調査報告書② 相手の話を聞きましょう
民主主義とは何か。
相手の話を聞く事である。
今目の前で繰り広げられている光景は、
民主主義とは正反対の世界だ。
いつ戦いの幕が切って落とされるのか。
誰も予想がつかないだろう。
「あっ、マーサさん。このお肉柔らかくて最高ぉ。もうちょっとレアだったらもっと美味しかったけどね。あっ、血をすすりたいとか言うんじゃないんだから、勘違いしないでよぉ。ヒック・・・」
全てをぶち壊すタイミングでソフィアが放った天然素材。
これにはマーサさんもルポルさんも思わず肩の力が抜けたようだ。
「もうすぐ食堂の客が引く、下で話を聞こうじゃないか・・・」
「おう、もっと旨い酒を用意しておいてくれ」
ふんと鼻で返事をして立ち去るマーサさん。
これは一筋縄ではいかないようだ。
「おい、ソフィア。いざとなったら子供たちを連れて逃げてくれ」
「えっ、ご主人様との子供を作って逃げだしたい!?」
ダメだこりゃ。
酒が入るとほんとうにポンコツ吸血鬼になるな、コイツは。
【精神麻痺】
「ふにゃぁぁぁぁ・・・」
自分の魔法で眠らせらけるとは
なんともおめでたい話である。
とにかく今のコイツは足手まといだ。
しばらくの間、夢の世界で待っててもらおう。
ベットで壁に向かって体育座りより幸せな事だろうな。
「ルボルさん。ケンカしないって約束だったでしょう・・・」
「ふん、あんなものは喧嘩のうちにはいらんわい」
「なに言ってるんですか。ふつうの人が浴びたら失神するくらいの魔素出してたでしょ。歩く凶器でしたよ。ここには小さい子供たちもいるんですからね」
「それはすまなかった。子供を怖がらせるような事はしないと誓うぞ」
やれやれ。
この村に行く前だって、
さんざん何かに誓っていた気がするのだけど。
30分ほどして最後の客が店を出たのを確認したあと、
僕とルポルさんはマーサさんが待つ食堂に降りて行った。
子供たちには聖都で買っていた飴と小銅貨数枚を渡し、
少しの間外で遊んでくるように伝えていた。
当然ながら子供の身を守るためだ。
ジジイの誓いなど、これっぽっちもあてにはしていない。
「・・・60年ぶりかの」
木樽に注がれた蒸留酒を一気に飲み干すと、
ルボルさんが口を開いた。
何をマーサさんに伝えようというのだろう。
「そんなに経つかねぇ。ここの生活に馴染んだせいか時間の感覚がおかしくなっちまってる・・・」
ここまでの攻防は互角だ。
「下層の孤児を面倒見てるそうだな」
「そこのボーズに押し付けられたんだ。好きでやってる訳がないだろう・・・」
その話題は後にしてくれ。
僕の話題に突入するのは真っ平ごめんだ。
「次男カシュパルの孫がワシの弟子になった。これがなかなかの才能でな。ワシの後継者にしようと思っとる」
「・・・あのハナタレ坊主に孫がねぇ」
すくさま背中のミスリルソードを取り出してみる。
これが魔剣だってことは、マーサさんのような手練れであれば、
すぐに理解できる事だろう。
「ふん、なかなかの剣だね。名前は何て言うんだい?」
「えっ、この件に剣に名前なんて無いですよ」
【マスター、製作者名の事かと存じます】
「・・・ナターリエじゃ」
マーサさんがはっとしたのが見て取れた。
なかなか感情を表さないマーサさんにしては珍しい事もあるものだと、
僕はその意味を理解することが出来なかった。
「お前とワシの子供の名を与えた」
「・・・迷惑な話だよ」
ちょっと待て。
「お前とワシの娘」って事は・・・
「お二人はご夫婦だったんですか!?」
ふたりからの右ストレートが顔面に直撃し、
修理を終えたばかりの食堂の壁は、
吹き飛ばされた僕によって、
無残にも打ち砕かれることになった。
「僕じゃなけりゃ確実に死んでましたからね!」
物理攻撃防御の何重にも張り巡らされた魔法障壁があっても、
すさまじい威力を受け流すことが出来ず15メートル以上も吹き飛ばされた。
しかも、ダメージ1%でも致命的な傷を負いかねない威力だ。
「お前がからかうからだよ。こんなジジイを連れてくるからさ。自己責任だよ」
「それでルボルさんは言いたいことを伝えられたの?」
「おう、ナターリエの事を伝えたらそれで充分だ」
ふたりの子供の名前を名付ける。
それを一緒に暮らしていないマーサさんに伝える。
その子供さんはどうなっているのか。
鈍い僕にもなんとなく想像がつく訳で・・・
人の数だけ物語があるように、
この二人の間にも計り知れない物語が秘められているんだろうな。
「・・・でも、伝えたいことを言いに来るだけなのに、なんであんな喧嘩腰に再会する必要あるんですか」
「がはははははっ、ボーズもあと100年すればわかるようになるさ」
「僕はドワーフみたいに長くは生きられませんからね」
「それじゃ少しだけ教えておこう。旦那をほったらかしにして家を出ていくような女房には気を付けろってことだ」
「ふん、自宅に帰りもしないで工房に入り浸っている朴念仁に言われたくないね!」
なんだかんだと話は付くなかったのだが、
夜に「雷帝の剣」の人たちとの会食の約束があった。
今日のところはひとまず退散する事にしよう。
この村には子供たちの様子を見るため、
定期的に往復している事を説明すると、
ルポルさんもあっさりと聖都に還ることを了承した。
頑固一徹なルポルさんの事だから、
今夜は帰らないなんて駄々をこねそうだったけど、
そこはドワーフの鍛冶師マイスター。
約束はきちんと守る男だった。
「それじゃマーサさん。子供たちをよろしくお願いします。それとあの部屋の年間契約の件も」
「わかったよ、いつでも泊まれるようにしておいてやる」
「ありがとうございます。次来るときはナターリエさんも連れてきますから」
「ふん、余計な気遣いは無用だよ。そこの爺さんが意地でも連れてくるだろうさ」
「がはははははっ、さすがはマーサ、よくわかってるじゃないか!」
「それじゃボーズ兄ちゃん、ペトラお姉ちゃんによろしくね♪」
「ああ、明日にでもペトラを連れてまたくるから」
「ほら、早くお行き。約束があるんだろう」
【空間転移】
こうして僕とルポルさんは、
上層の武器店「鍛冶工房レブロン」に帰還したのだった。
「なぁ、さっきのナタリーの話だが・・・」
「野暮な事は言いませんよ。それより僕の武器の事よろしくお願いしますね」
「おう、任せておけ。あの嬢ちゃんの武器もサービスしてやらぁ」
「本当ですか。ついでに魔法使いと神官用の武器もあると助かるんですけど・・・」
「特別に金貨100枚で請け負おう」
「・・・サービスじゃないんですね」
「バカ野郎、鍛冶師の技術は安売りしねぇ」
ホント、マーサさんと似た者夫婦なんだな、この二人は。
こうして「鍛冶工房レブロン」を後にして、
アンとペトラが待つ金獅子亭に向かうのだった。
もうすぐ日が暮れるから、雷帝の剣のみんなもやって来ることだろう。
サルドウスさんには紹介しなくちゃいけないヤツもいるからな・・・
あっ。
「石の家」にソフィアを忘れてきた。
ソフィアすっかり爆睡中。




