調査報告書③ モンスターハウスへようこそ
「・・・ボーズ様。そう不安がらずともよろしいのですよ。つまり精霊は契約をなによりも大切にしているという事をご理解いただきたかったのです。ですから曖昧な感情で精霊とは契約してはいけない。と言いたいのでございます」
「ご理解して頂いているなら、ここにディックさんから頼まれたハンカチを用意しています。何を命じられたのか、ご存知のようなのでシンプルに質問します。契約を解除しますか。このままディックさんの魂が開放されるまでお待ちになられますか?」
ポーさんとマリルーさんは互いに顔を見合わせ、
小さく笑ったように見えた。
「ボーズ様、ディック様より頼まれたのは契約解除だけではないはずですよ。この屋敷を含むすべての財産譲渡についても契約権を与えられております。我々はディック様より作られし人工精霊。新しい主、ボーズ様に永遠の忠誠を誓います」
当然ながら僕は困惑した。
書斎に隠されているディックさんが日本人だという証がないか。
それは探してみたかったけど、財産全てを受け取る権利なんてあるわけがない。
ましてディックさんの魂を捉え続けているのが、
兄さんに起因しているのだとすれば、
そんな権利など主張することは出来ない。
そんな押し問答が1時間ほど続いたのだけど、
このまま彼女たちを放っておくわけにはいかなかった。
ひとつだけ分かったのは、
彼女たち人工精霊が契約解除を望んではいないという事だった。
仕方なく、お互いが納得できる妥協点を探しながら、
新たな契約を作り出す亊にした。
それには長い時間が必要となるだろう。
なにせ精霊との契約は慎重にしなくちゃいけないことだ。
彼女たちは悪意のある精霊ではなかったけれど、
そうではない精霊と契約をすれば、
僕の情報は駄々洩れだったし、
もしかすれば僕を操る精霊っていうのもいたかもしれない。
精霊にとって契約とは自分たちの存在意義そのものなのだ。
ということで、今僕が出来る最大の妥協点。
明日からこの屋敷で家主見習いとして住まう事になった。
もちろん僕のパーティー全員で引っ越しだ。
ポーさんとマリルーさんは引き続きこの屋敷で働いてもらう。
それがふたりの希望でもあり、無理を強いているわけではない。
あくまで僕たちとはパートナーであり、
対等な立場の関係を要求した。
これは僕が譲れないひとつでもあった。
彼女たちは使用人でもなければ奴隷でもない。
ゆえに対価を支払う必要がある訳で・・・
「・・・わかりました。それでは対価を頂くことにいたしましたょう。とはいえ私たちは精霊です。お金というものを必要としません。食事もとることはありません」
「それじゃ何を栄養としてカラダを維持されているのでしょう」
「大地から精霊の元となる微精霊、つまり魔素の塊を頂いております。ボーズ様にも微精霊は見えているはずでは」
「あのフワフワした綿毛のようなものですか。てっきり植物の種子かと・・・」
「あれを見えるという事は精霊使いの資質がおありになるというものです」
そういうものなのか。
だったら、アンの方が適任かもしれない。
アンの眼は僕が見えないところまで見通しているように思えた。
「それで対価というのは・・・」
「ご主人さまから魔素をいただければと存じます」
「なんだ、それなら構いませんよ。僕は結構魔素を蓄えているようなんで」
それに毎日吸血鬼からも吸われている。
「ご了承頂きありがとうございます。毎日という訳ではございません。月に一度で結構でございます。生命維持に必要である基本的な魔素は、大地より頂いておりますから。でもご主人様からいただける魔素は我々をよりお役に立てる為に必要となりますの」
もしかしてお約束のアレか。
月に一度主人とベットを共にするっていうアレか?
