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何色だったかな

 ずっと見せつけていたかったが、徐々に羞恥が勝ってくる。こ、ここは潔く退くべきだろうか。しかし!

 悩む間にも、二人からの視線がちらちらと注がれる。いや、ジジは当然の様に凝視して来るが。


 むむむ。俺の心はこんなに軟弱だったのか。そうそうない機会だ、もっと見せつけて然るべき!

 だが、だがぁ――!

 ま、可愛い顔は十分に堪能したからいいか……。


 出来るだけ自然に見せかけて、と――。


「おわぁ!? 何か落ち着かないと思ってたら、こんな所に穴が!」


 ごく自然な動作で横を向き、穴を隠す。そういえば、ジジのやつにファスナーの構造が再現できないか聞くのを忘れてたな。まあ、急ぐ訳じゃないし、いいのか?

 そんな事を考えていると、アイシャから疑いの声がかかる。


「むぅ。カイト。ホントは分かってて見せつけてたんでしょ! バレバレなんだからぁ! えっち! ヘンタイ!」


 何度となく聞いたお決まりの罵倒が飛んでくるが、それを涼しい顔で受け流す。ふっ。もう慣れ切った罵りに過ぎないからな。

 そこでジジが不思議そうに口を挟む。


「ふむぅ? 前々から気になっておったが、その、『えっち』とは、何じゃ?」


 唐突な質問にアイシャはしどろもどろになり、さらに赤面する。複数の意味合いがある言葉なために、直球でそういう意味にもなる。そんな言葉を普段から使っていた自分に気付き、羞恥心が沸き起こって来たのだろうか。


「もう! ジジちゃん、変な事きかないでよっ。そ、そんなのの意味なんて知らないんだからっ!」


 ジジは釈然としない様子で、言葉を続ける。


「何じゃ? 儂だけを除け者にする魂胆じゃな? この小娘め! えっち!」


 ジジの悪ふざけに、アイシャは慌てた様子で否定する。


「わ、私は違うもん! カイトとかジジちゃんの事だもん! ほ、他の意味なんてないんだからねっ!」


 く、くくく。それを連想した時点で、自分の事を指しているに等しいよな。いいぞぉ。可愛いぞっ!


「まったく君はえっちだなぁ」


 すかさず流れに乗り攻め立てる。口にするのに多少の恥ずかしさはあったが、こんなチャンスも中々ない。

 思いもよらない場所から突然、攻撃を受けたアイシャは、こちらを潤んだ瞳で見つめ、無言で抗議して来る。

 くくく。いいぜぇ。その顔。最高だ! 心のカメラで何度もシャッターを切る。


「えっち! えっち! えっち!」


 ジジは意味も分からず、連呼し始めた。アイシャは両耳を塞ぎ、それに耐える。耳の先まで真っ赤で、全身が小刻みに震えていた。自分が言い出したんだから因果応報ってやつだな。


「もう! そ、そんな言葉、女の子が連呼しちゃダメなんだから!」


 ジジは不思議そうに首を傾げる。


「何じゃ? そなたが初めに口にしたのではないか。……その様に赤面するほど、重要な意味が込められておるのか? もしや、淫らな言葉か?」


 アイシャはいい加減に我慢できなくなった様子で、早口でまくしたてる。


「もう、そんな事ばっかり言ってる人には、朝ご飯ぬきだよっ!」


 その言葉の効果は覿面で、ジジも俺もすぐに黙ってしまう。しかし、アイシャは少し考え込んで、しばらくして悩んだ様子で話し始めた。


「ご飯の事なんだけど……。いつも通りのお肉なしシチューは用意してあるけど、もう、パンもないんだ……。嵐のせいで備蓄がなくなっちゃってるから」


 その言葉に少なからず衝撃を覚える。目の前が真っ暗になるほどではないが、昨日のベリーパンが最後だったのか。

 そこでジジから意外な答えが返る。


「儂は、おんしらの様に、肉体を維持するために毎日、食事を摂らなくても良いのじゃ。それほど食糧事情が逼迫しておるのなら、此度は遠慮しておこう」


 アイシャと俺は驚いて同時にジジに向けて声をかける。


「ええ!? いいの? ジジちゃん」

「お前がそんな事いうなんて、すっげぇ意外だな」


 食欲の権化だと思っていたが、そんな事はなかったんだな。

 ジジは特に気にする様子も見せず、玄関に向かった。


「さて、朝餉もないのじゃ、儂は外を探索しておるかの。カイトよ! 修行に行く時は、必ず儂を伴うのじゃぞ? では行ってくる!」


 そう言って、ドアを開け、飛んで行ってしまった。アイシャと二人で顔を見合わせ、しばらくお互いに見つめ合っていたが、彼女はまた赤くなり、俺の股間あたりをみやった。


「もう、カイト。そこ、ちゃんと隠して来てねっ!」


 言われた通りに、昨日と同じ手段で古着を巻き付けて穴を隠した。そして、食卓の前へ戻ってくると、既に料理の皿が用意されていた。大人しく着席しながら昨日の事を思い出す。


