調査報告書③ 地獄で天使に会いました
「ボース、基本から叩きこんでやるから覚悟しろよ」
もとの世界では、生と死が隣り合わせの生活というのは、
上司の猛烈なパワハラによる精神的なものだった。
この世界では、剣と魔法がぶつかり合う肉体的なものとなる。
生まれながらにして肉体的な安全が保障されている世界で、
自分自身や愛する人を守る為に、必死になった事など一度もなかった。
特に格闘系のスポーツはもっとも苦手とする分野だ。
見るのも好きではなかったが、
やるのはもっと好きじゃない。
「よし、次は【天】に構えて【怒りの斬撃】だ」
「はっ、はい。いきますよぉ!」
時代劇のチャンバラでしか、
剣の戦いなんて見たことが無い。
しかも、切られる相手が都合よく腹をさらけ出して飛び込んでくるのだから、
まったくもって役に立たない知識だった。
それにあれは日本刀。
基本的に相手を切る戦いだ。
この世界では、相手にもよるけど、
大抵は分厚い鎧に身を包んでいる。
切るというよりは、突くとか叩き切るというような、
力任せによるところが大きい。
カラダの小さい僕にとって、
そういう戦闘スタイルは不利となる。
腕力もそうだが、決定的に違うのがリーチの差だ。
まずこの3日間。
徹底的に剣術の型を教わった。
なにごとも基本が大切だという事だ。
【天の構え】
右肩上もしくは頭上に剣を構える基本型。
【牛の構え】
腰を少し落とし、頭の左右どちらかの側に剣を構え、切先を牛の角のように相手の顔に向ける型。
【鋤の構え】
後ろ腰の左右どちらかの側に剣を構え、切先を相手の顔に向ける型。
【愚者の構え】
下段に構え、切先は地面に向ける型。
この4つの基本から、
攻撃・防御・フェイント・カウンターなどの副次的な型の組み合わせが、
多数に存在しており、型を覚えるのもそうなのだが、
名前とリンクさせて動くというのがなかなか難しい。
「よし、今日はこれくらいにしよう。だいぶ基本の構えは様になってきてるぞ」
「はぁ、はぁ、はぁ、あっ、ありがとうざいます。師匠・・・」
稽古は演習場にある木刀で行うのだが、
義体の僕でも手にマメは出来るらしい。
まぁ、治癒魔法ですぐに治るのだけれども、
師匠であるサルドウスさんから、
「実践中に治癒魔法なんてかける暇はない!」
と一喝され、稽古中の治療行為は一切禁止されている。
まさしくここは地獄である。
聖者の墓所も地獄だと思ってたけど、
地道な苦労を積み上げるこの鍛錬というものは、
根性なしの僕にとって最高の責め苦なのである。
せてめビリアンティさんから責められているのであれば、
新たな境地を開拓させる自信があるのだけれど・・・
【マスター、例えばどのような責められ方なのですか?】
(そうだなぁ。ピンヒールの踵で踏みつけられながら『もう根を上げたのか、この豚野郎』っなんて精神的・肉体的に責められるとかさぁ・・・)
【マスターが変態だとは存じておりますが、総合的に判断して今のような状況は【ご褒美】に分類します】
「よし、それじゃ次いくぞ、【牛】に構えて【十字の斬撃】、【天】の構えの敵を崩せ」
「・・・鬼」
「なんか言ったか。これをあと100回だ!」
こんな特訓を3日間、
朝から昼まで続けているのだ。
「あら、まだ鍛錬中だったの?」
アンとペトラの二人はビリアンティさんに弟子入りしている。
二人ともなかなか筋がいいと褒めてくれた。
アンの魔眼の事はまだ伏せているのだけど、
エリザベスさんからも魔眼についての情報は、
隠匿するようにきつく言われている。
知りえた人にも迷惑が掛かるなんて言ってたけど、
魔眼の真の力ってのは、
僕たちはまだ知り得てはいないのだ。
