調査報告書③ 朝帰りはダメでしょう
金獅子亭では、
アンが一睡もしないで待っていた。
ペトラが爆睡中であったのとは正反対であるが、
日が昇り始めた頃、ほっぺにキスマークを付け、
お姫様抱っこのソフィアを抱えて帰還した僕を見れば、
3発くらい殴りたくなる気持ちは分からないでもない。
それになぜか艶っぽくスッキリしているソフィアを見ればもう1発となるだろう。
つまり4発殴られてから、ベットに布団を頭まで掛けられてふて寝された訳なのだ。
こちらとすれば一刻も早く帰って、アンを安心させたかったのだけど、
どうも裏目に出てしまったようだ。
ソフィアをペトラのベットに押し込み、
アンに機嫌を直してもらうように何かと話しかけるものの、
右目の魔眼から、禍々しすぎる魔素を放出し始めたところで、
この部屋から一目散で退散した。
さて、アンの機嫌を直すにはどうしたものやら。
新たなミッションが発生することになったな。
(それにしても、まさか兄さん以外の日本人がこの世界にいるって驚いたな・・・)
【マスター、日本人名が分かれば、本部にある失踪者データベースで検索が出来ます】
(でもなぁ。本人を特定としても亡くなっていて、しかも異世界にって。遺族にどう伝えればいいのさ。それにディックさんの遺志に日本の家族のことは無かった)
【マスター、書斎にある隠し部屋の事もあります。何か追加情報でもあれば再度協議することにしましょう】
確かにその通りだ。
今の僕たちには情報が少なすぎる。
分かっている事と言えば、兄さんやディックさんが通ってきた、
人が通れるサイズのゲートが存在していて、
どうもこちら側の出口が、
むこうの入り口の時間と、
常に同じ時間軸で結ばれていないという事だ。
それに、元の世界に伝わっている伝説。
たとえばエルフやドワーフ、そして吸血鬼などの魔族や魔獣。
それが驚くほどに一致している点も、妙に納得することが出来た。
あらちからこちらに来ることが出来るのであれば、
その逆もあり得るという事だ。
伝説の数だけゲートを通じて互いの情報流出が起こっていたのかもしれない。
(それとアンの機嫌を損ねてしまっただろう。機嫌を直してもらうのって難しいんだよなぁ)
【マスター、ディック氏の依頼遂行の為、これからハンカチを買いに行かなくてはいけませんよね。なにかアン様にもプレゼントを買われてはいかがでしょうか?】
(それは僕も考えたけど、そうするとペトラやソフィアに誘爆するだろう。結局アンの機嫌はますます悪くなるぞ)
【なるほど、人工知能の私には理解不能な予測です】
(そうなんだ。女心と秋の空って言ってさ。キャバクラでお気に入りの女の子にプレゼント渡すと、他の女の子から私も私もってなるじゃない。そんで渡すつもりないけど「また今度ね」って相槌を打っただけで、オキニの子から目からレーザービームが発射されるくらいの鋭い視線を貰っちゃうんだ)
【マスター、話が理解できません】
(つまり二兎追うものは一兎も得ずってことだ)
【二兎追うものだけが二兎を得るのではないでしょうか?】
やりずらい。
人工知能でこれだけ苦しむのだ。
人工精霊のポーさんとマリルーさんは、
ディックさんの命令をどう受け取ってくれるのだろうか。
午前中の稽古を終えると、
モンスターハウスに足を向ける。
紹介してくれたサルドウスさんにも、
ポーさん達の事や、家主であるディックさん達の顛末は話すことが出来なかった。
もちろんサルドウスさん達にもいずれ話すつもりではある。
それだけの義理がある事も知っている。
けれど、まずはポーさん達の意思を確認する事が先だ。
ディックさんによって作られた人工精霊。
契約を解除することになれば、
もとの微精霊に戻ってしまうのではないのだろうか。
人工精霊としては個としての死を意味する訳で・・・
それでも、ポーさん達がそれを望めば伝えなくてはいけない事だ。
ディックさんのは財産譲渡するって言ってくれたけど、
どちらに転んだとしても、とても受け取る訳にはいかない。
それだけの力になれたとも思っていない。
【勇者ダイドージに気を付けろ】
ディックさんの最後の言葉が耳の奥から離れない。
そういえば、僕の名前を名乗ってなかったな。
この世界の名前も。
もとの世界の名前も。
「これはボーズ様、ようこそおいでくださいました!」
ポーさんに促され、リビングへと招かれる。
そこには、白いメイド服を着た女性が待っていた。
銀灰色のサイドテール。
ポーさんとテールの位置が真逆である。
よく見れると二人はほぼ同じ顔をしている。
この人がマリルーさんだろうか。
黒髪の人が白髪交じりになった髪とは違い、
見事な銀灰色のその髪は、日本人とのそれとはまったく違っていた。
「随分お早いことですこと。それになにやら良い予感がします事よ。私の感は鋭いのですから」
「はい、それでは早速ですか、ディックさんの件で報告を・・・」
「ちょっとお待ちください。今お茶を入れてまいります。それにボーズ様にマリルーが焼き菓子を焼いてお待ちしておりましたの」
そうポーさんから説明されたので、
マリルーさんに目でお礼をすると、
気恥ずかしそうに視線をそらされる。
マリルーさんはポーさんと違い人見知りするような性格なのかな。
見た目は殆ど同じに見えるのだが、個性はそれぞれなんだな。
もしかして、外国人が日本人を見ると皆同じ顔に見えるって言うアレか!?
【まったく違います。アホですか・・・】
(ナビシステム・オフ)
ぶちっ。
もしかして、僕が今日ここにやって来るって知ってたのだろうか。
ディックさんと遭遇してから10時間が経過していた。
アンからボコボコにされてから9時間。
・・・まぁ、それはいいや。
契約解除のことを、この二人はどう思うのだろうか。
長年待ち続けていたのは、主人の情報だけだったのか。
それとも真の目的とは、契約解除のオーダーだったのか。
いずれにしても彼女たちの真意を聞くのはあまり良い気分がしない。
ディックさんとの約束だから、
ハンカチはちゃんと買っては来ているけど、
なんでハンカチだったのだろう。
「おまたせいたしました。今日は趣向の変わったお茶を準備しておりましたのよ」
注がれるティーカップからは、
香しい花の香りが漂ってくる。
これはとても懐かしい匂いだ。
「これはジャスミンティーですか!?」
「主人のディック様がお好きでございました。これはアビナールという花の香りを茶葉に吸着させた花茶と申します。これをジャスミンティーと呼ばれたのはディック様以来ですわ・・・」
「話せば長くなるのですが、実は僕もディックさんと同じ・・・」
「ボーズ様、精霊と契約することは大変重要な事です。たとえそれが書面によるものではない口約束であったとしても。私たちはボーズ様と契約すると、視覚や聴覚の情報を共有されます。思考までは遠慮しておりますが、みれない訳ではございません。昨夜の出来事は全て承知しております・・・」
つまり、ソフィアをお姫様抱っこして戦ったりとか、
ほっぺからぶちゅーって魔素を吸われてたりとか、
真祖のレイスを昇天させたらソフィアまで昇天してしまったこととか。
さらに金獅子亭に帰ったら、アンからボコボコにされた事まで全部承知しているということか!?
その不敵な笑みは何を言わんとしているのだろうか。




