調査報告書② 酒は呑んでも飲まれるな
幼女が指を舐めまわす。
どう解釈すればこのような惨劇が生まれるのだろうか。
テーブルを囲む面々は一応に凍り付いている。
アンはフォークを握りしめたまま固まっている。
時間を止めてあのフォークを取り上げないと、
狂気がフォークを凶器へと変貌させる可能性がある。
それはあまりにも危険である。
もちろん僕の身が。
ペトラは、口から肉汁なのかよだれのか、
壊れた蛇口状態になってるし。
ビリアンティさんに至っては、
飲んでいたワインが口からすべてこぼれ落ち、
木樽のジョッキに戻っている。
随分と器用な芸当だが、
口から赤い液体の跡が残っており、
さながら血を吸い終えた吸血鬼のように見える。
それも計算ずくであれば、
どんだけ芸達者な人なのだろう。
「・・・おい、今何をしたんだ?」
「えっと、ご飯をいただきました。ご主人様と約束したので」
【エミリー、魔素の残量はどうなった?】
【絶対量の1%ほど消失いたしましたが、回復には1分程度です。ですがマスターの魔素量は一般人の1000倍ほどあると想定されます。これが一般人なら即死する量です】
なるほど、ビリアンティさの言ってた、
アンデットを隷属させるリスクというのはこの亊だったか。
吸血鬼だから生血が欲しいのかと思ったけど、
そんなもので栄養のすべてが賄えるわけがない。
エネルギー源である魔素を効率よく摂取する方が、
理に適っているという事か。
「ソフィア、人前で指をしゃぶるのは禁止だ。ご飯をあげるって約束したのは守るけど、みんなと食事をするときは、同じものだけ食べる事。いいな」
「はーい、ご主人様!」
「ちなみにこのテーブルにある食べ物はご飯じゃないのか?」
「おかず」
・・・なるほど。
「とっ、とにかくもう一度仕切り直しね。ちょっとお姉さん驚いちゃったわぁ」
ようやくビリアンティさんの時間が動き始めた。
「そっ、そうですよねぇ。学生の私はこういうのにうとくってぇ・・・」
騒動を起こしたのは見た目12才の子供である。
「・・・・・」
無言のアンが怖すぎる。
この件をきっかけに、
ビリアンティさんの酒がどんどん進み、
アンとペトラまで半ば強引に酒を飲まされることになった。
この食堂にはワインか強い蒸留酒しかなかった為、
ワインのソーダ割を頼んでいたのだが、
そんなものは酒じゃないとビリアンティさんから取り上げられる。
結局、甘めの赤ワインを飲まされることになった。
さすがのビリアンティさんも、
ソフィアにまでは酒は強要しなかったが、
素知らぬ顔をして、
僕の木樽ジョッキに入るワインを飲んでいるソフィア。
「まあまあのワインね」と大人ぶるあたり、
88才の人生経験というところなのだろうか。
完全に酔っ払いもーとに突入したビリアンティさん。
散々メンバーに対する悪態を突き出すと、
電池の切れたおもちゃのように動かなくなった。
酔いつぶれた爆乳お姉さんを部屋に帰し、
部屋で休んでいるトリスカイさんたちの様子を伺う。
魔素の流れは落ち着いた様子であり、
これなら朝まで心配はないだろう。
心配なのはむしろ僕たちの部屋の方だった。
宿に予約を入れた時はまだ空室があったのだが、
墓所に戻っていた1時間程度の間に、
他の部屋がすべて埋まっていた。
ということで、僕の部屋にはベットが3つ。
アン、ペトラ、ソフィア、そして僕。
なんかつい最近このような状況を体験している気がする。
「ご主人様、今夜こそは私が床で寝ます。ご主人様はお疲れですからベットでお休みくださいませ」
「いーえ、まったくお役に立てませんでしたから私が床で寝ます。スラムでは毎日そうでしたから問題ありません」
「お二人ともなにを言い争っているのですか。ベットを繋げれば4人で一緒に寝れると思いますが」
うんうん。
ここまでの流れは完全に既視感だ。
それにしても、吸血鬼も夜は普通に寝るんだな。
昼間出歩ける耐性スキルがあるようだが、
基本的には夜行性だと思うのだが。
「それではご主人様は一番端でよろしいでしょうか」
「僕はどこでも構わないぜ」
「隣は私が寝ますから、ペトラさんとソフィアさんはご心配なく」
「いーえ、隣には私が寝ます。ボーズさんの隣がアンさんだと、なにかイラヤシイ感じがするんです!」
「ほほほっ、何を仰っているのかしら。ご主人様唯一の奴隷であります私が夜のお勤めをするのは当然至極。余計な気遣いは無用ですよ先輩方」
あの爆乳酒乱魔女のおかげで、
酒が入ったコイツらの本音が止まらない。
本音と建前のパワーバランスが崩れると、
女はこれだから面倒くさい。
「何がイヤラシイですか!」
「夜のお勤めって何考えてるのよ」
「これだからお子様は困ったものね・・・」
「「子供のアナタに言われたくない!!」」
「お勤めというのはご奉仕のことです。具体的には●●●●な●●●●を●●●ということでございますが」
「そんな知識どこで覚えてきたこの淫乱吸血鬼がぁ!」
ぎゃーぎゃーーぎゃーーー!
ぎゃーぎゃーーぎゃーーー!
ぎゃーぎゃーーぎゃーーー!
ああ。
はじまったか。
酒は呑んでも飲まれるなって言うじゃない。
異世界に来てはや数か月。
聖者の墓所ちかくの農村宿で、
人間、猫人、吸血鬼による
最終戦争が勃発した。




