固有精霊の力、その二
仕合の準備をしながら周囲を見回すが、霊たちは俺を囲む様に立っていて、動き出せばすぐにでも捕まりそうだった。あの力なしでこの状況を覆せるとは思えない。
隣にいたジジは耳元で小さく囁いた。
「カイトよ。この状況、開始すればすぐにでも捕まりそうじゃな? 儂からひとつ助言してやろう。――触れられるぞ、おんしの小さきしもべ達は、霊の身体にな」
そこまで言って、楽しそうに笑う「くふふ! これだけで察したじゃろう? 心躍る様な面白きモノを見せてくれ」精霊たちの位置を確認し、包囲網とっぱのための初動を思い描く。まず霊たちの能力を整理する。
あの女霊は動きも平凡で大して速くもない。一番つかまりたくない相手ではあるが、脅威度は低めだ。いま右隣に立っているが、こいつのそばをすり抜けるのが得策か?
おぼろげな姿で退屈が口癖のあの退屈霊は、壁や床に潜んで来る上に、隠れていると移動速度が上がるのか、気が付けば回り込んでくる。だが、今は一番とおい位置にいる。始まってもすぐには襲ってこないだろう。
首なし霊は元が戦士だったのか、動きはそれなりに速く精度も高い。こいつにも警戒した方がいいな。だが、それよりも――。
目の前でにこやかな笑みを浮かべる、ドワーフ霊を見据える。昨日の仕合じゃこいつを見失ったと思ったら突然あらわれて、すぐさま土をつけられた。そして今、目の前にいる。最も警戒すべき相手であり、状況もあまり良くはない。
作戦は決まったな――。
ジジは包囲網の外へおもむろに歩き出し、抜け出た壁沿いで、右手を掲げ、仕合かいしの合図をした。
「さて、此度もそのほうらの奮戦を期待するとしよう。勿論カイトもな! ――では、始め!」
振り下ろされた右手と同時に全員が動き始める。先ほどの戦術をなぞりながら、二人の精霊に命じる。
イシ、デイ! 身体を大きくしろ! そしてデイは右隣りの女霊の上半身を覆ってブロック! イシは俺の目の前に出て道を塞げ!
精霊たちはイメージ通りに動き始め、それに伴って右の壁沿いのわずかなスペースに滑り込む。「キイィィィ! 何なのこの子は! あたしの唇が――!」と奇声を上げ腕を伸ばそうとする女霊の眼前を素早く抜ける。デイの妨害のおかげで身体がぎりぎり通れる空間が出来ていた。
そして、距離を取りながら振りむいて、状況を確認する。
イシの塞いだ空間を迂回した他の霊たちが、壁沿いから雪崩れ込んで来るのが見えた。
いるのは――首なし霊とドワーフ霊! 退屈霊はまた壁か床に潜んだか!
身体を巨大化し、道を封鎖していたイシを小さくし、手元に呼び戻す。同時にデイを女霊から離し、向かって来る他の霊を妨害させた。
ふむ。やっぱり、デイはイシよりも変形の自由度が高いな。ただ巨大化するだけでなく、身体を横に伸ばしたりも出来るみたいだ。
横に伸びたデイが首なし霊とドワーフ霊を同時に止めたが、二人どうじなためか、徐々に押されて近づいて来る。妨害の解かれた女霊も唇を拭い緩慢な動作でこちらを狙う。
「ほっほっほっ。実に心躍る仕合じゃな。この精霊たちに、これほどの力があるとは――!」
「ぐぬぬ! この我を力で屈服させられるとでも思ったか――!」
押し負けるデイの妨害を首なし霊ひとりに切り替え、壁際に追いやった「な、なんだとぉ!?」と驚愕の声が響く。突然、拘束を解かれたドワーフ霊は体勢を崩し、膝をついた。
今だ! この隙を利用して――!
