擦られざわめいた。
「お、おい。待てよ! アイシャに幽霊には関わるなって言われただろ!」
ジジは全く気にする素振りを見せず、俺を引きずり続けて、まもなくあの巨岩と地下への入り口が現れた。そのまま階段を降りて行き、またあの冷たい感覚が身体の中を通り抜けて行く。二度目だが、今回も不気味な感触に背筋が震える。抵抗できないまま変わって行く景色を呆然と見ていた。いや、自分じしんの心にも何処かにあの体験への期待があるのかもしれない。強さを手にするための何かが手に入る様な。
地上の光から引き離され、地下へ至った段階であの光る石を取り出し、奥を照らす。するとそこに複数の青白い霊体が浮かび上がり、こちらへ近づいて来た。昨日であった、四人の霊たちだ。
ドワーフ霊は前に進み出て、ジジに恭しく挨拶をした。他の霊たちもそれにならう。
「今日もおいでくださいましたな。ジジさま。我ら一同、首を長くしてお待ちしておりましたぞ」
ジジはその言葉にふんぞり返る。
「うむ。くるしゅうない」
ドワーフ霊はこちらをみやり、何かに気付いたのか。驚きの声を上げた。
「ほう。お若いの。男子三日会わざれば刮目して見よと言うが、昨日とは見違えたな。隠さずとも分かるぞ。その小さき者どもはお主の眷属じゃな?」
へえ、こいつらの姿を隠してても分かるのか。ん? って事は、霊あいてだと不意打ちには使えないのか。
あの小物の首なし霊が何処か不満そうに「ただの生者の分際でぇ」と呟いた。
ジジはまた首なし霊の棺へと近寄り、手招きする。
「今日も使わせてもらうぞ。良いな?」
その言葉に首なし霊はまた跪き、縮こまっている様だった。ふへへ、嫌なら嫌って言えよ小物めぇ。
ジジに誘われるままに棺へと踏み出す。周囲には霊たちが見物に集まって来る。
「さあ、カイト。鍛錬の時じゃ、この棺の蓋を見事あけてみせよ!」
蓋に両手をかけ、ゆっくりと力を込め押し始める。だが、やはり重く。びくともしなかった。そんな様子を見守っていたドワーフ霊が声を掛けて来る。
「ほっほっほっ。お若いの。一つワシからの小言じゃが、どう受け取るかはお主しだい」
そう前置きして言葉を続ける。
「一見すると、全力で押している様に見えはするが、その実、今のやり方では、両腕の力で押しているに過ぎぬ。そして、その腕に上半身がもたれかかっているだけで、体重も有効には使えておらん。……上半身をひとつの塊ととらえ、それを骨盤を起点に押し込むのじゃ。……お主を見ておると、忘れたはずの若き日の幻を見るわ。まあ、老いぼれのたわごとと取ってもらっても結構」
言い終わったドワーフ霊は、楽しそうに笑い、編み込まれた顎髭を撫でた。
骨盤? 上半身を一塊? 分かんねぇ。そもそも骨盤って何処だっけ? あ、腰とか尻の骨?
突然の助言に、思考は乱れ、身体の使い方を変えようと試行するが、うまく行かず、いたずらに体力を消耗していき、また蓋は一ミリも動かないままへたり込んでしまった。
「くそ! 今日も全然うごかなかった!」
ジジは俺の肩に手をやり、言葉を掛けて来る
「うむ。諦めずに続けておれば、何時か動く日が来るじゃろう。……儂としては、式の日は早い方がいいが」
この蓋あけたら結婚させられんの!? いや、相応しい身体を、とか言ってたはずだ。でも、そうなったらこいつの事だ、ほんとに結婚式の準備を始めかねない! 俺にはアイシャとの約束があるんだぞ!
そんな事を考えているとジジはまた楽しそうに笑った。
「さて、お待ちかねの仕合の時間じゃ、カイトよ。此度はあの力は使わず、精霊たちの手を借り切り抜けるのじゃ!」
何だ? 昨日とルールを変えるのか? 影響があるのは俺だけだけど、いいぜ、イシとデイの力で今度こそ勝ってやる。
始まりの合図を前に、気持ちを高揚させていく。発現した固有精霊の力を見るいい機会となるだろう。漂う二人の精霊たちを目で追いながら、戦術を思い描きその時を待った――。
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