 そういえば、ジジのやつが魚を食べたがっていたのを忘れてたな。


「なあ。あいつがさ。あそこの川に行った時に、水中を覗いて魚を食べてみたいって言ってたんだ。君の主義に反するのかもしれないけど、パンもないのなら釣りに行ってもいいかな?」


 アイシャはしばらく考え込んで、おもむろに口を開いた。


「うぅん。出来れば、森の生態系には手を出したくないんだけど……。これだけ食べる物がなくなっちゃったら仕方ないかも。……いいよっ。今日は、魔物狩りに行こうかと思ってたけど、ジジちゃんがお魚を食べたいのなら、カイト達が修行に出かけてる間に、私が取って来てあげるよっ!」


 アイシャが快諾してくれたので、今晩の食事は期待できるかもしれないな。この世界の魚の味なんて想像できないけれど、今までに食べた食糧の味を思えば、それほどおかしな事にもならないだろう。


 ここで、俺の肩に乗って大人しくしていた精霊たちに目が行く。


「ん? そういえば、お前たちは飯くうのか?」


 シチューの盛られた皿を手に取り、近づけてみたが、少し覗き込む様な動きを見せただけで、それ以上の反応はなかった。ま、普通は食べるとは思わないよなぁ。


 シチューの皿を戻し、その隣にあった大皿に目をやる。そこには、茹でたキャベツを丸く巻いた何かが並んでいた。

 あれ? これ、何だろう? すかさずアイシャが答えてくれる。


「ふふぅん、気付いちゃったかなっ。それはねっ! 昨日、カイトがお豆を掴めなくて苦労してたでしょっ? それで、考えてみたんだよっ。巻いたキャベツの中にお豆がたくさん入ってるのっ。それなら、あの、お箸? でも、食べやすいかもでしょっ!」


 彼女の心遣いに嬉しくなる。そして、昨日の晩に作り直したマイ箸にごうを取り出し、皿に伸ばした。失敗作の一号をモデルに改良を加えた二号だ。どうか上手く使えますように!


 今回の出来はどんなものかと思っていたが、これだけ大きいと不出来な箸でも十分につまめるな。性能実験としては相応しくないか。


 そこで、アイシャからストップがかかる。


「あ、ダメだよっ。カイト! ご飯の前の儀式をしなきゃっ! はいっ。私に続いて――」


 儀式を終えて、朝食にとりかかり、ゆっくりと時間をかけて楽しみ、全てを食べ終えた。茹でたキャベツの味は、デルライラムの家で食べた水っぽいモノとは違って、しっかり旨みを感じ、悪くない味だった。その中に詰められた豆も仄かな塩味がよく効いて、素材の味が引き立てられていた。三種の豆は皮と中身で食感が異なり、歯ごたえの良い物、柔らかく噛み砕ける物と、それぞれの違いを味と共に楽しめた。


 腹も膨れた所で、大人しく待っていた精霊たちに目配せする。

 彼らは俺の気持ちを察したのか、心なしか嬉しそうに肩から浮き上がった。


「なあ、こいつらの力を確かめてみたいんだけど、君も付き合ってくれないかな?」


 アイシャは嬉しそうに頷き、目を輝かせる。


「いいよっ! 私もずっと気になってたんだっ! じゃあ、外に出よっか!」


 二人で玄関のドアを開け、外へと踏み出す、すると、井戸の前に設置した濾過機を物珍しそうに眺めるジジの姿が見えた。

 ジジはこちらに気付き、不思議そうに問いかけて来る。


「のう、ここにある、これは何じゃ?」


 好奇心が満載の輝くオッドアイに見つめられ、どうしたものかと思案するが、やはり今は、目的が優先だろう。


「それはまあ、水の濾過そうちみたいなもんだよっ。気になるなら今度、みせてやるから。今はこの精霊たちの力を試してみないか?」


 ジジは頷き、すぐにこちらへ飛んできた。目に宿る好奇心の輝きは先ほどよりも幾らか増して見えた。


「良いぞ。儂も気になっておったのじゃ」


 家の前の広場に陣取り、両肩に乗っていた精霊たちをみやった所で、アイシャから声がかかった。


「カイト、その子たち、普段は姿を隠しておいた方がいいよ。ここら辺では問題ないと思うけど、町や村で他の人に見られたらびっくりすると思うから」


 む? エルフは日常生活でも精霊に親しむと聞いたが、固有精霊というのはそんなに珍しいモノなのか?

