調査報告書② ことわざに学びましょう
並々ならぬ迫力にマーサさんのところに連れていくことを断れなかった。
マーサさんの村までは片道1週間かかるので、
剣の納入が先だと告げたところ、
剣を作る前に一言物申したいと折れる気配は微塵もないとの事だった。
やはりドワーフというのは頑固一徹な種族なのであろうか。
「・・・わかりました。それじゃ先にマーサさんのところに行きましょう」
「そうか。それは助かる。何事もすっきりしないと物事を先に進めなくなるからな」
店の中で魔法を使うのは問題がある。
帰り足で突然店に僕たちが現れたら説明が厄介になる。
もちろんマーク地点に誰かいるのか気配は分かるが、
だれがどう見ているかまでは分からない。
ナターリエさんを驚かせるわけにもいかないので、
店の奥にある部屋まで移動して、
ルポルさんの肩に手を触れた。
「ナターリエさん。ちょっと出かけて来ますが、必ずここに戻ります。だから心配しないでください」
「なんだ、そんな決意表明の為に裏に回ったっていうのか?」
怪訝そうなルポルさん。
説明するより体験してもらった方が手っ取り早い。
【空間移転】
マーサさんの開拓村はずれにあるゲート前まで転移した。
さすがにどのような経緯があるのか分からない人通しを、
目の前に忽然と姿を現すわけにはいかない訳で・・・
「なっ、なんだ。なにがどうなってやがる」
「すみません。時間が惜しいので魔法で転移しました。ここはマーサさんが暮らしている村のすぐ近くです」
「今のは智天使、いや熾天使クラスの上位魔法か・・・」
「すみません、それも詳しくは説明できないんです」
意地悪している訳ではない。
この魔法はコピーしたものだから、
本当に詳しく知らないだけだ。
「これからお連れしますけど、暴力行為は一切やめてくださいね」
「おう、鍛冶師マイスターの名に懸けて誓おう」
「相手が攻撃してきてもダメですからね」
「なにぃ、その時は正当防衛だろう」
ダメだこりゃ。
ふたりが争い始めたら、
魔族襲撃以上の損害が出てしまう。
そうなったら、ふたりを草原まで転移させて気のすむまで殴り合ってもらう事にしよう。
足取り重く「石の家」まで向かっていくと、
なにやらいい匂いが漂ってきた。
そういえば時刻は丁度お昼であった。
朝食を食べる習慣のないこの世界では、
昼食はけっこうガッツリと食べる人が多い。
老人ばかりのこの村でも、
年寄りは結構食欲旺盛だ。
調味料こそ少ないけれどそこは開拓村。
食材にはこと困らないからね。
「いらっしゃいませぇ!」
元気よく出迎えてくれたのは、
最年少の女の子カティナだった。
ハンネとユーリアは忙しそうに店内を動き回っている。
ソフィアの姿が見えないけど、
「待て」をくらった犬のようにベットの上で、
壁に向かって体育座りをしていそうだ。
「あっ、ボーズさんだぁ」
「偉いなカティナ、お仕事頑張ってるね」
「うん、お姉ちゃんたちも頑張ってるのぉ」
食堂は多くの人でにぎわっていた。
村の復興工事の為、近隣から多くの職人がこの村に集まっている。
「石の家」も魔族襲来により被害を受けたけど、
思わぬ特需にもありつけた訳だな。
ハンネたちを3人も雇ってくれたのはありがたかったけど、
人手が足りなかった事情もあったようで、
少しだけ肩の荷が下りたような気がした。
「マーサさんいるかい?」
「いるけど、今はお料理で忙しそうだよ」
ランチタイムにお客を連れてきたと知れば僕が一方的に殴られるな。
「それじゃ、僕が泊ってる部屋になにか食べるもの運んでくれるかい。3人分でたのむよ」
「はーい、わかりましたぁ」
「それとワインを1本貰っていく。それも注文表につけててくれ」
「かしこまりなのです!」
二階の部屋に上がる階段までは、
