調査報告書③ 開拓村で物理を学びました
ペトラと踊る子豚亭のエマちゃんに頼んでいた、
下層で身寄りのない子供たちを、
マーサさんの開拓村に紹介する件なのだが、
1週間の間に希望する子供の数は100人を超えてしまったのだとか。
市民権を持っていない子供たちは、
下層を脱出する事さえも難しく、
成人できる子供の割合は半分以下という悲しい現実がある。
市民権がない⇒
教育を受けられない⇒
仕事がない⇒
下層から移動することもできない⇒
理由は市民権がない
なんとしてもこの蟻地獄から脱出させねば、
子供たちに明るい未来はなかなか辿り着く事が出来ないだろう。
そんな中、幸運をつかみ、
この不条理の輪から抜け出すことが出来たペトラ。
同じ境遇の子供たちを少しでも助けたかいというのは、
とても理解できることな訳で・・・
さすがにすべての子供をマーサさんの開拓村に預けることは出来ない。
今回は特に厳しい境遇の子供10人を選抜して連れていくことになった。
マーサさんに相談したところ、
近隣の開拓村で人手不足の村をあたってみるとの事。
さすが爆炎のマーサ。
頼りになるお母さんだ。
それでも待機している数が90人は尋常ではない。
下層職人街がある西地区の人口は20万人と聞いたけど、
実際のところ、そのような境遇にある子供の数はもっと多いのかもしれない。
やはりエリザベスさんから行政府に対応を早くしてもらえるよう、
重ねて頼むほか無いだろうな。
来週あたり定期報告するつもりだったので、
その時忘れずに頼んでみる事にしよう。
子供たちを空間転移で移送するのだけれど、
この便利魔法についてはマーサさんから子供たちに口外するなときつく言われている。
まぁ、下層から脱出できる方法が見つかったとあらば、
どのような手段をもってしても僕に魔法による移動を願ってくるようになるだろう。
僕は大丈夫だとしても、ペトラやエマちゃんが人質に取られたり、
またマーサさんの村にいるシモン達が攫われたり。
周りを巻き込むリスクがあるとの配慮だった。
ゆえに、聖国でこの転移魔法は禁呪中の禁呪となっており、
許可のない使用者も、厳しく罰せられるのだとか。
だから、荷馬車を下層の鍛冶屋街まで運び、
荷台に荷物とともに子供たちを隠し、
一度荷馬車ごと空間転移。
そのあとウオールバルカ内の広大な麦畑を1時間ほど馬車で進み、
さらにマーサさんの開拓村まで空間転移。
一度に転移できる限界量もあり、
3度にわたっての偽装工作となった。
村について、石の家ではそれぞれの里親との面接が始まった。
ペトラも村の人たちに子供たちの良さを説明している。
手振り身振りで精いっぱい頑張る姿に、
なんだかとても微笑ましい気分になる。
ペトラも身寄りがないと聞いている。
鍛冶屋の親方に魔法の才能を見出され、
養女として迎え入れられたのだとか。
市民権のない孤児が養子に迎えられるというのも、
なかなか大変な事だったのだろう。
もう少しで魔法学院の卒業試験があるらしく、
モンスターハウスでも夜遅くまで勉強をしているペトラ。
卒業後は大魔法使いを目指し聖騎士団所属の魔法部隊に入隊したいと、
僕に夢を語ってくれた。
そして養父母にも恩返しがしたいとの思いも聞いた。
下層の子供たちを助けたいという夢と合わせれば、
彼女の願いを4つ知りえることになった。
短い期間ではあったが、
ペトラが僕のもとで行動を共にして嬉しかった。
ペトラが僕たちと一緒に居たいと言ってくれて泣きそうになった。
下層の子供たちの手伝いはちょっと出来たのかもしれないけれど、
残りの二つの願いを叶えるのであれば、
このまま僕と行動を共にしていてはいけない訳で・・・
石の家での面接会は佳境に差し掛かっている。
一生懸命頑張るペトラを眺めていると、
子供たちを先導して付いて来てくれたエマちゃんが、
僕のテーブル席にやってきた。
この日の為に、踊る子豚亭の仕事を休んできてくれたのだった。
「エマちゃん、せっかのお休みを潰してしまって悪かったね」
「いえ、ボーズさんのおかげで救われる子供たちがいるって思えばどうってことありません」
