調査報告書② 思い込みはやめましょう
サラリーマン時代、紹介というのは、
商談の成約率が跳ね上がる事から、
「神の見えざる手」と言われる交渉技術だった。
この人なら紹介しようと思わせるには、
自分が紹介してくれる人に対し評価を受ける必要がある。
だから「紹介」を得るって事は、
単なるラッキーパンチではない。
「ちょっと待ってください。マーサさんからは腕のいい鍛冶師がいるからって聞いて来ただけで・・・」
「ほう、それじゃ今お前が拳をワシに向けたポーズが、ドワーフにとってもっとも屈辱的なものだと知らなかったというのか?」
巨大なバトルアックスを手に取りながら、
手間にも僕に振り下ろしそうな勢いに圧倒される。
よし、今からこのおっさんと二人で、
あのババぁを殺しに行く事にしよう。
お互いのニーズはぴったり合っているはずだ。
「すみません、なにか重大な誤解があったことは謝罪します。僕はご主人の武器を買いに来ただけで、他に意図はありません」
「ワシの武器を買いにだと。お前、マーサから何も聞いてないのか?」
「はい、本当にいい腕の鍛冶師を紹介してくれって頼んだだけですって」
バトルアックスを床にドカっと下ろすと、
孫のイケメン店員が静かにそれを受け取った。
いつもの事なのだろうか、はいはいといったような涼しげな眼をしている。
「そうか。そいつは悪かったな。あのばあさんは性格が悪い。お前もまんまと騙されたって訳だ」
「騙されたかどうかわからないですけど、悪い人じゃないですよマーサさんは。まぁ性格悪いのは否定しませんけど・・・」
「がははははっ、ところでお前は冒険者なのか。ミスリルホルダーのようだが」
首にさがる真新しいミスリルのメダル。
どうやらただの冷やかしでないと分かってもらえたようだ。
「冒険者登録はしてますけど専業じゃないんです。色々と都合がいい場合もあって。特にお金の問題なんですけどね」
「ほう、若くして腕に覚えがある連中は大抵、聖騎士か冒険者を目指す。お前は何になりたいというのかね」
「なりのたいとかそういうんじゃないんですけど、この世界の事を調査しています。特に1000年前におこった事を」
「知ってどうする。時には知らない方がいい歴史もある」
「どれが【知らなくてもいい歴史】って事をどう判断するのか。それはその歴史を知らないと分からない事です。僕はどうしても1000年前のことが知りたい・・・」
イケメン店員がお茶を入れてくれた。
農村ではお目にかかることのなかったティーカップに注がれる。
中身は猫じゃらし茶かもしれないが、
こういうカップなら高級感がプラスされてより美味しく感じる事だろう。
ドワーフの店主、ルボルさんには巨大な湯のみのようなカップが出された。
お茶を注がれたその中には、鼻を突くような異臭を放つ液体が入っている。
その不意打ちに思わず顔をしかめた事をルポルさんは見逃さない。
「ふん。ガキにはまだ早い。ドワーフの火酒のお茶割りだ」
「火酒ですか。噂には聞いたことありましたけど、初めて実物の香りをかぎました」
ドワーフ秘伝の強い蒸留酒である火酒。
ファンタジー小説などではあ馴染みであるが、
最悪な香りだったことは伏せておこう。
「どうもあのばあさんの名前を聞くと血がたぎってしまう。いや、せっかく来てくれたのにすまなかった」
火酒のお茶割をごくりと飲み干すと、
怒りの感情が収まってきたのか、
ようやく僕の話を聞いてくれそうな雰囲気となった。
絶妙なタイミングでお茶を入れてくれたイケメンくんには感謝である。
「それでお前さんは剣士なのか、魔法使いとも違うようじゃが」
「いや、調査員です。防衛の為に剣が欲しいって思ってまして」
「お前さんの得物をを見せてみろ」
根元から真っ二つになったショートソードを差し出した。
長すぎず短すぎず。僕には丁度良い大きさだ。
このサイズ感の剣を作ってもらえるならばありがたい。
「・・・この剣はマーサから貰ったのか」
「はい、なんか訳ありな剣だと聞かされましたけど」
「この剣は若かりし頃、ワシが初めて打ったものだ」
たしか宿で死んだ商人の遺品だと聞いていたはず。
初めからそんな言われ方をしたら受け取らなかったけど、
受け取った後で聞かされた記憶がある。
「・・・マーサがこれをな」
確信はないのだけれど、
この剣はマーサさんにプレゼントしたものなのだろう。
ルポルさんの年齢を考えれば、
若いころの作品であれば、
100年は経過している剣である。
ところがこのショートソードには、
まったくと言っていいほど古さというものを感じない。
そのように古い剣であれば、
きちんと手入れが継続していた証だ。
死んだ商人のものというのは、
マーサさんいつもの照れ隠しだったのだろうな。
「ワシはこの10年、一振りの剣も打っていない。この店にあるのは全て弟子の作品だ」
「お弟子さんの作品でこの値段ですか!?」
思わず本音が口をつく。
値札はいずれも高級車から家が一軒買えちゃう金額なのだ。
それが弟子の作品だとすれば、
このマイスターの作品って、
どんだけの値段がつく事だろう。
「がはははは、値段というのは需要があれば勝手に付いてくるもんじゃ」
「確かに僕のいた世界・・・街でも同じ仕組みの値段設定です」
「よし、クソババぁの事はひとまず置いておく。お前に一振り打ってやってもいい」
「本当ですか!」
「ただし条件がある。それに合格しなければ打つことは出来ない」
「・・・わかりました」
「まずはお前の魔素を見せろ」
魔素をみせろとはどういう事だろう。
質問は始まっている。
それを聞くことは不合格になりかねない。
剣があれば魔素をまとわせることが出来るけど、
折れたショートソードはルポルさんに渡してしまった。
丸腰だと分かっているのだから、
武器に魔素を纏わせるという事ではないのだろう。
そういえば、ミスリルの剣を手に取った時、
魔素を纏わせたのをルポルさんは見抜いていたな。
このレベルの手練れである。
通常の魔素を要求しているのではないって事か。
という事は、普通じゃない魔素・・・
右手に漆黒の球体。
左手に純白の球体。
僕の発動できる最大の魔力。
1センチくらいの大きさに凝縮させて掌に浮かび上がらせる。
見える人にはわかる。
感じる事の出来る人にはわかる。
この球体の秘めた魔素の力を。
「もういい、それを静めてくれ。下手すると店どころか東地区、いや聖都がすべて吹っ飛んじまう」
「じいちゃん、今のは何なんだい!?」
さすがのイケメン店員も驚きを隠せない。
という事は、この人も「わかる人」という事になるな。
「暴発なんてさせませんよ」
しかし、ルポルさんのお孫さんがボンキュボンの、
戦闘力ある女の子だったらその保証はなかったけどね。
「おまえは黙っていろ。いや、すまない。うちの孫娘が驚いてしまったようじゃ」
「いえ、この魔法を不用意に使った事は配慮に欠けたかもしれません・・・」
【マスターポイントはそこじゃないですよね】
(はい?)
【孫娘って聞き逃してませんか?】
「・・・・・えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
長身でスーツ姿の爽やかイケメン店員。
女の子である事が判明した。