おいおいそれは聞いてないぞ。
アンやペトラやソフィアでさえもまだ頂いていないのだ。
それよりダウンサイジングなこの二人から夜迫られたら、
どうやって●●●を●●●●に●●●●出来るということなのだろうか。
「こほん。ボーズ様、想像力がおありになるのは健全な若い男性という事なのでしょうが、私が申し上げているのはそういう事ではありません・・・」
しまった。
ポーさんは僕の視線や聴覚が共有されたままだ。
もしかして、思考も見られてしまったというのか?
オーナー見習いとしての威厳が地に落ちるどころか、
マイナスからのスタートとなってしまった。
「冒険者様と住まいとなるこの家には、様々な厄災が降り注ぎます。同業者の妬み。財産を狙う盗賊。そして聖都の権力者の争い。それを未然に防ぐには、いろいろなロビー活動も必要でございます」
「はぁ、なんだかよくわかりませんが、そのヘンは全てお任せいたします」
「はい、それでは以上でボーズ様と我々の仮契約は終了といたしますが、宜しいでしょうか」
「ええ、よろしくお願いします。明日うちのメンバーを紹介しますが、どれも一癖ありますからご迷惑はおかけすると思います。最後になりましたが、これをお返しいたします・・・」
オリハルコン製のメダルをポーさんとマリルーさんに手渡した。
実に60年ぶりの主の帰還である。
ふたりの眼には大粒の涙が溢れていた。
「お帰りなさいませ、ご主人様・・・」
こうして精霊使いディック・ボスフェルト氏の探索クエストは終了した。
決して後味が良い調査報告ではなかった。
ディック氏の魂は未だに囚われのままである。
いつか解き放つことが出来るよう。
僕の目的がまたひとつ増えることになった。
まぁ、思わぬ形で僕たちの拠点が決定した。
これでサテラさんにも、マーサさんにも迷惑をかけることは無いだろう。
金獅子亭には引き続き食堂を利用することで、
ネラちゃんや支配人さんとのコネクションは残しておきたいし、
マーサさんの石の家の年間契約は継続しておきたい。
子供たちの件もあるのだから。
それにしても、不思議な事もあるものだ。
これが『ご縁』というヤツなのか。
サラリーマン時代、とあるプロジェクトで方々に土地を探した事があった。
当初の予算の倍以上をつぎ込んでも、
希望に添える土地ってのは探すことが出来なかった。
プロジェクトを見直し目的地を変更することで、
なんとか事業は立ち上がったけど、
その立ち上がりを待っていたかのように、
当初の希望地内から土地が出たとの情報が入った。
しかも当初の予算の範囲内という好条件。
あの時上司が言ってたっけ。
不動産というのは『ご縁』のものだと。
こ縁があれば嫌でも向こうからやって来るし、
どんなに探しても無い時には絶対に見つからない。
それが『ご縁』なのだという事を。
不動産は生き物だと思え。
当時はなんのことなのか理解できなかったけど、
今ようやくその『ご縁』というものを目の当たりにした気がした。
でも、そこに住まうのが、義体の僕。
サテラさんの奴隷であり、ちょっとだけ巨乳好きだ。
赤毛で魔眼をもつ元奴隷。無口だけど焼きもち焼きの女の子。
おしゃべりな魔法学院の女学生。猫耳とキュートな尻尾を持っている。
そして天然吸血鬼のアレに関してはモンスターそのものだ。
ある意味、モンスターハウスにはこれほどふさわしい賃借人はいないのかもしれない。
ふっと笑いが込み上げてしまった。
「どうしたんですかご主人様・・・」
金獅子亭ではアンが僕の帰りを待っていてくれた。
今朝の事を気にしているのかもじもじしている。
でも今はそんなことはどうでもいい。
新しい僕たちの拠点の事を一刻でも早く彼女たちに伝えたかった。
「みんな話を聞いてくれ。僕たちの新しい拠点が決まったんだ」
手を取って玄関付近に誰もいないことを魔素探知で確認し、
空間転移の魔法を唱える。
「これが明日から僕たちの拠点だ。モンスターハウスにようこそ!」
ここが僕たちの帰る家となるのだ。




