調査報告書③ 貸家を見学に行ってきました
モンスターハウスと呼ばれているその貸家は、
鍛冶工房レブロンから程近い、東地区3番街にあった。
4階建てのアパート群が建ち並ぶ居住区なのだが、
帝国時代の子爵や男爵などの元中級貴族の居住区にも近い事から、
上層では人気のある居住エリアである。
聖都上層に市民権のある住民でも、
そのほとんどは、4階建てのアパートの一角を賃貸して暮らしている。
アパートのオーナーは元貴族の場合が多く、
領地からあがる税収の他、この賃借料が彼らの主たる収入源となっている。
石造りのアパート群なのだが、
いずれも間口が狭く奥行きが長い、
日本でもよく見かけた「鰻の寝床」の造りになっている。
間口の大きさが、その物件所有さの富の象徴であり、
税金も間口の大きさによって累進課税されるらしい。
「・・・ここがモンスターハウスか」
サルドウスさんに教えてもっらった、雑貨屋『アレンカの店』の北隣に、
それらしき建物を見つけることが出来た。
モンスターハウスと呼ばれている割には、
外見は隣接する建物群となんら変わりは無い様だった。
見た目は4階建て白い石壁づくりのアパート風の造りである。
さらに1軒北隣は、別のお店となっているのだから、
この建物で間違いはなさそうだった。
重厚なドアにはちょっと不気味な金属製の龍頭のようなノッカーがついている。
これを叩いてみれば中から人が出てくるのだろうか。
毎度ながら、初めて体験する異世界の文化ってやつは、
僕の常識が全く通用しないのだから質が悪い。
叩いて当たり前だと思った事が、
まったくの常識はずれだって事はもう何度も経験しているのだから。
どんどんっ。
二回、龍頭のノッカーを叩いてみた。
予想よりも小さな音だったので、
これでは家人に聞こえなかったのかもしれない。
どんどんどんどんっ。
次は4回。
先ほどより大きな音で打ち鳴らす。
どんどんどんどんどんっ。
今度は7回。
しかも大声で「すみませーん!」と叫んでみた。
ぎいっ・・・
軋む音と一緒に、
重厚な扉が30センチほど開いた。
よかった。どうやら人がいたみたいだ。
「・・・あれ?」
開いた扉の向こう側に人の気配が見えない。
まさか、ひとりでに空いたというのか?
そういえば、この家の異名は「モンスターハウス」
もしかしなくても、魑魅魍魎が住み着いているびっくり屋敷の可能性がある。
なにせ紹介してくれたのは、サルドウス師匠だ。
爆乳美女のビリアンティさんがいつも隣にいてくれるのに、
ペトラやアンの方が可愛いと言ってる超絶変態だ。
しかも一番ツボだというのはソフィアである。
どうみても小学生だろう、あれは。
見てはいけないものを見てしまいそうだが、
この世のものとは思えないものからついてこられても迷惑なので、
魔素探知の感度をフルパワーにする。
・・・あれ?
足元になにか反応しているが、
お化けの類じゃなさそうだけど・・・
「・・・どちら様でしょう」
ぼくのお腹のあたりで誰かが喋る声がする。
艶のないブラウンの髪をサイドテールに結い上げた女の子が立っていた。
ドアが開いたとき、彼女が小さすぎて気づくことが出来なかった。
緑のメイド服に白いレースのエプロン姿。
ソフィアより頭ひとつ以上小さいカラダながら、
少し大人びた顔立ちであった。
「これはすみません。私はボーズ・ランウォーカーと申します。こちらで部屋をお貸しいただけると伺いお邪魔した次第ですが・・・」
「これはようこそお越しくださいました。私は当ボスフェルト家ハウスキーパーのポーと申します。さぁ、どうぞ中へお入りください」
中から出てきた人が、
こんなに小さい人だというのは驚きだったけど、
サルドウスさんが言う様なモンスターハウスというような、
恐ろしい感じは見受けられない。
念のため、魔素探知で屋敷全体を調べてみたけど、
このボーという女の子以外、ここには誰もいないようだった。
ボスフェルト家っていうのがどのような家柄なのかはわからないけど、
案内されたリビングはとても広く清潔であり、
洗練されたアンティーク調の家具もすべてが素敵に見える。
素敵すぎて、とても僕たちが住まうレベルの家じゃないなと思った。
ソファーも高級すぎて座り心地がよくわからない。
石の家のささくれ立った木製の椅子に座りなれたせいだろうか。
でも、これもこの世界の情報収集。
賃貸物件のレベル感と相場感を経験したって言うのは、
けして無駄足ではないのだろうな。
「さぁ、どうぞ召し上がってください」
ボーさんがお茶を入れてくれた。
この香りはいもつのねこじゃらし茶ではなく、
アールグレイのような強い香りと独特な後味を残す本格的なお茶だった。
「これは美味しいですね。いままでのんだお茶で一番おいしいです」
もちろんこの世界に来て一番という意味だ。
もとの世界のアールグレイはもっと旨い・・・
「お褒めに預かり恐縮です・・・」
そういって目を伏せながらお茶を啜る。
「お部屋を借りたとのことですが・・・」
「はい、実は借りたいと思っているんですが、物件を探しはじめて1軒目なんです。中を拝見したら僕たちには身の丈以上に素晴らしい物件でしたので・・・」
「それはお家賃的にという事でしょうか。品格的にという事でしょうか?」
「・・・どちらもだと思います」
「当家の物件の募集要項はごらんになりましたか?」
「いいえ、この物件を知っている知人からの紹介で、詳細はなにも聞いておりません・・・」
「左様でございましたか。当物件の賃貸人様はひとつ重大な条件を負ってもらいます」
「条件ですか?」
「はい、当主のディック・ボスフェルトの捜索。これを遂行できた方のみに、当屋敷すべてをお貸しいたします」
内容はこうだった。
約60年前、ボスフェルト家の当主、ディック・ボスフェルトは、
冒険者を従えて探索に向かったきり消息をたったのだとか。
同行した冒険者の一部が、死体となって聖都に戻ってきたのだけれど、
当主ディックの亡骸だけは、どうしても発見できなかった。
主人の亡骸だけは当家に帰してあげたいと、
何度もポーさんはギルドにクエストを発注したが、
未だに発見することは叶っていないらしい。
ギルドの正規ルートでは、このクエストを達成不可事案と断念した為、
ここ20年ほどは、この屋敷を借りに来た冒険者に直接クエストを発注しているのだとか。
「ボーズ様で99組目の直接クエストでございます・・・」
「そんなに難易度魔の高いクエストは、ミスリルになって4日目の駆け出しには無理ですよ」
「そんな謙遜なさらなくても。ミスリルメダルのレコードホルダーともあろうお人が・・・」
一瞬言葉を失った。
ミスリルメダル昇格の最速記録はギルドでもまだ未発表のはず。
昇格情報は月が替わって最初の日に張り出されるからだ。
まだ月の半ばである。
なぜボーさんがその情報を知っているのだろうか。
「おっと、口が滑りました。ハウスキーパーの情報網は侮れませんよ、ボーズ様」
「・・・あなたはいったい」
「ただのハウスキーパーだと言っても信じてもらえませんかね・・・」
モンスターハウス。
僕はまだその真の姿を知る由もなかった。