マーサさんの目に触れることは無い。
外で待つルポルさんを手招きし、
慌てて二階の部屋に駆け上がる。
コソコソする必要はないのだけれど、
食堂にいるお客さんの迷惑になるのだけは避けたいところだ。
「ソフィア、入るぞ」
昼なのに開き戸が閉まっている暗い部屋の中に、
ベットの上でソフィアが座っていた。
しかも壁に向かって体育座り。
確実に期待に応えるところは、
まったくもってソフィアらしい。
「ごっ、ご主人様ぁ、ずいぶんお早いお帰りで♪」
「お客さんだ。部屋を明るくしてくれ」
ルポルさんを招き入れるには狭くて汚い部屋なのだが、
ルポルさんが顔を曇らせたのは、
ソフィアの存在を確認したからなのだろう。
「・・・説明すれば長くなるんですけど」
「マーサが知ってて生かしているなら問題はない・・・」
やはり、ランクの高い人にかかれば、
ソフィアが吸血鬼であるって事はバレバレだ。
常に僕の傍に置いておければ隠しようもあるのだが、
なかなかそういう訳にはいかないし。
これも当面の課題なのだろうな。
「まぁ、ルポルさん。火酒ほどじゃありませんが、このワインも結構いけますよ」
「ふん、ワインなんぞで酔えるか」
そう言いながらコルクを口で開けると、
グラスに注がずボトルからゴクゴクと直接飲み始める。
「・・・いいなぁ」
それを見ながらソフィアが指を咥えて呟いた。
吸血鬼がワインを飲みたいっていうのは、
今のタイミング悪すぎる。
「ほう、嬢ちゃんも飲みたいのか。ボーズもう1本、いや2本追加でもってこい」
「ソフィアは未成年・・・まぁ、いいでしょう」
見た目12才。実年齢88才。
そして人間の年齢は16才だった。
アンより年上ってのは、
戦闘力の大きさ以外信じられないんだけどなぁ。
「おまたせしましたぁ。今日のランチは一角兎の山賊焼きと大盛りのポテトフライ、そして魔郭公の卵を使ったオムレツです♪」
石の家の料理にしては、
こったメニューが出てきたものだ。
下の客にもこんな料理が出ていただろうか。
「おっ、久しぶりのマーサの手料理か。こりゃ酒がすすむわい」
「おいしーい、ご主人様ぁ、後でご飯お願いしますねぇ♪ルポルさんとの出会いにカンパーイ!」
「がはははははっ、若い女の子と飲めるというのは悪い気分ではないのぉ」
嘘つけ。
部屋に入るなり気分を害しただろうが。
まぁ、酒を一緒に飲むとなぜか気心が知れるってのば、
どこの世界でも同じことのようだな。
マーサさんとどんな因縁があるのか知らないけれど、
これも酒を飲んでキレイさっぱり水に流してくれないものだろうか。
「それで人ん家にコソコソやってきて、なんの要件があるって言うんだい?」
ドスの効いた声の主はマーサさんだ。
しまった、調子に乗ってワインを飲んでしまったのと、
いつの間にかマーサさんが気配を完全に消していたことに、
気がつくことが出来なかった。
まずい、今すぐこの部屋から逃げ出さなけければ。
僕とソフィアも殺される!
しかしながら、この部屋の脱出経路は二つだけ。
ひとつは修羅と化したマーサさんが仁王立ち。
もう一つは窓なのだけど、禍々しい魔素をはなつルポルさんのすぐ後ろだ。
まいった。
どちらにせよ動いた瞬間に捻り潰されるのは間違いない。
そうか、【前門の虎、後門の狼】ってのは、
こういう状況の事をいってるんだ。
いやいや、異世界に来てそんな事を学んでいる暇はない。
ここは深手を負うかもしれないが、命がけで活路を見出すほか無いだろう。
【虎穴に入ずんば虎児を得ず】と言うじゃないか。
「マーサさん、これには谷より深い事情がありまして・・・」
「おだまり、お前には後できっちりお仕置きだ」
【虎穴に入って餌となる】
異世界で新しいことわざが生まれた。