大の字にぶったおれている僕の方にやってきて、
ビリアンティさんが優しい笑顔をみせてしゃがみ込んだ。
「大丈夫、ボーズくん」
目の前にたわわに実った魔乳の谷間が出現した。
この深い渓谷は今まで見た事のないスケールだ。
この世界でも世界遺産があるのならば登録されていないはずがない。
そう、この深い谷間こそ人類誕生の地。
大地溝帯に相違ないだろう。
僕の目の前に、乳神・・・もとい、女神様が降臨した。
ぎゅうっ。
「・・・えっち」
僕の太ももを思いっ切りつねりながら、
アンが小声で不満を口にした。
その拗ねた表情にドキッとする。
あまり自分の思いを言葉や感情に表すことが苦手だった彼女が、
ここ何日間の間で大分成長を遂げているのがわかった。
魔法の実技の他、これから女性陣がいく、
公衆浴場でのガールズトークという座学も勉強になっているようだ。
ビリアンティさんの魔乳・・・もとい、笑顔が女神だとすれば、
アンの発展途上の戦闘力はさしずめ天使といったところである。
「ご主人様ぁ!こっちも終わりましたぁ。はやくお風呂行きましょう♪」
ソフィアが浮遊板に乗せているのは、
トリスカイさんとセダさんだ。
魔素探知によると、
生きてはいるけど、すっかり伸びている様子。
コイツには戦闘訓練ではなく、
索敵や後方支援の技術指導をお願いしていたはずなのに、
なにをどうすればこのような状況になるのだろうか。
あこがれの公衆浴場にすっかりはまってしまい、
稽古より風呂に入りたい一心で頑張っているのだけれど・・・
「午後から空いてるか。俺もルポル翁の店に行ってみたいんだが」
「すいません。午後から貸家を探しに行こうかと思ってたんです」
あれから毎晩が戦争なのだ。
金獅子亭と石の家に分かれて寝ることが戦いの原因となっている。
結局誰が僕と一緒の部屋なのかという事で揉め始める。
強制的に精神麻痺の魔法で、
3人を強制的に金獅子亭のベットに寝かしてから、
僕一人で石の家の部屋に転移して寝ているのだった。
結局、自分たちの拠点があれば、
全て解決できるのではという考えに思い至ったのだ。
「そうだな。お前たちもミスリルメダルだ。チームの拠点がなけりゃギルドからの連絡も大変だからな」
「ギルドからの連絡があるんですか?」
「なんだ説明聞いてなかったのか」
「なんか書類にサインしろってのは覚えてますけど」
「かぁ、これだから放っておけないんだ、お前たちは。いいか、ギルドからはミスリル以上のチームに強制命令が下される。とはいえ俺達は軍隊じゃない。戦闘用の招集というより未確認情報の裏付け調査の依頼が多いんだが」
「それじゃ、聖者の墓所のみなさんの目的は」
「依頼の口外はご法度だが、まぁ、そんなところだ。それで貸家の物件にあてはあるのか?」
「いえ、不動産仲介業・・・もとい、便利屋にでも相談してみようかと思ってました」
腕を抱えて考え込むようなしぐさをしていたサルドウスさん。
なにか物件に思い当たるものがあるのだろうか。
「俺たちの拠点近くにいい物件がある。家賃も相場からすれば安い」
「本当ですか。この際、多少の事故物件でも目をつぶります!」
「ああ、多少問題の物件ではある」
「やはり事故物件ですか。お化けが出るならちょっと嫌ですけど、アンデットなら慣れてますから大丈夫です」
「俺たちの知る限り、その物件を借りれた人はいない。いい物件だから引き合いは沢山あるんだ。ただ、そこの大家がちょい変わり者でな。貸す相手を選ぶって偏屈な人らしい。まぁ、ダメもとで見てみるか?近所じゃ『モンスターハウス』なんて言われてるがな。もちろん大家がモンスターって意味だ」
モンスターハウス。
そこが僕たちの拠点になることは出来るのだろうか。