金髪というよりは檸檬色の長い髪が軽やかに靡いてもせる。
普段はお団子にまとめあげているのだが、今日はポニーテールだった。
ソフィア程ではないがエマちゃんも街で見かければ、
誰もが振り向きたくなるような美少女だ。
しかも戦闘力はペトラとアンの比ではない。
まぁ、ふたりとも顔立ちでは負けていないのだが、
戦闘力では完敗だ。
「エマちゃんは将来何になりたいんだ?」
「エマって呼び捨てでいいですよ。そうですねぇ、私ももうすぐお店を辞めなくちゃいけないからこの村で働こうかな・・・」
「えっ、踊る子豚亭の看板娘が。エマちゃん・・・エマがいなけりゃあんな店に飯食いになんていかないぜ」
「ふふっ、それってひっどーい!」
ペトラもエマももうすぐ15才の成人になる。
ペトラは学校を卒業なのだが、
エマは成人すると給仕の仕事を辞めなくてはいけないらしい。
それはエマ個人に市民権が無いからだ。
いま下層で働けるのは、不憫な子供たちを面倒見てくれる支援者との、
隷属契約している奴隷である為だった。
あくまでも給仕の仕事は未成年であるアルバイト特権。
聖都の食堂ではそのような境遇の子ども達が多く働いているらしい。
「でもその隷属契約は成人するまでの期間限定。私が抜ければ新しい子が救われるの。私がそうであったみたいに・・・」
「・・・そうだったのか」
「でもまだ半年先だから。新しいご主人様をみつけないとね。ボーズさんなら雇ってくれるんじゃないかなぁって期待してるんだけどさ」
「僕も奴隷の身分だぞ。奴隷の奴隷って聖都じゃかなり偏見があるだろう」
正直、エマを迎い入れるのは簡単だ。
屋敷のメイドとして雇えば少なくとも聖都での生活が保障される。
伝言送信のような面白い魔法は使えるようだが、
戦闘や後方支援に向いているスキルではなく、
調査に同行するのは正直厳しいと思う。
それに、せっかくペトラと一緒ら暮らせるようになっても、
ペトラはミスリル冒険者チームの一員であり、
エマは奴隷の奴隷と明暗が分かれる。
ペトラだって学院を卒業すれば、
聖騎士団入団って夢もあるだろう。
いつまでも僕たちが縛り続けることは出来ないのだ。
「私は身分なんてどうでもいいんだ。下層の子供たちが幸せになってくれるのを近くで見ることが出来たらそれが一番幸せなの」
「それじゃ、エマを雇おうかな」
「えっ、ホント。私魔法も伝言送信しか使えないけど・・・」
「そうだね。チームの一員としてキルドのクエストに同行するのはまだ早いと思うよ」
「メイドでも下働きでも何でもするわ。なんなら夜のご奉仕だって!」
「おいおい、ペトラからなにかヘンな事聞いてないか。僕はそんな事を求めた事ないぞ」
「だって、尻尾にあんなことされたって・・・」
あのメス猫め。
なんでエマにその事を話しているんだ。
【マスター、情報に嘘偽りはありませんが】
(はい、すこし黙ろうね)
ぷちっ。
「まてまて、あれは不可抗力だ。エマには里親紹介所の事務局員として働いてもらおうかな。子供たちを開拓村に送り届けるだけじゃなく、その後どんな暮らしをしているのか。雇い主や子供たちがどんな悩みを抱えているか。それを取りまとめてもらいたい。それにはエマの伝言送信が必要なんだ」
「・・・ボーズさん」
「ちゃんと給料も払うよ。それに部屋も1つ準備しよう。下層に近い場所に部屋を借りてもいいし、うちの拠点を使ってもいい。ヘンなハウスキーパーがいるけど・・・」
「嬉しい!私人から必要だって言われたの初めて!!」
感情が爆発したのか、
突然僕に抱き着いて頬にキスをしてくれたエマ。
この年に不相応な戦闘力が僕のカラダに密着する。
おお。これはなんとも新鮮な弾力だ。
押されれば押し返してくる。
若いだけはあってこの高反発は素晴らしい。
なるほど、これが作用反作用の法則か!
異世界で物理の神髄を体験することになった。
「・・・ボーズさん、エマとなにやってるの?」
そんな熱き抱擁の瞬間を、ペトラにバッチリ目撃される。
血の雨が降り、破滅の風が吹く。
マーサさんの開拓村史に残る惨事となった。




