調査報告書② 回復呪文を唱えましょう
そこにいた全員が驚いた。
殺すつもりでかかってこいと言われたけど、
本当に殺してしまったのでは、
まったくもって悪い冗談である。
「天上の福音を我がもとに参らん、癒しの風」
だれもが凍り付いていたなか、
アンだけが素早く回復魔法を唱える。
魔眼のの力なのか、
右目から溢れんんばかりの魔素が、
アンのカラダを駆け巡っている。
サルドウスさんの切られたカラダが、
みるみるうちに復元されていく。
元凶の僕が言うのもなんなのだが、
こぼれ落ちた腸も吸い込まれるように、
収まる場所にもどっていく。
ハっと我に返るビリアンティさかが、
続けさまに回復魔法の詠唱に入る。
真っ青に変わっていたサルドウスさんの顔色に、
血色が戻り精気が漲ってくるのがわかった。
死んではいなが意識を失っているようだ。
まぁ、即死でもおかしくないくらいの切られ方だった。
【マスター、バイタル安定しています。命に別状はないでしょう】
エミリーからの報告でほっとするのも束の間。
サルドウスさんにとんでもないことをしてしまったという、
自戒の念が込み上げてきた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。まさかサルドウスさんが切られるなんて・・・」
とにかく謝るほかないのだけれど、
切ったのは間違いなく僕だ。
「気にしなくていいのよ。殺すつもりでかかってこいなんて格好つたのはこっちのアホですもの」
「でも・・・」
「トリスカイ、セダ。3時の方向に敵感知よ。しっかり索敵しなさい!」
「おっ、おう。すまない。サルドウスの事は頼んだぞ」
僕もすっかり忘れていたけど、
ここは聖者の墓所。
アンデットの巣窟である。
新たなスケルトンが数体こちらに向かって歩いている。
トリスカイさんとセダさんには悪いけど、
いまは二人に任せよう。
「とにかく一度外に出ましょう。サルドウスさんを休ませないと」
「少し寝かせておけば大丈夫よ。それにこんな重いの担いで歩くなんて無理よ」
サルドウスさんはミスリルのスケールメイルを纏っている。
長身でカラダが大きいこともあり、
確かに運ぶとなると大変になる訳だが・・・
「・・・それは大丈夫です。僕に任せてください。ちょっと悪いけどアンとペトラはこご少し待っててくれ。トリスカイさんとセダさんが帰ってきたら、宿屋に帰ったと伝えてくれ。サルドウスさんとビリアンティさんを連れて行ったら、戻ってくるから」
「はい、ご主人様」
「ちょっとまってよ、サルドウスを私と二人で運ぶの?」
説明するよりも、経験してもらった方が話は早いだろう。
「ちょっと失礼、僕と手を繋いでもらっていいですか」
不思議そうな顔をするビリアンティさんの手を、
半ば強引に握りしめる。
うーん、指先だけでもこのエロさ・・・もとい、
洗練されたビリアンティさんの魔素が伝わってくる。
この状況でも索敵をしながらサルドウスさんの魔素を安定される為、
彼のカラダを優しく包み込んでいる。
子供を抱きかかえる母親のような魔素である。
「空間移転」
昨晩泊った城門近くの集落にある宿屋の裏に転移した。
「・・・嘘。まさか転移したの?」
「僕が転移魔法が使えるって事は内緒ですよ。クリシュナイ伯にバレると、なにかと面倒くさそうなんで・・・」
宿屋はまだ時間が早かったこともあり、
十分部屋は空いていた。
2人部屋を2つと、
3人部屋を1つ予約することが出来た。
トリスカイさんとセダさんには悪いけど、
今夜はサルドウスさんの事はビリアンティさんに任せることにしよう。
詳しくはわからないけど、
僕だって二人の関係が只ならぬものがあるくらいは察することは出来る。
こっちもベットが3つ確保できた。
床でまた一晩という悲劇だけは勘弁願いたい。
