調査報告書② あらぬ疑いは止めましょう
部屋に入るとさらに問題が発覚した。
とにかく部屋が狭い。
それにベットの幅はもっと狭い。
これじゃひとつのベットで2人寝るのは絶対に無理だ。
スリムなアンとペトラであるが、
そんな彼女たちだって、
こんな狭いベットに2人で寝るのはかわいそうだ。
それにアンは結構寝相が悪い。
僕と一緒に金獅子亭で宿住まいを始めた頃、
といっても、部屋は同じだったがベットはちゃんと分かれている。
僕に対する警戒心からなのか、
早く寝付いたようにみえて実は全然寝ていない。
つまり狸寝入りだったという事が判明した。
でも、それは悪気があったからではない。
眠りに入るとアンは決まって同じ夢を見ていた。
夜中にアンの苦しそうな声を聴くたびに、
どうしようもないくらい悲しくなった。
必ず最後にこう叫ぶのだった。
「・・・どうしてお母さん!」
アンの夢は悪夢である。
過去の記憶を繰り返す悪い夢なのだろう。
お母さんとなにやら悲しい過去があるのだろうが、
深層心理学や精神分析学などまったく専門外であり、
何を言わんとしているのかはさっぱり分からない。
ただ、その声を聴くと僕も寝ることは出来なかった。
ある時、苦しそうなアンの手を握ってやった。
頭を優しく撫でてやった。
それがしばらく続くことになったのだが、
この1週間くらい前から、
アンは悪夢にうなされなくなった。
うなされなくなった代りに、
アンの寝相は悪くなった。
毎日足で蹴飛ばされる。
それも結構な威力カビあるからたまらない。
まぁ、苦しそうにする様よりマシだろうとひたすら我慢している。
きっと熟睡できるようになったのだと安心していたのだが、
朝起きると、なぜかアンは僕のベットに潜り込んで寝ているようになった。
薄い胸に貧弱なカラダつきの15才。
多くの面で僕のストライクゾーンからは大きく外れているのに、
アンの寝顔が近くにあると理性がすべて吹き飛びそうになる。
まずい、それでは僕がサテラさんとの契約違反で死んでしまう。
アバターのカラダではあるが、
一瞬にして死亡する場合、
魂の転送が間に合わないかもしれないので、
そーゆー死に方だけは厳禁だと本部からきつく指示されていた。
それに今ゲートは不安定な状態であり、
転送できない僕の魂は、
一生この世界を漂う事になるのかもしれない。
「ご安心くださいご主人様、ベットを繋げれば良いのです」
「・・・それだと随分近くなるよね」
「ベットを繋げますからそうなります」
「そうじゃなくて、カラダが密着しちゃうという事だ・・・」
「ペトラさんとご主人様の間に私が寝ますが何か不都合でも?」
・・・ええ、あるんですよアンさん。
そんな会話を疑いのまなざしでペトラがジッと見つめていた。
先ほど以来、僕を見る目が厳しくなっているような気がする。
あれは獣を蔑む軽蔑のまなざしだ。
人畜無害のこの僕に、あらぬ疑いは止めてほしい。
サテラさんの隷属契約が無かったら否定は出来なかったけど。
気のせいか、アンが何やら勝ち誇ったような表情で、
ペトラに視線を投げかけているようにも見える。
どういう意図かは分からないが、
火に油を注ぐような事も止めてほしい。
そういえば、朝からずっと僕はペトラとばかり話をしていたっけ。
魔法学院ではどんな魔法を教わっているのか。
入学から何年で卒業できるのか。
何歳くらいから魔法って勉強しているのか。
学校で気になる男の子がいるのか。
この国の歴史ってどういう物語があったのかなど、
時間はたっぷりあったので、
ペトラの声がかすれるくらい色々な情報を聞き出すことが出来た。
その間、僕はアンと会話をすることは無かった。
もちろん僕の偽装系のスキルは常にアンをガードしていたし、
索敵能力だってちゃんとアンの事も気にかけてはいた。
まさか、これはジェラシーなのだろうか。
いやいや、まてまて。
確かにこの1ヵ月の間、僕とアンは一緒に暮らしている。
アンはいつも僕の事を「ご主人様」と敬ってくれてはいたけど、
男性を見ている視線というヤツは微塵も感じさせなかった。
元の世界でもそんな事は一度も経験がないからよくわからないが・・・
身なりが綺麗になってからというもの、
街で振り向く野郎どもの視線が徐々に多くなるにつれて、
少しずつ恥じらいを感じ始めたかとは思っていた。
道中だって、ペトラの話はウンウン相槌をうちながら、
興味深そうに聞き入っていたようだった。
敵意をむけるという事は微塵も感じさせてはいなかったのだけれど。
「じゃあ、こうしよう。僕だけ床で寝るってのはどう?」
「いえ、床で寝るのはご主人様の奴隷である私です」
「それなら、付いて来ちゃった私が床で寝ます。スラムでは毎日床で寝てましたから平気です」
女性は意地っ張りだ。
僕の会社の女性陣は3人いたら2つの派閥が出来るように、
互いの主張を受け入れない生き物だと思う。
なぜそうなるのかといえば、人の話を聞かないからだ。
受け入れることのできる女性に共通するのが、
「オジサンみたいだね」と言われる人種だ。
女性らしい女性こそ、
意地を通す窮屈な生き物である。
アンとペトラもこの理屈に当てはまるのだろうか。
「じゃあ、こうしよう」
取り出したのは3本の糸。
1本だけ糸の先が結んである。
糸の結び目を僕の掌に隠して三人同時で糸を引く。
結び目があるのを引いた人か床で一夜を過ごそうという提案をしてみた。
「・・・依存ありません」
「私もありません」
「それじゃ、アンから選べ。次はペトラだ。残ったのが僕がひくぞ」
せーのぉ。
一斉にひかれたそれぞれの糸。
それと同時に僕はとうる魔法を使用してみた。
もちろんこんな魔法は初めて使う、
僕にとって最大の禁呪だった。
【時間停止】
僕の左手から、アンとペトラがそれぞれ糸を引き出す瞬間、
僕は祠堂で兄さんが使った時間鑑干渉の魔法を使用した。
使いだすと、公衆浴場の女性専用の浴室に侵入し、
可愛い女の子のあんなところやこんなところから、
目が離せなくなってしまう中毒性が高いと判断したため、
僕にとって禁呪中の禁呪としていたのだ。
だが意地をはり合うアンとペトラの姿は見たくない。
よく見ると結び目のある糸はアンが握っていた。
魔眼による見極めなのかもしれない。
兄さんが止めた時の中でもアンだけはそれに贖うことが出来た。
それに対抗するため、時間停止の魔素の量は、
少し多めに練りこんでいる。
アンが成長していくならば、
いずれこんな小細工は通用しないだろう。
そう確信されるだけ、
アンの右目には恐ろしいまでのポテンシャルを感じるようになった。
アンの魔素が成長したいるせいか。
僕の魔素が成長しているせいなのか。
もしくはその両方なのだろうな。
【時間停止解除】
こうして僕の手には結び目のある糸があった。




