調査報告書③ 引っ越し祝いといきましょう
東の空が白み始めてきた。
雪を頂くレストレア山脈の峰々が、
朝焼けに染まり始め、なんとも神々しい姿を現した。
かつては魔族を封じ込めた龍の神様の住処と伝えられてきたこの山脈が、
いまや魔族侵攻の最前線になるとは、なんという皮肉であろうか。
ハノーク砦から、エレノアさんのところに空間転移戻るのだが、
突然目の前に僕が現れたら驚くだろうと、近くの林に転移してみた。
それなのに運悪くエレノアさんと目と目が合ってしまう。
しかも、彼女はしゃがんで用を足している真っ最中だった。
「▲■✖?〇■◇◎!÷◆※!」
言葉にならない絶叫をあげられたが、これは事故だ。
警備兵として戦場に取り残された事といい、
この人は生まれながらそういう星のもとに生まれてきているのだろう。
本来なら、
「心配して胸がはちきれそうでしたの」
「はははっ、それは失礼しました。そのはちきれそうな余分なものはすぐに脱いだ方が良いでしょう」
「もう、ボーズさんたらデリカシーがないんだから。でも、そういうところがス・テ・キ・♪」
ってな具合になる予定だったのになぁ。
【アホですか。死んでしまえ】
(ナビ・システムオフ)
ぶちっ。
気まずいながらも、
転移の魔法を見られてしまったので、
絶対に口外しないという約束で、
エレノアさんを聖都上層まで一緒に転移した。
国防軍本部は聖域内にあるらしいが、
いくら緊急事態でも聖域に直接転移って訳にはいかない。
金獅子亭の裏手にある人目のつかない場所まで連れてきたのだった。
「はやく本部に報告に行ってください。城壁内部には大勢の兵士の亡骸がありますから救援部隊は多い方がいいでしょう」
「ボーズさん、本当になんとお礼をすればいいのか・・・」
「ほら、はやく。あの村にいる同僚さん達には支援物資ちゃんと届けておきますからご心配なく」
頭を深々と下げられるのは、
こちらの世界では初めての事だった。
なんだか日本にいるような気がして少し故郷が懐かしく思える。
本部に出向くのに、
そんなけしからん・・・もとい、
サイズ違いの軍服では差し支えるだろうと予備のローブを差し出した。
ローブの下に見える恐るべき魔乳の谷間に、
かえってエロさが増してしまった。
これも彼女の星の下という事にしておくか。
おっと、こうしてはいられない。
マシューとマリラにも報告しなければ。
朝食までには帰ると伝えていたっけ。
心配して日中ガーゴイルに飛び回られでもしたら、
聖都中がパニックになることだろう。
一度モンスターハウスにの屋根に転移し、
動かなくなったマシューとマリラに帰宅を告げる。
なんとなく目が笑っているように見えた。
そして壁から僕の部屋にようやく戻ってくることが出来た。
朝食までは、まだ1時間以上はある。
あの魔乳と突起物・・・もとい、
あの魔族との攻防の興奮冷めやらぬ状態の僕は、
とても眠らるような精神状態ではないのだけれど、
心を落ち着かせるために、ベットで横になり、しばらく目を閉じていたい。
布団をめくると、なんと中にアンが入っていた。
「うわっ、ビックリした・・・」
魔素残量が1/10以下だったので、
魔素探知も最低レベルだった訳で・・・
「・・・ご主人様、お帰りなさいませ。どちらにお出かけになられていたのですか?」
「ああ、ごめんよ。ちょっと鉱山を下見に行ってきたんだ」
「すみません、ついさっきまで起きていたのですが、ご主人さまのベットの誘惑に負けてしまって・・・」
「なんだ。それじゃ全然寝てないじゃないか」
「私は足手まといかもしれませんが、ご主人さまのお役に立ちたいのです。だから・・・」
みなまで言わなくてもアンの気持ちは十分すぎるほど理解している。
アンを足手まといだと思った事は一度もない。
ペトラもそうだしソフィアの事もそうだ。
だから彼女の言葉を遮った。
「朝ごはんを食べた後は、今日一日アンに手伝ってもらわなくちゃならない」
