調査報告書② 上司の指示には従いましょう
「聖者の墓所ぉ?」
僕とアンがこれから向かう事になっている先をマーサさんに伝えたところ、
苦虫を噛みつぶしたような不愉快極まりない表情を浮かべる。
「あんたたち、そこがどういうところなのか知ってて言ってるのかい」
「・・・昔、突然あいた大穴から魔物が沢山出てきたところだって聞いてます」
「そうだ。地獄の釜の蓋があいた場所さ。それで現在その場所がどうなっているのか知っているのかという話さ」
アンと二人見つめてしまう。
クリシュナイ伯やリザべスさんにも行先は告げていたけど、
危険なところだという説明は一切なかった。
僕としては、兄さんが勇者と呼ばれるようになった歴史を調べることで、
何故こんな状況になったのかを調べることが目的な訳で・・・
正直、調査というより観光目的だったりもした。
「・・・あの場所はね。巣窟なんだよ」
「でも蓋をされているって」
「中からは出てこなくても、周りから湧いてくるのさ。聖者の墓所、別名アンデットの巣。それを狩りに行って死んだ騎士や冒険者が、次々とアンデット化するって厄介なところなのさ」
観光地なんてとんでもないところだった。
ゾンビ化した戦士や冒険者、
そしてスケルトンにレイスといった、
アンデットとしてはお約束の魔物が、
夜になるとウロウロ這い出して来るらしい。
死体系アンデットには魔石がないらしく、
高レベルのレイスなどは即死魔法を使ってくるので、
金目当ての冒険者など、
積極的な狩りの対象とはならないらしい。
聖都やギルドからの依頼により定期的に掃討されるようだが、
時折とんでもなく強い魔物というか、
魔族が出現する事もあるんだとか。
なんで聖都の城壁の中にんな危険な場所があるのか疑問に思うと、
その場所が危険であるゆえに街が出来て、
聖都と呼ばれる巨大な城壁都市が生まれたらしい。
「あの、私魔法学院でアンデット系の昇天魔法を習いました」
ペトラが小さく手を挙げていた。
確かに聖者の墓所まで同行を願おうかとは思っていたけど、
それは近道であるスラム街を抜ける為に、
その住人とのコネクションのある彼女がいるなら心強いと思ったからで、
危険を伴う旅にペトラを同行させる訳にはいかなかった。
「いや、危険があると分かった以上、ペトラに同行は願えないよ。それにシモンたちの事もあるからね」
「なんだよ、俺たちの事は心配しなくても大丈夫だぜ。あの地獄から抜け出せたんだ。これ以上の望みなんてないよ。いっぱい働いていつか聖都に市民として凱旋してやらあ!」
「私いま魔法学院で論文を書くための実地訓練休暇中だったんです。本来は学院で学んだ魔法をいかに社会で役に立てるのかって実践しなくちゃいけなかったのに、こんな犯罪同然の指揮をとるなんて・・・」
「マーサさん、それはつまり・・・」
「ああ、聞くだけ野暮だよ。それだけ不自由な選択しかなかったって事だろう。あんたの魔素の色を見ればわかる。そこにいるのアホもそうだった」
「いま何気に貶してませんか?」
「危険地帯でも昼間なら少しは安心だろう。このバカについて行くといいさ。化け物の1匹も倒してみな。立派な論文が書けるはずさ」
いま目の前にもマーサという凄まじい化け物が1いるぞ。
「それに、このアホが転移の魔法を使える。危険があればここに帰ってくればいいさ」
「でも、出口の調整が分からないんですよ。僕が自由に出れる場所は少ないですよ」
「何故エリザベスに教えてもらわなかった」
「・・・エリザベスさんに教わった魔法じゃないから」
マーサさんは野暮なことは聞かない。
エリザベスさんに教わった魔法じゃないと聞いて、
それ以上の理由は聞かなかった。
「私は専門家じゃないからね。なにか出口に詠唱式で魔素によるマークを設定してたようだが」
「魔素のマークですか?」
僕の魔法は無詠唱だ。
マークを付けるだけであれば、
ペトラにマークを付けたのと同じはずだ。
大気中の魔素の流れに記憶させるように、
この場所の魔素にマークを付ける。
「ちょっと出かけてくる」
一度、ゲートのある場所まで空間転移し、
そこから石の家にある食堂につけたマークを探してみた。
これか。確かにマーサさんの気配がする。
「空間転移」
すると石の家の食堂に転移することが出来た。
「ふん、やれば出来るじゃないか」
実験は成功したけど、
一度その場所の魔素を感知しないと、
新しい出口を作るのは難しいらしい。
「それじゃ、ガキどもは私が引き受けた。この子の事はアンタにまかすよ」
「ありがとうございます、マーサさん!」
ペトラが両手を握りしめて喜びをあらをしているのだけれど、
僕はペトラの同行を承知した覚えはない。
けれど、サラリーマン時代に覚えたことがある。
「長いものには巻かれろ」という事だ。
レベル的には僕の方が上なのだけれど、
子供たちの面倒を見てくれる時点で、
マーサさんは僕にとっての絶対的な上司であり、
頼れるお母さんなのだ。
上司の命令には逆らえないって事だよな。
「他の子供たちの手配は大丈夫なのかい?」
「はい、子供たちへの連絡はエマの伝言送信で頼みますので、1週間ほどいただければ・・・」
「なるほど、マーサさん。村に来るのは1週間後でどうだい?」
「ふん、片道1週間の聖都までの距離だ。早いくらいだよ」
話は決まった。
これから僕とアン、そしてペトラは聖都に戻り、
明日の朝、三度聖者の墓所まで出発する事にしよう。
「それとボーズに頼みがある。次来る時まででいい。そのなんだな、あれを頼みたいんだが・・・」
めずらしくマーサさんが奥歯にものが詰まったような話しぶりだ。
「あれ」ではよくわからない。
「マスター、マーサ様の文脈の前後から察するに、聖都からパンを買ってきてくれという遠巻きの依頼であると」
なるぼと。
マーサさんにも恥じらいがあったか。
「マーサさん、それ以上は心配ご無用。ちゃんと持ってくるからさ」
「・・・そうか。それはありがたいな」
「ふふっ、マーサさんでも恥じらう事あるんですね」
ぼかっ。
拳骨を食らった頭が体にめり込むのを感じながら、
これがマーサさんのギフト体力強化なのかと、
図らずも身をもって体験することになった。