「あたしの事を忘れてなぁい? こぉんないい女を袖にするなんてホントにイケナイ子ねっ!」
迫りくる女霊を尻目にイシを巨大化させ、その上に乗った。
そして、膝をついたドワーフ霊の上を高速で抜ける。気付いた相手が下から手を伸ばして来たが、イシの棘に阻まれて届かなかった。
「ほっほっほっ。まるで百戦錬磨の様相よ! 見事に眷属を指揮しておるな!」
楽しそうなドワーフ霊の声を後ろから受けて、周辺に警戒する。
まずい!? 天井から青白い手が伸びて!
「ふっ。俺は物体ないぶを移動し、何処からでも姿を現せる。壁と床だけと思ったのが運の尽きだ!」
このままだとあの手に捕まる!
デイ! そいつの拘束を解いて、すぐに後ろに来てくれ!
そして、退屈霊の手に捕まる寸前に、イシの上から背中を床に向けて落下する。ぎりぎり間に合ったデイが叩きつけられる前に、支えてくれた。
「ちっ! 味な真似を!」
その言葉と共に退屈霊は再び天井へ消える。うしろを振り向くと、三人の霊たちが同時に迫りつつあった。また三人どうじだな。どうやって回避するか。
ん? そういや、こっちの勝利条件って設定されてないよな? このままじゃ力尽きるまで逃げ続ける事に――。
その一瞬の油断を見逃さなかったのか、天井から何かが降って来て、その手が俺の身体を捕らえた。
しまった!? こいつ、また移動を始めた訳じゃなかったのか!
考えの裏を読まれ、見事に戦術を崩されてしまった。
「そこまでじゃ!」
ジジの終了の合図が響く。
「ふっ。隠れてまた別の場所へ移動すると思ったか? さっきのはミスリードってやつだ」
そう勝ち誇る退屈霊はゆっくりとジジのもとへ向かった。デイに背中を預けたまま呆然と敗北の事実を噛みしめる。
「特に興味もないが、勝利の証だからな、もらってやってもいい」
退屈霊はぶっきらぼうにジジから精霊銀を受け取る。その様子をみた首なし霊が「貴様、高貴なるお方にその態度はなんだ!」と憤慨したが、退屈霊はどこ吹く風だ。
「良い。儂は殊更に身分差を誇示しておる訳ではない。どう受け取るかはそのほうら次第よ」
そしてジジは小さく「ヒトでもあるまいしな」と付け足した。
霊たちとの話を終えたジジは、嬉しそうな顔でこちらへ近づいて来る。
「カイトよ。実に見事であったぞ! あの力なしでも固有精霊があれば、十分に戦えると思わぬか? ……これは、新たな可能性のひとつじゃぞ」
確かに、イシとデイに出来る事をもっと見つけられれば、相当に強くなれそうだ。そして漂う精霊たちの頭を撫でる様に手を伸ばした。声は聞こえないが、二人がとても嬉しそうにしているのが感じられる。
「さて、では奥へ向かうかの」
ジジはまた俺を引きずり歩き出した。霊たちから離れ、暗闇に包まれ、慌てて光る石を取り出す。
「ま、待てよ! あっちの連中は本気で殺しに来るんだぞ! 別に行かなくてもいいだろっ!」
またあの曲がり角が見え、その奥が顔を覗かせる。続く通路には不気味な青白い光が点在していた。
「固有精霊があれば、ここも以前よりはるかに楽に通れよう。力とはやはり実戦でこそ磨かれるものよ」
そしてまた通路へと突き飛ばされた。昨日の出来事をなぞる様に、左隣の壁が燃え、青白い輝きを放ち、骸骨の姿を取った。
くそ! やるしかない! イシ、こいつはすぐに剣を振って来るはずだ! 武器を持った右手を押さえろ!