 だけど、姿を隠すにはどうすればいいんだろうか?


「カイトの考えてる事は、声に出さなくてもその子たちに伝わるはずだし、姿を隠してって伝えれば、出来るはずだよっ」


 おお、念話……ってやつか? さっそく二人の精霊に姿を隠す様に伝え、念じてみる。

 すると、精霊たちの姿は瞬く間に透明になっていき、一秒も経たないうちに掻き消えた。


「そうそう、簡単でしょっ? あんまり考えたくないけど、そうやって隠しておけば、前みたいに突然、誰かに襲われた時にも、有利になるはずだよっ!」


 確かにそれは得難いイニシアチブになるかも。でも、何処に行ったのか俺にも分からないぞ?

 辺りを見回し、両腕を振り回してみるが、空を切るばかりで精霊たちが何処に隠れたのか見当もつかなかった。


「カイト、そんなに慌てなくても、意識を集中すればすぐに場所が分かるはずだよ? ほら、目を閉じて、魔法を使う時みたいに集中して」


 言われたままに、両目を閉じ、魔法の修行を思い出し、自身の霊体を思い描く。ほどなくして、金色の輝きと共に、俺に寄り添う様に、周囲を漂うふたつの光が見えた。

 へえ。おまえらも俺と同じで金色なんだな……。その言葉に精霊たちは嬉しそうに頷いた様に見えた。


 ゆっくりと目を開けるが、意識の集中を伴わなくても、一度、認識された精霊たちは不可視だが、確かにそこにいるのが感じ取れた。


「イシとデイがそこにいるのが感じられる! はは、こりゃ便利だな」


 よし! イシ、お前に最初の仕事だ! あそこに立っているエルフの女の子、アイシャのスカートをめくるのだぁ!


 行けぇ!


 透明なままのイシはゆっくりとアイシャへ近づいて行き、そのスカートに潜り込み、一気にめくり上げた! 翻るスカートに隠されていた秘密の場所が露わになる。


「きゃあああ!? 何するのぉ!」


 うふあはぁ!? パンツ来たぁぁぁ!? それは確かに昨日、ジジが身に着けた下着と同じ物だった。

 アイシャは慌てた様子で、スカートを押さえ、こちらを怒りと羞恥の入り混じった表情で見据える。


 うおやべぇ!?


「ま、待ってくれ! 今のはイシが勝手にやったことなんだ! 俺はかんけ――」


 言葉を終える間もなく、アイシャの閃光の様な平手が俺の頬をとらえ、身体は宙を舞った。


「うぼぉあ!?」


 いってえ!? だが、甘ぁい!


 空中を回転しながら頭の中に浮かんだイメージを高速で組み立てて行く。まだ試した訳じゃないけど、俺の想像どおりなら可能なはずだ!


 デイ! 身体を大きくして、俺を受け止めてくれ!


 その瞬間、姿を現したデイは、巨大化し、クッションの様に俺の身体を受け止めた。吹き飛ばされた衝撃が、デイの柔らかな身体に吸収され、地面に叩きつけられずに済み、ひんやりとした感触に包まれる。


 アイシャはその様子を悔しそうに見ていた。身体は小刻みに震えている。


 ふむ。デイの身体はほどよい弾力があって、埋まり心地がいいな。『豊かな実り』ほどじゃないが。泥っぽいからもっと液状なのかと思ったが、もしかして、俺のイメージに沿って丁度いい弾力に調整したのか? 言外のイメージまで伝えてそこまで出来るのならかなり優秀に思えるな。


「もう! カイトのバカ! せっかく固有精霊が発現したのに、いきなりこんな事に使うなんて!」


 相変わらず馬鹿力だな、てか、今の本気だった!? デイがいなかったら俺しんでたぞ!?

 ジジは楽しそうに口を挟む。


「そう目くじらを立てるものではないぞ、精霊たちの力を確かめるのには、良い余興じゃ!」


 その言葉を受けて、アイシャはジジを睨む。


「ま、まあまあ。おふざけはここまでだから、続きをやろうぜ?」


 アイシャは再びこちらに向き直り、一言。


「カイト、まだ謝ってもらってないよ? なんなら、もう一回たたいてあげてもいいんだけどなぁ?」


 あの時の記憶が甦り、背筋が寒くなる。反射的に頭を下げていた。

 今回は少し悪ふざけが過ぎたかと内省しつつも、先ほどの光景を喜びとともに反芻していた――。


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