「それじゃ、一度戻ります」
「ええ、気を付けてね」
僕がアンたちのもとに戻ったのは、
時間にして15分程度の短いものだった。
マークしていた地点から、アンとペトラはちょっと離れたところで、
スケルトンと戦闘・・・といっても、
一方的に魔法で駆逐されていた。
「おーいアン、ペトラ。次はキミたちだ」
息を切らして駆け出してくる彼女たち。
トリスカイさん達は、索敵で複数のゾンビを見つけたらしく、
一度もアンたちの元に戻ってきてはいなかった。
まぁ、僕がいなくなった後もアンとペトラの事は、
魔素探知で見守っていたし、
いざという時は、空間転移で戻れるように準備は怠ってはいなかった。
「トリスカイさん達、ゾンビがいたなんて走ってどこかに行っちゃうし、ボーズさんなかなか戻ってこないし・・・」
ペトラが不安と不満を口にする。
ちょっと涙目になっているのは可哀そうな事をした。
アンはサルドウスさんに誰より早く回復魔法を唱えることが出来たので、
ちょっと得意げな表情である。
僕のミスをカバーしてくれた事には本当に感謝なのである。
「とにかく2人一度あの宿に戻るぞ。そしてトリスカイさん達をもう一度回収に戻る。部屋は2階の奥の角部屋だ。今夜はちゃんとベットが3つあるぞ」
機嫌のよかったアンの顔色が曇り、
機嫌の悪かったペトラが顔を赤らめたような気がしたのだが気のせいか。
とにかく今夜はゆっくり眠りたい。
「空間移転」
ジジッ。
この場を離れる瞬間の事だ。
ラジオに入るノイズのようなものが、
魔素の流れに雑じってくるのを感じだ。
アンとペトラの事を確認してみるが、
どこも異常は確認することが出来ない。
部屋の中にいるサルドウスさんとビリアンティさんにも、
特に変わった様子は感知することが出来ない。
トリスカイさん達はどうだろう。
「それじゃ二人は汗を流しててくれ。僕は残りの二人を迎えに行ってくる」
「はい、ご主人様」
「もし僕の戻りが遅くなった時は・・・」
そう言いかけて言葉を詰まらせた。
「先にご飯食べてていいよ」
そういって、アンに銀貨を数枚握らせる。
言葉を詰まらせたのには理由があった。
僕の魔素検知から、
トリスカイさんとセダさんの反応が忽然と消えたからだ。
感度を上げるため、多くの魔素を練りこんでみたが、
さっきのノイズに似た何かが邪魔をして二人が今どんな状況なのか、
その詳細を把握することが出来くなった。
それどころか、帰還地点としてマークしておいた場所を検知することも難しい。
「・・・空間移転」
ようやく感じ取ったマーク地点に転移を行う。
無事に移動することは出来たのだけれども、
視界に見える限り、トリスカイさん達の姿を見ることは出来なった。
「おや、おひとりですか。お帰りなさいませ」
しまった。
トリスカイさん達を探る為、
円球に展開していた魔素探知の範囲を、
高さ2メートルで半径500メートルに広げていた。
僕の遥か頭上から何者かの声がしたのだが、
そこは魔素探知の索敵エリア外となっていた。
空中に浮かぶ人影があった。
黒のフロックコートに白いシャツ。
グレーのスラックス、右手にはステッキが握られ、
頭にはシルクハットのような帽子をかぶっている。
パッと目た感じでは英国紳士のような風貌なのだが、
空中を浮かんでいる事と、
僕の魔素探知を掻い潜る能力を有すしている。
間違いなくこいつは化け物だ。
「おやおや、初対面なのに化け物とは心外ですな」
・・・まさか思考を読んだのか?
「ここにいた冒険者はどこへやった?」
「おや、あの二人はお仲間でしたか」
「もう一度聞く。あの二人はどうしたんだ!」
右手を左ひじのあたりに折り曲げて、
その化け物はこう呟いたんだ。
「それはお悔やみ申し上げます」
二人の死の宣告だった。