すぐさま骸骨霊の右手に飛びついたイシのおかげで、剣は振られなかった。脇目もふらずに奥へと駆け出す。
次々と動き出し襲い来る骸骨霊にイシとデイを差し向け、その刃を逸らしていく。
硬いイシは刃を弾き、鋭い高音が墓所の空気を震わせ火花を散らす。
柔らかいデイは、身体に食い込ませて刃を止めた。だが、弾くイシと比べると身体で受け止めるデイは、防御後の行動に一瞬の遅れが生じる様だった。
同じペースで攻撃を防がせたくても、二人の足並みが乱れ、すぐに追いついて来るイシばかりが前に出る形になる。
「この敵の数だ。無理に突っ込むより、二人を協調させて防いだ方がいいな!」
走る速度を落とし、デイが追いついて来るの待ち、二人を同時に操り、刃を逸らしていく。だが、丁度ふたりの手が埋まった所で、もう一体の骸骨霊が道を塞ぎ、眼前に迫りくる。
「うわ!」
振り抜かれる剣を躱し、咄嗟にマナを放つと手元に青白い炎が巻き起こり、骸骨霊を吹き飛ばした。見た所、ごく近距離への攻撃は可能だが、離れた位置には届きそうになく、青い炎はすぐに掻き消えてしまう。
「なんだ今の!? ここでは青い炎が起きるのか!? 一体なんの精霊の力なんだ!?」
一度うまく行ったのに気を良くし、道を塞ぐ骸骨霊に再び反撃しようと試みるが、先ほどとは違って、間合いが取れない。寸前で飛び退いたが、危うく剣の餌食になる所だった。
「ダメだ。逃げるのに集中して、避け続けるのに慣れても、反撃しようと思うと上手く行かない!」
避ける訓練だけでなく、反撃の訓練もしないと逃げ回るだけになってしまうな。だが、近接攻撃での反撃は、相手の武器がこちらへ向けられている状態では困難に思えた。
「避けて攻撃を返すにも、上手くタイミングが取れない!」
既に振り抜かれた剣は、隙に見えて、その実、こちらの命を奪う力を失くしておらず、その輝きを見つめるだけで、動きは鈍り、次の行動が遅れて間に合わなくなる無言の牽制となる。昨日、必死に逃げ回った時には気付かなかった事だった。
自分ひとりの力で切り抜けるのは諦め、イシを呼び、骸骨霊の剣を弾き、そのまま体当たりさせて壁際に押しやった。その脇をすり抜けて奥へ向かう。
直進の終わりの次の曲がり角が見えて来る。またそこを塞ぐ骸骨霊へデイを向かわせ、剣と身体を同時に押さえて、その隙にイシを先行させて曲がる。
曲がり角の先を確認して安堵する。どうにもこの角の先にはあまり骸骨霊がいない様だ。地上に近いからだろうか? しかし、その地上への四角い通り道は、昨日と違って薄暗く見えた。
「何だ? そんなに明るくないな。でも、進むしかない!」
その時、背後からジジの声が聞こえた。
「ふむ? 昨日との明るさの違い、外は天候が変わりでもしたか? とすると、ちと不味いやも知れぬな」
外は曇りなのか? 日光が遮られている? だとすると何が不味いんだ?
考えている暇はなかった。最後に残った二体の骸骨霊をイシとデイの力で壁際に押しやり、その中央を全力で抜け、四角い小さなスペースに飛び込んだ。
四肢を鈍い衝撃と痛みが襲うのを構わずに滑り、外へと飛び出すが、その瞬間に何か冷たいモノが身体を濡らしたのを感じた。
「今の――水滴? 雨が降ってるのか」
すぐに立ち上がり空を見上げると、かなり強い雨が降っていて、黒い雲に覆われていた。そこへ背後からジジの声がかかる。
「カイトよ。呆けておる場合ではないぞ。急ぎ、出口を精霊に塞がせるのじゃ!」
その言葉に反応し、素早く振り向くと、出口からは昨日と違って骸骨霊たちが這いだして来ていた。
「何だ!? 昨日は外には追って来なかったのに!?」
とにかく急いで塞がないと! デイ! 身体を変形させてそこの通路に埋まって封鎖するんだ!
