調査報告書② マイナスの感情は手放しましょう
魔素探知の感度をあげても反応はないが、
視覚にて敵の姿をとらえることが出来た。
人型をしているようだが、
この距離でははっきりと敵の正体を識別することが出来ない。
けれど、そんなことはどうでもいい。
僕の中では、怒り、怨み、悲しみ。
絶望、憎悪、殺意、空虚、失望、そして後悔。
あらゆるマイナスの感情が溢れている。
敵は赤い閃光弾を連射し始めたが、
僕のカラダはいままでに見せた事のない動きをしている。
こんな角度で見る風景ってのは初めての経験だ。
確かな事は分からないが、
ひとつだけ分かったことがある。
こいつは吸血鬼の真祖より強いってことだ。
狙撃してきたところから遠距離攻撃のスキル持ちなのだろうが、
完全に気配を消している能力といい、
どんなスキルや魔法が使えるのか分からないが、
接近戦なら魔法を発動するスキを与えなければ問題ない。
ショートソードもガタが来ているのだけど、
魔素を纏わせて補強してある。
相手の属性は分からないけど、
魔族の類なら聖属性でハズレは無いだろう。
更に一段スピードを上げ、
正体不明の懐に潜り込む。
灰色のローブで全身がよく見えないが、
スピードは僕の方が断然上のようだ。
ここは正体を探るのはどうでもいい。
アンとペトラには、コイツが死んでから詫びてもらおう。
左下から右切り上げで斬撃を放つ。
切ったと思った瞬間だった。
ショートソードが真っふたつに折れた。
ダメージを負ってはいたけど、
魔素で強化していた刃である。
正体不明の防御スキルか。
魔法障壁は感じなかったけど、
魔素探知が効いていない以上、
それもあてにはならないか。
僕に残された対抗策は、
魔法による攻撃と体術による攻撃なのだが、
体術での攻撃なんていままで一度も経験していない。
消去法で魔法攻撃となるのだけれど・・・
「・・・お前は何者だ」
少しだけ冷静さを取り戻したので、
出来る限りコイツの正体を探ることにした。
「さすが聖魔の雛。あの遮蔽攻撃に対応できましたか」
フードから現れたのは、
20代後半くらいの青髪の若い女性だ。
中性的な顔立ちであるが、驚くほどの美形である。
なぜ中性て来な顔立ちなのに女性と判断できたのか。
ローブの隙間から見え隠れする、
とてつもなくけしからん双丘が決め手であった。
【マスター、怒りの感情が急激に萎えていますが・・・】
【うるさい。今から絶対に殺してやるから!】
「それでは自己紹介いたしますか」
「・・・そう願いたいね」
「私の名前はエレオノーレ・ハルヴァート」
「ボーズだ」
「なるほど、今はそう名乗っておられるのですね」
今は?
その言葉が気にかかる。
まさか僕の正体を知っているというのか。
「どういう事だ。なんの目的があって僕たちを狙う」
「お迎えに参りました。ゴットフリート・ベルクソン程度では役立たずでしたので」
「・・・吸血鬼の仲間か」
「まさか、私をアンデット風情と一緒にしないでください。とはいってもベルクソンも魔人の一角でなんですけどね」
「じゃあお前も魔人って事か」
「随分質問が多いですね。黙ってついて来てほしいところなんですが・・・」
「んなこと出来る訳ないだろう」
「よろしい。私は魔神ダイドージ様の配下であります。ダイドージ様の命により貴方様をお迎えに来たといえばお判りでしょうか」
「それで何故僕たちを攻撃する必要があった!」
「ああ、食事に蝿がたかれば振り払うでしょう。それと同じですよ」
右手から4発の対消滅を第一関節から第三関節分打ち放った。
当然ながら自動追尾を付与している。
捉えた瞬間、対消滅が球体状に広がるというのは、
吸血鬼戦と同じやり方だ。
「なるほどこれは厄介ですね。ダイドージ様からご享受いただけなければ危ないところでした。ですがそれだけのことです」
対消滅が全弾明命中するその瞬間、
この爆乳姉ちゃんの右手から出現した、
漆黒の球体に全弾すべてが吸い込まれる。
「そうそう、ダイドージ様がこうおっしゃっておられました。この魔法の名前は【物理】と言うそうですね。【物理】には【物理】をと授けてくれたのがこの魔法ですよ」
なんだあの黒い球体は。
物理っていう事は、元の世界に生きていた兄さんの知識だって証明している事じゃないか。
なんなんだよ。兄さんが僕を導いてくれたはずなのに、
ここにくれば謎が解明できると思ったのに。
アンもペトラもソフィアだって。
皆が幸せになれると思ったのに!
【そう、その感情が危険であると知ってほしかった】
忽然と目の前がモノクロの景色に変わった。
この感覚は時間停止か。
空気も風も、爆乳姉ちゃんも止まっている。
なるほど、この能力が有効なら倒す方法が見つけられる。
ってそんな場合じゃない。
【兄さんなのか?】
【ああ、すまない。今は声しか届けられないんだ】
【こいつは何者なんだ】
【魔神ダイドージの配下、四大魔王のひとり、魔王エレオノーレ・ハルヴァートだ】
【魔王って、そんなヤツに勝てる訳ないよ!】
【なぜそう決めつける。たしかにお前の切り札は封じられたが、持ってる手札はそれだけじゃないだろう】
【ああ、時間停止が効果的だとは思いつかなかったよ。アンとペトラを助けた時も時間停止は邪魔されず発動してた。冷静に考えれば思いついたかもしれないけど、今回ばかりは無理だったよ】
【マイナスの感情はすぐに捨てるべきだ。正しい判断が出来なくなる。特に魔王以上の存在と戦う時は、そのマイナスの感情は確実に利用される。魔王という存在はお前が思っている以上に狡猾であり抜け目がない】
【これって兄さんが命じた事なのか】
【そうだとも言えるし違うとも言える。僕がこうやって接触を試みていることが露見すると拙いから、すべてを話すわけにはいかない】
【・・・兄さん】
【でもこれだけは信じてほしい。お前の事を愛している】
そして時間が動き出した。