「はい、よろこんで・・・」
「ということで、朝ごはんまであと1時間。今から全力で寝ることにしよう。長い一日が始まるからね」
ベットに座るアンを引き寄せ、
僕はアンの唇を奪ってしまう。
いやらしい気持ちは微塵もなかった。
大切なものをどう大切かと伝えようかと考えたら、
自然とカラダがそう動いてしまったのだ。
アンは拒むことなく受け入れてくれた。
それが僕にとって今夜の全てに勝る戦果なのは事は間違いない。
緊張の糸が切れたからなのか、
長いキスの後、僕は急激な睡魔に襲われた。
別にサテラさんの隷属契約が怖くてそれ以上進めなかったのではない。
推測だけど、今の僕ならばこの隷属契約の魔法の楔。
消し去ることが出来るだろう。
もちろん、アンにかけられた契約だって。
でも、その時はいまではない。
サテラさんの無事を確認する時まで。
サテラさんが生きている証であるこの契約。
なんとしても恩人である彼女の事は助け出したい。
アンの存在も大切だが、サテラさんの存在も大切だ。
この感情は矛盾しているのだろうか。
それをいわばペトラだってソフィアだって大切なのだ。
マーサさんだって・・・いや、それは無理。
とにかくアンとキスしちゃったけど、
いやらしい気持ちは一切ない。
そう言いたかったのだ。
ってもがいていると、
朝食の時間だとアンから起こされた。
アンがあれから寝ることが出来たのか。
それは今もって謎なのである。
朝食を終えると、
ペトラが学校に行く準備をしている。
ホームパーティーを楽しみにしていたペトラだったが、
その前に彼女を喜ばせることがもう一つあった。
「はい、ペトラお嬢様、お弁当でございます。しっかりお勉強なさってくださいませ」
ポーさんが渡したのは、
バスケットに入ったランチボックスだ。
マリルーさんお手製のサンドウィッチが入っていた。
ペトラは生まれて初めてお弁当を作ってもらったらしい。
いつもはどんなものを食べていたんだろうな。
「ありがとう、ポーさん、マリルーさん!」
心からの感謝を伝えると、
ペトラは晴れやかに破顔した。
こういうのを見ると、日に日に家族感が深まっていくような気がする。
【はぁ、その家族に手をつけるなんざ、いったいどういう親なんでしょうねぇ】
(うるさいな、なんで勝手に再起動しているんだよ)
僕の頭の中にいる小姑も立派な家族なのである。
さて、今日はやることが山ほどある。
エレノアさんが隠れていた村に、
救援物資を届けなくちゃいけない。
また大量に物資を買わなくちゃいけないけど、
アンの能力があればどうってことは無いだろう。
僕も似たような能力はあるけど今日はアンに頼みたい。
魔族の出現している地域だから、
ソフィアには留守番を命じなくては。
酒屋にワインでも買いに行かせるか。
いや、それは危険すぎる。
ひとりで勝手に飲み始めるのは間違いないからな。
そうだ、サルドウスさんに早めに来てもらって、
ソフィアの相手をしてもらおうか。
あの変態野郎にはこのうえないご褒美になるだろう。
なんなら血を吸ってもらって眷属にでもしてもらえばいいのに。
支援物資とは別に、引っ越し祝いパーティー用の食材も買わなくちゃいけなかったな。
マリルーさんが料理する時間を考えれば、
これもぼやぼやしている時間はない。
あと、エリザベスさんに昨夜の件は報告する必要があるな。
あの上位悪魔たちの魔核を回収しているけど、
吸血鬼の真祖のものと同等かそれ以上の危険な匂いがしている。
それに、下位悪魔22体分と、
中位悪魔8体分の魔核。
手元にある魔核と魔石はもう十分だから、
この戦いで亡くなった兵士の遺族へ寄付してもいいのだけれど、
その術を知る由も無い訳で・・・
「よし、アン。今日は忙しくなるぞぉ!」
「はい、ご主人様」
モンスターハウスの名に恥じないような、
とてつもなく賑やかな引っ越し祝いになるのだろう。
次は100話記念の特別編です。