デイはすぐさま出口へ飛びつき、這いだそうとした骸骨霊を押しやりながら、通路を塞いだが、外へは三体が出てきていた。その骸骨霊たちが俺を狙って駆け出す。
「天候のためじゃな。日光が強く届かぬ地となったために、そやつらの侵入を許しておるのじゃ。カイトよ、己が力で退けられるか?」
ジジの問いかけに、はっきりと力強く返す。
「出来るだけやってみる!」
突っ込んで来る骸骨霊から距離を取りつつ、イシを間に挟み、迫りくる刃を弾く。だが、何度かわしても骸骨霊たちは疲れる様子も見せずに突進してくる。戦いを続ける間にも、雨は降りしきり、頭から額を流れた雫が目に入りそうになる。それを拭いながら問いかけた。
「おい、こいつら、倒す方法はないのか!?」
ジジは崖上の安全地帯に陣取ったのか、穏やかな声音で答えた。
「あるぞ、霊体を維持するには、魔力の源泉からの供給が必要じゃ、そこを破壊してやればその霊たちも消える」
それはどこにあるんだ? 目の前の骸骨霊たちを見回しても、そんな弱点らしきモノは見当たらない。
「魔法の修行を思い出すのじゃ、同じように視覚に頼らず集中すれば、おのずと看破できよう」
迫りくる刃を一つはイシに防がせ、もう一つは身をかわし、距離を調整しながら立ち回る。この状態では、とても集中する時間など稼げそうになかった。
「くそ! こいつら、しつこすぎる! 三体もいると隙が見つけられねぇ!」
しばらく回避しながら骸骨霊たちの動きを観察するが、自我が失われているためか、知性や戦術といったものは感じられず、闇雲に俺の位置を追いかけて来ている様だった。他の霊との協調も見られず、重なり合ってぶつかり、もつれあう姿も見られた。
「そうか、塊になって動けない状況へ誘導できれば――」
だが、三体いると誘導するのにもこちらの速度が足りない。イシを呼び戻し、わずかに大きくして右手で掴み。意を決して、あの力のスイッチを入れた。
大気を震わす拍動がその場を呑み込んで行き、降り注ぐ雨粒も揺らめいて見えた。
そして、正面に並ぶ骸骨霊たちを見据え、一気に左にステップを踏んだ。
その急速な動きにつられて襲い来る、骸骨霊の先頭の攻撃を手で掴んだイシをぶつけて弾いた。
「出来た!? 心なしか剣を振る速度も遅く見えた様な!?」
先頭の一体の後ろから縦に並んだ骸骨霊の残りが、状況も考えずに、真っ直ぐに突っ込んできて、ぶつかり絡みあう。その隙を突いて、一気に三体の背後へと小刻みなステップで回り込んだ。
そして、そこでイシを放し、巨大化させ、骸骨霊の背後から押し込み、体勢を崩し、再び呼び戻した。
「今だ! この状態なら集中する隙があるはず!」
目を閉じ、意識を霊体へと集中していく、すると闇の中に青白い骸骨が浮かび上がり、その霊体に渦巻く核となるマナの源泉が見え始める。
そのまま目を閉じ続けて、イシに命じる。
左端の一体! 左肩のあたりにマナの源泉! イシ! そこをお前の棘を伸ばして貫くんだ!
イシはすぐさま襲い掛かり、棘を伸ばして骸骨霊の源泉を貫いた。急所を突かれた一体が、音も立てずに揺らめき蒸発していく。
ここで、他の二体が体勢を立て直し、こちらへ振り向こうとする。すかさず中央の二体目の源泉を探り当てる。
中央の一体! 頭だ! 額の中心に源泉がある! イシ、貫け!
イシは飛び掛かり、二体目も葬り去った。そして、ここで振り向いた最後の一体がこちらへ向けて襲い来る。
落ち着け、最後の一体だ、こいつの源泉は――左脚の付け根!
こちらへ飛び掛かろうとした瞬間に、最後の源泉へイシがトドメを刺し、骸骨霊は大気に溶け込む様に、消失していった。
「や、やった。でも、もう、限界だ――急に眠気が――」
マナの消耗による身体の限界が来たのか、状況を確認する事も出来ず、その場に倒れ伏し、意識は闇へと包まれて行った――。
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